「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -333ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ガラテヤ5:13
兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。



「今日われ善きことせしか」(英文)2009年10月、トーマス・S・モンソン、大管長
使徒パウロはこう勧めています。「愛をもって互に仕えなさい。」ガラテヤ5:13 また,モルモン書の中のベニヤミン王の言葉を皆さんも覚えているでしょう。「あなたがたが同胞のために務めるのは,とりもなおさず,あなたがたの神のために務めるのである……。」モーサヤ2:17

救い主は弟子たちにこう教えられました。「自分の命を救おうと思う者はそれを失い,わたしのために自分の命を失う者は,それを救うであろう。」ルカ9:24

救い主が言っておられるのは,自分を捨てて人に奉仕しなければ,自分自身の人生の目的などほとんどないということだとわたしは信じています。自分のためにだけ生きる人は,ついには枯渇してしまい,比喩的に言えば,命を失ってしまいます。一方,自分を捨てて人のために奉仕する人は,成長し,繁栄して,実際に自分の命を救うのです。

1963年10月の総大会で,わたしは十二使徒定員会会員として支持されました。そのとき,デビッド・O・マッケイ大管長はこのように述べました。「人の最高の幸せは,ほかの人のために無私の行いをすることによってもたらされるものです。」(David O. McKay, in Conference Report, Oct. 1963, 8.)

わたしたちはすぐそばで生活していても,心と心が通っていないことがよくあります。わたしたちが力を及ぼせる範囲内に,「ギレアデに乳香はないのでしょうか」と手を伸ばして叫ぶ人がいるのです。エレミヤ8:22

教会員は皆,奉仕を行い困っている人を助けたいと思っていることをわたしは知っています。わたしたちはバプテスマを受けたとき「重荷が軽くなるように,互いに重荷を負い合う」と聖約しました。モーサヤ18:8皆さんはこれまでに何度,人が困っているのを目の当たりにして心を痛めたことがあるでしょうか。助けの手を差し伸べようと思ったことが,幾度あったでしょうか。にもかかわらず,日々の生活に追われて「きっとだれかが助けてくれる」と思い,人任せにしてしまったことが,幾度あったでしょうか。

わたしたちは日常生活の忙しさに埋没しています。でも,少し立ち止まって自分が何をしているかをよく顧みてみると,それほど重要でもないことに没頭していることが分かるでしょう。つまり,大きな目で見れば,ほんとうは大して重要ではないことに大半の時間を費やし,もっと重要なことをないがしろにしていることが往々にしてあるのです。

何年も前に聞いた詩の一節がわたしの心に残り,人生の道しるべとなってきました。わたしの好きな詩の一つです。

人の必要に気づかずに,
まくらを涙でぬらした夜は
数知れない。
だが,ほんの少し人に尽くしすぎたからといって
悔やんだことは
一度もない。(Anonymous, quoted in Richard L. Evans, “The Quality of Kindness,” Improvement Era, May 1960, 340.)

兄弟姉妹の皆さん,わたしたちの周りには,家族,友人,知人,他人を問わず,わたしたちの注目,励まし,支え,慰め,親切を必要としている人が大勢います。わたしたちは地上で主の御手に使われる器であり,わたしたちには御父の子供たちに仕え,彼らを高める責務があります。主はわたしたち一人一人を頼りにしておられるのです。

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ガラテヤ4:9
しかし、今では神を知っているのに、否、むしろ神に知られているのに、どうして、あの無力で貧弱な、もろもろの霊力に逆もどりして、またもや、新たにその奴隷になろうとするのか。



「人生で出会う女性たち」2004年10月、ゴードン・B・ヒンクレー、大管長
すべての女性は神の娘です。女性に不快な思いをさせれば,神をも不快にしてしまいます。この教会の男性の皆さんにお願いします。皆さんの伴侶の内にある神性を求め,養ってください。家庭がいかに調和と平安に満ち,豊かで,愛がはぐくまれる場所となるかは,夫がいかに妻の神性を養うかに懸かっています。

マッケイ大管長はよく次のことを思い起こさせてくれました。「〔人生の〕いかなる成功も,家庭の失敗を償うことはできない。」( J・E・マカロック,Home: The Savior of Civilization〔1924年〕,42から引用;Conference Report,1935年4月,116)

同様に,リー大管長は次の真理を思い出させてくれました。「あなたがたが行う最も大切な主の業は,家庭という囲いの中にある。」(“Maintain Your Place as a Woman” Ensign,1972年2月号,51)

結婚に関する多くの問題を離婚で解決することはできません。それは悔い改めと赦し,親切と思いやりを示すことで解決できます。黄金律を実践するときに解決できるのです。

若い男性と若い女性が聖壇を前にして手を取り合い,神の御前で互いに尊び,愛するという聖約を交わす光景は大変美しいものです。しかし,数か月後あるいは数年後,攻撃的な言葉や辛辣で相手を傷つける言葉,声を荒らげ,厳しい非難が飛び交う光景は何と重苦しいことでしょうか。

愛する兄弟姉妹,そうなる必要などありません。わたしたちはこの無力で貧弱な,もろもろの霊力ガラテヤ4:9参照)に打ち勝つことができます。天の御父の子供であるわたしたちの内にある神の性質を互いに探し,認め合うことができます。神が定められた結婚の方式の中でともに暮らすことができます。そして伴侶を責めようとせずに,自己を鍛練するならば,自分の能力にかなうことを達成できます。

 

 

 


今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ガラテヤ3:28
もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。


「先祖と愛によって結ばれる」(英文)2010年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
家族の一人一人に感じている愛について考えると,天の御父が子供たちに対して抱いておられる愛がいかに深いかおぼろげながら分かります。子供たちの永遠の行く末について創造主が作られた計画において,中心を成しているのは家族です。世界中で家族が攻撃にさらされている今,末日聖徒イエス・キリスト教会はこの真理を宣言し,広め,擁護しています。「家族―世界への宣言」と膨大な家族歴史活動は,この教会が家族という神聖な制度に希望と支援を与えている数々の証拠の中のわずか二つにすぎません。

わたしたちは子供たちに対する神の愛が無限であると教えています。人種,国籍,性別を問わず,神はすべての人を愛しておられます。1コリント12:13ガラテヤ3:282ニーファイ26:33 参照) 神は初めからそしてこれからもずっと全人類を愛してくださいます。神は家族が永遠の昇栄を得るよう万人を招いておられます。子供たちの不死不滅と永遠の命すなわち昇栄をもたらすことが神の業であり,栄光です。モーセ1:39 参照) 「神はそのひとり子を賜わったほどに,この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで,永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16
 

 

「家族ー世界への宣言」