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 ウイスキーだけの話なら、とうてい読む気になどなれない。でも、著者が村上春樹だから読んでみる気になった。それに、旅先はアイラ島という小さな島とアイルランドである。最初に地図が付いていてディングルの地名が明記されていたから、読まないなんてありえない。

 

 

【樽】
 イギリスと北アイルランドの間にある小さな島であるアイラ島。この島には7つの蒸留所がある。その中の一つ、ボウモア蒸留所のマネージャーであるジムが話してくれたこと。
「僕らにとって樽はとても重要なものなんだよ」 とジムは言う。「アイラでは樽が呼吸をするんだ。倉庫は海辺にあるから、雨期には樽はどんどん潮風を吸い込んでいく。そして乾期(6,7,8月)になると、こんどはウイスキーがそいつを内側からぐいぐいと押し返す。その繰り返しの中で、アイラ独特の自然なアロマが生まれていく。そしてその香りが人々の心をなごませ、慰めるんだよ」 (p.44)
 ワインなんかの樽の説明では、樽の材質から染み出る成分が熟成に係わっている、みたいな説明をしているけれど、海辺に面したアイラの蒸留所で熟成させるウイスキーの樽は、それ以上の働きをしているらしい。さながら半透膜のように海の香りをウイスキーに映し込んでいるのだろう。
 磯くさい、潮っぽい ――― というのが感覚的に近いかもしれない。普通のウイスキーの感覚とはずいぶん違っている。 その 「くささ」 こそがアイラのウイスキーの基調になる。バロック音楽でいう通奏低音である。(p.48)

 

 

【死んでも変わらない生活】
 彼の樽造りの師匠は一日にきっちり二杯、ウイスキーを飲んだ。それより多くは飲まず、それより少なくも飲まなかった。そして98歳まで生きた。ジムは語る、「ウイスキーを寝かせている倉庫に行くとね、今でも夜中になると、彼の足音が聞こえるんだ。聞き間違えようもない、特徴的な彼の足音だ。死んでからも、樽の具合を調べているのさ。(p.44)
 イングランドやアイルランドといったケルトの地は、伝統的に妖精を愛する人々の住むところだし、見えないものを普通に受け入れる素地があるから、こういった話はありふれている。
   《参照》   『妖精世界』 G・ホドソン  コスモ・テン・バブリケーションズ
 世界の名作に入っているエミリー・ブロンテの 『嵐が丘』 だって、人気があるのは、生死を越えた狂おしいまでの情念的な作品だからこそのはず。
 この小説を曲にしたケイト・ブッシュの 『嵐が丘』 の歌詞みたいに、とっくに死んじゃったはずのキャサリン(キャシー)は、今でも 「ヒースクリフ、私よ、帰ってきたのよ、とっても寒いわ、入れて」 って窓をノックし続けているのかも。
 この曲、さんまちゃんが素人の女の子を集めてやっているトーク番組 『恋のから騒ぎ』 の主題歌です。この番組を始めて見たとき、「こんな番組に、こんな狂おしいほどのラブソング使って・・・」 って、ちょっとムカついたのを覚えてる。プロデューサさんは声と曲の感じだけで選んじゃったんだろうけど、小説の内容と歌詞から判断したらミスマッチもはなはだしい選曲です。
 『嵐が丘』 を知らなかった人は、読んでおいたほうがいいんじゃないかと思う。イングランドの作品には、女性にとってちょっとツライ系の作品が多いかなぁ。ハーディーの 『テス』 とか、ゴールズワージの 『林檎の樹』(映画は『サマー・ターム』) とか。

 

 

【アイルランド】
 極端な言い方をするなら、アイルランドから戻ってきてはじめて、「ああ、アイルランドってほんとうに美しい国だったんだな」 と実感する。もちろんそこに実際にいるときだって、「美しいところだな」 ということは頭では理解できているのだけれど、その美しさがしみじみと身にしみてわかるのは、むしろそこを離れたあとのことだ。(p.75)
 アイルランドの美しさが僕らに差し出すのは、感動や驚嘆よりは、むしろ癒しとか鎮静に近いものである。(p.78)
 『ディングルの入江』 付近の写真(上掲)はあったけれど、ディングルという固有な土地に関する記述はなかったのが残念。もともとウイスキーに関するエッセイのようなものなのだから仕方がない。

 

 

【スタウト(黒ビール)】
 それはときによって、イングリッド・バーグマンの微笑みのようにそっとクリーミーになったり、モーリン・オハラの唇のようにハードに引き締まったり、あるいはローレン・バコールの瞳のように捉えどころのないクールさを浮かべたりもする。(ビールの味の説明に女優を持ちだすというのは、たとえとして適切ではないような気もするが、とりあえず) (p.94)
 アイルランドなのに、なぜウイスキーではなくビールなのかと思うけれど、原料は同じ麦だから同じ様に飲まれているらしい。そして、数多あるパブには、パブの数だけ個性と言う名の正義があって、どれ一つ同じ味はないのだという。
 小説も紅茶もウイスキーもビールも好きな人にとっては、天国のような場所かもしれない。

 

 

<了>
 
 

  村上春樹・著の読書記録

     『心ゆさぶる平和へのメッセージ』

     『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』

     『レキシントンの幽霊』

     『アフターダーク』

     『神の子どもたちはみな踊る』

     『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』