《前編》 より

 

 

【アメリカ再生に要する期間】
 アメリカ経済は、個人消費の半分を占めてきた住宅市場が回復しなければ再生できないが、その市場に資金を出し続けてきたファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)を事実上、国有化し、新たな資金供給が難しくなったことで、回復の原動力はもはやない。アメリカ住宅市場に循環している(住宅ローンに貸し出されている)資金総額は1000兆円に達している。その半分をファニーメイやフレディマックが実質的に供給していたのだから、この仕掛けが動かなくなった以上、アメリカ経済の再生には5~10年かかるとみておいたほうがよい。(p.229)
 再生が可能としても、アメリカ経済の根本的なリスクは危機の様相を強めている。
 今後さらにユーロシフトが進んだら、世界中にバラまかれたドルが最終的にアメリカに還流してくる。米国債は売り浴びせられて暴落する。ドルの価値は崩壊し、還流した通貨があふれてアメリカはハイパーインフレに見舞われることになる。(p.282)
 これの防止に、著者は 「ER(エマージェンシー・ルーム=緊急指令室)」 を設置すべきだと具体策を記述している。(p.290) 
 このやり方をしなければ、オバマ・プランは結局、泥縄式に500兆円くらいの(見せ金ではなく)実際の出費を強いられることになるだろう。意地悪な言い方になるが、ブッシュ政権の下で世界の秩序を乱してきたアメリカは、今こそ世界の中に友人がいない孤独と苦しみを味わうことになる。(p.292)
 日本の政権党が、ブッシュべったりの自民党からそうでない民主党に変わったのは、少なくともワーストからワースに転じる程度の効果はあったのだろう。

 

 

【中国を見る】
 中国の混乱は誰の得にもならない。まずは曲がりなりにもこれまで巨大国家を治めてきた中国政府を尊重すべきなのだ。
 ものには順序がある。私は、中国政府が統治機構としては 「中華連邦」 に移行したうえで、徐々に秩序を緩めて自治を拡大していき、20~30年かけて農村戸籍の人々にも移動の自由を与えることができれば上出来だと思う。アメリカも200年かかって現在の 「自由と平等」 を実現した。リンカーン大統領が奴隷解放を宣言するまで建国から約1世紀、そして実際にキング牧師らの公民権運動によって真の法の下の平等が保障されたのは、さらに1世紀後のことだった。中華人民共和国は、まだ生まれて半世紀だ。(p.247)
 大前さんの中国に関する見方は、大らかというべきか、客観的で公正と言うべきか・・・。アメリカ・ビジネスの良き面も悪しき面も詳細に知り尽くしているからこそ、比較相対的に冷静に中国を考えることができるのだろう。
   《参照》   『私はこうして発想する』 大前研一 文芸春秋
            【中国を疑問視する前にアメリカはどうだったか】

 

 

【労働問題の基本認識】
 すでに賃金が世界最高水準に達している日本の場合。労働コストは固定費ではなく変動費で処理できるようにしなければ、会社は固定費の重さに耐えきれなくなるだろう。もし、高くなった労働コストを顧客に転嫁すれば、顧客の負担が増加する。値上げを顧客に拒否されれば、会社はつぶれる。つまり、経済が成熟して低成長になった日本では、給料を上げて雇用も正社員も確保するというのは、どう考えても絵に描いた餅なのである。この現実を役所や政治家、マスコミが理解するところから、労働問題の議論はスタートしなければならない。(p.167)
 アウトソーシングを容認する意見である。派遣切りを弱者切り捨てと思う一般人の認識とは違って、大前さんは、派遣の人々に対して、派遣社員の人件費は正社員より高い(ホント?高い技能者の場合だけだろう)のだし、技能を身につける機会などいくらでもあるのに “ファイティングポーズ” をとろうとしない人々を過保護にする必要はない (p.171) と記述している。
 また、失業者対策として考えられるワークシェアリングについては、これを可能にするほど日本の失業率は高くはない、とも。
 実は、雇用問題の有効な解決策はない。これは政治家が最も言いたがらないことだが、この問題にエブリワン・ハッピーの答えはないのである。(p.309)
   《参照》   『ビジネス力の磨き方』 大前研一 PHPビジネス新書
            【サラリーマンは職業的絶滅の危機】

 

 

【法人税率】
 企業の固定費として最も顕著に経営に響くのは人件費と並んで法人税である。日本の場合は40%強を納税しなければならない。
 ちなみに日本の国税当局は法人税率25%以下の国を 「租税回避国」、すなわち 「タックス・ヘイブン」 と呼んできたが、今や世界の大半の国は 「タックス・ヘイブン」 になっているのである。(p.53)
 EU新加盟国(スロバキア、ポーランド、バルト3国など)の法人税は大半が25%未満になっており、アジアでも2008年から、香港は16.5%、シンガポールは18%、中国は25%、マレーシアは26%に引き下げたという。
 国際的な企業経営者の立場で考えれば、当然のことながら40%の日本より25%以下の海外に拠点を移すだろう。誰もこれを非難出来っこない。このような内外差がある状況で、日本の雇用が増えることを期待しても根本的に無理である。

 

 

【企業の社会的責任】
 雇用維持こそ企業の社会的責任だという意見は間違いだ。企業の社会的責任は、常に2義的なものである。企業の目的は、まず顧客が求めるモノやサービスを提供し、その対価を得ることだ。品質とコストで他社との競争に勝つことだ。社会的責任を果たしていても、顧客にソッポを向かれたら企業は淘汰されてしまうのである。(p.169)
 私はこの考え方に賛同しないけれど、ボーダレス経済の時代には必然的に競争は加速してしまう。大前さんのような考え方をせざるを得ない状況がある。この状況の先は、効率の名において雇用を減らしつつ世界の市場を独占した企業が一つ残って、失業者テンコモリ、ということになってしまう。
 そもそも、全てにおいて完璧な策など存在しないのだけど、当初は社会の欠点を補うアイデアをもってそれを実現しようとする人々の行為が、いずれは多くの人々の賛同を得て、地域社会を根本的に変革することになるのだろう。
 例えば、利潤は社会に還元するという目的に従い、個人の富裕を目指さない 「社会企業家」 達が、貧富二極化によって職を失った人々の生活を直接支えているという実例が、既にアメリカには少なからず存在している。
 
 
 <了>