「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -37ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

士師11:4

日がたって後、アンモンの人々はイスラエルと戦うことになり、

 

「もし汝よくこれを耐え忍ばば」(英文)1990年4月、ニール・A・マックスウェル、十二使徒定員会

私たちが忍耐心に欠けるのは、神の時刻表よりも自分の時刻表に従っているからです。次のような聖句に見られる「時到りて」という言葉は、「ついには」という意味ですが、これは霊的な成長過程すべてに当てはまる表現です。

「主エノクにこの世に住める者をことごとく見せたまえり。而して、エノクは見たり、みよ、誠にシオンは時到りて天にとり挙げられたるを。」(モーセ7:21;教義と聖約38:13;創世4:3;38:12;出エジプト2:23;士師11:4;歴代下21:19参照)

 

言うまでもなく、時が経過すればそれだけで自動的に進歩できるわけではありません。しかし、私たちが天父の霊の子として本心に立ち返るためには、「時到る」必要がよくあります(ルカ15:17参照)。血を分けた兄弟でありながら長年にわたって争っていたヤコブとエサウが、砂漠で感動的な再会をしたことは、昔からよく知られている話です。寛容さが敵意に取って代わるのです。けれども、己を顧み、深く考えられるようになるには時間がかかります。霊的に成長するには、時間をかけて真理を体験することが必要であり、そのような体験こそ多くの病を癒す特効薬ともなるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

士師7:4-8

主はまたギデオンに言われた、「民はまだ多い。彼らを導いて水ぎわに下りなさい。わたしはそこで、あなたのために彼らを試みよう。わたしがあなたに告げて『この人はあなたと共に行くべきだ』と言う者は、あなたと共に行くべきである。またわたしがあなたに告げて『この人はあなたと共に行ってはならない』と言う者は、だれも行ってはならない」。

そこでギデオンが民を導いて水ぎわに下ると、主は彼に言われた、「すべて犬のなめるように舌をもって水をなめる者はそれを別にしておきなさい。またすべてひざを折り、かがんで水を飲む者もそうしなさい」。

そして手を口にあてて水をなめた者の数は三百人であった。残りの民はみなひざを折り、かがんで水を飲んだ。

主はギデオンに言われた、「わたしは水をなめた三百人の者をもって、あなたがたを救い、ミデアンびとをあなたの手にわたそう。残りの民はおのおのその家に帰らせなさい」。

そこで彼はかの三百人を留めおき、残りのイスラエルびとの手から、つぼとラッパを取り、民をおのおのその天幕に帰らせた。時にミデアンびとの陣は下の谷の中にあった。

 

「神権の力」(英文)2010年4月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

モンソン大管長はまた、旧約聖書の時代の英雄ギデオンについて話しました。ギデオンはイスラエルの屈強な兵士1,000人を率いる指揮官に選ばれました。しかし、彼がその中から選んだ兵士はわずか300人でした。

 

ギデオンが兵を選んだ方法は興味深いものでした。小川で水を飲むとき、ほとんどの兵士はひざを折り、「かがんで水を飲〔みました〕。」ギデオンはこれらの兵士を選びませんでした。わずかな兵士だけが、警戒を解かずに手で水をすくって飲みました。そして彼らが選ばれたのです(士師7:4-8参照)。

 

わたしたちは、「様々な地における戦争と戦争のうわさと地震」(モルモン8:30;教義と聖約45:26;ジョセフ・スミス訳マタイ1:23,28参照)の起こる時代に生きています。預言されているように、「全地が混乱し」(教義と聖約45:26;88:91参照)、「サタンは地の方々に」(教義と聖約52:14)います。サタンは善良で義にかなったすべての人を滅ぼそうとしています(教義と聖約10:22-23参照)。サタンとは、神の御前から投げ落とされたルシフェルです(黙示12:7-9;教義と聖約29:36-37;76:25-26参照)。

 

これらのことにもかかわらず、わたしたちは前途に対して非常に楽観的です。

 

ギデオンの小さな軍勢が勝利を収めたのは、記録によれば、「おのおのその持ち場に立〔った〕」からでした(士師7:21)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

士師6:15

ギデオンは主に言った、「ああ主よ、わたしはどうしてイスラエルを救うことができましょうか。わたしの氏族はマナセのうちで最も弱いものです。わたしはまたわたしの父の家族のうちで最も小さいものです」。

 

「強いられてでなく,自ら行動する」(英文)1995年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会

主はわたしたち一人一人に大いなる業を用意しておられます。皆さんは、「そんなことがあり得るだろうか」と思うかもしれません。自分には、あるいは自分の能力には、何の特別なものも優れたものもない、と感じているかもしれません。もしかしたら、今まで自分は愚かだと感じたり、人からそう言われ続けてきたりした人がいるかもしれません。わたしたちの中には、そのように感じたり、言われたりしてきた人がたくさんいます。ミデアン人からイスラエルを救うよう主に命じられたギデオンも、同じように感じました。ギデオンはこう言いました。「わたしの氏族はマナセのうちで最も弱いものです。わたしはまたわたしの父の家族のうちで最も小さいものです。」(士師6:15)しかし、300人しか部下がいなかったにもかかわらず、ギデオンは主の助けによってミデアン人の軍勢を打ち破ることができました(士師7章参照)。

 

主は、普通の能力の持ち主であっても、謙遜で信仰深く、主に仕えることに熱心で向上心のある人を通して、大いなる奇跡を起こすことがおできになります。それは、力の究極の源が神だからです。聖霊の賜物により、わたしたちは「すべてのことを知る」だけでなく、「すべてのことの真理」を知ることもできるのです(モロナイ10:5)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)