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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ローマ1:12
それは、あなたがたの中にいて、あなたがたとわたしとのお互の信仰によって、共に励まし合うためにほかならない。


「聖約によるつながり」2019年10月、ゲレット・W・ゴング、十二使徒定員会
交わした聖約を尊んで守っていると,天使とともにいるような気持ちになることがあります。実際,幕のこちら側でわたしたちが愛する人々とわたしたちを祝福してくれる人々,そして幕の向こう側でわたしたちを愛し祝福してくれる人々がともにいてくれるのです。

先日,ゴング姉妹とわたしは,ある病院の一室で,非常に心温まる聖約によるつながりを目にしました。どうしても腎臓移植が必要な若い父親がいました。家族は涙を流し,腎臓移植を受けられるように断食して祈りました。命綱である腎臓が見つかったという知らせが届いたとき,彼の奥さんはそっと言いました。「その方の御家族は大丈夫かしら。」聖約によるつながりとは,使徒パウロの言葉を借りれば,「あなたがたの中にいて,あなたがたとわたしとのお互の信仰によって,共に励まし合うために」あるのです。ローマ1:12モーサヤ18:8-9も参照)

人生の旅路でわたしたちが神を信じなくなることはあっても,神がわたしたちを信じてくださらないようになることは決してありません。言ってみれば,神の家の玄関にはいつも明かりがついているのです。神は御自分の道を指し示す聖約のもとに来るよう,あるいはそこに立ち帰るようにと招いておられます。わたしたちが「まだ遠く離れて」いても,抱き締めようとして待っておられます。ルカ15:20信仰の目で自分の経験のパターンや脈絡,ほかの経験とのつながりを見るならば,喜びのときだけでなく,特に試練や悲しみ,苦難のときにも,神の深い憐れみと励ましがあることが分かるようになります。何度つまずいても倒れても,常に神に向かって進むならば,神は一度に一歩ずつ助けてくださいます。

 

 

 

 

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今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ローマ1:1
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから



「偉大な神の性質」2003年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
高価な真珠では,エノクの目の前で天が開け,人類に関する偉大な示現が与えられます。この世の祝福と試練を見せられ,御父に目を向けたエノクは,御父が涙しておられることに気づき,息をのみます。驚きと畏れの中で,エノクは宇宙で最も権威ある御方に尋ねます。「どうして泣くことがおできになるのですか。……あなたは公正な御方です。とこしえに憐れみ深く,思いやりの深い御方です。……あなたの御座のある所には,……平安……があります。憐れみはあなたの前を進み,終わりがありません。どうしてあなたは泣くことがおできになるのですか。」

ほとんどの時代に繰り返されてきた,その光景に目をやり,神はこう答えられます。「これらあなたの兄弟たちを見なさい。彼らはわたし自身の手で造られたものである。わたしは……彼らに,……互いに愛し合うように,また父であるわたしを選ぶようにという戒めも与えた。ところが見よ,彼らは愛情がなく,自分の血族を憎んでいる。……それゆえ,これらが苦しむのを見て,どうして天が泣かないということがあろうか。」モーセ7:29-33,37

この感動的な場面は,他のどのような神学上の論文よりも明確に,神の本質を示しています。またこの部分を読むと,モルモン書のオリーブの木のたとえで鮮やかに描写されている場面についてさらに理解することができます。掘り起こし、肥料と水をやり、下草を刈り込み、剪定し、植え替え、接ぎ木した後に、果樹園の偉大な主人は鋤と剪定ばさみとを投げ捨てます。「わたしの果樹園のために、これ以上何ができたであろうか。」モルモン書ヤコブ5:415:47,49も参照)

わたしたちの人生にこれほど心を砕いておられる神の御姿を心からぬぐい去ることができるでしょうか。子供たちが御父を選ばず、御父が送られた「神の福音」ローマ1:1に従わないとき、御父の苦悩はこれほど大きいのです。このように深く愛してくださる御方を愛することは、どれほどたやすいことでしょう。

 

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

使徒行伝28:23

そこで、日を定めて、大ぜいの人が、パウロの宿につめかけてきたので、朝から晩まで、パウロは語り続け、神の国のことをあかしし、またモーセの律法や預言者の書を引いて、イエスについて彼らの説得につとめた。

 

 

「主の厚い恵みを受ける」2020年10月、ゲーリー・E・スティーブンソン、十二使徒定員会

パウロとシラスは,かせをはめられて投獄されている間に祈り,歌い,教え,証しました。看守にバプテスマを施したとまで書かれています。使徒16:24-33参照)

 

パウロはまた,ローマで2年間家に軟禁されていたときにも,「語り続け,神の国のことをあかしし」,使徒28:23「主イエス・キリストのことを教え」続けました。使徒28:31

 

ヒラマンの息子ニーファイとリーハイは,虐待され,投獄された後,主の「まったく優しい静かな声〔が〕……〔捕らえた者たちの〕心の底までも貫」く間,火に囲まれて守られたと書かれています。ヒラマン5:30

 

アモナイハでのアルマとアミュレクは,後にあざけられ,食べ物も着る物も与えられず,縛られ,投獄されたものの,アルマ14:22参照)多くの人が「信じ,悔い改めて聖文を調べ始めた」ことを知りました。アルマ14:1

 

リバティーの監獄におけるジョセフ・スミス

最後にジョセフ・スミスの場合ですが,リバティーの監獄で苦悩したジョセフは,見捨てられ,見放されたと感じました。しかしその後,「これらのことはすべて,……あなたの益とな」り,教義と聖約122:7「とこしえにいつまでも,神はあなたとともにいる」教義と聖約122:9という主の言葉を聞いたのです。

 

これらの人々は,各人ニーファイが知っていたことを理解していました。これまでの人生で多くの苦難に遭ったが,主の厚い恵みを受けているということです。