そんなわけで義父のお葬式です。
ホテルのロビーの大階段を上ったところを会場としました。
赤いバラの方はおじいちゃんから。
白い方は熊夫さんから。
義父はかつて牧師さんでしたが、色々と教会に思うところあり。
ある時子供を亡くした親に「お前の子供は教会にお祈りに来てなかったから地獄行きだ」と言った、他の牧師に反発して、
以来無宗教です。
私のように「なんとなく無宗教」ではなくて、強い気持ちで無宗教なため、きちんと宗教色を消してセッティングしました。
そもそもバイブルベルトのオクラホマでアメリカ白人一家がクリスチャンではないというのは、なかなかロックなことで、悪魔の手先め、くらいのことを言われます。
うるせー仏罰が当たるぞ。
お花は色々な方からいただきました。
ホテルの人を雇って、なんとなく良い感じに見えるように置いておいてくださいと言ったので、なんとなく良い感じに散りばめられております。
ジュースのサーバーが来るところ。
続々とご飯が。
DJも呼ばなかったしバーテンも雇わなかったし、お祈りに来る人も居ないけど、食いしん坊だった義父母のことを思い、食べ物は美味しい所のを手配しました。
あとギターを弾きながら、なんとなく良い感じにふんふんふーん♪と歌う歌手を置いて雰囲気を出します。
義弟は具合が悪くて来れなかったので、携帯電話でつないでテーブルの上に置いておきました。
時々義弟の友達が来ると、携帯を印籠みたいにかざして挨拶してました。
熊夫さんが進行を立派にしている傍ら、
私はわりと放っておかれているので、参列者の様子を興味深く観察しておりました。
一応うちの子供らには日本のお葬式ルールに準ずるような黒い服を着せ、ばかばかしいと思いながらもウイジと自分は40デニールのストッキングまで用意しました。
しかし来る人の服装はかなり自由でしたね。
ゴミ袋をバッグの代わりにかついできた人も居て、そりゃ黒いけれどもが!と思いました。
義父の友達は本人も召される一歩手前という感じで、洋服も着るのが精いっぱいという人がちらほら。
まだ元気な人は働いているからか、そのまま仕事用のスーツで、という感じ。
この死にかけの爺どもは上の世代ということもあってか、人種差別的な言動がにじみ出てくるので、長男の嫁として一応挨拶はするけど舌打ちを添えておいてあげました。
舐めるな。
熊夫さんの友達は若い世代ということになるのだろうけど、とりあえず家で一番きれいそうな服を着た、みたいなカラフルな人が半分くらい。
黒いお葬式風の服を着ている人が半数くらい。
先日ドイツ料理を一緒に食べた、短期記憶ができない彼も来てくれてて、良かった、お葬式覚えててくれたんだね!となりましたが、むろん私のことは忘れていました。
初めまして。
式も終わりに近づいたころ(というか会場を借りている時間が終わるころ)突如天気が変わり、大雨が降り強風が吹き、雷が落ちました。
ひゃっはー!!
すげえや!!
と、うちの子供らと大騒ぎで窓の外をみながらきゃーきゃー言ってたら、歌手の人が「え、あんたたちどこから来たの?」と聞いてきまた。
あ、南カリフォルニアです。
嵐とかなくて。
どんくらいすごい雨かというと、一瞬で窓枠から浸水してきました。
この世の終わりだ。
くだんのゴミ袋マダムが、ジップロックを1箱くれて、残っているケータリングの料理をありったけ詰めました。
ホテルの部屋に冷蔵庫あって良かったな。
マダム、葬式にジップロックを3箱持ってきてた。
すげえ!と興奮して、部屋に走って戻って日本から持って来た使い捨て雨合羽を着こみ、フロントから出ました。
ドアマンが「え?なんでわざわざ外に?」と怪訝な顔をしています。
激しく打ち付ける雨!子供らとぎゃーぎゃー言いながら道に立ってたら、かなり近くに雷が落ち、地下からガスの匂いが上がってきたのでぎゃーぎゃー言いながら戻りました。
ロビーで「トルネードだ!」「トルネードだ!」と言ってたら、他のお客さんに「これはただの雨。トルネードではない」と冷静に言われました。
そうなのか。
トルネードではないのか。
さて、夕飯は熊夫さんが南部のテックスメックスを死ぬ前にもう一度食べたいというので、パンク友達と
Chimi's Mexican Food
1304 E 15th St, Tulsa
に行きました。
私も死ぬ前にもう一度南部でファヒータを食べたかった。
カリフォルニアでもファヒータは注文できるけど、全然味が違うんよなあ。
ジャンク肉の切れ端なのよ。
美味しい。
パンク友達は結婚式の時も来てくれたのですが、その時とほぼ同じ内容のパンクロックの歴史を語ってくれました。
変わらないで何より。
彼女は事故で首の骨を折ったので、今は仕事をしておらず、毎年一回背骨の手術をしてなんとかやっている、とのこと。
お葬式に来ていたもう一人の友達も背骨を壊して来週手術だと言っていたし、その双子の妹も背骨をやっちまったと言っていた。
なんでオクラホマの人すぐに背骨をいわすの。
彼女の彼氏の連れ子が一緒に来てたのですが、お年頃の女の子のせいか「ご飯は食べないわ」などと言っており、ヘッドフォンをして座ってましたが、ウイジがチューインガムの販売機を見つけて「欲しい!欲しい!」と熊夫さんの幼馴染と(書いてないだけでずっといる)買いに行ったら、一緒に食べてました。
良かった。
でもちゃんとご飯も食べなさいね。
帰り道。
雨が止んで、教会が良い感じに悪の帝王の城みたいになってました。
タルサ教会多すぎて、一ブロックに二軒の教会があったりしています。
交番置いたほうが良いよ。
失敗したシムシティみたい。
ダウンタウン。
記憶よりずっと狭いな、と熊夫さんが言っていました。
オクラホマの人はなぜすぐに車に轢かれて致命傷を負うのか。
その答えも分かった気がします。
黄昏時だというのに、歩行者は左右も見ずにふらっと出て来て、まるで命なんか何でもないかのように車道を歩いています。
酔っぱらっているか、ラりってる人も多い。
敬虔深い()ので日曜日はレストランでのアルコール提供は禁止、小売店での販売も禁止です(一部コンビニは除く。
でもみんな勝手に飲んでますね。
ホテルに戻り。
ホテルの一階ロビー横にあるバーで飲むことにしました。
なんと熊夫さんは禁酒を守りずっとしらふです。
えらいな!
私は飲むけど。
さっきまで葬式してたところで結婚式をしているようで、若い花嫁さんが駆け込んできて、一杯あおって去っていきました。
スピード感。
熊夫さんの幼馴染も、明日の朝には車で16時間運転して東海岸への帰路につくというので、別れを惜しんで飲みました。
病み上がりで本調子でない熊夫さんと、足をぐねっている私。
彼には本当にお世話になりました。
お嫁さん募集中です。
あと、「あの人にこう言われたんだけど、あれ差別だよね?」などの答え合わせをしましたが、やっぱり差別でした。
がっでむ。








