万葉集
巻頭の歌は雄略天皇の歌でした。
二番目の歌は舒明天皇の歌です。
舒明天皇の国見歌と言われています。

今回は舒明天皇の歌を訳してみます。
どんな秘密が隠されているのか楽しみです。

大和には 群山あれど とりよろふ 

天の香具山  登り立ち  国見をすれば  国原は

 煙立つ立つ  海原は 鷗(かまめ)立つ立つ

うまし国そ  蜻蛉島(あきづしま)   大和の国は

山常庭  村山有等  鳥與呂布  天乃香具山

騰立  國見乎為者  國原波  煙立龍 海原波

加萬目立多郡  怜(忄+可)國曽   蜻島  八間跡國者

通説の訳

大和には多くの山々があるが、いちばん近くにある天の香具山、そこに登りたって国見をすると、広い平野には、かまどの煙があちこちから立ちのぼっている。水面には白い鷗の群れがしきりに飛び立っている。素晴らしいくにだよ。(あきづしま)大和の国は。

通説の訳は奈良の天の香具山を比定地に見立てての国見歌になっています。

万葉集を訳して不思議なのは大和(やまと)のルビが一定の漢字で表現されていないことです。

「山跡  」「八間跡」「山拠」「山常庭」になどです。
しかし、訳は『大和』とされています。

<大和の語源>
元明天皇(661〜721)の時に好字を二文字で用いることを定められ「」と同意の「」の字に大を冠して大和と表記「やまと」と訓ずるように決められた。

倭は「やまと」とは読みません。
倭は「い」と読みます。
ましてや和と同意とは?

和は「ホータン」のホーと読み、「女王」と言う意味です。

倭は人偏に委ねると書きます。
委ねるのは女で、女王国と言う意味になります。
この時の天皇は元明天皇(女性)ですので、ある程度の辻褄が合っています。
しかし元明天皇は早世した草壁の妻であり早世した文武天皇の母です。
取り敢えずの天皇にいる人物なのです。

では、本題の国見歌の訳に入ります。

山常庭  村山有等  鳥與呂布  天乃香具山

騰立  國見乎為者  國原波  煙立龍 海原波

加萬目立多郡  怜(忄+可)國曽    蜻島  八間跡國者


山常庭
山→さん→三→み→水
常→とき→時
庭→朝廷→ミタンニ→ミトラの庭

水戸と時(常)の国は常陸国

村山有等
紫貝のとれる水辺(干潟)がある

 鳥與呂布
とりよろう→(水辺には)鳥がよる

  天乃香具山
天→天の河(星)が輝く山
紫峰(筑波山)
筑波山は双耳峰であり石岡側(表筑波)から見るとカシオペア座と相対しているように見える。


騰立
騰波江(とばのえ)→鳥羽江→波止場

 國見乎為者
こげこなば

 國原波
くはら(桜川市久原町)は

煙立龍
けむりたちたつ

海原波
うなばらは

加萬目立多郡
かもめ立ったつ

怜(忄+可)國曽
あ、わがくにぞ

  蜻島 
蜻→こおろぎ→キリギリスの古名→機織り
機織りの島

八間跡國者

八間跡→やまと→山跡→山(さん)→三(み)戸→
水戸→水戸と時(常)の国は常陸国

常陸国には沢山の山がある、筑波山の裾野には紫貝の取れる干潟がある。
そこには鳥が群れ、天の河が輝く山。
波止場に漕いでくれば久原には竃の煙が立ち昇り
海原にはかもめが飛んでいく。
あぁ、我が国は機織りの島。
常陸国は。

国見歌はどこを見て詠っているのか?
私は奈良ではなく筑波山周辺地域からみた風景を詠んでいるのだと思います。

舒明天皇(593〜641)は古墳時代末期から飛鳥時代初期の人物です。
私の推測した海進図からすると水位65m〜55mの時代です。

するとこんな感じの水位になります。

水位60mの筑波山は連なって見える大きな半島になります。

筑波山の奥の久原は入江になっています。
波止場=船着場には持って来いの場所です。



竃の煙は製鉄の煙なのか水銀精製の煙なのか?
そこはもう少し調査してみたいと思います。