一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜 -19ページ目

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。






昔、頭に浮かんだことなどをメモしていたノートが何冊か出てきました。全て最後のページまで使い切ってないところが私らしい…。
メモに書かれたことをベースに筆で再び物語をしたためてみることにしました。

青色と橙色は補色の関係にあるそうで、そのことから着想を得て、あおちゃんとだいちゃんの物語を考えました。
ちなみにその中間にあるのが緑なので犬の名前はグリーンにしました。

反対色とも言われるけれど、補色ともいう。
補いあう色なんですよね。
みんな誰かの補色なんだろうな。




美麗。なんてキラキラな文字でしょう。

美しい。麗しい。

どちらもキラキラしていて眩しい響きです。


子どもの頃から容姿に自信がないからいつも猫背でした。

小学校の高学年から太り出してそこから私の頭の中はずーっとダイエットダイエット…。

私の人生はダイエットとの戦いの歴史でもあります(笑)

戦っては負け、戦っては負けの繰り返し。


笑ったら目がなくなるほど細くなる私を見て、クラスの女の子には、「目、見えてるの?」って言われたことがあるし、私が歩いたらクラスの男の子は「どすんどすん」と効果音をつけてくれたりして、まあ子どもって、時に残酷です。


そんなことが多感な時期にあったので、ずいぶんと容姿に自信がなくて、かなり長い間猫背で歩いてきました。


じゃあ、理想の体型になってしまえればいいのだけど、それがなかなか一筋縄ではいきません。

ダイエットは、たしかに一見食べなければいいという単純なことのようですが、心と密接に繋がっていて、単純に食べないということができないから苦しい。

お腹が満たされていれば、食べなくなるというものでもないから、満腹感のある低カロリーのものでお腹を満たしても根本的解決にはならないのです。

色んなダイエットを試しまくってきて、結果、心が変わらないと難しいなと思うようになりました。

まず何より、心の平穏を保つことが大事と思うに至ったことは今までダイエットと向き合い続けて得た収穫だと思います。

大人になった今も全くもって理想といわれる体型には近づいておりませんが…それでも闇雲に食べないとかサラダだけ食べるとか、そういうことはしなくなりました。


そして心の平穏を保つためには、自分という存在の良し悪しを他人の目によって決めないことだということがめちゃくちゃ大切であるという考えに至りました。


何のためにダイエットをしたいのか?

誰かに美しいと思われたいから?

誰かより美しいと思われたいから?

誰かを見返してやりたいから?


きっと以前の私はこんなことが動機だったのかなと思うのですが、ある時、ふと思ったんです。

誰かにどう思われるかというのは二の次で、自分が心地よい自分になるためにダイエットが必要なんだと!

それに加えてエコだし。

着られない服が増えていくのは、エコじゃないなと思ったのですよ。

(来年は着れるかもと取っておくのも、着れなくなって毎回捨てるのも…)


自分の存在の良し悪しは自分の感覚によって決めようと思うようになってから、とても楽になりました。

他人の目より自分自身の感覚や感情を最優先にして生きていこうと今は思っています。



忙しい、慌ただしいとやることに追われて、時々あー、なんでこんなに私ってやることが多いんだー!と嘆いてみたりしますが、よくよく考えてみるとたいていの物事は自分で作り出している忙しさなんだということにふと気づきました。

たしかに自分以外の家族のことや仕事のことでやらねばならないことはありますが、やるべきことを並べてみると大半は自分で作り出しているのです(笑)
やるべきことというより、やりたいことなんでした。
結局、やること詰め込んでやり切った自分に夢中!みたいなもので。
昔から、24時間が48時間くらいあるイメージで一日のスケジュールを組んでしまったり、二兎を追うもの一兎をも得ずって、えー本当に?と思って欲張って生きてきたりしてきた性分です。
昔から人には、「誰も求めていないんですけど、売れっ子アイドル並のスケジュールで生きてます」と言っています。
テトリスみたいに自分のスケジュールをうまく組んで立ち回れた時の満足感たるや、凄まじいものです。

でも最近(!)やっと、物事のスケールによっては二兎を追うとたしかに一兎をも得られないということも薄々感じてきているし(笑)、24時間が48時間ないということも完全にわかってきています。

それでも、歩みはとめたくなくて、やっぱり何かに取り組んでいたいです。
誰も求めてなくてもー。
年を重ねるごとに、自分がやりたいことだけに時間を使うということが難しくなってきていて、そんな毎日にジレンマや焦りを感じることがありますが、だからこそ時間の使い方が研ぎ澄まされてきたようにおもいます。
時々完全なる電池切れで、床で寝ていることもあるけれど…。

でも、知りたい、やってみたい、行ってみたい、会ってみたい、という感情は、生きる原動力になっていると思うのです。

自分がやりたいことばかりに追われてはいられないのだけれど、やりたくないことばかりに追われていたくないので、自分で自分の時間をテトリス操縦?していきたいとおもっています。