《前編》 より

 

 

【アメリカを構成する二つのバイブル】
 アメリカとは、「独立宣言」 の源としてのキリスト教のバイブルと、「アメリカ憲法」 という政治、民主主義のバイブルという二つのバイブルででき上がっている国といっていい。
 そして、この 「2つのバイブル」 は、そのときどきにおいて、周期的に分離する。そのたびに、「アメリカの魂」 は大きく揺さぶられ、深刻な疎外を経験することになる。(p.195)
 アメリカ民主主義の根幹は、キリスト教のバイブルを根源とする 「独立宣言」 と、連邦制を定めた 「アメリカ憲法」 であると書かれている。
 前者については、宗教国家・アメリカとしての強固な側面を、過去の読書記録に何度も書き出している。
      《参照》  『姿なき占領』 本山美彦 (ビジネス社)
               【洗脳国家・米国の国民支配】

 後者についての具体的を挙げるならば、南北戦争の現実の議題は、「奴隷制度廃止」 ではなく、「南部諸州の連邦からの独立阻止」 だった。その他にも、ゴールドラッシュ時にゴールドを州の富とするのを阻止すべく連邦制が強固に主張されたこともあった。
 アメリカが民主主義の名において行っていた連邦国家維持と同じ事を、中国政府は共産党政権下で行っている。大国とはつねにこのようなものであり、中国においてアメリカの二つのバイブルに相当するものは、胡錦濤国家主席によって繰り返し語られている 「中華民族としての結束」 という思想なのであろう。

 

 

【4つのアメリカ】
 金銭や豊かさを求めるプラグマティズムの国という単純な視点だけで、アメリカの内政や外交を見るだけならば、アメリカの本質を見落とすことになる。
 「4つのアメリカ」 という区分認識がアメリカを理解する端緒となる。
 私は、大学生がはじめてアメリカについて勉強するときには、「4つのアメリカ」 を念頭に置いて文明としてのアメリカというものを見るように教えている。
・・・(中略)・・・
「4つのアメリカ」 とは、4つの代表的植民地の誕生の仕方を言う。私がそれを重要と考えるのは、「アメリカの多様性」 を、明確な構図として常に念頭に置くことが大切だと思うからだ。(p.220)

 

 

【第1のアメリカ】
 「バージニア」 ジェントルマンのアメリカ。
 ロンドン周辺や西ないし南イングランドの各地を中心とした豊かで温和な社会的・文化的風土の地域、つまり 「オールド・イングランド」 からやってきた人々が中心。

 

 

【第2のアメリカ】
 「マサチューセッツ」 ピューリタンのアメリカ。
 どこかに宗教的な使命感を感じさせるような、理想主義的雰囲気を漂わせる、宗教国家・アメリカの母体となる人々である。
 「ピューリタン」 と 「ジェントルマン」 というのは、イギリス文明史を論じるときにしばしば言われる二項対立のパラダイムである。・・・(中略)・・・。
 端的な比ゆで言えば、オックスフォード大学のカルチャーは、宮廷派的つまり体制的かつ 「ジェントルマン」 的とたとえられるところがある。一方、それに対してケンブリッジはどこかつねに野党的であり、実際野党的な 「ピューリタン」 の指導者を数多く生み出している。(p.222)
 ピューリタンが殖民してきたニューイングランドにあるハーバード大学の所在地はケンブリッジという地名になっている。
   《参照》   『ハーバード大学 春夏秋冬』 黒田かをり (TOKYO FM出版)
             【アイビーリーグ】

 

 

【第3のアメリカ】
 「ミッド・アトランティック(中部大西洋地域、ニューヨークやペンシルベニア)」 気安いアメリカ。
 これが20世紀後半の日本人がイメージしてきたアメリカである。 
 マサチューセッツのピューリタンから迫害され追放されてきたマイナーなプロテスタント・セクト(宗派)の人々や、イギリス国籍をもたないスウェーデン人やドイツ人、ユダヤ人やオランダ人、あるいは棄民たちがそこに群がっていた。(p.225-226)
 ニューヨークの 「心臓」、それは何といってもウォール街である。今に続くマネーゲームの伝統は、「ニュー・アムステルダム」 と称したオランダ植民地の時代からニューヨークの歴史的本質だった。(p.227)

 

 

【第4のアメリカ】
 「ディープ・サウス(深南部)」 荒々しいアメリカ。
 テキザン、ブッシュ政権のドンパチ政策を平然と行う気質のルーツがこれである。
 この地域では当初より奴隷人口が多く、何百年にわたり絶えず奴隷の反乱に直面していた。その一方で、先住民であるインディアンやスペイン系(ヒスパニック)少数民族との戦いもつねに繰り返された。
 また、ジョージアからテネシー、ケンタッキーの山間部にかけて、ヨーロッパでも中世以来紛争の最も激しかった北アイルランドから 「スコッチ・アイリッシュ」 と称したスコットランド系の荒っぽいプロテスタント移民が数多く放浪・入植した。(p.228-229)

 

 

【どのアメリカなのか】
 外から見て我々が 「いかにもアメリカ的!」 と感じるときは、この4つのうちどれかがくっきりと顔を出し、1つの形をとって現れているときである。
 すなわち今、我々が目の前にしているアメリカは、直ちに別の顔に変化する可能性が常にあるということである。国家としてのアメリカとつき合うとき、このことを知ることが、日本にとって大切な 「リスク・ヘッジ」 ともなるのである。 (p.233)
 他のどの国の場合よりも、歴史を通してしかわからない国、それがアメリカなのである。(p.235)
 最後の文章は、最も歴史の浅い国・アメリカに関して、逆説的意外性をもって表現しているけれど、入植者たちのルーツまで含めて歴史を遡って知っておかないことには、アメリカが有するその多様性、分裂性、普遍性などを個々に説明し理解することはできないのだろう。
 対する日本は、世界でアメリカとは対照的に最も古い国であるが故に、むしろ外交上の研究は容易な国なのである。
 

<了>
 

  中西輝政・著の読書記録

     『アメリカの不運、日本の不幸』

     『大英帝国衰亡史』