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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約61:20

主なるわたしは昨日はあなたがたのことを怒ったが、今日は、わたしの怒りも解けている。

 

「輝かしい赦しの朝」(英文)1995年10月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

預言者ジョセフ・スミスは、「神に近づくのに老いすぎるということはない。赦されることのない罪を犯したのでないかぎり、赦しの恵みは手の届くところにある」と教えています(『預言者ジョセフ・スミスの教え』, p.191)

 

だからこそ、わたしたちは祈り、断食し、嘆願します。わたしたちは、道をそれた人を愛しており、その人たちのことをあきらめることはありません。

 

わたしはキリストとキリストの贖罪の力について証します。わたしは、次のことが真実であることを知っています。

「その怒りはただつかのまで、その恵みはいのちのかぎり長いからである。夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る」詩篇30:5教義と聖約61:20参照)

 

イエス・キリストの御名により申し上げます。アーメン。

 

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約60:14

あなたはシオンの地に上って来て、わたしの言葉を宣言した後、速やかに帰って、悪人の集まりの中で、急ぐことなく、怒ったり争ったりせずに、わたしの言葉を宣言しなければならない。

 

「『争い』という害毒」(英文)1989年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会会員

教会の神聖な教義も、論争好きな霊を持つ人々にとって、またとない標的です。私の友人に、教会のクラスで毎回のように争いの種をまく人がいました。彼の攻撃は決まって、次のような言葉で始まります。「悪魔の側から考えてみましょうか。」最近、彼はこの世を去りました。いつか彼も主の裁きの座に着くでしょう。そのとき、彼はこの同じ言葉を繰り返すのでしょうか。

 

こうした争いを好む人々は過去にもいました。テモテへの手紙の中で、使徒パウロは「神のみ名と教とが、そしりを受けないように」と警告を記し1テモテ6:1、さらにこう述べています。

「もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに敬虔にかなう教えに同意しないような者があれば…ただ論議と言葉の争いとに病みついている者である…信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである」1テモテ6:3–5イザヤ29:212ニーファイ27:32教義と聖約19:3038:4160:14参照)

 

議論を引き起こすような方法で教義を分析し、人の注意を集めようとするのは、主の喜ばれることではありません。主はこう言われました。

「しかしてわが教義の真なる要点と、然り、ただわれにある唯一の教義とを明らかにせん。而してわれ、わが福音を打ち建てんため、また人々のうち甚だ多くの争いならしめんためにこの事を為す。然り、誠にサタンは人々の心を煽り立てて、わが教義の眼目に就きて人々の心に争いあらしむ。而して、人々はまた誠に聖典の意義を曲げて真理を悟らざるが故に、争いを為して実に過ちにおち入るなり」教義と聖約10:62–63

 

争いは不一致をもたらします。しかし、モルモン書にはそれに勝る方法が示されています。

「さてアルマは神から権能を授かったので…互いに争うことなく、心をひとつにして望み、同一の信仰を保ち、同一のバプテスマを受け、相愛し相一致してその心を結ばなくてはならないと祭司たちに命じた」モーサヤ18:18、21同23:15参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約60:13

見よ、彼らは悪人の集まりの中でわたしの福音を宣べるために遣わされている。それゆえ、わたしは彼らに戒めを与える。それは次のとおりである。すなわち、あなたは時間を無駄に過ごしてはならず、またタラントを隠して、それが知られないようにしてはならない。

 

「的を絞ることと優先順位」2001年4月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会

平均寿命が延び、時間を節約してくれる装置が次々と発明され、わたしたちのほとんどは、先人に比べると、はるかに多くの自由な時聞を手に入れています。その時間の使い方に対して報告する義務があるのです。「時間を無駄に過ご」さないように(教義と聖約60:13)、そして「怠惰であるのをやめる」ように(教義と聖約88:124)、と主は初期の宣教師や会員たちに戒めを与えられました。わたしたちがよく歌う賛美歌にも次のようにあります。「時は羽もて、飛び去りゆく、誰たれもそを、呼び戻し得ず心留めずば、この生命いのちも一日のごとただ過ぎゆく」(「時を惜しみて」『賛美歌』146番)

 

最新の情報検索技術を利用できる今日、膨大な自由時間は、以前の何倍も、影響力を振るうようになっています。善よきにつけ、悪しきにつけ、インターネットやCDなどの装置を使えば、指1本で、とてつもない量の情報、思想、映像を入手できるのです。ファーストフードのみならず、今や、ファーストコミュニケーションの時代です。このような情報を利用して、ダニエルの預言を成就しているかのような人々も、見受けられます。ダニエルは、次のように言いました。終わりの時には「多くの者〔が〕、あちこちと探り調べ……知識が増すでしょう。」(ダニエル12:4)

 

自由な時間が甚だ増大し、その過ごし方にも計り知れないほど選択肢がある今こそ、従うべき基本原則を注意深く再確認する必要があります。この世は常に変化するものです。しかし、正しい選択について教えてくれる永遠の律法や原則は、決して変わることがありません。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)