一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜 -30ページ目

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。



何かを決断するとき、この失敗は本当に取り返しがつかないか?と自分自身に問うようになって、以前ほど失敗を恐れなくなりました。
でも、時々、判断に迷うことがあり、誰かの意見を聞いたり、私の判断した内容を聞いて欲しいときがあります。

そんなときに、本当に信頼できる話し相手がいることは本当に幸せなことです。
例えそれがたった1人であってもそのような人がいてくれるということはとても大きい。
仕事においては、その仕事を続けていこうと思える大きな力となってくれると思うのです。

もちろんそういう人が周りにいるのは、多ければ多いほどいいということも言えるかもしれません。
けれど、0と1の間には、1と2の間より大きな差がある。
1人いれば、乗り越えられる。
生きていると、そんなことを感じることは度々あります。
私はいつもそういった出会いに本当に感謝しています。

今日も真摯に相談にのってもらい勇気づけられました。
耳を傾けてくれるときに流れる雰囲気が心地よいのです。
見習います。


我が家でお世話になっているお坊さんのお経は聞いていてとても心地が良いものです。

その要因のひとつは、声にあると私は思うのです。
とても落ち着いていて、高すぎず低すぎず、心にすーっと入ってくる声質をしています。
そして、もともと良い声をしているのだと思いますが、人が聞きやすいトーンで丁寧に発声している感じがします。
人に言葉を届ける時、声というのはとても重要だなあと改めて思います。

人前で話す時は、自分の声のトーンの中で、相手が聞きやすい部分を意識して探し発声すること。
それを大切にしたいです。

もともと私は自分の声はあまり好きではありませんが、それでも、聞きやすいトーンを見つけ出そうとすれば、その中でも1番いいトーンが見つかる気がしています。

自分の話した内容をボイスレコーダーで録音して、テープ起こしをするのが、とても嫌な作業ですが、とても勉強になります。

低すぎるとボソボソって何言ってるか分からないなとか、高すぎると独りよがりっぽいなとか。

自分の嫌なことほど、直視してみることが大切なのでしょうかね…

今日は、かなり気持ちが停滞しています。
ワクワクするようなことを探すのですが、なかなか、よし、やるぞ!という気分になりません。

気持ちがあがる瞬間を探すために、新聞やら書籍やら人のSNSやらテレビやら…をみてみるのですが、結局、出てくる感情は、

着々と進んでいる人が羨ましい。

そんなことばかりです。

けれど、生き方が気になる人のブログや書籍を読んだり、仕事内容を少し調べてみたりすると、だいたい共通してそういう人たちは、「圧倒的な努力」をしているということも分かります。

羨ましさを感じながら、同時に自分に問う。

自分は心底努力したことがあるか?
諦めずにやり切ったと本当に思える出来事があるか?

私が停滞している原因はここにあることを自分でも知っているのです。

私は1つのことを突き詰めてやれたことがないです。
いろいろなことに興味があって、今まで様々なことにチャレンジしてきました。

けれど、やり切れたことがない。
結局、様々なことに興味を示すということは、興味があることがないのかもしれないとさえ思うほどです。

今、1番自分が大切にしたいものは何なのか?
それを実現するために、今、自分に1番欲しいものは何なのか?
そんなことを繰り返し問いながら、頭の中のことをノートに書き綴っています。
ノートに書いていたら、なんだか少し頭がクリアになってきました。
そしたらちょっとずつワクワクし始めている自分がいます。
夕食は作る気がなくって、買って帰ろうと思っていたけれど、家に帰ったら、やる気がわいて、ちゃんと作って食べました。
やっぱりどんな簡単な物でも自分で作ると満足感が違います。
少し元気になりました。