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 海外で土木事業に携わっている7人を取材して書かれた書籍。みな60歳前後のおじさんたちばかりだけれど、だからこそ語りうる素晴らしい経験を知ることが出来る。海外の土木事業に興味を持ってくれる若者が多くなることを期待して企画編集された図書らしい。2008年5月初版。

 

 

【「ひも屋」】
 ジゴロ!?
 道路に携わる技術者のことを、加藤は「ひも屋」と表現することがある。自らを「ひも屋」と呼ぶのは、技術者特有の照れも含まれているけれど、道路は輸送や移動の機能だけでなく、無限の可能性を結ぶ絆の役割を果たしていることへの矜持が込められている。だから、ロープやベルトでもなく温もりのある「ひも」でなければならないとの思いがある。(p.9-10)
 加藤欣一さんは、国内で2個所道路工事を経験した後、海外10か所で道路工事を行ってきた「道路一筋」のベテラン。何で海外に「ひも」付いたのかと言うと、
 「大学3年のとき病気になり入院した。病院のベッドで読んだ小田実の『何でも見てやろう』に惹かれ、海外に興味を持った。できれば海外で仕事をしてみたいと考えた」(p.10)
 『何でも見てやろう』が世に出たのは1961年。団塊の世代と言われる現在60歳くらいの人達は殆ど読んでいる本だろう。チャンちゃんが大学生の頃、まだこの本は生協にあったけれど、最近ではどうなのか分からない。1ドル360円時代の貧乏旅行記である。時代は変わってしまっているけれど、現代でも面白い本のはず。下記リンクの中でもこの本が言及されているし本の写真も取り込んである。
   《参照》   『無名』 沢木耕太郎 (幻冬舎)
             【著者にとって極めて重要な本】

 

 

【技術者たちがプロジェクトにかける思い】
 1980年代の日本は、中東への経済援助やインフラ整備を通じて友好関係が堅固になっていった。でも湾岸戦争で欧米側に130億ドルも拠出したことで、中東の人達の日本を見る目が微妙に変化し、21世紀に入ってからのイラク戦争でさらにそれが顕著になってしまった、と書かれている。
 国づくりや人づくりは、その時々の国際政治や外交戦略と無関係では成立しない。だが、技術者たちがプロジェクトにかける思いは、それらを超越したピュアでイノセントな心情に立脚しているのだ。(p.16-17)
 純粋で無垢な日本人技術者の心情で作られた道路や空港が、湾岸戦争やイラク戦争中のアメリカ軍の爆撃で無惨に破壊されていたりもする・・・・。

 

 

【若い技術者や学生たちに】
 若い技術者や学生たちに、加藤はこう語りかけた。
「海外で仕事をするには、まず日本語と日本文章を正しく使えることが第一条件です。日本語でしっかり表現できる能力がなければ、異なる言語で相手に自分の気持ちを伝えることができません」(p.17)
 海外で活躍する条件として頻繁に言われることだけれど、国語力ってどこでどんな仕事をしていたってやはり基本中の基本。

   《参照》  『英語は勉強するほどダメになる』 栄陽子 (扶桑社新書) 《前編》

            【外国語は母語以上のレベルにはならない】

 

 

【日本のコンサルタント】
 日本のコンサルタントは、契約仕様書にないことでも、『できる限りのことをやってやろう』と時間を惜しまずやってきたことです。そのことを途上国の人たちはしっかり見ています。口には出さなくても、高く評価してくれているのです。これは欧米のコンサルタントにはない日本の貴重な競争ファクターです。(p.22-23)
 日本の土木工事の品質の高さは世界中に良く知られているけれど、ネックは言わずと知れた価格。しかしながら、トルコで行われた橋の入札に、価格面でどうせ勝てないからと日本企業が参加しなかったら、トルコ政府は入札のやり返しを指示したという話も聞いたことがある。
 高品質な日本の技術力に対して、資金供給面でバックアップする国際金融機関も今後は増えてゆく筈である。土木技術に限らず、高品質な日本はますます世界に必要とされてゆくのである。
 

 

【パクセ橋】
 ラオス紙幣の1万キープ札に橋が印刷されている。大河メコンに架かる「パクセ橋」である。(p.34-35)
 雨季と乾季で12mも水位が変わるメコン川にかけられた、全長1380メートルの橋である。全額、日本の無償援助で作られた。この話は、テレビでも何度か放映されているから比較的よく知られているはず。着工から完成までが簡略に書かれているこの本を読むだけでも、誰だってきっと涙を流すことだろう。
 このプロジェクトに携わっていたのは土屋紋一郎さん。金融都市シンガポールの「リパブリック・プラザ」の深度80mに及ぶ基礎工事も土屋さんが参加していたとか。どっちもすごい仕事である。
 

 

【インフラが秘めている不思議な力】
 より広い地域とより多くの国の人たちが便益を共有し享受し合えるインフラが、逆に侵略のリスクを解消し平和の構造を拡大しているのだ。
 インフラが秘めている不思議な力である。政治や経済の力学にはない文明工学の力である。インフラが新しい歴史を歩み始めている。(p.73)
 かつて大英帝国が、植民地インド各地の鉄道の軌道幅(軌間=ゲージ)を変えて敷設しておいたように、分断の実行はインフラから行われていたのである。
   《参照》   『鉄道と近代化』 原田勝正 (吉川弘文館)
            【軌間の問題】

 今日では、EUの実現によって国境を跨るインフラ整備が進んでいる。ITの分野でもリージョンコードの異なるHD-DVDは、異ならないブルーレイに敗北したのである。
   《参照》   『じゃんけんはパーを出せ!』 若菜力人 (フォレスト出版)
             【ブルーレイ vs HD-DVD の決着】

 インフラの共有、それは世界平和が進展していく過程でもある。
 「分断と統治」ではなく「共有と繁栄」である。
 『シームレス・アジア』の議論が日本でもやっと始まりました。(p.75)
 

【輪から環へ】
 佐藤周一さんが関わったのは、インドネシアにおける井戸開発による灌漑農業事業。
 インドネシア政府は、佐藤が「プロジェクトサイクル一貫管理方式」と名づけたこの提案を受け入れ、次期案件の形成を事業と同時進行で実施する方法も、「スペシャルスタディ」として認めたのである。(p.86)
 従来の方法では、プロセスごとに責任者が変わってしまっていたけれど、この方式では、ひとりのコンサルタントが、農民の自発的発案から合意形成、改善、修復、運用、管理まで、農民と長く関わりつつ事業を推進するという方法をとるのだと言う。確かに、この方が受益者たる農民も、自分たちで作って成し遂げたという達成感や意欲が持てることだろう。
 当初の計画では中規模の井戸が計画されていけれど、佐藤さんはそれを小規模な井戸にし、1つの井戸当たりで賄える家族数を30から5程度に減らして一貫管理方式を実施したのだという。
 つまり、ひとつの「輪」を小さくすることによって、少ない経費で多くの自発的な「輪」が育ち、それらが連鎖して「環」となり、トータルとして広範囲な灌漑農業が可能となったのである。
これって、近年、工場内で起こっていた「ライン生産方式からセル生産方式へ」という変革に対応するだろう。
   《参照》   『ウェブ時代 5つの定理』 梅田望夫 (文藝春秋) 《後半》
             【小さい組織の時のやり方を維持する】

 

 

【価格競争力の正体】
 日本の建設業界は30年来、国際競争力の強化を掲げている。だがその国際競争力を価格競争力と一括りにして捉えてきた。しかし、福田が指摘した契約、雇用、調達、金融など諸々の高度なマネジメント能力の収斂が価格競争力の正体であることを知らされる。(p.121)
 工事機械を持ち込めば輸入税、持ちかえれば輸出税、所得税、みなし税、為替レート、金利変動など、知らなかったではすまないことがテンコ盛りある。国際的な土木事業をマネジメントするには、施工技術以外にもこのような知識・経験を持つ人材が必要不可欠。

 

 

【プロブレムシューター】
 あえて日本語に訳せば「問題処理責任者」となるプロブレムシューターは、日本国内には存在しない職能であるが、海外プロジェクトでは不可欠な存在のプロフェッショナルであり、プロ中のプロと尊敬されている。(p.168)
 契約書のたった一つの単語の表現によって利益を失ったりする可能性があることも書かれているけれど、日本のように誠心誠意では解決しないのが欧米基準の契約の世界である。このようなことも含めて、あらゆる問題を処理する能力をもっているからこそ、プロ中のプロと尊敬される職能である。

 

 

【ISO規格】
 品質に関する国際規格(ISO9000シリーズ)の一例をあげてみます。実は、ISOは品質管理先進国の日本とドイツに“足かせ”をはめるために、英国のマーガレット・サッチャー首相が考え出した国際戦略なのです。(p.146)
 これが欧米人の戦略発想による常套手段である。
   《参照》   『じゃんけんはパーを出せ!』 若菜力人 (フォレスト出版)
             【戦略思考における必勝法】

 

 

【技術力】
 「技術」はツールですが、それより価値のあるものにして社会に提供する「技術力」は、「技術プラス人間性」のことです。シビル・エンジニアリングに求められているのも、その「技術力」なのです。
  “シビル・エンジニアリング” は、日本語で “土木” と訳される。
 技術力 = 技術 + 人間性。
 諜報活動(スパイの活用やインターネットの悪用)をすれば、技術を盗むことはできる。しかし、そのような事をする国は、人間性に劣っているからこそ、そのような事を当然のごとくする。具体的に言うならば、中国がまさにそれである。数十年のインターバルで見ていれば、その結果は明白になるだろう。
 
 
<了>