使徒行伝24:15
また、正しい者も正しくない者も、やがてよみがえるとの希望を、神を仰いでいだいているものです。この希望は、彼ら自身も持っているのです。
「贖い――最も大いなる希望」2001年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会
贖いと復活により、多くのことが成し遂げられました。贖いは悔い改めを条件として、わたしたちを罪から清めてくれます。悔い改めは、憐れみを受けるための条件です。(アルマ42:22-25参照)最後の1コドラントを払うためにわたしたちができるすべてのことを行い、過ちを正した後に、わたしたちを清めて完全にする贖いを通して、生活の中で救い主の恵みにあずかることができるのです。(2ニーファイ25:23;アルマ34:15-16;42:22-24;モロナイ10:32-33参照) キリストの復活は、死を克服し、わたしたちが死後も墓を超えて生き続ける確証を与えてくれました。キリストはこう言われました。「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。」(ヨハネ11:25) 復活は無条件で、かつて生を受けた人とこれから生を受ける人すべてに与えられます。復活は無償の賜物です。(使徒24:15参照) ジョン・テーラー大管長はこのことを適切に表現してこう言いました。「墓が開けられ、死者は神の御子の声を聞くでしょう。そして墓から出て来て、善を行った人々は忠実な人の復活を受け、悪を行った人々は、忠実でない人の復活を受けます。」(The Gospel Kingdom, G. ホーマータラム選(1943年)118。ヨハネ5:28-29も参照)
現世での行いと贖いに関して、J・ルーベン・クラーク・ジュニア副管長は深い洞察を示してこう言いました。「〔救い主は〕わたしたちの背きに対して最低限の罰をお与えになると思います。わたしは、主がお持ちの無限の愛と祝福、憐れみ、親切な心、そして思いやりのすべてを御自身の正義に込められると信じています。… … それとは逆に、善い行いに対する報いについて言えば、わたしたちが犯した過ちを心に留めながらも主は、可能なかぎり最大の報いをお与えになると信じています。」(As Ye Sow … Brigham Young Universities Speeches of the Year, 1955年5月3日, 7)
イザヤが書いているように、わたしたちが主に立ち返るなら、「主は豊かにゆるしを与えられる」のです。(イサヤ5:57)


