「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -41ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約135:3

 

 

「このような偉大な大義において前進しようではありませんか」2020年4月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会

「主​の​預言者​で​あり​聖見者​で​ある​ジョセフ・​スミス​は,……彼自身が神の賜物と力によって翻訳して,両大陸で出版する仲立ちとなった『モルモン書』を出し,その書に載っている完全な永遠の福音を地の四方に送り出し,人の子らのために『教義と聖約』という本書を構成する数々の啓示と戒め,およびそのほか多くの知恵ある文書と指示を出し,何千人もの末日聖徒を集め,一つの偉大な都市を建設し,覆されることのあり得ない誉れと名声を残した。 ……そして,昔の,主の油注がれた者のほとんどがそうであったように,〔ジョセフは,〕自らの血をもって自分の使命と業を証明したのである。彼​の​兄​ハイラム​も​同様​で​あった。彼らは生前に分かたれることはなく,また死後も離れることはなかった。」教義と聖約135:3

 

殉教したジョセフとハイラムの遺体がノーブーに戻り,洗い清めと着替えが済むと,スミス家の人たちは愛する家族のなきがらと対面できるようになりました。亡き二人にとって大切な存在だった母親は,後にこう言っています。「わたしは長い時間,全神経をもって身構え,全身全霊を奮い立たせ,力を与えてくださるようにと神に祈り求めていました。ところが部屋に入り,殺された息子の横たわる姿が二人同時に目に入り,家族のむせび泣く声やおえつ,妻や子供たち,兄弟姉妹たちの泣き叫ぶ声が耳に入ってくると,もう,こらえ切れなくなりました。わたしは崩れ落ち,苦しみもだえながら主に叫びました。『神よ!わたしの神よ!なぜわたしの家族をお見捨てになったのですか。』」(“Lucy Mack Smith, History, 1845,” 312–13, josephsmithpapers.org; spelling and punctuation standardized.)

 

すると,この悲しみと苦悩のときに,彼女には,亡き息子たちがこう言うのが聞こえたのです。「お母さん,わたしたちのことで泣かないでください。わたしたちは,愛で世に勝ったのです。」(“Lucy Mack Smith, History, 1845,” 313, josephsmithpapers.org.)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約 135:1

この書と『モルモン書』の証を確実なものとするために、わたしたちは、預言者ジョセフ・スミスと祝福師ハイラム・スミスの殉教を発表する。彼らは、千八百四十四年六月二十七日午後五時ごろ、カーセージの監獄において、百五十名から二百名の、顔を黒く塗り武装した暴徒により銃撃された。ハイラムが最初に撃たれ、「わたしは死ぬ」と叫んで静かに倒れた。ジョセフは窓から飛び降りたが、その途中で撃たれ、「おお、わたしの神、主よ」と叫んで死んだ。彼ら二人は死んだ後も残酷に銃撃され、両者とも四個の弾丸を受けた。

 

「個人の証を得る」(英文)1994年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

ジョセフ・スミスはその証をみずからの血で結び固めました。すなわち、この予言者は、モルモン経と教義と聖約が真実であることの証を結び固めるために教義と聖約 135:1参照)、また、この神権時代におけるイエス・キリストとその福音への神聖な証とするために、殉教という形での死をあえて受け入れたのです。私たちは、殉教者として死んだジョセフのように命を捧げてまで証をすることを求められてはいません。その代わりに、人を高め強めるために、日々の献身的な奉仕によって証を捧げるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約 135:1

この書と『モルモン書』の証を確実なものとするために、わたしたちは、預言者ジョセフ・スミスと祝福師ハイラム・スミスの殉教を発表する。彼らは、千八百四十四年六月二十七日午後五時ごろ、カーセージの監獄において、百五十名から二百名の、顔を黒く塗り武装した暴徒により銃撃された。ハイラムが最初に撃たれ、「わたしは死ぬ」と叫んで静かに倒れた。ジョセフは窓から飛び降りたが、その途中で撃たれ、「おお、わたしの神、主よ」と叫んで死んだ。彼ら二人は死んだ後も残酷に銃撃され、両者とも四個の弾丸を受けた。

 

「ジョセフ・スミス」2014年10月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会

天使が17歳の預言者ジョセフ・スミスを初めて訪れたとき,ジョセフを名前で呼び,こう告げました。自分はモロナイであり,神のみもとから遣わされた使者であって,神がジョセフのなすべき業を備えておられると。自分の名が「良くも悪くもすべての国民,部族,国語の民の中で覚えられる」ジョセフ・スミス―歴史1:33と告げられたときのジョセフの気持ちを想像してみてください。ジョセフの目に動揺を見て取ったのか,モロナイは再び,彼が良くも悪くも全ての民の中で語られるようになると告げました。ジョセフ・スミス―歴史1:29-46参照)

 

ジョセフ・スミスが良く語られるのは遅く,悪く語られるのはすぐに始まりました。ジョセフはこう書いています。「名もない……少年が……最も激しい迫害……を〔与え〕ようとする思いを……起こすほどの重要人物と思われようとは,何とも不思議なことである。」ジョセフ・スミス―歴史1:23

 

ジョセフを愛する人々が増える一方,敵意を抱く人々も増えていきました。38歳のとき,彼は顔を黒く塗った150人の暴徒によって殺害されました。教義と聖約135:1参照)預言者の生涯は突然絶たれましたが,ジョセフの名は良くも悪くも末永く語られるようになりました。

 

......

 

預言者ジョセフ・スミスについての証が与えられる方法は,人それぞれ違うかもしれません。それを得られるのは,ひざまずいて祈り,彼が真の預言者であったことを確認してくださるよう神に願い求めているときかもしれません。最初の示現について語る預言者の言葉を読んでいるときかもしれません。モルモン書を繰り返し読むうちに,証が少しずつ心に蓄えられるからかもしれません。預言者について自分の証を述べるときかもしれませんし,神殿にいて,地上に神聖な結び固めの権能が回復されたのはジョセフ・スミスを通してであったと気づくときかもしれません。※ 信仰を持ち誠心誠意願うならば,預言者ジョセフ・スミスについての皆さんの証は強められます。第三者がひっきりなしに投げつける水風船によって濡れることはあっても,赤々と燃える皆さんの信仰の火を消すようなことは決してさせてはなりません。

 

※ゴードン・B・ヒンクレー大管長は次のように語っている。「ずっと昔,わたしは12歳で執事に聖任されたとき,当時ステーク会長だった父に連れられて初めてのステーク神権会に出席しました。〔開会の歌は『たたえよ,主の召したまいし』でした。〕預言者ジョセフ・スミスについて歌っている神権者の声を聞いているとき,この時代の偉大な預言者への愛と確信が胸に押し寄せてきました。……そのとき,聖霊の力によって,わたしはジョセフ・スミスが確かに神の預言者であることを知ったのです。」(“Praise to the Man,” Ensign ,1983年8月号)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)