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 アジアやアメリカの政財界に対して大きな影響力をもつ大前研一さん。この本は、2009年2月初版だから、大統領選が終わってオバマ大統領が就任する前後頃に書かれたものが多く含まれている。序盤と後半はオバマ大統領が率いるアメリカ政府への政策提言のような記述である。

 

 

【富の創出を考えないオバマ政権】
 実際、オバマや彼を支えている人たちの頭の中には、富の分配の議論だけで、富の創出の議論は片鱗も見えない。(p.15)
 リーマン・ショックを含め、2度の大きな経済危機を引き起こしたアメリカに対して、大前さんは、下記リンク書籍の中で、緊急対策方法を述べている。
   《参照》   『最強国家ニッポンの設計図』 大前研一 (小学館) 《後編》
              【アメリカ再生に要する期間】

 しかし、そのような方法をブッシュ政権は採らなかったし、その後のオバマ政権も、世界中で成功例のないケインズ流の需要創出策しか考えていないから、このような根本的問題点を嘆いているのである。

 

 

【不可逆過程に入っているアメリカ】
 だが実は、わたしを悲観的にさせているもっと大きな理由がある。
 それは、この国が 「チェンジ」 を旗印に掲げて登場したオバマ政権以前、もっといえばリーマン・ショック以前に、すでに引き返せないところまで 「変質」 してしまっているということだ。それはもはや不可逆的な変化であり、潮流なのである。
 いったいどういうことか? 以下、詳説していきたい。 (p.15)
 「毒入り餃子」 に例えられる 「CDO(債務担保証券)」 の存在である。
 「毒」 に相当するのが、サブプライムローン。収入から見たら本来貸してはいけない人たちに、平均12%の高金利で貸し付けて住宅を買わせるという阿漕な悪質ローンのこと。 
 「餃子」 に相当するのが、プライムローン。つまり良質なローン。
 「餃子」 に4分の1から8分の1くらいの割合で 「毒」 を混ぜて、小口債券化してできたのがCDOであり、これに保険をかけて、格付け会社(S&P)にAAAの評価をつけさせて、世界中の投資家に売りまくっていた。
 ローン会社も、格付け会社も、証券会社も、みんなモラルが破壊されている。大前さんが言う不可逆的という表現には、CDOによる金融破壊のみならず、アメリカ金融人のモラル破壊も含まれているのは言うまでもない。

 

 

【アメリカの真実】
 今や 「アメリカの真実」 は、ネオコンだの何だのという理念闘争やイデオロギー闘争ではなく、極めて偏狭で利己的で短絡的な要素によって決まってくる。しかもCNNやFOXテレビなどが流す意図的な映像、アジテーションの “瞬間芸” で決まってくるのだ。
 かつてのアメリカには、マイルドな中立の立場で分別のある意見を持った人がけっこういたのだが、今ではそういう人はほとんどいなくなってしまった。(p.72)
 ということは、深い知性をもった人々などまったく出る幕のない衆愚国家に成り下がっているということだろう。
 ルパート・マードック率いるFOXテレビは、ブッシュ応援団、ないし、テキサス州立放送のようなものになっていたという。英国人マードックは、英連邦のオーストラリアで活躍していたから、ブレア、ハワード、ブッシュという戦争フリーク3人トリオを媒介しつつ利権に寄生していたということらしい。狐にモラルを期待しても無駄である。

 

 

【揺らぐアメリカの価値観】
 かつてアメリカの繁栄の中心だったマサチューセッツ州、ペンシルベニア州、オハイオ州などには、その土地が持っている歴史や伝統に基づいた明確な価値観があった。
 ところが、新たに繁栄してきたフロリダ州のオーランド、テキサス州のダラス、ヒューストン、オースチン、アリゾナ州のフェニックスなどは歴史が浅く伝統もない。いわゆる “新興成金” がたくさんいて、その人たちの価値観は不安定で世界観がない。(p.94)
 言語的にもヒスパニックが増加し英語が通じない地域が多くなっている。
   《参照》   『「見えない資産」の大国・日本』 大塚文雄・Rモース・日下公人 (祥伝社) 《後編》
               【アメリカの文化状況】

 宗教的にも、突出気味の変容が著しい。
 「清教徒(ピューリタン)のアメリカ」 が、政治的にはユダヤ教とキリスト教原理主義という二つの宗派に(外交を含めて)牛耳られることになったのは大きな変化であり、アメリカの変質を語るうえで欠かせない視点となっている。(p.95)
   《参照》   『姿なき占領』 本山美彦 (ビジネス社)
             【米国民を扇動するテレビ伝道師たち】

 

 

【戦争経済再燃の可能性】
 上記の宗教的変容は、戦争経済再燃の可能性が、いまだ大いに残っているということである。
 両国(ロシア・中国)は、アフガニスタンとイラクでデイジーカッターやバンカーバスターのすさまじい破壊力を見せつけられて、いま自分たちが所有している通常兵器ではアメリカに太刀打ちできないことを悟った。しかし、キャッチアップするには10年以上かかるため、とりあえずロシアも中国も10年間はアメリカに逆らうのをやめた。(p.97)
 オバマ現象で小春日和はあるものの、世界との折り合いは悪くなっていく可能性のほうが高いとわたしは見ている。 (p.104)
 「世界の警察官」 から 「世界の嫌われもの」 になってしまっている現在のアメリカには、ベトナム戦争時の反戦運動のように、アメリカ自身が内省に向かうような兆候はないという。このような人心の変容も、不可逆過程に入ってしまっている証拠だろう。
 このような状況なので、アメリカ国内において世論が大きな障害とはならず、計画的に戦争を起こすことは容易なのである。
 2012年2月に償還期限を迎える時限発火金融商品に元本割れを引き起こすべく、9・11の自作自演と同じように、償還期限までにどこかで爆弾に火をつける可能性は極めて高いだろう。中国やロシアがこれを看過して、10年先までじっとアメリカを敬遠し続けるとはとうてい思えない。

 

 

【IT企業の役割】
 シリコンバレーに代表されるアメリカのIT企業群の強さは今も世界を牽引するパワーを有しているが、それらの経営者の多くはロシア系や中国系などであり、基本的にワシントンに対して距離を置いており、誕生と同時に世界化してしまうという特徴をもっている。つまり、アメリカ政府のために、と考える経営者はシリコンバレーには少ない。 ・・・(中略)・・・ アメリカ一国主義が入り込む余地はほとんどない。(p.97-98)
 上述の中に “経営者の多くは中国系” とあるけれど、そのほとんどは台湾の出身者か華僑である。(p.219)
 シリコンバレーの技術者たちが、米中ロいずれの国家権力に対しても決して染まることなく、グーグルの第一倫理にあるように、「邪悪であってはいけない」(Don’t be evil.)」 という倫理が保たれてゆくならば、世界の安定に関して、彼らの双肩にかかる比重は限りなく大きい。
   《参照》   『ウェブ時代 5つの定理』 梅田望夫 (文藝春秋) 《前半》
             【Power to the people】
             【最高の倫理観を持ったものが社会を牽引する】

 

 

【アメリカのジャーナリズム】
 国際問題でも国内問題でも正常に機能しなくなった 「職業集団」 ――― それが、アメリカのジャーナリズムの悲しい現実なのである。(p.145)
 アメリカの主要な新聞系メディアの本社内では、グローバルな視点から見た牽制やブレーキも効かなくなっている(p.139) 
 と書かれている。
 IT系メディアの勃興による資金不足や、ブッシュ政権下で行われた9・11後の暗黒情報統制によって、まっとうなジャーナリズムが維持できなくなってしまっているのだろう。