《前編》 より
 

 

【浦島太郎】
 この3年間で日本の流行は目まぐるしく変わっていて、すっかり浦島太郎のような気分だった。・・・(中略)・・・。
 人生の価値観も3年前とはかなり変わってしまい、友達が「この前買った車のホイールば見てみやい。40万円もしたとぜ」と誇らしげに話していると、ボクは心の中で(そんな大金があれば、セサルやセバスチャンたちも家計が楽になるのに。日本人って恵まれすぎとるよなあ・・・)と逆に虚しさを感じてしまう。・・・(中略)・・・。
 一度南米の自由さを味わってしまうと、日本のような狭い国家でみんなと一緒に「前へならえ」をしながら無理やり話題を合わせていることが苦痛でたまらない。・・・(中略)・・・。ついに(オレは21世紀最初の南米移住者になるばい!!)と突拍子もないことを思いついたのだ。(p.124-125)
 3年間も龍宮城にいた浦島太郎は、陸の上が嫌になったらしい。貧しくても、生活を楽しむという基調の人生観が当たり前の南米で暮らしていたら、そりゃあそうなるだろうなぁ、とも思えてくる。
 日本にいたのは1年間くらいらしい。移住を志して、再び南米へと旅立った。

 

 

【スコール浴】
 ブラジル北部のベレンという町にやってきた。食べ物が安く豊富な、赤道直下の街。
 着る物なんてパンツとサンダルさえあればいいし、町は食糧であふれているので、贅沢なんてしなければ気楽に生活できる。アマゾンの住人が楽観的なのも頷ける。スコールがきてどしゃ降りになった時には、道端に素っ裸の浮浪者みたいな人が出てきて、雨に打たれながらボロい布切れで身体をゴシゴシと洗っていた。その様子を見て(この域まで達すればご立派だ)と、ある意味感心してしまった。(p.132)
 海に面した赤道直下の街は、世界中どこもこんなもんである。今日では国際金融都市となっているシンガポールだって、ほんのちょっと前まではスコールがくれば、子供たちなんかは喜んで裸になって外を走り回っていたのである。それが日本人にとってのお風呂代わりである。当たり前の生活のひとコマだった。
 チャンちゃんは天然系ノーテンキだから、シンガポールでの体験を目にして、大雨の日に日本でそれをやったことがある。でも、やっぱり日本では寒すぎる。夏の沖縄ならアリだろう。

 

 

【ブラジルの女】
「オレ、結婚するんだったら金髪のブラジル人がいいんすよねえ」とボクが理想を語っていると、有川さんは「そりゃいかん。ブラジル人の恋人を作るのは良いが、結婚となると日本人か日系人にしたほうがいい」と言うので、なぜかと聞くと「ブラジルの女は嫉妬深いうえに気性が激しく、食べ物の好みも肉食だから、日本人とは生活習慣が違いすぎて相性が悪い」とのことだった。(p.148-149)
 で、著者は実際に体験をしてみたところ、
 「殺してやる!!」などとわめきながら包丁を振り回すのである。 ・・・(中略)・・・ 。
 その後も彼女は、ボクの家の周りをしつこくうろうろしていたので、恐ろしくて外に出られなくなり、本当に往生した。
 有川さんが教えてくれたとおり、ブラジルの女性は気性が激しかった。日本のヤンキー姉ちゃんでも、ここまで激しいのはまずいないだろう。この経験を経て、先輩移住者の助言は素直に聞き入れるべきだと深く反省し、また一歩、ちゃんとした大人に成長したのだった。(p.155)
 おめでとう。
 肉食系は男女にかかわらず気性が激しくなってしまう。六条御息所が普通である。

 

 

【サンパウロ新聞社の採用試験】
 編集長から「1600字以内で作文を書いてきてよ」と言われた。
 作文の内容は、「ブラジルでは国民から日系人がとても尊敬されているが、それは日系人がお金を持っているからではなく、教育を重んじているからだ」といった元ヤンらしからぬ自論を書き上げて、それを持って編集部に行った。
 すると鈴木編集長から「大変素晴らし内容だった。きみは顔に似合わず字がきれいなんだねえ」と褒められ、・・・(中略)・・・ 採用してもらったのだ。
 少年の頃からボンクラで、中学高校の試験でも最下位あたりの点数しか取れず、漢字だって小学生レベルしか読み書きできないこのボクが、なんと新聞記者になった。そして、他人から初めて、自分というものを認めてもらえた瞬間でもあった。そのことが何よりも嬉しかった。(p.195)
 だから、お給料は日本円でたったの1万7千円ぽっちだったけど、そんなの関係ねえ。

 

 

【傲慢な警視庁の警視】
 「英語ができないといちゃもんをつけるくらい偉いのなら、ポルトガル語圏のブラジルで指導できるよう、ポルトガル語を勉強してくるのが常識だろう。日本人移住者が100年に渡り築き上げた信頼があるからこそ、ブラジル人は日本人に対して寛容であることを理解しているのか。日本では威張っていられるかもしれないが、ここはポルトガル語圏のブラジルであることを忘れては困る」
 この原稿をチェックした鈴木編集長から「おまえなあ! お上に盾突いてどうすんだよ」と大目玉を食らうも、ボクもさすがにここは引けないと「何言ってんすか! これは社会の問題点でしょうもん!!」とすごい剣幕で迫ったので、その迫力に圧倒されてか、局長もしぶしぶ原稿をそのままコラムに載せてくれた。
 このように、たとえ昔は悪くても、元ヤンは己が正しいと思う主張を貫き通すのだ。(p.203)
 そう、元ヤンは正しい。完全に正しい。
 移住者の生き様に比べれば、ボクの南米経験など鼻くそ程度だ。移住者たちには毎回頭が下がる思いで取材しているし、みんなボクの憧れでもあった。だから、移住者を見下す人間はどんなヤツでも許せない。(p.205)
 警視庁の高級官僚のふざけた傲慢ぶりには、本当に腹が立つけれど、移住者たちの苦労を知らないのは彼らばかりではない。
 2人の若い日本人旅行者とバーで出会い、彼らが移住者たちに対して、「あの人たちの人生は終わってる」だのと話していたから、頭にきてぶん殴ってしまったとも書かれている。
 チャンちゃんも、ほんの短い時間接しただけだけれど、ブラジルで生活している日系人たちの日本に向ける思いの強さに打たれたことがある。日本国内で普通に生きているだけの日本人なんて、彼らに比べたら何者でもないないだろう、と痛く感じ入ったことがあるのである。そのことを以下のリンクの中にちょっとだけ書いといたけれど、だからこそ著者の気持ちがよくわかる。
 移住者たちに直接に触れあう経験がないと、人ってやっぱり思い至らないことがたくさんあるものである。
   《参照》   『水人』 中里尚雄 (扶桑社)

             【マウイ島のハイクという地名】

 

 

 ブラジルに関する読書記録
   《参照》   『足跡のない道』 宮沢和史  マガジンハウス

   《参照》   『もう一つの日本』 皆川豪志・徳光一輝 (ソフトバンク新書)

             【ガランチード】

             【良き日本が保たれつつも、寂れていく日系社会】

 

<了>