以前ちょこっとフリーランスをやっていた時お世話になっていた人からメールがきました。自分も会社を替わったのだが、そこで欠員が出そうなのでよかったらあなたを後任に推薦したい、というものでした。
 この人は会社の中での私を知りません。フリーランスも人間関係の大変さは同じ、という話もありますが、外部スタッフと取引先の人間関係は世界観がはっきりしています。会社の人間関係は全てビジネスライクというわけではなく、時に友人だったり家族だったり敵だったり、様々な人間関係の要素がてんこ盛りで、それが時々刻々と変わります。その世界観を読み取るのが大変です。極端な話、会社の上司や同僚と飲みに行くよりは取引先との接待の方が状況がわかりやすいのです。

 自分の障害のことを知らない頃なら派遣社員でいるよりはチャンスと乗り気になるところですが、今うまくいっている会社を替わるのは勇気がいります。やはり私達がうまくやっていける会社は少ないのです。それを見抜く目もありません。とりあえず今の会社になじんでいるなら冒険はできません。
 今の派遣先はやっと慣れて何とかやっているので、うまくやれるかどうかわからない別な職場に移ることは怖くてできませんが、所詮派遣です。いつかはどうにかしなければなりません。

 
 失業中主治医には
「できるだけ時間に余裕のある職場を選んで、勉強して資格を取って将来的には専門職につくことを勧める」
とアドバイスされていたのに、ブログと睡眠時間を確保するのに忙しくて資格のことなんか何も考えていませんでした。いかんな。
 今回の話は受けないと思いますが、ちゃんと先のことを考えなければと反省するのでした。

 

 

 4月30日の記事。やっと4月最後の記事にたどりつきました。この話は乗らなくてよかったと今も思っています。本当に、会社の人間関係というのはわかりずらいです。

 資格の勉強、もまだしていないな。耳が痛いです。ただ、資格の勉強をするぞ、とここで発表してダメだったら恥ずかしいので、内緒でやります。

 連日報道のJR福知山線脱線事故、多くのブログでもこの痛ましい事故について語っています。私もたまにはこういう題材で書いてみましょうか。事故を聞いて私は最初に何を思ったのでしょう。
(あれ)
自分の感情が、ない。浮かぶのは、報道された内容と他のブロガーの受け売りばかりです。私自身は何も感じていません。
 冒頭に「痛ましい事故」と書いておきながら、こういう時はこう書くものである、という知識からのみ書いている気がします。私は痛くないのです。

 もしや私には感情がないのでしょうか。そんなはずはありません。でも私の感情は自分か自分になぞらえることができるものにしかわきません。一生懸命言い聞かせます。
(100人以上の人が亡くなっている)
死者が1人なら感情移入もできますが、これだけいるとぼやけてきます。日本で同じ日に別な理由で亡くなった方はどれだけいるでしょう。世界で見ればどれほどになるでしょう。病死、事故死、早世、どんな死にも悲しみのドラマがあります。全てに感情移入していたら身がもちません。
 自分の感情を呼び覚ますためにニュースを見、ブログを追います。何か出てきてお願い。感情が動いてくれません。普通はこういう時自然にわきあがる内なる色彩が誰にでもあるとしたら、私の心は何と寒々としているのでしょうか。

 昨日のこのブログの記事を書いていて、私は信じた人の嘘や裏切りに反応していたのではなく、予定を急に変更されたことに対するパニックに嘘への恐怖を植え付けられていた気がしました。自分の予定に関わらない嘘には私は寛容です。私の感情は悪意にすら無反応だったようです。「嘘」の意味がすれ違ったはずです。私にとっての嘘は「予定を強制的に変更する圧力」だったのですから。
 まだ読んでいる「自閉症だったわたしへ3」に、主人公が「防衛心」と呼ぶ偽の感情と戦いながら本当の自分の心を取り戻そうとするシーンがいくつかあります。いつか、私も心を取り戻せるのでしょうか。

 

 

 4月28日の記事。この記事はあらかじめ全体の構成を考えずに書き始め、思わぬ結論に達しました。そして多くのコメントから、「第3者の立場に立つ」ことと「感情移入する」ことの違いに気づきました。

 自分が相手になったことを想定してその気持ちを妄想する(感情移入する)ことはできますが、距離を置いてみる(第3者の立場に立つ)ことがどうも難しいようです。だから説教族の気持ちがなかなかわかりません。

 1人の死をイメージできても100人の死をイメージできない、自分が100回死んだ、と考えても違う気がします。

 自分のことしか考えられない→思いやりがないという障碍の特徴には抵抗があったのですが、誰かを思いやろうとすると、脳の電流が目標の場所に流れてくれないといいますか、その部分にあるはずのものがないような空洞を感じるのです。

 賛否両論抱えたままで第3段。今日も、一般の方の「いい人に見せるためワード」と「後で責任取らされないためワード」に注意しながら元気に働きましょう。(本当に悪意はないんです。信じて下さい)


「君はよくがんばっているね。みんないい人が来てくれたと喜んでいるよ」

 微妙。本当にそう思っている場合もありますが、
「困ったもんだがほめてやる気を出してもらおう」
の可能性も高く、油断はなりません。
 言葉はストーンと心に入りこみます。ほめられることの少ない発達障害者は感動し、一生懸命働きます。へとへとになるまで。実際に業績アップに貢献することも少なくないでしょう。それだけに、本当は全然評価されていなかったと知った時の落ちこみは大きいです。発達障害者は営業成績トップでも、ヒット商品を開発しても、全く評価されないことがよくあります。日本の企業の評価はバランス第一だからです。この件は別な機会で触れたいと思います。
 職場でほめられたら心にストーンと入りこむ前にブカブカ語(嘘でも本当でもない定型発達者語)のカテゴリーに分類しておきましょう。


「生命保険入らない」

 たまに職場で営業する奴います。親や兄弟のノルマ達成のために。いらない物を買わされるのは論外です。必要な物なら買えばいいし、いらない物は断わればいいのですが、保険はアフターサービスが命。何かあった時どこでどんな手続きをしていいかわからない、なおかつそれを最初にしっかり知っておかないと怖くて保険になど入れないあなたは、「友達」の紹介の方が安心かな、と考えるでしょう。
 アフターサービスのことをその「友達」に確認すると、
「もちろん。友達のことだからよろしくって姉に伝えるから」
もうオチはわかりますね。あなたがアフターサービスを必要とした時その友達は何もしてくれません。
「姉はもう辞めちゃったのよね」
その時そう言ってくれればいいのに。
「保険会社に電話したら」
どこにかけてどう言えばいいのよ。社会性不足で予定外のことに弱いあなたはパニクり始めます。
「社会人でしょう。自分で考えなさいよ」
純粋な営業なら冷静に営業トークを判断できても、「友達」なら安心と信じてしまいます。友達の仮面をかぶって近づいてくる同僚は、あなたを金づると考える営業以下です。友達なんかではありません。
 私たちはただでさえ予定変更に弱いのです。くれぐれも人を信じてパニクる結果にならないよう気をつけましょう。

 

 

 4月27日の記事。直接関係ありませんが、生命保険の未払い問題が話題になっています。あれだけ大きな会社でも信用できませんね。ましてよく聞いたことのない会社と契約して契約不履行だと、必ず払った方が悪いみたいに言われますね。だました方が悪いのに、だまされた方が悪いというのが大方の考え方ですね。事実を伝えるために言語を用いていないからでしょうか。

 でもどんなに注意しても寸分違わず言葉で相手に事実を伝えるのは難しいから、始めから放棄するのが効率的だったのかも知れません。

 新作です。右の、記事内の文字に反応するアメブロの広告を見て思わずクリックしてしまいました。登録者の93%は身体障害者。他は知的障害者2%、その他5%。

 その他って何だ? 発達障害者はもちろん、精神障害者もお呼びでないのでしょうか。いえね、別に登録したかった訳ではありませんよ。

 新作です。今週のトラックバックステーション のテーマに国勢調査があったので参加してみます。個人情報保護法の影響で調査がやりにくいという話を聞きますが、自分で記入してみると、確かに個人情報丸だしで、すごくいや感(違和感にあらず)があります。

 

 女性の1人暮らしなんて、近所の人にもわからないように気をつけているのに、こんなところに書きたくありません。

 会社名がなぜ必要? 

 常用雇用か臨時雇用かなんて、古い聞き方。

 私は派遣社員ですが、やっぱり臨時雇用ですか? 

 何度更新重ねても、何年勤めても臨時雇用? 1年以内の契約を更新しながらずっと働いている人なんてたくさんいるのに。

 そんなこと考えさせられると悲しくなるではありませんか。

 

「統計以外の目的では一切使用しません」

なんて言われても、

「私は強盗ではないから金を出せ」

と言われているようなきな臭さです。でも国民の義務なんだそうですね。