カッタウェイさん分析 の、コミュニティのメリット。ナンバーは私がふりました。
 
1 いっしょに行動する仲間がいると安心できるしラクチン
2 個別にスキンシップして打解けなくても,いっきに仲間が増える。
3 情報交換が容易
4 発言力がアップ?(コミュニティがついているので)
5 新入りが来たとき,馴染むのが(染まるのが?)早い
 
 これを最初に見た時、現実よりネットを先に思い浮かべました。全文読んで、現実世界のことを書いているのだと知って驚いたくらいです。私は現実世界でコミュニティの存在をよくわかっていませんでしたし、当然こんなメリットも感じませんでした。
 
1 →いつも偉そうに注意されたり、利用されたりからかわれたり
2 →そのメンバーしかつき合えない
3 →どうにかおこぼれくらいは
4 →人前でも馬鹿にされて全くアップせず
5 →新入りの前でも笑い者にされて益々みじめに
 
 それに比べると、ネット上ではほぼ上記のメリットを享受できたし、コミュニティらしき存在も知覚できました。デメリットも引用。これも、アルファベットは私がふりました。
 
A 個人としての考え・行動が制限される(ように見える)
B 内部批判禁止(のように見える)
C 外部批判奨励(そんなところがあるような)
D コミュニティの(多くの場合,求心力のある人の)価値判断が個人の価値判断になることがある

 
 耳が痛いですね。そういうこともありそうです。ネット界では。それが特に不快ということはないのですけれども。もしかして、ネット界にあるようなコミュニティが現実世界にもあるということなのでしょうか。すると、ネットでのやり方を投影させればリアルコミュニティも乗り切れるということですね。
 私がネット上で上手に交流するためにやっていること。
 
・批判禁止、アドバイス禁止のマイルール
・気に入らないコメントは削除
・敵である説教族の襲撃を常時警戒
 
 リアルでやったら絶対嫌われそうです。普通は我慢するんですよね。ひどい事を言われてもじっと我慢、にこにこして、平和を乱さないように。でもネット上では、その我慢をしていた時期が一番うまくいっていなかったのです。
 ネットの方が個を出すことが許される、私にとって関係性が見えやすい、書き言葉中心の世界、この関係性が現実でも見えていたら。個を出すことが許されるのなら。(想像しただけなので怒って襲撃したりしないで下さい)
 
 ここまで追ってきて(追いきれていないけど)コミュニティというのはそれほど悪いものではないと思いました。その存在と、意味と、役割をちゃんと知ってさえいれば。普通は無意識なんでしょう。
「群れる」「つるむ」
という表現が嫌われるところを見ると。
 学校や職場にあるあの小グループをコミュニティと名付けた時、私はコミュニティという異文化に出会うことができました。新しい異文化にいざない、世界を広げてくれる場所でもありました。
 
 
 1月31日の記事。説教族は怒るでしょうけれど、自分のルールを明確にしておくことで周囲も接しやすくなるし、自分にとっても心地よい場は作れる、それは現実の場でも可能であると思いました。説教族がこの世にいなければ。
 大学は地元ではなかったので、それ以前の知り合いは同学年に1人もいませんでした。他の多くの人も同様だったと思います。幼稚園→小学校→中学→高校と進学する中では、必ず知り合いか知り合いの知り合いがクラスにいて、それがコミュニティ形成の基礎となっていました。
 加えて、大学はそれまでのように、コミュニティに所属していないと学校生活が成立しないというものではありませんでした。
 
 個別では友達はできましたが、コミュニティには所属していなかったのではないか、と振り返ります。それが諸に現れたのは卒業旅行シーズンでした。今は知りませんが、私の頃は大学4年生は卒業旅行に行かなければならないことになっていました。しかし誰も私と行ってくれませんでした。小学校の遠足の班分けと同じです。
 自分ではいつも行動を共にしていると思っていた人も、他の人たちと行ってしまいました。その人も私を
「いつも行動を共にする人」
とは認識していたと思いますが、コミュニティメンバーではなかったのです。その人は私と今もおつき合いはありますが、卒業旅行に一緒に行った人たちとつき合いはないそうです。
 
 パーティドレス事件 も、コミュニティに正式に所属していれば避けられたかも知れません。この辺は空気読む能力が必要ですね。友達が何人かいて大学生活では困らなくても、コミュニティに所属しているかどうか、そのコミュニティが他のメンバーにとっても第1優先コミュニティかどうか。普通は無意識で判断していると思われます。
 こうして、人は学生時代に猛特訓を受けて社会に出て行くのですが、私は猛特訓を受け損なったまま社会に出る羽目になりました。新卒なら同期、同期がいなければ先輩方の既存コミュニティに参加しないといけません。参加しておかないと裏情報が自分にだけ入って来なくて間抜けなことになります。
 
 男性は飲みに行ったりして親睦を深めるようですが、女性は就業時間内に支配されます。私の時の新卒同期女子コミュニティリーダーは、説教族タイプでしたがしっかりしていて、上司や先輩にも信頼されていました。私は同い年なのに子供扱いされ、上から目線でたしなめられてすごく嫌でした。いかにも、非常識な(それは本当だけど)私の面倒を彼女が見ているという風でした。
 上司、お局、コミュニティリーダーがそれぞれに私を指導するので混乱しまくりでした。リーダーは仕事内容違うのに、他の人のいないところで口出ししてきました。
 三者三様の指導に対し、うまく全員の顔を立ててあしらうということができずに
「○○さんにこう言われたんですけど」
と白状させられ、告げ口したみたいに(したんだが)になってしまいました。
 しかしそれでも、同時スタートである新卒同期コミュニティは参加しやすい方です。異動、転職により既存のコミュニティに入る時はさらに大変です。
 
 学生時代と違い、コミュニティで生き残るのは大変です。病院送り にされても耐えなければなりません。学生時代まではコミュニティが、学生の本分である勉強を邪魔するものではなかったのですが、職場でのコミュニティは短期的には仕事の邪魔です。長期的にも、女性の場合はどこまで有益かわかりません。
 私が見た限り、男性にもコミュニティはありますが、縦のつながりが強く、同期は意外とけん制し合っているような気もしました。
 
 職場コミュニティの生き残り方を私はまだ解析できていません。逃げ出したクチですから。コミュニティ意識の薄い会社(外資系、新卒より中途採用中心、平均勤続年数の少ない会社、非正規雇用中心の会社など)や、非正規雇用である方が、コミュニティの呪縛から逃れやすいのですが、近年は派遣が増えすぎて派遣コミュニティもできてしまい、さらに逃れようがなくなるのです。
 またまた長くなってしまったので続く。(明日以降)
 
 
 1月29日の記事。小中と違って暴力を振るわれることはまずありませんが、頭叩く人がいてそれはやめて欲しいと言ってやめてもらいました。しかし「やめて欲しい」「うんわかった」と簡単に終わらないため、向こうが言い返す度に私がキーキー声になっていき、「うまく交渉できない」とあせりました。この言い返しによるあせりは、セクハラの時にも通じるのですが、向こうは
「嫌ならやめる」
という結論は出ているにも関わらず、なぜか自分は悪くなくてあなたの誤解であるとする交渉を始めます。ここは負けておくのが大人のマナーなのですが、私は自分がやめて欲しいと言っているだけなのになぜ伝わらないのかとパニクるのでした。
 カッタウェイさんの「本当じゃない友達ってなんだろう? 」で、学校や職場におけるコミュニティ(小グループ?)論が展開されていました。そういえば、私も「新米の心得 」で、新人はそのシマを統括するベテランにあいさつの上、しばらくは腰ぎんちゃくを務めるべし論を展開しました。これも、既存のコミュニティに参加することを示します。
 
 そこでひらめいたのですが、漠然と人間関係がうまくいかない人(特定の誰々さんとうまくいかない、というのでなく)というのは、コミュニティの存在に気づいていないか、軽視しているからかも知れません。
 私も今、あの小グループをコミュニティと名付けたことによって、小学1年からあった様々な謎が一気に氷解して参りました。これが集団生活内部における人間関係の胆なのではないかと。名付けの効用です。
 
 私も個別では友達はいたのですが、遠足の時、一緒にお弁当を食べるグループ分けなどの時はいつも余ってしまいました。先生が無理にどこかのグループに入れてくれました。
 小学校低学年から既に、先生までもが、クラス内にいくつかのコミュニティが存在することを前提に学級運営をしているとは、いかにコミュニティを作るというのが人類の本能であり、生活の知恵として有効であるかがわかります。そして、人は人間関係のあり方をコミュニティ内で学んでいくのです。
 
 中学では、コミュニティ同士の勢力争いもあるので、私のような者でも何とかどこかのメンバーにしてもらえました。中学以上になると、実技系の授業時間、文化祭などの学校行事は、コミュニティの力なしでは乗り越えられません。
 しかし私がいじめられている時、メンバーが助けてくれることはありませんでした。コミュニティは学校生活維持のために必要な組織ではありますが、友達とは限りませんし、いじめられている時助けてくれないから友達でないとも言えません。友達は困った時助けてくれる人ではないのです。むしろそんなこと言い出す人の方がうさん臭いと見て差し支えありません。
 
 さらに、高校では、部活動や委員会もからみ、複数のコミュニティに所属することも少なくありません。部活動や委員会がらみのメンバーの方が友達としては気に入っていても、同じクラスのメンバーが第1優先コミュニティという位置づけでした。
 クラス替えがあっても前のメンバーとは友達だと思っていたら、びっくりするくらい冷たくされました。
「今のクラスで友達作らないと駄目だよ」
やっぱりコミュニティメンバーは友達とは違いますね。コミュニティが解散したら終わりです。それがわからない私は、委員会が終わっても前の委員会メンバーを友達だと思いこんで嫌がられたのでした。
 
 大学ではクラスはありましたが、高校ほど意識することもなく、クラスが第1優先コミュニティとは限らなくなってしまいました。この辺からコミュニティとの関係が急激に難しくなっていくのです。
 長くなってきたので、続く。(明日以降)
 
 
 1月28日の記事。この後コミュニティは重要なキーワードとなります。小中高で、なぜ仲間外れになることが大変なことかというと寂しいとかそんなレベルじゃなくて、学校生活が成り立たないからですね。小中はトイレに鍵がなく、ついていてくれる人がいないと開けられてしまうから、友達がいないとトイレにも行けませんでした。
   異文化交流議論中間報告1  コミュニケーション体系図

   異文化交流議論中間報告2  出会いと立ち位置

   異文化交流議論中間報告3  優しくするということ
 
 
2007/1/16 ろくでなし   わたりとりさん
     <memo> 内省のための文章が、自己批評の形を取って他者に反省を促す文章に見えることがある
     <key word> 内省族のジレンマ、表現へのこだわり、価値相対主義
     <tag> 議論ルール
 
2007/1/18 雑談【順応】   きーさん
     <memo> 順応は理解でもあり、コントロールでもある
     <key word> モラル、核、馴化、崩壊、過剰適応
 
       幸福なフォーラム   chargeup
     <memo> 読んだ人がどう受け取るかを書き手は100%コントロールできない
     <key word> グルグルモード、内省、書けない時期
 
2007/1/20 オレはシャイダン   わたりとりさん
     <memo> 面白い短編小説、主人公はありふれたブロガー、コメント欄で議論展開
     <key word> 気持ちの投影、読み手の立ち位置、寓意、抑圧される表現、世間とのすりあわせ
     <tag> キャラノベ
 
       ブラックジャックによろしく   chargeup
     <memo> 他者を排除する側に回る時
     <key word> 社会秩序、権利、安全、ギリギリの選択、選ばれた人間、無人島、野生化
 
2007/1/21 著者が言いたいこと   みつくるさん
     <memo> 文章を大切にすることは自分を大切にすること、読み方は人によって違う
     <key word> 第1印象、脳内知識、相手との関係、フィルター、加工、自己を切開する痛みを伴った議論
 
2007/1/23 ▼押しつけないことを押しつける? -わたしとあなた、あなたとわたし:補論(2)   ナイジェルさん
     <memo> 自己言及のパラドックスのトリックと、それをぶつけられた時の対処
     <key word> 自尊心バトルの無限ループ、相対主義、倫理、正当化、勝ち負け
     <tag> 議論ルール
 
       新米の心得   chargeup
     <memo> 素人が個人メディアとして情報発信することの壁
     <key word> メディア、公開された私的空間、腰ぎんちゃく、階層、恩返し
     <tag> 個と集
 
2007/1/24 お互いを尊重しあう方法   みつくるさん
     <memo> 尊重するのは簡単でも尊重しあうのは難しい、議論は価値観を共有できるシステム
     <key word> 尊重と価値観、議論の目的は変わってよい、流れに乗る、影響しあう
     <tag> 議論ルール
 
2007/1/25 流れるままに   chargeup
     <memo> 受容できない人々を、解明するための冒険
     <key word> コミュニケーションの難しい人、苦手なタイプ、対処法、悪語、えぐり出す
 
2007/1/27 星の輝き   きーさん
     <memo> 他者の善意を見る時、余計な光をあてると見えなくなる
     <key word> 善意、悪意、価値観、環境、異文化認定のレッテル
 
 5に続く
 
 
 1月21日の記事。中間報告も今や6です。既に懐かしいです。
 アメブロ版のアクセス解析の検索ワード、アスペルガー関連ばかりで変わり映えしませんが、1ヶ月にひとつくらいはぎょっとするワードがあります。今回は
「中年OL」
何、この人の脳天をえぐり出す直球は。タイトルがエロトラバのようだと不評だった
美人OL殺人事件
がひっかかったと思われますが、なぜ
「美人OL」
で来ない。
 
 中年OLでググると結構ブログに当たります。中年OLってメジャーな表現だったのですね。そのブログのプロフィール欄に
「30代後半」
と書いてあるとさらにへこみます。やっぱり30代後半て中年なんだ・・・ぐわーん、ぐわーん。
 そのブログの中にアメブロがあったので、読者登録(Yahooでいうファン登録)してみました。今後の参考に。Yahooよりアメブロの方が平均年齢高そうな気がしますが、Yahooには逆にかなり年配の方もいるので、本当に平均するとどうかわかりません。
 
 自分で中年だと思うと本当に老けてしまいそうです。ここは誰が何と言おうと、自分はヤング(死語)なOLだと思いこむ気概が欲しいということです。
 
 
 1月27日の記事。気概で戸籍年齢が変わったら気概を信じてもいいのですが、気概がなくても方法がわかればできそうです。(犯罪では)気概は一種の宗教なんでしょう。信じる人には見えるけど信じない人には見えない。サンタクロースかい。私は心が汚いから見えないのです。