「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -95ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヘブル2:18

主ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練の中にある者たちを助けることができるのである。

 

「救い主はわたしたちのために何をしてくださったのでしょうか」2021年4月、ダリン・H・オークス、大管長会

救い主は,わたしたちの試練や苦闘,心痛,苦痛を感じ,知っておられます。贖罪の一部として,それらをすべて進んで経験されたからです。ほかの聖句もこの真理を支持しています。新約聖書はこう宣言しています。「主ご自身,試錬を受けて苦しまれたからこそ,試錬の中にある者たちを助けることができるのである。」(へブル2:18)イザヤはこう教えています。「恐れてはならない,わたしはあなたと共にいる。……わたしはあなたを強くし,あなたを助け……る。」イザヤ41:10何であれ死すべき状態の弱さに苦しんでいるすべての人は,救い主がこの種の苦痛を経験し,贖罪を通じて,それに耐える強さを与えてくださることを忘れてはなりません。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

イザヤ53:3-5

彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめを受けて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。

 

「イエス・キリスト:わたしたちの魂の介護者」2021年4月、ウリセス・ソアレス、十二使徒定員会

この壮大な救いの賜物をもたらされただけでなく,救い主は,わたしたちが最近経験したパンデミックのような状況を含め,この世で苦痛や誘惑,弱さに直面するときに,安らぎと慰めをも与えてくださいます。キリストは,わたしたちがこの世で経験する逆境を常に知っておられると確かに言うことができます。わたしたちが直面する情緒的,霊的な試練だけでなく,苦しみや苦悩,肉体的な痛みも理解しておられます。主の心は憐れみで満たされ,いつでもわたしたちを助ける備えができておられます。肉においてわたしたちの弱さやもろさから来る痛みを身に受け,個人的に経験されたからです。へブル2:184:15アルマ7:11-13教義と聖約62:1参照)

 

主は柔和で謙遜な心を持ち,万物の下に身を落とし,人々から侮られ,拒まれ,屈辱を受け,わたしたちの背きと罪悪のために傷を負われました。全人類のためにこれらの苦しみを受け,世の罪を御自身で負い,イザヤ53:3-5アルマ7:11-13教義と聖約88:6参照)それにより究極の霊的な介護者になられたのです。

 

主にさらに近づき,わたしたち自身を霊的に主の守りにゆだねるとき,主のくびきを負うことができるでしょう。それは負いやすく,主の荷は軽いので,約束された慰めと休息を見いだすことでしょう。さらに,人生の苦難や弱点,悲しみを克服するためにだれもが必要とする強さを受けることでしょう。主の助けと癒しの力なしにこれらに耐えることは,きわめて難しいものです。マタイ11:28-302ニーファイ25:23参照。エテル12:27も参照)聖文はこう教えています。「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。」詩篇55:22「そのときに,神が[わたしたち]のために,神の御子の喜びによって重荷を軽くしてくださるように。」アルマ33:23

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約76:22

そして今、小羊についてなされてきた多くの証の後、わたしたちが最後に小羊についてなす証はこれである。すなわち、「小羊は生きておられる。」

 

「キリストの教義」2012年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

預言者ジョセフ・スミスは,わたしたちの教会の教義における救い主の中心的な役割について,次のようにはっきりと述べています。「わたしたちの宗教の基本原則は,使徒と預言者たちがイエス・キリストについて立てた証です。すなわち主が亡くなり,葬られ,3日目に再びよみがえって,天に昇られたことです。わたしたちの宗教に関するほかのすべての事柄は,それに付随するものにすぎません。」『歴代大管長の教え――ジョセフ・スミス』49-50イエスについてのジョセフ・スミスの証は,主が生きておられるということです。「まことに神の右に小羊を見〔て〕……〔その御方〕は御父の独り子」であると証する声を聞いたからです教義と聖約76:2322節も参照)。このメッセージを聞いたり読んだりするすべての人に勧めます。祈りと聖文研究を通して,イエス・キリストの聖なる属性と,贖罪と,復活について,それと同じ証を求めてください。悔い改め,バプテスマを受け,聖霊の賜物を受け,その後,生涯にわたってイエス・キリストの福音の律法と聖約に従うことによって,主の教義を受け入れてください。

 

復活祭を前に,わたしはナザレのイエスが過去も現在も神の御子であり,いにしえの時代に預言されたメシヤであられることを証します。主はゲツセマネで苦しまれ,十字架の上で亡くなり,埋葬され,3日目に実際によみがえられたキリストです。イエスは復活された主であり,わたしたちは皆,主によって復活し,贖われる意志のある者は皆,主によって贖われ,主の天の王国に高く上げられることができます。これがわたしたちの教義であり,イエス・キリストについて過去に述べられたあらゆる証と,この時代に改めて述べられる証を確認するものです。イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)