Chandra Yoga & Healing -2ページ目

スピリチュアルメンターとの出会い あるヨギニの自叙伝

 2006年 Chandra Yogaが誕生して

ヨガを教えながら、

自分もいろいろなヨガのトレーニングを受けていた

そんなある日、

スピリチュアルフェアというのが

LAであるのを知って行ってみた。

 

そこで出会ったのが、アメリカの江原さん!

と呼ばれた ジョンヒラノさんだった。

 

ジョンさんは、ハワイアンのお母さんと

日本人のお父さんを持つ日系アメリカ人で

見た目も、雰囲気も、江原さんに似ていた。

 

「あなたの後ろに、オレンジの布を巻いた

インド人みたいな人がいて、

いつもあなたをサポートしてくれていますよ!」

 

なんて言われて、

私がヨガをやっていることも言っていないのに

ビックリ!!

 

「あなたは、ヨガクラスをやっている時、

自分で思ってもいないことを言ったりしませんか?

それは、あなたをサポートしてくれている守護霊たちが

あなたに言わせているのですよ!」

 

またまたビックリ!!

 

ヨガクラスをする時、前もって、シークエンスを考えて

こうして、これを言って・・・なんて考えてからすると

あれ?次はなんだっけ?

なんて忘れてしまうと、焦って上手くいかないので

何も考えず、ただ

 

どうぞ私の体を使って、みなさんに必要なことを

お伝えできますように・・・

 

と祈って、出来るだけ無心になってから始めると

感動して頂けるような言葉がよく出てきたので

ただそうしていたのだ。

 

そんなこと誰にも話したことなど無かったのに

どうしてこの人にはわかってしまったのだろう?

 

「それから、お父さん、おばあちゃんも側で

笑って、見守ってくれていますよ!」

 

お父さん、おばあちゃんが死んだことも話していないのに

不思議だ〜!!

 

それから、ジョンさんに頼んで

私のヨガクラスに来てもらって

ジョンさんに相談したい人は、観てもらったり

 

Spiritual Development 霊能開発クラスを

やってもらうことにした。

 

オーラの見方や、

ペンジュラムの使い方

ダウンジングを使って、

守護霊さまをお招きする方法

相手を霊視する方法

チャネリングする方法

レイキヒーリング

アカシックレコードに繋がる方法

幽体離脱して、遠くの人を観る方法など

 

毎回、それはそれは楽しいことを教わった。

 

そのクラスを受けた人から、その後

スピリチャル界で活躍した人も誕生した。

 

ジョンさんは、私のスピリチュアルのメンター

 

日本でも、各地で活躍をしていて、

一緒に鞍馬山にも行ったりした。

 

ジョンさんは、アシュタンガヨガもやっていて

ジョンさんのオフィスには、ヨガスタジオもあって

そこで、ヨガのクラスをやらせて頂いていた頃もあった。

 

そこのオフィスでは、いろいろなスピリチャルの人が来て

インドのレイキみたいなディクシャや、

ハワイのフナマジック、風水、フラワーオブライフ、数秘術

などいろいろなことを学ばせてもらった。

 

うちの旦那さんから、ヨガを始めた時、

 

「なんでヨガ?もっと怪しくないことをしろよ!」

 

と言われたことなど、全く無視して

どんどん怪しい道へと入っていったのでした。

 

でも、これらもすべてヨガに繋がっていたのでした。

 

ヨガとは、肉体だけのエクササイズではなく

ポーズをするのは、準備運動みたいなもので

ヨガこそ、霊的能力を高めていくことが目的

そうして、悟りを開いて、解脱するのが目的なのです。

5000年も前から、伝えられてきた・・・

 

だから身体だけでなく、心もスッキリとして

目の前に映る世界が変わり、至福になれるのです。

そして、不思議なこと、ミラクルが起こるのです。

 

ジョンさんが、日本で、新たな霊能開発クラス

富士山から降りてきたエネルギーを伝授するというので

丁度偶々、私もその日に日本に行く時だったので

そのクラスを受けに、成田に着いてから鎌倉まで行きました。

 

そのクラスを受けた時に使った本が必要だったので、

その本の日本語版がありますか?

と聞いたけど、ジョンさんは英語版しか知らないと言われて

その日、実家に帰ったら

お母さんから、何か宅配便が届いていたわよ!

と言われて、箱を見たら、アマゾンからで

開けてみたら、なんと!!ビックリ!!

その本の日本語版が入ってました!!

 

日本に行く前に、私が欲しいと思った本を

欲しいものリストに入れておいて

それをオーダーしていたことをすっかり忘れていて

偶々、その中にその本が入っていたなんて!!

 

そんな不思議なことが、よく起こりました。

 

その時、もう一つ、不思議なことが起こったのでした。

 

その話は、また次のブログで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chandra Yoga 誕生 あるヨギニの自叙伝

前回の記事で、Chandraと言う空想の存在に助けられながら、

 

なんとか無事にティーチャートレーニングを終えたことを投稿しました。

 

ヨガのトレーニングを受けたのは、ヨガの魅力をただ知りたくて

 

受講しただけで、私が教えられるなんて、微塵にも思っていませんでした。

 

 

ところが、そんな矢先に、友達が

 

「ヨガのトレーニングを受けたんでしょ?私にも教えて!」

 

と言われて、家でヨガを教えたら

 

「今度、友達も誘って良い?」

 

と聞かれて

 

「もちろん、いいよ!」

 

と言ったら、友達の友達も友達を連れてきて・・・

 

こんなに沢山の日本人がこの辺りに居たの?

 

と思うほど、沢山の人が来てくれるようになり

 

1クラスに、10名くらいが限界だったので

 

他の日や、他の場所でもすることになって、

 

気がついたら、ほぼ毎日、クラスをするようになっていました。

 

 

 

そんなある日、あるイベントで、子供達にヨガを教えて!

 

と言われて、うちの子供達もいるから丁度良い!!と思って

 

参加することにしました。

 

その時に、企業名は?

 

と聞かれたので

 

企業名と言われても・・・ただ家でやっているだけで

 

考えてもいなかったのですが

 

Chandra に助けられて、ここまでこれたのだからと

 

【Chandra Yoga】

 

と感謝の気持ちを込めて、名付けたのでした。

 

それから、13年後に、不思議な流れで、インドで

 

私がChandra になるとは、その時の私は思ってもいませんでした。

 

 

 

 

 

 

神秘体験 Chandra との出逢い あるヨギニの自叙伝

先週から、あるヨギニの自叙伝と題して、クラブハウスで

 

沖ヨガの先生たちと、私の自叙伝をお話をさせて頂いています。

 

その参考資料に、回想しながらブログを書いています。

 

 

 

先週までは、私の幼少期から、思春期、

 

そして97年に、結婚して渡米して

 

ヨガに出会ったことまでを、お話ししました。

 

 

 

 

それから、二人目の子供も生まれて、子育てもしながら

 

私はヨガと英語を学びにカレッジに通っていました。

 

カレッジだけのヨガでは、物足りなくなり

 

近くのスポーツクラブのヨガクラスも受けたりしました。

 

スポーツクラブは、託児所があって、子供を預かってくれたので。

 

 

 

毎回ヨガをする度に、体だけでなく、心もスッキリして

 

目の前に映る世界が一瞬で変わるヨガの魅力にどんどん魅了されて

 

こんなに素晴らしい気分にしてくれるヨガって何なのだろう?

 

ヨガのこともっと知りたい!!そう思って

 

あるヨガスタジオで、ヨガのティーチャートレーニングがあると言うのを知り

 

一度、ヨガのトレーニングのところにも行って、聞いて来よう!

と思って、そのスタジオYOGAWORKS に行って、聞いてみることにしました。

「私、英語に自信が無いのですが...大丈夫でしょうか?」

と聞いたら

「英語読める?」

と聞かれて

「まあ~アルファベットなら...」

「じゃあ大丈夫よ!テストはお持ち帰りだから。」

の言葉に、なんとなく大丈夫な気がしてしまい、

 

そのヨガの世界の不思議な世界の扉を開けてみることを決意。

 

まあそれまでには、いろいろ葛藤が散々ありましたが、

そのことは、下のブログをご覧になって下さいね。

 

 

家族とセドナに行くことになり、

 

身を清めてから、受講しようと思って、

 

レッドロックの川に入って、

 

清めたつもりが、逆にバイ菌が入って、

 

腎盂炎になって、40度以上の高熱が出てしまいました!

 

え〜〜〜!!

 

大事なトレーニングを控えている時に、なんてこと!!

 

もう焦りと不安で、落ち込み、凹みましたが

 

そうだ!!こんな時こそ、瞑想をしよう!!

 

そう思って、全身が熱で震える中、深呼吸をして、瞑想しました。

 

 

 

そこで、不思議な神秘体験をしたのでした。

 

月のような丸い光が見えて、そこからある人が現れて、微笑んでいる

 

 そこは、インドみたいで、川のほとりで、ヨガを教えているようだ。

 

その人が、微笑んで、

 

 「大丈夫」というのが目から伝わってくる。

 

そしてまた丸い月の中へと消えていって

 

 ハッと目覚めて、そしたら体も楽になったのでした。

 

なんだったんだろう???

 

そして、それから無事、トレーニングに行くことができました。

 

 

初めてのティーチャートレーニング!!ワクワク!ドキドキ!

 

言葉の壁を乗り越えられるか?緊張して行ってみたら、

 

25人くらいの人がいて、

 

「一人づつ、自己紹介と、アヒムサについて語りなさい!

 

 みんなヨガ・スートラ読んできているでしょ?」

 

と、いきなりそんなハイレベルことを?しかも英語で??

 

失神か、疾走したくなりましたが

 

そんな調子で始まったトレーニング

 

毎回、超ハードなアサナ(ポーズ)のプラクティスはもちろん

 

他のクラスも受講して、観察して、シークエンスを研究して提出

 

ポーズは、英語だけでも大変なのに、サンスクリット語も覚えて

 

解剖学は、英語も日本語もちんぷんかんぷん

 

ヨガ哲学の本も読んで、毎回エッセイを提出

 

それらを理解して、教える練習

 

誰が、アルファベットが読めたら、大丈夫って言ったの〜?!

 

しかも、その時、私は子供たちの日本語学校のP T A までやっていて

 

それがまた語り継がれるほどの、超大変な時期で、

 

寝る間も惜しんで、勉強して、練習して、お母さんして、

 

何度、知恵熱が出たか・・・

 

人間って、頭を使いすぎると、微熱が出るものなんですね

 

あ〜日本語だったら、どれほどまだ楽だったか・・・

 

なんで私はアメリカに住んでこんな苦労をしなくちゃならないの?

 

と何度思ったことか・・・

 

あの頃は、辞書を使って、いちいち、一言一言調べて、

 

本を読み、調べて、エッセイを書いたり、台詞を書いたりした

 

もうシャバアサナの時、もうろうとして

 

あ〜〜私、もう体力も、頭も限界、無理〜!これでやめようかな・・・

 

そう思っていたら

 

また丸い月が現れて、女神のような人が微笑んでる

 

それに癒されて、シャバアサナから起きたら、スッキリして

 

もうちょっと頑張ってみよう!!と思えた

 

 

ある時、ポーズを習っていて、

 

アルダチャンドラアサナ 半月のポーズの時に

 

チャンドラって、サンスクリット語で月だということを知った

 

 

それから、またキツくて、身体も心も折れそうな時

 

シャバアサナをしていて

 

あの月の人、現れないかな〜?

 

と思うようになった

 

そうだ!!月って、チャンドラって言ってたな!

 

チャンドラ〜〜 お願い、現れて〜〜!!

 

と心の中で思うと、現れて、癒してもらうようになった

 

もうかなりイッテしまって、妄想だったかもしれないけれど

 

それで癒されながら、どうにか持ちこたえられて

 

先生や、同期の友達、家族にも助けられ、励まされながら

 

トレーニングも無事終えることができた!

 

 

2005年の冬だった。

 

 

 

 

 

 

”あるヨギーニの自叙伝” 闇から光へ 神秘体験 奇跡の呼吸法

今日は、どん底の闇から、光の神秘体験をした時のことを振り返って

 

20歳の時、父が心筋梗塞で、突然、帰らぬ人となった

 

母は脳梗塞の後遺症で鬱、

 

おばあちゃんは、胃ガンになって看取った後のことだ

 

その頃、宅建を取って、不動産の社長の秘書をしていた

 

その社長と、建設会社の人に言われて

 

そこにアパート建てる契約を交わされた

 

その頃つきあっていた彼からは、お金を貸してくれたら

 

どうにかすると言われて・・・

 

もう何がなんだかわからなくなっていたが

 

知り合いの金融関係の人から、それは危険だから

 

直ぐに弁護士を入れなさい!と言われて

 

おばあちゃんの家の土地を相続した私は狙われて

 

そんな時に、交通事故で、ぶつけられて、

 

車は無くなり、首は鞭打ち症になって

 

彼も、父と思って信じていた人達も、

 

うつ病で病気の母にも相談できず

 

八方塞がりのどん底で、如何しようもなくなって

 

顔面神経痛で、家に引きこもって

 

俗世間で生きていける自信も無く、

 

どこかに出家したい!と思っていたが

 

病気の母を置いて行くわけにもいかず

 

どうしよう・・・と思っていた時

 

ある友達からの紹介で、ある霊能者の人と会った

 

ただ自分の名前だけを言っただけなのに

 

「あなた、キントラにあったわね?」

 

「は?」

 

「金銭トラブルよ!」

 

すべてをお見通しだった

 

「あなたの思っているうちの40%くらいしかならないかもしれないけど

 

 護摩焚きしましょ!」

 

「は?ゴマ??」

 

って何だろう?胡麻くらいしか知らなかった私

 

言われるがまま、ある栃木の山奥の神社へ向かった

 

そこで白装束に着替えて、滝を浴びた

 

その横で、火を焚いて、割り箸みたいな木に

 

詐欺関連の人たちの名前を書いたものを燃やしながら 

 

水は、冷たいを超えて、痛いほどだったけど

 

激しい呼吸法を教わって、それをしながら浴びていると

 

冷たさが感じなくなってきて、意識がもうろうとしてきた

 

その時、空から光が降りてきて、

 

水は、光のシャワーのように感じた

 

それは言葉で言い表せないほど、気持ち良かった

 

何が起きたか?その時の私にはわからなかった

 

ただ、ただ、至福で気持ち良かった

 

それから、家に帰ったら、何かが違う

 

いつもは、恐ろしい人たちが家の周りにいたのが

 

誰もいなくなっていた

 

それからはもう一切現れなくなった・・・

 

その代わりに、今の主人が現れて

 

それから一年半後、結婚をして、アメリカに行くことになった

 

 

 

今思うと、あの時教わった呼吸法は、

 

私が2019年に、インドに行った時に出会った

 

インド人のグルから習った呼吸法と同じだ

 

霊能者の人は【強制除霊】と言っていたが

 

インド人のグルは、この呼吸法が最強の呼吸法

 

Intensive Breathe という

 

この呼吸法をすると、チャクラが強化され

 

エネルギーが変わるのだと

 

それは、体内だけのエネルギーではなく

 

エーテル体とか、アストラル体までも変わると

 

だから、私は水が冷たいのがもう感じなくなっていたのだろう

 

そして、意識は頭頂の方に上昇して

 

タントラの呼吸法と同じように

 

クンダリーニが上昇して、合一して

 

光が現れて、光のシャワーになって

 

私の意識の浄化が起きたのだと

 

今なら思える

 

そうして、至福の境地になると

 

エネルギーが浄化されて

 

別の次元に行けるのだと

 

それで、別の世界になったのだと

 

インドでそれが起きたように・・・

 

またその話は、後ほど・・・

 

 

と言うわけで、今日8/27 日本時間 14時〜

 

カリフォルニアは、22時〜

 

沖ヨガの先生方と、クラブハウスでそんな話をしたいと思います。

 

良かったら、聞いて下さいね。

 

アーカイブも聞けると思います。

 

OKIDO YOGA ヨガの喜び で探して下さいね!!

 

 

 

”あるヨギーニの自叙伝” 愛を求めて セーラー服と機関銃

 

今朝も、書く瞑想

 

思春期の頃のことを、振り返ってみた

 

見えない存在とのつながりを切ってしまった時のこと

 

 

好奇心が旺盛な私は、外の世界へ飛び出した。

 

中学生だったけれど、お母さんの原チャリに乗って。

 

原チャリに乗っていれば、高校生に見られると思ったのだ。

 

そして、夜の街へ。あの頃流行っていた、ゲーム喫茶へ。

 

今まで一人’孤独だった暗く淋しい世界から

 

明るく賑やかで、楽しい世界へ

 

いろんな人が声をかけてきて、コーラや食べ物をご馳走してくれたり

 

カッコイイ改造した車に乗せてくれて、

 

夜景が綺麗なところに、ドライブに連れて行ってくれた

 

なんて夜の外の世界は楽しいの!!

 

街灯りがキラキラと宝石箱のように輝いてた

 

もうそれからは、夜になるのが待ち遠しい!!

 

それまでは、夜になるのが、淋しくて、怖かったのに・・・

 

新しい世界を見て、ワクワクしていた

 

見えない存在の声も、ピノキオのように鼻が高くなって

 

聞く耳も持たなかった

 

いろいろな人と出会って、

 

原宿で竹の子族の衣装を買って踊って

 

そこでもたくさんの人から声をかけられて

 

お洒落して、ダンスパーティーに行ったりした

 

まるでアメリカングラフィティーの映画のようだった

 

高校生の時、学校の帰りに、校門の前で

 

真っ黒い車に乗った人が来て、

 

「親分があなたを連れて来いというので、来てください」

 

と言われて、抵抗したけど、乗せられて、

 

暴力団の事務所に連れて行かれた。

 

沢山の恐ろしい顔をした人がいて

 

切れた指があった

 

奥に連れて行かれたら、その親分とやらがいた

 

案外、小さくて、優しい人だった

 

「ただ側に居てくれるだけで良いから、居て欲しい

 

 床の間にでも、座っててくれ」

 

と言われて、なんで私が?と思ったけど

 

それからずっとそういう人に付きまとわられた

 

どこに行っても、何をしていても・・・

 

今思うと、私も一人ぼっちで淋しかった 

 

誰でも良いから、ただ誰かに側に居て欲しかった

 

だから、その気持ちも良くわかるから

 

同じ淋しい思いをしている人を、引き寄せてしまったのだと思う

 

表では、強く厳しい顔をしていても

 

私には優しくしてくれた

 

人は見かけには寄らないものだと思った

 

世間では、極悪と思われていても

 

本当は、義理人情があって、とても温かく、礼儀正しい

 

銀座のクラブで、頼まれてバイトをしていた頃があるが

 

よっぽどカタギの成金の人よりも、親切で

 

困った時は、直ぐに助けてくれたり

 

良いことがあれば、直ぐにお祝いしてくれた

 

そんな経験があったから、

 

どんな人も受け入れられるようになったのだと思う

 

人は、良いところも、悪いところも両方あるのだと

 

良いところを見ていれば、きっと良くしてくれると

 

それで、いろいろな人に騙されてしまったのだけれど・・・

 

父を20歳で突然亡くしてしまったから

 

父のような人を求めていたのだと思う・・・