同区間はもともと利用客が極端に少ない上、北海道新幹線の新青森〜新函館北斗間の開業以降は
というのも、自分は以前一度だけ津軽線を訪ねている。
記録を掘り返すと、21年前の春先、2003年3月2日の日曜日のことであった。
この年、JR東日本の“完全民営化記念”の一環で発売されていたのが「JR東日本パス」。
2003年3月の土日のうち、1・2・8・9・15・16日のみ有効であったが…
現在では考えられないほど破格であり、1日用8,000円、2日間用でも全線12,000円!
しかも2日間用は特急・急行の指定席が4回利用可、自由席もオールフリー!
そうとあっては、利用しないという選択肢なぞ当時はありはせずw
音楽関係最優先のこの時期の自分としては、非常に珍しくなっていた乗り鉄欲を強力に発動。
通常平日休みだった仕事のパターンを崩し、2003年2月28日の夜から3月2日にかけて旅をしていた。
何故2月28日開始にしたのかというと、新宿から新潟までは夜行快速「ムーンライトえちご」を
活用し、乗り鉄欲の充足はもちろん、移動時間の有効利用と効率化を図ったからである。
しかも3月1日は新潟から越後線で吉田に向かい、弥彦線を踏破したあとは快速「べにばな」号で
一気に米沢へ抜け、新幹線福島経由で仙石線と
石巻線石巻→小牛田間を片づけ、新幹線乗継で
再度新潟まで向かい、また「ムーンライトえちご」で新宿に戻るという離業をこなしている。
その上で、翌3月2日は前年12月にまだ開業したばかりの東北新幹線盛岡〜八戸間を活用。
朝一の「はやて」で一気に八戸へ到達、そこからは当時東北地方のDS列車として人気が高かった
「きらきらみちのく」に乗り継ぎ、大湊線と津軽線をまとめて踏破するプランを実行した。
これは、当時の運転のパターンが八戸→大湊(下北号)、大湊→三厩(津軽号)と1日で巡れる
ダイヤになっていたのが大きく、この時が最初で最後の「きらきらみちのく」乗車ともなった。
3月とて東北はまだまだ寒く、この旅の道中で雪景色はおろか降雪に遭遇したことも度々。
特に青森県はこの時が初訪問、さらに現時点で未だ再訪は果たせていない。
寝台特急「あけぼの」や「北斗星」、更に夜行急行「はまなす」が廃止になる際など度々計画が
持ち上がったことはあったが、祖母が亡くなったりするなど身内関係の問題が悉く持ち上がって
時間確保が困難となり、結局実現することのないまま現在にまで至っている。
福島・会津方面を除く広義の東北方面への訪問も、2017年4月以降できていないままだ。
ただ、この頃は純粋に列車でのみ1日で周遊する、完全な“乗り鉄向け”観光列車であった。
最初の目的地・大湊には12:00に到着し、僅か8分後にはもう三厩に向けて折り返していて…
青森を経由し、長い旅を経て既に日が傾き始めていた15:11に三厩に到着している。
※時刻参考
しかもまた、15:21には「きらきらみちのく八戸」としてすぐ折り返してしまう。
実際、後は八戸から東京に新幹線で帰るだけだったので、乗っていっても良かった。
だが大湊から三厩に行く際に時間をずらしてしまうと到達が困難になっていたのに対し、ここで
1本落としても当日中に帰れることを掴んでいたので、少し三厩に滞在することを決めていた。
このため、ここで「きらきらみちのく」は見送っていた。
まさかこの時は、最初で最後になるとは思わなかったがね。
そして、この駅は2003年時点で1日の平均利用客が50人を切っていたが…
2019年までCTC化されていなかったことから、運転扱いのある直営駅で駅長が居る駅だった。
それもあってか「きらきらみちのく」が走り去った後も、駅舎内はそれなりに人の動きが。
なかでも、近所のおばあちゃんが手作りしたという「タコの塩辛」が売っていたため即購入。
帰宅後にいただいたが、とても美味しかったことが強烈な思い出として残っている。
唯一度の三厩駅訪問は、津軽の方々の人情に触れた良旅として刻まれているのである。
そしてキハ40の普通列車で蟹田へ戻る。
その帰りしな、津軽二股駅から当時の津軽今別駅の様子もそれとなく記録。
津軽今別駅を利用することはついぞなく、北海道新幹線の今に至るまで青函トンネルは未通過。
津軽線末端区間は、近年までキハ40系がツーマンで運行されていた。
輸送規模の割にはワンマン化が遅く、一昨年のダイヤ改正からである。
車両はGV-E400系に置き換えられていたが、三厩への入線は短いものとなってしまった。
JR北海道789系も、道南・北東北エリアでの活躍は僅か13年程度となった。
この時は蟹田→八戸間で利用したが、今のところ自分が乗れている唯一のJR北海道車両である。
旅は一期一会。
こうして20年以上前に一度でも乗りに行けていたのは、今になってみれは財産であった。
苦渋の廃線選択は残念ではあるが、こうして書き残しておいて供養としたい。