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 映画 『パッチギ』系の内容。舞台は東京。現在の日本に在日は、終戦時の60万人からほぼ横ばいのまま推移しているという話が耳に残っている。であるならば、日本生まれ日本育ちでありながら韓国や北朝鮮といった外国籍をもつ著者のような境遇の人々は、現在の日本に50万人近くいるのではないだろうか。こういった人々の国籍意識に関する問題が語られているけれど、おそらく共通する答えはなくって、それぞれに思い悩んだ末に自分なりに決断するのだろう。

 

 

【オヤジの国籍】
 オヤジは温暖な気候を持つ韓国の済州島に生まれ、子供時代を過ごしていた。(p.6)
 子供の頃 ――― 戦時中のことだ ――― オヤジは《日本人》だった。理由は簡単。むかし、朝鮮(韓国)は日本の植民地だったから。・・・中略・・・。日本が敗けると、オヤジは《日本人》ではなくなった。・・・中略・・・。日本にいてもいいけれど、どちらかの国籍を選べ、と迫られたオヤジは朝鮮籍を選ぶことにした。理由は、北朝鮮が貧乏人に優しい(はずの)マルクス主義を掲げていることと、日本にいる《朝鮮人(韓国人)》に対して韓国政府より気遣ってくれたから。(p7)

 

 

【 『総連』 と 『民団』 】
 日本には 『総連』 と 『民団』 という、北朝鮮と韓国の事実上の出先機関があって、原則的に朝鮮籍の《在日朝鮮人》は総連に。韓国籍の《在日韓国人》は民団に群れ集うようになっている。ふたつの機関は北朝鮮と韓国の関係を否応なく反映するわけで、だから、総連と民団も 『ロミオとジュリエット』 のモンターギュとキャピュレットの両家のように、時々小競り合いなんかをしながら、付かず離れずで反目し合っている。ところで、 『ロミオとジュリエット』 の結末は知っている? (p.8)
 為政者のレベルが低すぎなければ 『ロミオとジュリエット』 のような結末にはならないだろうけれど、元はと言えば、近隣諸国の為政者達が仕掛けて管理支配している発火装置としての南北分断なのだから、自前の用心棒達がよほど賢明でないと、 『ロミオとジュリエット』 の結末を回避できないだろう。

 

 

【オヤジの第3の国籍】
 簡単に言えば、総連の目はいつも北朝鮮に向いていて、《在日朝鮮人》にはきちんと向いていなかったことに、オヤジは活動を通じて気付いたのだ。(p.9)
 民団の幹部に賄賂を払ったのだ。多くの、本当に多くのお金を。
 こうしてオヤジは見事な手際でみっつ目の国籍を手にした。でも、ちっとも嬉しそうではなかった。時々、冗談めかして、僕に言った。
「国籍は金で買えるぞ。おまえはどこの国を買いたい?」  (p.9-10)
 事実なのだろうけれど、このようにアッケラカンと語られると、さながら喜劇的な物語のようである。
 オヤジは経済力もあり行動力もある人だったのだろう。行動力に関しては主人公を筆頭に登場人物全員が抜きん出ているから、この物語は読んでいて楽しい。国籍問題を除外すれば、全体の雰囲気は、私が高校生の頃に読んだものの一つである現東京都知事・石原慎太郎さんの小説 『おおい雲』 や 『青年の樹』 に近い。

 

 

【お酒に関すること】
 「先天的にお酒を受け付けない人が存在するのは、黄色人種だけだそうですよ」
 「お酒を飲むとね、・・・中略・・・アセトアルデヒドを分解する 『ALDH2』 ていう酵素がちゃんと働くから、お酒に酔わない。お酒に弱い人はその逆。ALDH2がほとんど働いていないんだ」 (p.122)
 前半の文章は事実なのだろうか? 初耳である。
 後半の文章は、高校2年の時、担任であった化学の数野先生が同じことを言っていた。「80度以上に燗をしてしまうと、旨み成分であるアセトアルデヒドが揮発してしまうからだめですよ・・・」 と真面目な酔狂顔で教えてくれた。化学は受験で選択しなかったから、化学の授業で覚えていることと言ったらこれだけである。

 

 

【こうもり野郎】
 「おまえ、どうしちまったんだよ」 と元秀は困ったような表情で、言った。 「日本学校に行って、日本人に魂を売っちまったのか」
 ・・・中略・・・。元秀と他の連中が僕の横をぞろぞろと通り過ぎていく。その中の誰かが僕の耳に向かって、「こうもり野郎」 と吐き捨てた。 (p.161-162)
 ここで 「こうもり野郎」 と吐き捨てている在日の人々も、韓国や北朝鮮に行ってみれば、経済的な豊かさを妬まれて現地の人々から 「こうもり野郎」 と吐き捨てられるのである。ハングルが話せなければ在日は完璧に 「こうもり野郎」 扱いになるのである。
 帰属できる単一性をもてない状況は、なにも国籍に絡んだことばかりではない。社会人になったばかりの頃、技術側からも営業側からも 「お前は、来るな」 と蹴飛ばされて、目が点になって肩をすぼめていた池上ちゃんという何ともユニークな先輩がいた。池上ちゃんはそんな状況をギャグでかわすような智恵があって、けっこう逞しく強かに生きていたのである。
 「こうもり野郎」 は、心理的にどうであれ、二つの属性を有している。それを長所と見定めて生きてゆけばいいのである。池上ちゃんは自覚的にそうしていた。
 
<了>