熊夫さんがなかなか本調子にならないので、またコロナ検査をしています。

陰性。

疲れているのでしょうな。

 

 

朝は美術館

Philbrook Museum of Art

2727 S Rockford Rd, Tulsa

に来ました。

 

このミュージアムは、フィリップス石油のフィリップスさんのおうちの一つで、結婚前に来た時はまだこれほど本格的に美術館にはしておらず、おうちの一角に個人蔵の美術品を並べて見学できるようにしている感じだったのですが。

今回はかなり美術館としてグレードアップ。

ギフトショップもできているし、展示会場も何部屋もあり、それぞれにキュレーターがきちんと監修したテーマがありました。

進化したな。

 

この日の特別展示はサムライ。

 

 

かなり大規模な展示でした。

鎧と同じ重さの重りを背負わせてくれるところも。

 

熊夫さんの高校の時の友達が子供を連れて会いに来てくれたのですが、上の子が自閉症で頑として動かずなかなか出てこれなくて遅れてきました。

結局上の子は出かけられなかったのでおじいちゃんに預け、下の子は来たのですがこちらは多動で大暴れでした。

小さな子供に何故か大人気のチャムがその実力を発揮し、シーツを体に巻いて走り回る下の子を小脇に抱えて歩いてくれたので、何とか展示を見て回れました。

チャムの子の才能はなぜなのかわかりませんが、5歳くらい下の子供に懐かれるというかなり限定したスタンド能力です。

 

 

家自体が美術的価値のあるフィリップスさんち。

グレートギャツビーの世界が広がる。

 

前回来た時より公開範囲が広がっており、私大興奮。

天井とか細部まで、札束で殴り掛かってくる細工。

 

 

ニューマネーだねえ。

この辺は、前回はまだフィリップスさんの親戚がなんかのパーティーをするとかで食事の準備とかで閉鎖されていました。

私は廊下に飾ってある若冲の鶏とかを眺めて帰ったのであります。

もう住宅としては使ってないっぽいですね。

 

 

ヨーロッパの宗教画のコレクションも豊富。

石が頭にぶつかって死んだ聖人の絵。

 

 

頭にサバイバルナイフが刺さって死んだ聖人の絵。

 

 

これは熊夫さんのお気にいり。

 

 

こちらも熊夫さんの好きな作品。

 

 

この屏風はあまり出来が良くなかったですが、私は一応大学で東洋美術の単位をとったので、あの空に浮かぶ黒いスイカの種みたいな月と水面が銀箔の変色したやつだとわかったので、本来は銀と金でキラキラしてきれいだったろう、という説明を得意げにしたら、周りのアメリカ人にほうほう、と聞いてもらえました。

 

 

犬でかい。

奥はアフリカンアートの展示でした。

 

 

ネイティブアメリカンの現代アート作品のコーナー。

お葬式に来ていたトレイブのお姉さんが、自分の作品が飾ってあるから観に行ってね、と言っていたので見つけました。

ネイティブアメリカンの女性が性犯罪に遭ったり誘拐されたり殺されたりする確率は、多人種に比べてかなり高い。

フェミサイドに対する抗議の作品とのこと。

 

 

フィリップスさんちのお庭です。

実はこの庭の裏が義父母の家だったので、なんとか覗けないかウロウロしてみます。

間に川があるので見えないかもしれませんが。

 

 

フィリップスさんち。

前来た時は雨降っているところに簡易のテントを張って、その下にテーブルを出してパーティーの準備をしていました。

よみがえる記憶。

 

 

鯉がいる池。

義父母の家にもこんな池を作ってましたが、維持が大変過ぎたのでたぶん今はないのではないかな。

 

 

おままごと道具が散乱している。

もうちょっとどうにかなさい。

 

 

旧義実家がチラ見できました。

私がまだ若かったハスキーのロッキーに引きずられて負傷した、思い出の庭。

工事中だね。

 

 

暑いので博物館内に戻って、なぜか和の雰囲気をまとっているカフェでコーヒーを飲んで一休み。

アイスコーヒーがあるなんてしゃれてるじゃないの。

 

 

友達と別れ、駐車場。

少し旧義実家が見える。

 

そんなわけで義父のお葬式です。

ホテルのロビーの大階段を上ったところを会場としました。

赤いバラの方はおじいちゃんから。

白い方は熊夫さんから。

 

義父はかつて牧師さんでしたが、色々と教会に思うところあり。

ある時子供を亡くした親に「お前の子供は教会にお祈りに来てなかったから地獄行きだ」と言った、他の牧師に反発して、

以来無宗教です。

 

私のように「なんとなく無宗教」ではなくて、強い気持ちで無宗教なため、きちんと宗教色を消してセッティングしました。

そもそもバイブルベルトのオクラホマでアメリカ白人一家がクリスチャンではないというのは、なかなかロックなことで、悪魔の手先め、くらいのことを言われます。

うるせー仏罰が当たるぞ。

 

 

お花は色々な方からいただきました。

ホテルの人を雇って、なんとなく良い感じに見えるように置いておいてくださいと言ったので、なんとなく良い感じに散りばめられております。

ジュースのサーバーが来るところ。

 

 

続々とご飯が。

DJも呼ばなかったしバーテンも雇わなかったし、お祈りに来る人も居ないけど、食いしん坊だった義父母のことを思い、食べ物は美味しい所のを手配しました。

あとギターを弾きながら、なんとなく良い感じにふんふんふーん♪と歌う歌手を置いて雰囲気を出します。

 

義弟は具合が悪くて来れなかったので、携帯電話でつないでテーブルの上に置いておきました。

時々義弟の友達が来ると、携帯を印籠みたいにかざして挨拶してました。

熊夫さんが進行を立派にしている傍ら、

私はわりと放っておかれているので、参列者の様子を興味深く観察しておりました。

 

一応うちの子供らには日本のお葬式ルールに準ずるような黒い服を着せ、ばかばかしいと思いながらもウイジと自分は40デニールのストッキングまで用意しました。

 

しかし来る人の服装はかなり自由でしたね。

ゴミ袋をバッグの代わりにかついできた人も居て、そりゃ黒いけれどもが!と思いました。

 

義父の友達は本人も召される一歩手前という感じで、洋服も着るのが精いっぱいという人がちらほら。

まだ元気な人は働いているからか、そのまま仕事用のスーツで、という感じ。

この死にかけの爺どもは上の世代ということもあってか、人種差別的な言動がにじみ出てくるので、長男の嫁として一応挨拶はするけど舌打ちを添えておいてあげました。

舐めるな。

 

熊夫さんの友達は若い世代ということになるのだろうけど、とりあえず家で一番きれいそうな服を着た、みたいなカラフルな人が半分くらい。

黒いお葬式風の服を着ている人が半数くらい。

 

先日ドイツ料理を一緒に食べた、短期記憶ができない彼も来てくれてて、良かった、お葬式覚えててくれたんだね!となりましたが、むろん私のことは忘れていました。

初めまして。

 

 

式も終わりに近づいたころ(というか会場を借りている時間が終わるころ)突如天気が変わり、大雨が降り強風が吹き、雷が落ちました。

ひゃっはー!!

すげえや!!

と、うちの子供らと大騒ぎで窓の外をみながらきゃーきゃー言ってたら、歌手の人が「え、あんたたちどこから来たの?」と聞いてきまた。

あ、南カリフォルニアです。

嵐とかなくて。

 

どんくらいすごい雨かというと、一瞬で窓枠から浸水してきました。

この世の終わりだ。

 

くだんのゴミ袋マダムが、ジップロックを1箱くれて、残っているケータリングの料理をありったけ詰めました。

ホテルの部屋に冷蔵庫あって良かったな。

マダム、葬式にジップロックを3箱持ってきてた。

 

 

すげえ!と興奮して、部屋に走って戻って日本から持って来た使い捨て雨合羽を着こみ、フロントから出ました。

ドアマンが「え?なんでわざわざ外に?」と怪訝な顔をしています。

激しく打ち付ける雨!子供らとぎゃーぎゃー言いながら道に立ってたら、かなり近くに雷が落ち、地下からガスの匂いが上がってきたのでぎゃーぎゃー言いながら戻りました。

 

ロビーで「トルネードだ!」「トルネードだ!」と言ってたら、他のお客さんに「これはただの雨。トルネードではない」と冷静に言われました。

そうなのか。

トルネードではないのか。

 

 

さて、夕飯は熊夫さんが南部のテックスメックスを死ぬ前にもう一度食べたいというので、パンク友達と

Chimi's Mexican Food

1304 E 15th St, Tulsa

に行きました。

私も死ぬ前にもう一度南部でファヒータを食べたかった。

 

カリフォルニアでもファヒータは注文できるけど、全然味が違うんよなあ。

ジャンク肉の切れ端なのよ。

美味しい。

 

パンク友達は結婚式の時も来てくれたのですが、その時とほぼ同じ内容のパンクロックの歴史を語ってくれました。

変わらないで何より。

 

彼女は事故で首の骨を折ったので、今は仕事をしておらず、毎年一回背骨の手術をしてなんとかやっている、とのこと。

お葬式に来ていたもう一人の友達も背骨を壊して来週手術だと言っていたし、その双子の妹も背骨をやっちまったと言っていた。

なんでオクラホマの人すぐに背骨をいわすの。

 

彼女の彼氏の連れ子が一緒に来てたのですが、お年頃の女の子のせいか「ご飯は食べないわ」などと言っており、ヘッドフォンをして座ってましたが、ウイジがチューインガムの販売機を見つけて「欲しい!欲しい!」と熊夫さんの幼馴染と(書いてないだけでずっといる)買いに行ったら、一緒に食べてました。

良かった。

でもちゃんとご飯も食べなさいね。

 

 

 

帰り道。

雨が止んで、教会が良い感じに悪の帝王の城みたいになってました。

タルサ教会多すぎて、一ブロックに二軒の教会があったりしています。

交番置いたほうが良いよ。

失敗したシムシティみたい。

 

 

ダウンタウン。

記憶よりずっと狭いな、と熊夫さんが言っていました。

 

オクラホマの人はなぜすぐに車に轢かれて致命傷を負うのか。

その答えも分かった気がします。

黄昏時だというのに、歩行者は左右も見ずにふらっと出て来て、まるで命なんか何でもないかのように車道を歩いています。

酔っぱらっているか、ラりってる人も多い。

 

敬虔深い()ので日曜日はレストランでのアルコール提供は禁止、小売店での販売も禁止です(一部コンビニは除く。

でもみんな勝手に飲んでますね。

 

 

ホテルに戻り。

ホテルの一階ロビー横にあるバーで飲むことにしました。

なんと熊夫さんは禁酒を守りずっとしらふです。

えらいな!

私は飲むけど。

 

さっきまで葬式してたところで結婚式をしているようで、若い花嫁さんが駆け込んできて、一杯あおって去っていきました。

スピード感。

 

熊夫さんの幼馴染も、明日の朝には車で16時間運転して東海岸への帰路につくというので、別れを惜しんで飲みました。

病み上がりで本調子でない熊夫さんと、足をぐねっている私。

彼には本当にお世話になりました。

お嫁さん募集中です。

 

あと、「あの人にこう言われたんだけど、あれ差別だよね?」などの答え合わせをしましたが、やっぱり差別でした。

がっでむ。

 

朝です。

ホテルの一階部分にスタバが付いていて、ここでホテルのグッズも販売しています。

壁には開発中のタルサダウンタウンの写真や、MAYOホテルができるまでの歴史がわかるいろんな記事や証明書が飾られています。

あとこのスタバはバーカウンターも付いていて、ワインとおつまみセットも注文できるよ。

 

朝ごはんに脂っぽいハム&チーズサンドを食べたりしました。

 

 

さて、ホテルの周りを朝散歩です。

足の具合は絶好調とはいいがたいですが、まあ歩けなくもない、くらいまで回復しています。

こちらはタルサ連邦政府ビルです。

 

1995年にあった連邦政府ビル爆破テロはオクラホマシティの方の建物なので、こことは違います。

 

義父は政治家だったので、ここに行ったりいかなかったりということがありました。

熊夫さんもお父さんに連れられて行ったことがあるそうですが、FBIとかが入っているというだけで、あんまりお仕事とは関係がなかったっぽいです。

 

 

タルサ駅。

この立派な駅を拠点に、地下鉄とか作る予定だったのですが、結局ご存知の通りそうはならず。

もっと公共交通機関に力を入れていれば、ここまで車社会ではなかったのではないかな。

まあ広いから結局車移動が理にかなっていたのかもしれません。

 

しかしかなり多くの熊夫さんの友達が交通事故で障害を負うか、亡くなっているので、なんとかならなかったもんかと思います。

そして医療費を払えないので薬中毒になってしまっています。

人の命が安すぎる。

 

 

工事中で写真を撮れなかったのですが、タルサの人が「宇宙の中心The Center of the Universe」と呼ぶマンホールみたいなレリーフがこの駅前陸橋の上にあります。

タルサキングでもスタローンがレリーフの真ん中で独り言を言うシーンがありましたが、その上でなんか言ったり音を出したりすると、何かに反射してエコーがかかってびよよよーんと音が震えて戻ってくるのです。

 

まあそれだけなんですけど。

 

いきったティーンエイジャーことウイジが、「宇宙の中心とか、バカじゃないの!?」とケチをつけていましたが、そのばかばかしい田舎っぽさが良いんじゃないかね、君。

 

この写真は陸橋から線路を撮っています。

ご覧の通り、20分くらい歩いていますが、全く影が無くてめちゃくちゃ暑いです。

朝なのに。

 

 

そしてじゃーん。

ドラマや映画でタルサの映像が出るたびに使われる、唯一の高層ビル、銀行です。

暑いので、銀行ビルに入って涼んで、一回のコーヒー屋さんでアイスティーを飲みました。

タルサキングでもスタローンが同じお店でコーヒーを飲んでいましたよ。

 

なんせ他に何もないので!

 

よし!葬式の準備しにホテルに戻るぞ!

 

夕飯です。

アメリカンダイナー

Tally's Good Food Cafe

1102 S Yale Ave, Tulsa

です。

 

バックトゥーザフューチャーのような伝統的ダイナー。

 

 

カリフォルニアにも、わざとこのようなレトロなデザインにしているレストランはありますが、ここは本物。

本当に古い。

ゆえに少し臭います。

埃と脂の匂いだね。

こんなにすいてて大丈夫か。

 

 

レトロなシェイク。

あふれ出る生クリーム。

義母がこのチェリー好きだった。

 

 

ここのチキンフライドステーキが最高だ!と聞いたのでちゃんと注文しました。

チキンフライドステーキは揚げた牛肉。

鶏肉はどこにもいない南部料理。

 

そして缶詰から出したポパイのほうれん草。

美味しいか?と言われるとそんなことはないけど、最高ではある。

最高に南部アメリカ。


よその皿から転がり落ちたであろうポテトフライが一本いて実にアメリカ。

 

 

夜のライトアップも素敵。

 

お店の人が着ているTシャツを購入しました。

Sサイズがなくて、ウエイターさんが「向かいの店舗に在庫があるかもしれないからみてくる」と探しに行ってくれました。

向かいの店舗?と覗くと、対面には同じ名前の小さなスポーツジムが。

 

レストランで食べた後にカロリーを燃やす仕組みなの?

 

無事にSサイズのTシャツをゲットできました。

 

 

ホテルに戻り、夕飯の後ということで、最上階にあるバーに飲みに行きました。

最高のカクテルが飲めるぜ!という噂の。

オクラホマの人、最上級すぐに使う。

 

 

こちらがメニュー。

めちゃタルサキング推しじゃん。

文句を言いながらも盛り上がってるじゃんねえ。

 

しかしスタローンの加工が雑。

 

 

外に出ると、や、もしかしてこれはドラマでも出てくるホテルのネオンか!

見たい。

でも自分が屋根に上ると見えないという罠。

むむ。

 

 

頑張ってネオンが見えるところを探してさ迷い歩いていました。

白いスーツの人はライブ演奏をしている歌手。

 

 

立派なホテルの外壁を近くに観れる。

うろうろ。

ホテルでは連日結婚式をやっていて、その後の招待客が着飾ったままわっさわっさとバーに繰り出しており、私だけ半分パジャマみたいな姿でした。

こそこそ。

 

 

これがカクテル。

正直、この旅行中美味しいカクテルには出会えませんでした。

ここがもし本当に最高のカクテルを出すとしたら、オクラホマにはちゃんとしたバーテンがいないと言うことになるのではないか。

 

ところで熊夫さんはオクラホマでバーテンの資格を持っており、だいたいこの程度のレベルの物は作れます。

ということは、、、どういうことだ?

 

さて、お宿を移動しました。

ダウンタウンにある老舗一流ホテル

MAYO Hotel

です。

 

何故一流ホテルとわざわざ書くかと言いますと、今ネットフリックスで私に話題のドラマ

シルベスタースタローン主演の「タルサキング」で使われているホテルなんでございますよ。

ドラマで、「タルサで最も格の高いホテル」としてマフィアに選ばれるのがここ。

 

確かにタルサ史上では最も古い部類に入るホテル。

オイルマネーで潤っていた時のバブルの匂いを感じる、しっかりとしたビルです。

 

 

どんなにいいホテルでもトイレとシャワーが一緒の空間にあるのは納得いかない。

そこに仕切りの壁を入れられるなら、ドアを付けるまであと一歩じゃないのか。

 

 

キッチンリビング付き。

 

 

キッチンはあるけど、食器がないので使えない。

なんでやねん。

皿置いておいてくれや。

 

 

眺めはこんな感じです。

ダウンタウンがこんなんですからねえ。

 

ちなみにドラマでは実際にこのホテルが使われている部分もありますが、スタローンがホテルから出てくるシーンなどではオクラホマシティの別の場所が使われており、それがタルサの人々には不満のようです。

滞在中何回も同じ文句を聞きました。

 

 

荷解きしてから少し時間があったので、疲れてだらだらしている子供らをホテルに残し、熊夫さんと

Utica Squareのショッピングモールをぶらぶらしに行きました。

 

唯一の百貨店サックスフィフスアベニュー。

実は20年前に来た時にもこの店舗はありました。

暇だったので義実家からとことこ歩いて遊びに行ったのでした。

「歩いて行ったの!?」と義母に驚かれたのですが、今思うと外を歩いてると危ないという意味だったんだな。

 

えーこんなところにフランシスクルジャンが来るじゃん?と思ったけど、どうやらこれは期間限定。

サックスは見た感じポップアップストアばかりを一階正面の平場に置き、なんと二階売り場は閉鎖されて、貸出オフィスになっていました。

暇そうな有閑マダムと店員がだらだらと化粧品カウンターで話し込んでいるだけで、商売としては成立していなさそうな。。。

 

 

モールにはギャップやアンソロポロジーなど、アメリカの店舗が多く入っていて、南カリフォルニアではもうそんな大規模展開はしていないのにってくらい充実の品ぞろえ。

90~00年代アメリカ経済がそのままという感じ。

我々中年の女性が最高におしゃれをするならMadewellらしく、誰もかれも小物からワンピまで判で押したように着用してショッピングに繰り出しています。

 

このAmber Marieは地元の女性が経営しているローカルのセレクトショップ。

ここにしかない物が多くあって楽しかったです。

 

 

こちらもタルサローカルのGlacier Chocolate。

前来た時は無かったのですが、新しく誕生したチョコレート屋さんです。

元々全米展開の一口パイを大規模に作っていたお菓子工場があるのですが、そこがマクドナルドの専売契約に商売を切り替え、アップルパイをひたすら作ることになり。

お菓子屋の最期の矜持なのか、このチョコレート屋さんを出したのだそうです。

 

ここで熊夫さんのストレスが爆発したのか、店の端から端まで全種類箱に詰めてくれ!というアホの成金みたいなムーブをかまし、大量のチョコが荷物に加わることになりました。

荷物の重量は!!?

しかも「沢山お買い上げいただいたので」と2箱無料でお土産までもらってしまい。

箱に詰めてる間コーヒーを飲んで待ってました。

アホなの。

 

 

 

撫でられているモモ。