常陸国ふしぎ探検隊-それは天津甕星から始まった

常陸国ふしぎ探検隊-それは天津甕星から始まった

「まつろわぬ」というキーワードから常陸国の歴史を見つめなおします。常陸国は東海道の東のはずれ、鹿児島から始まる中央構造線の終点です。

「星座神話の起源」古代メソポタミアの星座 近藤二郎著 P96 「オリオン座とその周辺の星座」の項に、古代メソポタミアの星座には、現在のオリオン座に相当する場所に「アヌの真の羊飼い」というものがあったと書かれている。


シュメール語では、(Mul) Sipa-Zi-An-Na [(ムル) シパ・ジ・アン・ナ]といい、アッカド語ではシタッダル

(sitaddaru)という。


ここでわれわれは仏教の創始者である釈迦の名前、Gautama siddhartha=ゴータマ・シッダールタを思い起こすに至った。


つまり、ゴータマ・シッダルタ→goat ama sitaddaru→羊の群れの先頭にいる山羊ということに気付くのである。そしてそれは「盲目の子羊を導く指導者」であった。それはキリスト教ではイエスのことであった。


この一点を以って、仏教もメソポタミア由来のものであることと理解するとともに、日本仏教に対する考え方が決まったのである。僧侶や歴史家のうちの何人がこの事実に気付いているであろうか。


だから私のアイコンはメヤギなのだ。(草刈り用に飼ったに過ぎないが、笑)


イエスキリスト同様釈迦など存在しなかった、それらはメソポタミア神話の焼き直しであった、というのが我々の考え方である。そしてそのもとになったのは縄文人と呼ばれる人たちであっただろう。


すべての歴史は為政者によってねつ造されたものである。


だから、われわれはこれを壮大な GO JAP PAY と呼ぶのである。




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常陸国風土記に記載されたヤマトタケル天皇の後裔を追って、これまでにも福島県いわき市、南相馬市の浜通りや白河市、須賀川市、郡山市、福島市などの都市が点在する国道4号線沿いの中通り、そして日本海側からの玄関口会津地方などを探検してきましたが、今回は栃木県から福島県に抜ける山岳地帯の神社です。

住所は栃木県日光市中三依。

ここを探検しようとしたのは、

すでに120.神炊館神社探検記(福島県須賀川市諏訪町)

で報告しているように、ヤマトタケルの一人を建許侶(たけころ)=屋主忍男武雄心命(やぬしおたけおこころ:うずおしおたけおこり)と推定し、その子とされる石背国造、建弥依米命(たけみよりめ)に因んだ地名ではないかと考えたからです。 

 

建弥依米命(たけみよりめ)→三依(みより

 

石背国造をウィキペディアより引用しておきます。

石背国造(いわせのくにのみやつこ)は律令国での陸奥国石背郡(いわせのこおり)、現在の福島県須賀川市岩瀬地区辺りにあったとされる石背国を支配した国造。

先代旧事本紀』の巻十『国造本紀』によれば、成務天皇の時代、建許侶(たけころのみこと)の子である建彌依米命(建弥依米命、たけみよりめのみこと)を国造に定めたことに始まるとされる。 

 

新解釈系図ではすでに、建弥依米命を百嶋系図の倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメ)に推定しており、山下影姫と同神ともしています。

百嶋系図抜粋

 

倭迹迹日百襲姫命は通説では奈良県桜井市の箸墓古墳の埋葬者とも言われているようです。大市墓とも言われているので百嶋神社考古学では、金山彦の妃で大山祇の姉、大市姫(おちのひめ)の墓と比定しています。

 

倭迹迹日百襲姫命をウィキペディアより引用。

第7代孝霊天皇倭国香媛(やまとのくにかひめ、意富夜麻登玖邇阿礼比売命;おほやまとくにあれひめのみこと/絚某姉;はえいろね蠅伊呂泥;はえいろね)との間に生まれた皇女である。 

 

この引用から、母はハエイロネであると確認できますね。 

われわれはハエイロネを若筒木迦邇米雷王(わかつつきかにめいかづちおう)としています。 

このカラクリはこう解釈します。

若筒木迦邇米雷王は百嶋系図ではタケミナカタの息子とし、ハエイロネはウマシマジの娘としています。そしてウマシマジとイヨを兄妹としています。妻を妹とも呼ぶことは万葉集などにも使われていますね。

 

わぎも【吾妹】 〔「わがいも」の転〕 

男性が、妻・恋人や親しい女性などに親愛の気持ちを込めて呼びかける語。

 「いかにさきくやいふかしわぎも/万葉集648」

 

この考え方で系図を分析して、さらに神社を実見していくと、兄弟姉妹が実は夫婦だったり、夫婦とされているものが兄妹になっていたりすることに気付いてくるのです。

百済系が中心となって創作した『記紀』においては、出自をごまかすために、本来女王国であったものを男王国にするために、女性の名をボディーガードであった夫として記載しているものと考えています。

さらに、高木系、白川伯王系、越智氏系が瀛氏系を「下剋上」し、一人をそれぞれの系統が都合よく名付けているため複雑化しています。 

 

上記引用での孝霊天皇は百嶋系図では、第二孝霊となります。 

整理しますと 孝霊(黄色囲み)は建許侶(たけころ)=屋主忍男武雄心命=一方のヤマトタケルであり、 若筒木迦邇米雷王になります。

雷は龍神であり女神である、これが基本です。

卑弥呼が、「蓑を着てひしゃくをもって北天の北斗七星に向かって雨乞いをした」ことが龍神の根源の一つです。

 (タケミカヅチを建御雷と表記するのは、妻であるコノハナサクヤヒメ由来のものでしょう。崇神を別雷神というのは、活玉依姫の子(訂正しました)とみなしたという意味になることでしょう)

 

孝霊(青色囲み)はウマシマジ=建南方=御年神=聖神=事代主=少名彦となります。

物部の祖とされるウマシマジ=建南方(建御名方)ですから、お気をつけあそばせ!

(ウマシマジの本来の意味はアマノミチ=天の川のことでしょう。したがってウマシマジの名前は女神=イヨの別名になります)

つまり諏訪神社は新しい神社=百済勢力に乗っ取られたあとの名称になることでしょう。 出雲の国譲り神話がそれを示唆していますね。

そしてハエイロチは弟橘です。

したがって常陸国風土記の倭武天皇は屋主忍雄武雄心命になります。 祀られている神社は日立市十王町の竪破山(たつわれさん)の黒前神社、常陸太田市下高倉町の武生神社でしょう。 それぞれ

35.竪破山と黒前神社探検記(日立市十王町黒坂)

24.武生神社探検記(常陸太田市下高倉町)

 

さて神社の考察に移ります。 名前は示現神社。 祭神は事代主。 

 

社殿

 

社殿拡大

 

拝殿はありません。本殿のみです。

神社なのに銅鑼がついています。

江戸時代の神仏混淆のままです。彫刻は牡丹か?

本殿桁部の五七の桐紋。

 

五七の桐は基本的に女性を表しています。したがって祭神の事代主=第一の孝霊はこの場合、后(本当の王)であるイヨになります。

これを勘違いしてはなりません。

五三は男神、五七は女神が基本です。

これがわからないと、本当の祭神にはたどり着けません。

 

向かって左側にあった境内社

境内社の左となりにあったお地蔵さん 

 

さて、示現とはなにか? 栃木県北部には示現神社が数社あります。 興味深いことに福岡県宗像市田熊にも示現神社があります。 祭神は素盞鳴命、大己貴命になっています。 

宗像といえば第二の森友学園ともうわさされる志明館小中一貫校の設立プロジェクトがありますね。

リンク→小中一貫校「志明館 (しめいかん)」設立プロジェクト

 

私は世界遺産登録からの一連の流れだと感じております。 戦前懐古主義=薩長クーデターによる明治体制=軍国主義を復活させたい日本会議が暗躍していると読んでおります。(笑)

 明治維新はイエズス会や東インド会社が裏で糸を引いていたもので、単純に外国勢力としてしまってはいけません。その区分けは、「オバマのアメリカ」と「トランプのアメリカ」を同じアメリカと扱ってしまうようなものです。 明治維新の「外国」や「オバマのアメリカ」とはユダ金の傀儡です。 ハザールユダヤです。ヘブライ人ではありません。アーリア人といったほうが正確かもしれませんね。

アレクサンダーに追われたゾロアスター生贄バホメットの信奉者です。 悪魔教の人食い人種ですね。それが天皇家です。武士でもあり、済州島閨閥でもあります。 

 

示現とは(デジタル大辞林より引用) 

神仏が霊験を示し現すこと。また、その霊験。神仏のお告げ。「奇跡が 示現 する 仏・菩薩(ぼさつ)が衆生を救うために種々の姿に身を変えてこの世に出現すること。 

 

これではさっぱりわかりませんね。

どの神社も示現神社になってしまいそうです。 

そこで那須烏山市谷浅見の示現神社の出番です。(笑) 

那須烏山市谷浅見 示現神社

 

由緒から一部書き出します。 

祭神は事代主、アジスキタカヒコネ。 配神はコノハナサクヤヒメ、ホムスビ、オオヒルメムチ。 フタアラ二荒神から二現神となり、その音読みにてジゲン大明神と称され示現宮ともいわれた。 

 

どうもしっくりきません。(笑) 

辞書の説明の「示現」はまあいい加減なもので、文字の説明をしただけですね。

示し現れる。

深いところはわからないし、神社の由緒通りフタアラ→二現→示現となったともにわかには信じられません。 

 

栃木県内の他の示現神社の祭神はどうなっているのでしょう。 

まとめてみました。 

 

那珂川町小砂       大己貴 事代主 

那須烏山市谷浅見    事代主 味耜高彦根 

日光市五十里       事代主 

日光市芹沢         事代主 

日光市横川           味耜高彦根 

日光市中三依       事代主 

佐野市閑馬町        衣通姫 (そとおりひめ:栃木、茨城と福島の県境のい境の明神の祭神の一柱)

足利市田島町        豊城入彦 (毛の国の先祖とされる)

足利市月谷町        大己貴 

 

【参考】 

日光二荒山神社      大己貴 田心姫 味耜高彦根

宇都宮二荒山神社    豊城入彦 相殿 大物主(大国主) 事代主(恵比寿)

 

示現神社は直観的に、二つの二荒山神社と関連していることが伺えます。

特に豊城入彦を祀る示現神社はまさにその通りでしょう。

しかし、栃木県北部には温泉神社が数十社あり、その祭神は大己貴と少彦名になっているところが多いこともあり、簡単に二荒山神社の二荒が示現に転化したとも言い切れません。

また、衣通姫を祀る示現神社はまったく二荒山神社とは関連性がなさそうに見えます。

しかし、108.境神社探検記(常陸太田市徳田)で推定したように、衣通姫はイヨあるいはその子の遠津年魚目目微比売(とおつあゆめまぐわしひめ)ですから、われわれは豊城入彦の祖母あるいは母であると推定しているので、充分関連性が伺えるのです。

そのそも二荒山神社の真の祭神は、社名に山がついていることから、女神である公算が高いのです。

山、雷と言ったら女神!

基本中の基本、鉄則です。

示現が何を表しているのかは結論づけることは今後の課題として、脳みその奥深くにしまいこんでしまうことにします。

 

 

合言葉はGBMK!

Go Beyond the Momoshima’s&Kashima’s works.

百嶋由一郎先生の講演会CD、資料、神代系図を入用の方は、常陸国ふしぎ探検隊河野克典まで。

メール k_kplanning @yahoo.co.jp

 

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