「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -332ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

 

エペソ1:10
それは、時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、ことごとく、キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。


「わたし自身のこと」2021年10月、ロナルド・A・ラズバンド、十二使徒定員会
わたしは今日,父リーハイの死後,民の記録を残した預言者ニーファイの言葉について考えています。ニーファイはこう記しました。「そしてこの版には,わたし自身のこと……を書き記す。」2ニーファイ4:15

この聖句にある「things(こと)」という単語は,特に優雅でも霊的でもなく,「わたし自身の」という言葉と並べるに値するほど重要な言葉ではないと思い,以前は読み流していました。ところが,「things」という単語が,聖文の中で2,354回も使われていることを知りました。例えば,モーセ書です。「わたしは初めであり終わりであり,全能の神である。わたしの独り子によって,わたしはこれらのもの(things)を創造した。」モーセ2:1次に,ニーファイの言葉です。「見よ,わたしは主に関すること(things)に喜びを感じる。わたしの心は,これまでに見聞きしたこと(things)を絶えず深く考えている。」2ニーファイ4:16

ニーファイの言葉から次のような質問が出てきます。「どんなことを深く考えるのか」「ほんとうに大切なことは何か」「あなた自身のこととは何であるか」。

質問をすることにより,「わたし自身のこと」をより明確に深く知ることができるのです。

……

預言者の外套で,最も大切なのは啓示です。2020年4月の総大会で発表された「イエス・キリストの完全な福音の回復:200周年の世界への宣言」では,主がこの業を導いておられることが強調されています。この宣言の中で,大管長会と十二使徒定員会は次のように述べています。「わたしたちは喜んで宣言します。約束された回復は,絶えざる啓示によって進められていきます。神が『ことごとく,キリストにあって一つに帰せしめ』られるのでエペソ1:10,地は決して再び前の状態に戻ることはありません。」(「イエス・キリストの完全な福音の回復:200周年の世界への宣言」ChurchofJesusChrist.org)

「キリストにあって」すべてのことエペソ1:10と,「わたし自身のこと」2ニーファイ4:15が,この教会,この福音,この民で,最も大切なことなのです。

最後に,今日わたしが紹介した7つの「わたし自身のこと」について考えるようにお勧めします。すなわち,父なる神と救い主イエス・キリストを愛すること,隣人を愛すること,自分自身を愛すること,戒めを守ること,神殿推薦状を持つふさわしさを保つこと,喜びをもって元気に生活すること,そして神の生ける預言者に従うことです。また,皆さん自身の8,9,10番目を見つけるようにお勧めします。皆さんが心に感じた「こと(things)」をほかの人に伝える方法についてよく考え,彼らが祈り,熟考し,主の導きを求めるように励ましてください。

「わたし自身のこと」は,皆さんの場合と同様に,わたしにとって大切です。これらのことは,教会や生活のあらゆる分野での奉仕を強めてくれます。また,イエス・キリストへの献身を促し,聖約を思い出させ,主の御腕の中で安心を感じられるように助けてくれます。主は,わたしたちが主の真の弟子となり,主が御父と一つであられるように主と一つになるように努めることで,「決して飢えることも渇くこともなく,〔主の愛で〕満たされる」3ニーファイ20:8ことを願っておられると証します。イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ1:7
わたしたちは、御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。


「あなたがたは神の宮である」2000年10月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会会長
心の中にふさわしくない思いがわいてきたら、それと戦い、抵抗し、制御してください (ヤコブの手紙4:6-82ニーファイ9:39モーサヤ3:19参照)。使徒パウロは教えています。「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」(1コリント10:13教義と聖約62:1も参照)

……

さて、すでに過ちを犯した人や、不道徳な生活の中で自分を見失った人は、どうでしょうか。希望があるでしょうか。永遠に追い出され、失われるのでしょうか。

赦されない罪があります。しかし、これらのふさわしくない行為や自然に逆らう罪、不道徳などは、赦されない罪ではありません (教義と聖約42:25参照) 。完全に罪を捨てて悔い改めるならば、赦しという清めの賜物がもたらされ、罪悪感という重荷が消えるのです。この過程は恐らく長く、確かに難しいでしょうが、達成できるのです (使徒5:31エベソ1:7モーサヤ4:226:29教義と聖約1:31-3258:4261:2参照)

皆さんは自分でその方法を見つける必要はありません。また独りで見つけることはできないでしょう。贖い主がおられます。主は皆さんが悔い改めて罪を捨て、二度と行わなければ、その重荷を取り去ってくださいます。それがキリストの贖いの目的です。

「主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅くれないのように赤くても、羊の毛のようになるのだ。」(イザヤ1:18) 皆さんの選択次第で、永遠に追放されることはないのです。繰り返しますが、これは赦されない罪ではありません。

ある人はこう言います。「もう遅すぎる、すぐに人生は終わって、永遠の罰を受ける。」そうではありません。「もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。」(1コリント15:19)

体を洗い清めて癒せるように、霊は贖いの力によって、洗い清められます。主は皆さんを高く上げて、清くなるために必要な苦難の間に重荷を負ってくださるでしょう。それがキリストの贖いなのです。主は言われました。「主なるわたしはもう〔その罪〕を思い起こさない。」(教義と聖約58:42ヘブル8:1210:17アルマ36:19 も参照)

愛する青少年の皆さん、主の道にとどまってください。もしつまずいたら、起き上がって進んでください。道をそれたら、わたしたちは両手を広げて皆さんの帰りを待っています。

わたしは主イエス・キリストについて証します。この御方によって与えられる贖いの力によって、神がたたえられますように。この力は、罪を取り除き、清め、赦しを得させるものです。イエス・キリストの御名によって、アーメン

 

 

 

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ガラテヤ5:14
律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。



「豊かな人生」(英文)2006年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会
今日は,わたしの知っている最も幸福な人たちに共通する特質を幾つか挙げます。これらの特質には平凡な暮らしを,豊かですばらしいものに変える力があるからです。第1に,彼らは生ける水を満ちるほど飲んでいます。

救い主はこう教えられました。「わたしが与える水を飲む者は,いつまでも,かわくことがないばかりか,……永遠の命に至る水が,わきあがるであろう。」ヨハネ4:14

……

豊かな人生とは霊的なものです。イエス・キリストの福音に接しながら,それを豊かに味わおうとせず,わずかに口を付けるだけの人が多すぎます。そういう人たちは,集会に出席したり,聖文を少し読んでみたり,決まり切った祈りを繰り返して形を取り繕っていますが,心は福音から遠く離れています。正直になれば,自分が聖霊の驚異的で心地よい訪れより,近所のうわさ話や株式の動向,そして好きなテレビ番組のストーリー展開の方に興味があることを認めざるを得ないでしょう。

この生ける水を飲み,心の内で永遠の命に至る泉がわき上がるのを経験したいと思いませんか。

そう望むなら,恐れることはありません。心から信じてください。神の御子に対する揺るぎない信仰を育てて,熱心に祈り求めてください。いつでも主について考えてください。弱さを捨ててください。聖さと調和をもって,戒めに従って生きてください。

イエス・キリストの福音という生ける水を満ちるまで飲んでください。

豊かな人生を送っている人に共通する第2の特質は,心が愛で満ちていることです。

愛は福音の本質であり,すべての戒めの中で最も大切なものです。救い主は,すべての戒めと預言者の教えは愛に懸かっていると教えられました。マタイ22:40 使徒パウロは,「律法の全体は,『自分を愛するように,あなたの隣り人を愛せよ』というこの一句に尽きる」と書いています。ガラテヤ5:14