体系的な論考が記述されているのではないけれど、未解明な領域を解く端緒になるかもしれない道標らしきことがたくさん記述されている。後々何かの役に立つ可能性があるので、正否を問うことなく、それらを書き出しておいた。但し、この記事は第1章のみ。全部書き出したら3つくらいの記事になってしまう。著者さんのお二人は、茨木県在住の方らしい。 2020年11月初版。

 

【百嶋資料】

常陸国ふしぎ探検隊」というブログを書いている著者の河野さんが、自己紹介として書いていること。

河野  3年ぐらい前に百嶋(ももしま)資料に出会いました。百嶋資料には神々の系図がたくさん書いてありました。百嶋(由一郎)先生は熊本の方ですが、茨城、栃木の神社が資料にたくさん出て来るんです。・・・中略・・・、「これはもう資料を手に入れて、古代史並びに河野という苗字のルーツを探ろう」ということで研究を始めました。(p.8)

 九州の人が書いた資料に、自分の地元の神社がたくさん出ていたら、誰だって興味を持つだろうけれど、チャンちゃんの地元の甲斐国には、由緒ある神社は非常に少なく、たいていはキチンと維持されていないようなお粗末なモノが多い。山陰地方の神社を巡ったら、どれもこれも大きく立派なものだらけで、その反動で、「甲斐国には、神社なんてないに等しい」と思うようになってしまったほどである。

 そもそもからして、甲斐国に住んでいるチャンちゃんは、地元に住みながら異邦人のように感じている。良きにつけ悪しきにつけ、出会う人・遭遇する出来事は、北関東に関わっていることが少なくない。だから、本書に惹かれたのだろう。


【木花咲耶姫の別名】
河野  実はコンハナサクヤヒメは、皆さんが知っているこの名前だけでなくて、たくさんの名前を持っています。(p.10)

コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫)の他に2つ。
カムアタツヒメ(神吾田津姫)
サキタマヒメ(埼玉姫・前玉姫)


【コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫)】

河野  「コノハナ」の「木花」は、「木」と「花」を近づけたら「椛(かば)」になりました。

宮古  「木花咲耶姫」の「木花」は、椛の木だったんです。日本では椛の木を古代から現代までずっと使っています。(p.11)

 椛の木は、古代では占いにも使われ、樺細工は現代でも作られている。

宮古  桜の木は特に製鉄民にとってはとても大切でした・・・中略・・・。鞘や柄といった・・・中略・・・材料として桜が多用されたんです。その意味で、日本では桜が山でとれる木の代表とされていて、そこから「木花咲耶姫」という名前が生まれたのではないかと推理しています。(p.13)

宮古  木花咲耶姫の「咲」は、製鉄の材料である岩を裂く削岩機という意味で使われています。

河野  百嶋由一郎先生の音声データに、「『咲』は削岩機の『削』と覚えてください」と入っています。

宮古  「木花咲耶姫」という名前自体が、岩を裂いて鉱物をとる製鉄民の人たちのシンボルの女神なんです。

 製鉄民のシンボル神「削神」が、農民のシンボル神「作神→咲く神」へと変化していった。



【カムアタツヒメ(神吾田津姫)】
河野  カムアタツヒメは「神とたたえられるほどのアタの姫」という意味で、アタという言葉が重要になります。この名前が使われているのは、主に九州の鹿児島空港周辺の溝辺というところです。・・・中略・・・。
宮古  宮崎には吾田(あがた)神社があります。越智(おち)がなまってアタになったんです。(p.16)
河野  耳学問ですが、これは母音変換というらしいです。・・・中略・・・。
宮古  オチ、アチャ、アタというふうになまっていく。・・・中略・・・。「オチ」は実は越国、富山あたりです。・・・中略・・・。コノハナサクヤヒメの別名カムアタツヒメが九州で使われる前には、越智族が越国にいた。越智族はすごく重要な人たちです。(p.17)
宮古  カムアタツヒメの夫は、吾田速日(アタノハヤヒ)です。・・・中略・・・。名前は必ずなまって転化してしまいます。アタノハヤヒはアカツハヤヒ(赤津速日)に転化して、さらにアカツからアカチに変わり、アカチからキクチとかカマチという姓に転化していきました。実はキクチ牲、カマチ牲のもとは栃木県の足利です。足利氏から出た名前なんです。(p.19-20)

 コノハナサクヤヒメの別名:カムアタツヒメから、富山、九州、栃木(足利)という地域が浮上してきた。
 夫婦で「吾田(アタ)」が共通している。



【サキタマヒメ(埼〈前〉玉姫)】
河野  埼玉県行田市に埼玉古墳群があります。この古墳群に行くと、古墳群のある「さきたま」地域、サキタマヒメの「さきたま」が、「さいたま」の語源であるとしっかり書いてあります。(p.24)

 サキタマヒメがこの地域の女王であり、旦那は先に書いた吾田速日(アタノハヤヒ)。
河野  アタノハヤヒ(アタノスグリ)は、鹿島の神のタケミカズ(ヅ)チ(武甕雷〈槌〉)になります。・・・中略・・・。鹿島のタケミカズチとアメノコヤネは実は同一人物だというのが百嶋先生の解釈の仕方です。(p.25)
 木花咲耶姫=神吾田津姫=埼玉姫・前玉姫 と 吾田速日=武甕槌=天児屋根命は、夫婦。
 天児屋根命は、中臣氏(藤原氏)の祖先神。その天児屋根命が武甕槌神?・・・・。
 藤原氏が創建した春日大社と、鹿島神宮は、確かに̪鹿さんでつながっているらしいけれど。
 「元春日の社」である枚岡神社(河内国一之宮)の祀神4柱には、天児屋根命と武甕槌神の双方が入っている。


【宇都宮】
宮古  古代において東日本の宇都宮にはものすごい都があったのではないかと推測しています。今の宇都宮の奥のほう、塩原に宇都野という地名があります。
河野  那珂川の上流に箒根という神社が20くらいあります。その系統の大もとの宮として嶽山箒根神社、波波伎神社があって、その里宮が、宇都野にあったんですが、宇都野から河内に移されたという記述が古文書にあるんです。栃木の河内は宇都宮のことで、宇都宮に移った神社が宇都宮二荒山神社(下野国一之宮)になります。(p.21-22)

 宇都野にあった宮を移したから「宇都野宮」⇒「宇都宮」という地名になったと言っている。
 ネット上にあるいろんな説より、この説の方が、最も確からしいだろう。



【九州と栃木】
河野  キクチ、カマチという名前の話は、古代ではなくて、中世以降の話になります。九州では、菊池という武将が有名ですし、菊池市もあります。それから蒲池法子(松田聖子)さんも有名です。それらの名前は足利が大もとになっています。
宮古  足利尊氏の分家の人がキクチ、カマチ、アカチ、アカイケと名乗りました。有名なところでは、島津、それから麻生太郎さんの先祖も足利です。九州の大名は九州出身ではなくて栃木出身です。そうすると、栃木にはなにがあったのかという疑問が湧くと思います。(p.20-21)

 そう、
『太平記』に描かれているように、日本史に仕組まれた、南北朝という朝廷史の一翼を担う足利氏に関して、その出身地である足利という地に関する歴史は、不思議なほどに分かっていない。北関東の単なる野武士の集団が運よく公家と交わり北朝として確立し室町時代を築いていった、などと考えるのは安易すぎる。栃木県の足利や宇都宮といった地域一帯には、何か深い背景が隠れているはず。

  《参照》 『《ムーとユダヤ》そして《シリウス・プレアデス・オリオン》の宇宙神々の系譜』山田雅晴(ヒカルランド)

          【足尾神社はクニトコタチ】


 

【武甕槌の「甕」】
河野  「みか(甕)」は、茨木県日立市に大甕という地名がありますけれども、すごく重要なワードです。(p.25)

 甕 → mica → マイカ → 雲母 → きらら(雲母の古称)

宮古  古代では、棺の周りに張ったり、雲母を飾りとして使いました。もっと不思議なのは、ピラミッドの裏側に雲母が張ってあるんです。(p.26)

河野  日立の大甕から北に向かって山のほうにずっと行くと、今話題の 御岩神社 があります。・・・中略・・・。近くには日立市がつくった「きららの里」という公園があります。(p.26-27)  
 吉良上野介の「きら」も、領地でとれた雲母に由来すると書かれている。
宮古  ちなみに、吉良上野介も足利氏の分家です。足利氏は中世史ではものすごく重要です。(p.27)

 金・銀・銅・鉄・翡翠・雲母など、鉱物資源は古代においても重要な意味を持っている。鉱物ないし鉱物関連技術者集団の繋がりを追跡するのは、お金の流れを追うのと同じで、古代史を解明する上で大切な鍵になる。

    《参照》  『隠れたる日本霊性史』 菅田正昭 (たちばな出)

           【新たな産業をもたらした秦氏と、秦氏を称する観阿弥】

           【最後の猿楽的万能人・大久保長安】

           【猿楽集団の歴史に占める比重の凄さ】



【ハハキからアラハバキへの転化】
宮古  ハハキノ神(波波伎神社の祀神?)のハハキは、意味は誰もわからないんですけれども、多分アラハバキに転化しているはずです。アラハバキは、皆さんは男の神様だと思っているでしょうけれども、女神です。紀元前200年ごろ、朝鮮半島、九州(熊本、鹿児島)、台湾のあたりにアラカヤ国がありました。(p.22)

 アラカヤ国は、宝貝の貿易をしていて、ハハキという神を祀っていた。

 アラカヤ国のハハキが、アラハバキという呼称の元だと言っている。
 九州と栃木をつなぐ理由にもなっている。
 女神のハハキを、男神のアラハバキに転化させたのは、どう猛な悪神のイメージにして討伐の正当性をもたせるためであると。

   《参照》  “アラハバキ” に関する引用一覧

 

 

 

<了>