「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -356ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝17:29
このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。



「心にイエス・キリストへの思いがはっきりと浮かんできた」2023年4月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
この復活祭の時季にわたしが願うことは,わたしたちの心の部屋に,このきわめて重要なイエス・キリストへの思いを,さらに意識的に形作り,強くし,定着させることです。それがしきりに心へ流れ込むようにし,考えや行動の指針となり,継続的に救い主の愛という快い喜びがもたらされますように。

イエス・キリストの力で心を満たすとは,イエスのことだけを考えるという意味ではありません。わたしたちの思いがすべて,主の愛や生涯,教え,贖いの犠牲,輝かしい復活のうちにあるということです。イエスを忘れ去られた心の隅に追いやることは決してありません。主イエスへの思いが常に心にあり,「心〔を〕込めて主を賛めたたえ」「造り主の主を」『賛美歌』37番るからです。祈りをささげ,主に近づいたときの経験を心の中で反芻します。忙しい生活の中で心を駆け巡る無数の思いをそっと和らげる,神聖なイメージや聖文,霊感あふれる賛美歌を,心に喜んで迎え入れるのです。主に対する愛が,この死すべき世における不幸や悲しみの盾となってくれるわけではありませんが,自分の力をはるかに超える強さを得て苦難を乗り越えていくことができるようになります。

「主イエスよ,〔汝なれを思えば〕
わが胸 喜び満つ
み前に出づれば
さらにうれし」「主イエスよ,わが胸」『賛美歌』80番参照)

自分が天の御父の霊の子供だということを覚えていてください。使徒パウロが説明しているように,わたしたちは「神の子孫」使徒17:29なのです。地上に来るずっと前に,今ある個々の特質を持って生きていました。御父は,わたしたちが地上に来て学び,御父のみもとに戻るという,完璧な計画を立てられました。御父が御自分の愛する御子を遣わしてくださったので,わたしたちは,御子の無限の贖罪と復活の力によって墓を超えて生きられるようになりました。そして,進んで御子を信じる信仰を働かせて罪を悔い改める教義と聖約58:42-43参照)ことで,わたしたちは赦され,永遠の命への希望を受けます。教義と聖約14:7参照)

 

 

 

 

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝17:27-29
こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。 われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、『われわれも、確かにその子孫である』。 このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。



「神に感謝しましょう」2012年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
すべての人が神の摂理と愛にもっと気づき,神に感謝の気持ちを表すことができたなら,どんなにすばらしいでしょう。アンモンは次のように教えています。「〔神〕に感謝をささげよう。神はとこしえに義を行われるからである。」アルマ26:8アルマ7:23も参照)感謝の度合いで,神に対する愛の深さが分かります。

神はわたしたちの霊の御父です。使徒17:27-29参照)栄光を受け,完全なものとされた骨肉の体を持っておられます。教義と聖約130:22参照)わたしたちは生まれる前,神とともに天に住んでいました。モーセ6:51ローマ8:16ヘブル12:9エレミヤ1:4-5参照)そして神によって形あるに創造されたとき,わたしたちは神の形に造られて,それぞれが自分の体を授かりました。創世2:71コリント15:44モーセ3:7参照)

……

わたしたちは神の神聖な目的の一部です。「人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと,これがわたしの業であり,わたしの栄光である」と神は言われました。モーセ1:39これらの目的を果たすために,「神はそのひとり子を賜わったほどに,この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで,永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16その行いは,神の至上の愛の現れでした。「神が御子を世につかわされたのは,世をさばくためではなく,御子によって,この世が救われるためである。」ヨハネ3:17

神の永遠の計画の中心にあるのが,御子イエス・キリストの使命です。3ニーファイ27:13-22御子は神の子供たちを贖うために世に来られました。アルマ11:40参照主の贖罪のおかげで,復活(すなわち不死不滅)が現実のものとなりました。2ニーファイ9:6-7,20-22参照)贖罪のおかげで,資格を得るすべての人が永遠の命を受けられるようになりました。

……

主の贖罪と復活という贈り物に対して,復活祭に関するこの崇高なメッセージに対して,神に感謝しましょう。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝17:25
また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、…


「悔い改めと改心」2007年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
悔い改めの教義には辞書の定義よりもはるかに広い意味があります。イエスが「悔い改めよ」と言われたとき,弟子たちはその戒めをギリシャ語の「metanoeo(メタノエオ)」という動詞を使って記録しました。24これは非常に重要で深い意味を持つ言葉です。この単語の「meta(メタ)」という接頭辞は「変わる」という意味です。25接尾辞は4つの重要なギリシャ語の言葉と関係があります。つまり「思い」という意味の「nous(ノウス)」26,「知識」という意味の「gnosis(グノシス)」27,「霊」という意味の「pneuma(プネウマ)」28,そして「息」という意味の「pnoe(プノエ)」29です。

ですから,「悔い改めよ」と言われたとき,イエスはわたしたちの思いと知識と霊と,さらに息まで変えなさいと言っておられたのです。息を変えるというのは,一息一息を与えてくださる主に感謝しつつ呼吸することだと,一人の預言者が説明しました。ベニヤミン王は次のように言っています。「あなたがたがまた,……あなたがたを造り,……あなたがたに息を与えて日々守り,いかなる瞬間にも……支えてくださっている御方に,たとえ全身全霊を尽くして仕えたとしても,それでもなお,あなたがたはふつつかな僕である。」モーサヤ2:21

そうです。主は,わたしたちに悔い改めて,生き方を変え,主のみもとに来て,もっと御自身のようになるように命じておられるのです。ニーファイ27:21,27参照)これには完全な変化が必要です。アルマは息子に教えて言いました。「忘れずに若いうちに知恵を得なさい。……神の戒めを守ることを若いうちに習慣としなさい。……あなたの思いを常に主に向けるようにしなさい。まことに,あなたの心の愛情をとこしえに主に向けるようにしなさい。」アルマ37:35-36

 

※24 「metanoeo(メタノエオ)」という言葉がギリシャ語のマタイ4:17マルコ1:15ルカ13:3で主の言葉として使われていた。使徒2:383:198:22でもペテロが同じ言葉を使っている。

※25 マタイ17:2マルコ9:2の「transfigured(姿が変えられた)」という言葉は「metamorphoo(形が変わる)」という言葉から翻訳されている。

※26 エペソ4:23の「mind(心)」という言葉は,ギリシャ語の「nous(ノウス)」という言葉から翻訳されている。

※27 ルカ1:77ローマ2:202コリント6:6の「knowledge(知識)」という言葉は,「gnos(グノス)」あるいは「gnosis(グノシス)」という言葉から翻訳されている。「gnos」という言葉の前に「a-」という否定を示す接頭語が付くと,「agnostic(認知不能)」という単語のように「知識に欠けた」という意味を表す。使徒17:23の「unknown(知られない)」は「agnostos(アグノストス)」から,「ignorantly(知らずに)」という語は「agnoeo(アグノエオ)」という語幹から翻訳されている。

※28 マタイ12:18ローマ8:5の「spirit(霊)」という語は,ギリシャ語の「pneuma(プネウマ)」から翻訳されている。

※29 使徒17:25の「breath(息)」という言葉はギリシャ語の「pnoe(プノエ)」から翻訳されている。