「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -351ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ローマ1:16
わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。


「勇気を持てるように」(英文)2009年4月、トーマス・S・モンソン大管長
リーハイが見た命の木の示現を思い出してみましょう。リーハイは,鉄の棒にすがりながら暗黒の霧の中を押し進み,ついに進んで来てその木の実を食べた多くの人を見ました。すると彼らは「恥じるかのように辺りを見回し」ました。1ニーファイ8:25 彼らが困惑した原因について,リーハイは考えました。辺りを見回すと,「水の流れている川の向こう側に,一つの大きく広々とした建物が」見えました。

「その建物は,老若男女を問わず人々でいっぱいであった。この人々の衣服の装いは,非常に華やかであった。そして彼らは,……その実を食べている人々を指さし,あざけり笑っている様子であった。」1ニーファイ8:26-27

リーハイの示現の大きく広々とした建物は,神の御言葉をあざける世の人々,御言葉を信じ,救い主を愛し,戒めを守る人たちをあざ笑うこの世の人々を表しています。あざ笑われて恥ずかしく思った人たちは,どうなったでしょうか。リーハイはこう語っています。「その実を味わった後にあの人々にあざけり笑われたので恥ずかしく思い,禁じられた道に踏み込んで姿が見えなくなってしまった。」1ニーファイ8:28

愛する若い姉妹の皆さん,自分の信念から来る勇気を持ち,使徒パウロとともに次のように宣言することができますように。「わたしは福音を恥としない。……それは救を得させる神の力である。」ローマ1:16

前途に待ち受けている務めを果たすのに自分は不適格であると感じることがないように,使徒パウロの励ましの言葉をもう一つ引用します。勇気が得られることでしょう。「というのは,神がわたしたちに下さったのは,臆する霊ではなく,力と愛と慎みとの霊なのである。」2テモテ1:7

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ローマ1:16
わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。


「強く,また雄々しくあれ」2014年4月、トーマス・S・モンソン大管長
わたしたちは皆,恐れを感じ,あざけられ,反対に遭うことがあるでしょう。わたしたち皆が世間に迎合しない勇気,原則を守る勇気を持ちましょう。妥協せずに勇気を示す人に,神はほほえんでくださいます。勇気とは,雄々しく命を差し出すことだけではなく,確固として高潔に生きることでもあると理解されるとき,勇気は力強い,魅力ある徳となるのです。わたしたちが正しい生活を送るために努力して前進するとき,あるべき姿で生きる努力をするなら,間違いなく主からの助けを受け,主の言葉に慰めを見いだすでしょう。わたしは,ヨシュア記に記されている主の約束が大好きです。

「わたしはあなたを見放すことも,見捨てることもしない。……

……強く,また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも,あなたの神,主が共におられるゆえ,恐れてはならない。おののいてはならない。」ヨシュア1:5,9

愛する兄弟の皆さん,確固とした勇気をもって,使徒パウロと共に宣言しましょう。「わたしは〔キリストの〕福音を恥としない。」ローマ1:16そして,その同じ勇気をもって,パウロの勧告に従いましょう。「言葉にも,行状にも,愛にも,信仰にも,純潔にも,信者の模範になりなさい。」1テモテ4:12

激しい紛争は起きてはまたやみますが,人の魂を勝ち取る戦いには終わりはないのです。主の御言葉はラッパの響きのように,皆さんに,わたしに,そして至る所にいる神権者に響きわたります。「それゆえ,今や人は皆,自分の義務を学び,任命されている職務をまったく勤勉に遂行するようにしなさい。」教義と聖約107:99そうすれば,わたしたちは,使徒ペテロが述べたように,まさに「王国の神権者」1ペテロ2:9参照)となり,目的において一つに結ばれ,高いところから力を授けられるのです。教義と聖約 105:11参照)

今晩一人一人が決意をしてこの部会を後にし,いにしえのヨブと共に,勇気を持って次のように言うことができますように。「わたしの息がわたしのうちにあ〔る〕…間,……わたしは……潔白を主張してやめない。」ヨブ27:3,5そのとおりになりますようにへりくだって祈ります。イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ローマ1:12
それは、あなたがたの中にいて、あなたがたとわたしとのお互の信仰によって、共に励まし合うためにほかならない。


「聖約によるつながり」2019年10月、ゲレット・W・ゴング、十二使徒定員会
交わした聖約を尊んで守っていると,天使とともにいるような気持ちになることがあります。実際,幕のこちら側でわたしたちが愛する人々とわたしたちを祝福してくれる人々,そして幕の向こう側でわたしたちを愛し祝福してくれる人々がともにいてくれるのです。

先日,ゴング姉妹とわたしは,ある病院の一室で,非常に心温まる聖約によるつながりを目にしました。どうしても腎臓移植が必要な若い父親がいました。家族は涙を流し,腎臓移植を受けられるように断食して祈りました。命綱である腎臓が見つかったという知らせが届いたとき,彼の奥さんはそっと言いました。「その方の御家族は大丈夫かしら。」聖約によるつながりとは,使徒パウロの言葉を借りれば,「あなたがたの中にいて,あなたがたとわたしとのお互の信仰によって,共に励まし合うために」あるのです。ローマ1:12モーサヤ18:8-9も参照)

人生の旅路でわたしたちが神を信じなくなることはあっても,神がわたしたちを信じてくださらないようになることは決してありません。言ってみれば,神の家の玄関にはいつも明かりがついているのです。神は御自分の道を指し示す聖約のもとに来るよう,あるいはそこに立ち帰るようにと招いておられます。わたしたちが「まだ遠く離れて」いても,抱き締めようとして待っておられます。ルカ15:20信仰の目で自分の経験のパターンや脈絡,ほかの経験とのつながりを見るならば,喜びのときだけでなく,特に試練や悲しみ,苦難のときにも,神の深い憐れみと励ましがあることが分かるようになります。何度つまずいても倒れても,常に神に向かって進むならば,神は一度に一歩ずつ助けてくださいます。

 

 

 

 

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