《前編》 より

 

 

【日本人がつくる組織】
 私がピニンファリーナを辞めたのは、昨年(2006年)9月のことだが、一年近くたっても後任のディレクターは就任していない。それでもデザイン部が機能しているのは、私のつくった仕組みが正しかったことの証明だと思っている。
 欧米の経営者やマネージャーには、「自分がいなくても成り立つような組織」 をつくろうとする人間はまずいない。逆に自分がいなければ問題が起こるような仕組みや、短期的に業績が上がって自分の給料も上がり、辞めたとたんに業績が落ちるような仕組みをわざとつくる。私は、それはしたくなかったのだ。そこは根本が日本人だったのだろう。(p.87)
 全体最適の観点から個人の際立ちを排する仕組みを良しとするのは、日本人ならではである。トヨタはこの仕組みで機能している。これ見よがしのスタンドプレーヤーは日本では評価されないことを、日系企業で働いている外国人はボチボチ知るようになってきている。

 

 

【マネジメント能力を要する文化的背景】
 人種も言葉も教育水準もさまざまなだけに、その中でビジネスを大きくするためには、ブルーカラーとホワイトカラーを完全に分けた仕組みも必要になる。ブルーカラーは余計なことを考えず、ホワイトカラーが決めたレールの上を歩かなくては品質が安定しない、とする考え方だ。
 経営層、管理層がすべて計画を立てて遂行していく必要から、アメリカではマネジメント能力が非常に発達してきた。あいまいさを排したマニュアルづくりや、人間とは必ず失敗するものであるということを前提にしたワークフローなど、どんな人間をそろえても一定水準の仕事ができることを目指した結果である。
 フォードが発明した大量生産ラインも、大企業のエリートに必須とされるMBA(経営学修士)も、アメリカだからこそ出てきたもので、文化的な背景にあっている。(p.89)
 近年は、マネージメントされた単純作業の方がいいと思っている日本人が、増えているような気がする。だとするなら、それは日本人の資質が総じて低下しているという証拠である。
            【小さい組織の時のやり方を維持する】
 

 

【「ミリ」がわからず、「美味しい」がわからないアメリカ人】
 彼ら(アメリカ人)とミリで話しても通じないのである。2ミリと言っても、今でも伝わらない。
「2ミリというのはだいたい12分の1インチだ」
「なるほど、それは小さいな」
 というような会話になってしまう。・・・中略・・・。アメリカ製品が総じて大雑把に作られている最大の理由は、インチという単位にある。あまり指摘されていないことだが、特徴的なことだと思う。
 さらにいえば、アメリカはビジネスの可能性をかぎ分ける感覚が鋭い反面、一般レベルでは味覚という感覚には鈍感のように思える。美味しいものを食べ慣れていないためか、どんなにおいしい料理を食べても味が分からない。だから、なぜその料理がおいしいか、しばしば説明が必要になる。(p.91)
 インチとミリにスケールの繊細差があるように、英語と日本語には表現の繊細差があるのである。
 つまり表現できないものは認識できないという人間の脳の基本的機能によって、言葉という基本文化の差が、製品や味覚に現れるのである。
   《参照》    日本文化講座⑩ 【 日本語の特性 】 <後編>

 

 

【イタリア人のイギリス・コンプレックス】
 私がイタリアにきてから痛感したのは、ヨーロッパにおけるイギリスの絶大な存在感である。教育にしてもファッションにしても、イタリア人のイギリスに対するコンプレックスはかなり強い。
 例えば上流階級の家庭は、ほとんどが子女をイギリスに留学させる。・・・中略・・・。洋服もベースはイギリスだし、その影響はイタリアの深部に深く根をおろしている。(p.99)
 ファッションですら・・・というのは、意外!!!である。

 

 

【日本人固有のDNA : 「想像力」 「犠牲心」 】
 西欧文化 vs 日本文化を、 “罪の文化” vs “恥の文化” としばしば対比されるけれど、日本人の他人との関係性を前提とする “恥” は、 “想像力(思いやり)“ に起因していると著者は記述している。
 「想像力」 は 「創造力(クリエイション)」 につながる。語呂合わせではない。想像すること、すなわちまだ見ぬ顧客を想定し、いろいろな解決策を出していく中で、クリエイティブにもなっていくというプロセスを経る。それが日本人固有のDNAなのである。
 もうひとつは 「犠牲心」 だ。私は 「自己犠牲」 と呼んでいるが、自分をある程度犠牲にしてでも全体を生かそうとする気持のことである。 (p.103)

 国内にいる限り、多くの日本人は気付かないのだが、「想像力」 と 「犠牲心」 は日本人の非常に大きな特徴である。 (p.105)
 (国際的に)必要とされるコミュニケーション能力を身につけたとき、すでに 「想像力」 や 「犠牲心」 を身につけている日本人の活躍の場は大きく広がるに違いない。(p.109)
 国内にいる日本人が、日本人のこの特徴に気づいていないように、外国にいる外国人も、日本人のこの特徴を知らない。 「反日」 のプロパガンダがダイレクトに信じ込まれるのは、外国人には日本人のような 「想像力」 や 「犠牲心」 がないことの顕著な現れである。

 

 

【クリエイティブ・クラス】
 ジョージ・メイソン大学(アメリカ)のリチャード・フロリダ教授が提唱した考え方。
 そもそもがトヨタの 「カイゼン」 など日本の生産現場に対する研究が、クリエイティブ・クラスという概念の出発点になったのだという。したがって、クリエイティブ・クラスとは、自分で考え、想像し、想像できる人材と言うことができよう。 (p.198)
 外国人と一緒に働いたことのある日本人は誰でも認識していることであるけれど、これは、日本人の大きな長所である。
 伝統文化やポップ・カルチャーだけでなく、日本にあって中国にはないものがある。中国のマネジメントからは、ブルーカラーの人たちに対する尊敬がまったく感じられない。この点はアメリカも同じだが、それ以上なのである。
 ということは、日本で行われたような生産労働レベルからの改革は、中国では起こりえないだろう。アメリカでも起きなかった。それが日本では起こりえたからこそ、トヨタは大きく成功した。
 この点に日本人は気付いているかどうか。そしてこれからも続けていけるかどうか。今後の国際競争時代、日本が勝ち残っていくための大きな鍵がここにある。(p.198)
   《参照》   『日本人には言えない中国人の価値観』 李年古  学生社
             【日系企業に雇われたホワイトカラーとブルーカラー】
   《参照》   『あと3年で、世界は江戸になる!』  日下公人  ビジネス社
             【自分で働く日本人、他人を働かせる中国人】

 

 

【「日本らしさ」 を保ちながら】
 パリやミラノのコレクションでブランドを確立した日本のファッション・デザイナーたちは、日本文化を切り口にしたからこそ海外で評価されるのだと思う。「日本らしさ」 を保ちながら、現代の西欧の人々の嗜好や暮らしに会ったものを 「開発」 することでビジネスの仕組みをつくった。だから成功してきたのだ。(p.189)
 著者は、御自身の出身地である山形県の地場産業振興にも協力している。
 その 「山形工房」 のブランドで出展し、イタリア人やフランス人に賞賛された商品は、日本のよさを西欧人(現代人)に伝わるようにしてつくった「もの」だという。

 

 

【作り手の 「顔」 や 「物語」 を伝えること】
 さらにもうひとつ大事なことは、作り手の 「顔」 や 「物語」 を伝えることである。
 日本は意識的につくり手の 「顔」 を隠してきた。誰が、どういうところでつくっているか、デザインやものづくりの 「首謀者」 を隠してきた。その結果、日本製品は 「顔が見えない」 といわれ、品質の良さとは裏腹に、信頼感を高められないできたのである。 (p.191)
 この書籍の出版を請け負った祥伝社は、この部分を読んだのか? 
 この本は、必ずや再版されるだけの内容のある素晴らしい書籍なのだから、再販時には装丁を変えるべきだろう。
 
 
<了>