「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -370ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ27:35
彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け…


「霊性」(英文)1985年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
肉欲に従う人と霊的な人との物の見方の違いについては,ピラト配下のローマ兵が示したあの忘れがたい態度について考えてみればわかります。カルバリでのあの悲劇的な午後のこと,何人かの兵士たちは十字架の下でイエスの番をしていました。そのとき,永遠という時間の中でも最も重大な出来事が頭上の十字架の上で起こっていたのです。しかし,彼らはそのことを忘れて,死んでいく神の御子のこの世の持ち物をくじ引きで分けることに夢中になっていました。(マタイ27:35; ルカ23:34; ヨハネ19:24参照)

この話の教訓は,この世の物のくじ引きに夢中になって,家族あるいは主のみ業という永遠の事柄を怠ってはならないということです。

……

ジョン・A・ウイッツォー長老は次のように教えています。「人間の行動やこの世の物事にはすべて霊的な意味がある。……この世の物事の中に霊的な意義を見いだすのは,人の責任である。……自分の働きを霊的な評価と理解の眼をもって見られる人ほど幸せな人はいない。」(「大会報告」1922年4月号,pp.96-97)




 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ27:12-14
さて、イエスは総督の前に立たれた。すると総督はイエスに尋ねて言った、「あなたがユダヤ人の王であるか」。イエスは「そのとおりである」と言われた。 しかし、祭司長、長老たちが訴えている間、イエスはひと言もお答えにならなかった。 するとピラトは言った、「あんなにまで次々に、あなたに不利な証言を立てているのが、あなたには聞えないのか」。 しかし、総督が非常に不思議に思ったほどに、イエスは何を言われても、ひと言もお答えにならなかった。



「平和の君に従う者」2023年4月、ウリセス・ソアレス、十二使徒定員会
イエスは,この完全と平和のきずなを持つことの意味を,特に殉教に先立つ苦痛に満ちた出来事に直面したときに,完全な模範として示されました。その夜に弟子の一人から裏切られることを御存じでありながら,謙虚に弟子たちの足を洗われたイエスが何を感じておられたかヨハネ13:14-18参照)少し考えてください。または,その数時間後,裏切り者であるユダとともに,御自分を捕らえるために来た者たちのうちの一人の耳をイエスが優しく癒されたときの気持ちを考えてください。ルカ22:50-51ヨハネ18:10-12参照)あるいは,救い主がピラトの前に立っておられ,祭司長たちや長老たちから不当に告発され,その偽りの嫌疑に対して一言も発せられず,ローマの総督を驚かせたときの気持ちについて考えてください。マタイ27:12-14参照)

これらの3つの悲劇的な出来事を通じて,救い主は,深い悲しみと重圧を抱えながらも,御自身の模範によりこう教えられました。「愛は寛容であり,愛は情深い。……ねたむことをしない。……高ぶらない,誇らない。不作法をしない,自分の利益を求めない,いらだたない,恨みをいだかない。」1コリント13:4-5モロナイ7:45-47も参照)
 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ルカ22:42-43
「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。 そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。



「キリストのことを話す」2020年10月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
イエスの再臨を思い描くと,わたしはキリストのことをもっと話したくなります。いつ来られるかは分かりませんが,イエスの再臨は息を飲む出来事になるでしょう。天の雲の中を尊厳と輝きを持ってすべての聖なる天使とともに来られるのです。少数ではなく,すべての天使です。バレンタインカードにあるラファエルの描いた紅色の頬のケルビムのことではありません。わたしが言っているのは,何世紀にもわたって働いている天使のことです。遣わされてししの口を閉ざし,ダニエル6:22参照)獄の戸を開き,使徒行伝5:19参照)長い間待ち望まれた救い主の誕生を告げ,ルカ2:2-14参照)ゲツセマネで主を慰め,ルカ 22:42-43参照)主が天に昇られたことを主の弟子たちに告げた天使,使徒1:9-11参照)そして,輝かしい福音の回復の幕を開けた教義と聖約13章27:12-13110:11-16ジョセフ・スミス-歴史1:27-54参照)天使のことなのです。

幕のどちらの側からにせよ,わたしたちが引き上げられて主にまみえることを想像できますか。1テサロニケ4:16-17教義と聖約88:96-98参照)これは義人に対する主の約束です。このすばらしい経験はわたしたちの魂に永遠に刻まれます。

……

世界中にいる友人の皆さん,「人の前でわたしを受けいれる者を,わたし〔は〕……天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう」と主が言われた偉大な約束を待ち望んで,キリストについて話しましょう。マタイ10:32イエスは神の御子であられることを証します。イエス・キリストの御名により,アーメン