「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -331ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ1:13-14
あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。 この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。



「わたしたちはイエス・キリストに従う」(英文)2010年4月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会
この大会のメッセージを聞きながら,わたしたちは心を動かされ,より善い行いをしようという決意を固めるでしょう。しかし月曜の朝に,職場や学校や隣近所など,多くの場合混乱している世界に戻ります。この世の多くの人は,互いを恐れたり,怒ったりしています。わたしたちはそのような感情を理解する一方で,礼儀正しく話し,敬意をもって交わる必要があります。意見の相違があるときは特にそうです。救い主は敵をも愛せと教えられました。マタイ5:44大多数の会員がその勧告に心を留めています。しかし,怒りや主張を吐き出す方が,イエス・キリストが模範を通して教えられたように振る舞うことよりも大切だと感じている人がいます。皆さん一人一人に勧めます。意見の違いをどう扱うかは,わたしたちが何者であるか,救い主の真の弟子であるかどうかのほんとうの尺度です。意見が違うのは差し支えありませんが,不愉快な人になるのはよくありません。暴力行為は,意見の違いを解決する方法ではありません。反対に遭いながらも愛と敬意を示すなら,わたしたちはさらにイエス・キリストのようになるでしょう。

救い主が使徒に聖霊を授けると約束されたことは,聖霊すなわち神会の第三の御方の卓越した役割を認めることであり,この上なく重要な意味があります。聖霊は霊の御方,慰め主であり,御父と御子について証し,すべてのことの真理を明らかにし,悔い改めてバプテスマを受けた者を聖別してくださいます。また約束の聖なる御霊とも呼ばれ,わたしたち一人一人の義にかなった行い,儀式,聖約を神に受け入れられるものとして確認してくださいます。教義と聖約132:7 約束の聖なる御霊により結び固められた人々は,御父のすべてのものを受けます。ローマ8:16-17エペソ1:13-14教義と聖約76:51-60

わたしたちが生きているこの争い好きの騒がしい世界では,目覚めている時間はいつでも,情報や音楽やまったく無意味なものを見たり聞いたりすることが可能です。聖霊から霊感を得たいと思うなら,落ち着ける時間を見つけ,熟考し,祈る必要があります。また聖霊の促しを受け,それを基に行動できるふさわしさを身に付けなければなりません。聖霊の警告に注意を向ければ大きな過ちを避けることができます。真昼となるまで聖霊から光と知識を受けることは,会員であるわたしたちの特権です。教義と聖約50:24

 

 

 


 

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ1:10
それは、時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、ことごとく、キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。



「尊く,大いなる約束」2017年10月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
わたしたちが日々直面する大きなチャレンジの一つは,世の煩い事にあまりの時間とエネルギーを取られ,最も重要な永遠にかかわる事柄をなおざりにしてしまうことのないようにすることです。教義と聖約25:10 参照)多くの責任や過密なスケジュールに追われるあまり,大切な霊的優先事項を思い起こし,心を向けることをいとも簡単に忘れてしまうのです。速く走ることに気を取られて,どこを目指し,何のために走っているのか自体を忘れてしまうことすらあります。

……

心に留めておいてください。安息日と神殿はどちらも,神を礼拝し,神が子供たちに与えられる尊く,大いなる約束を受けて覚えるために特別に取っておかれた神聖な時間であり,神聖な場所です。神によって定められたように,この二つの神聖な助けの源の主要な目的はまったく同じです。すなわち,天の御父とその独り子と聖霊に対して,そして救い主の回復された福音の儀式と聖約にかかわる約束に対して,熱心に,繰り返し,心を向けることなのです。

重要なことに,個人と家族が神の尊く,大いなる約束を心に留めるうえで最も効果的な時間と場所,この究極の組み合わせは家庭であるべきです。家を離れて日曜日の集会に出席したり,神殿という神聖な場所に参入することはとても重要ですが,それだけでは不十分です。これらの神聖な行いによって得た御霊と力を家庭に持ち帰って初めて,わたしたちは現世における偉大な目的に目を向け続け,世にある腐敗に打ち勝つことができるのです。安息日や神殿での経験は個人や家族,家庭を活性化する霊的な触媒となるべきです。それにより,学んだ大切な教訓を継続的に思い起こし,聖霊とその力を招き,主イエス・キリストへの改心を続けて深め,そうして神の永遠の約束に対する「完全な​​希望​の​輝き」2ニーファイ31:20を持つことができるのです。

安息日と神殿は,家庭において「天にあるもの地にあるものを,ことごとくキリストにあって一つに帰せしめ」るエペソ1:10うえで「​もっと​​すばらしい​方法​を」1コリント12:31エテル12:11築くのを助けてくれます。主の神聖な時間を使って,また主の神聖な場所において学んだことを用いて,家庭で何を行うかは,神の性質にあずかる者となるうえで重要です。

 

 

 

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

 

エペソ1:10
それは、時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、ことごとく、キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。


「わたし自身のこと」2021年10月、ロナルド・A・ラズバンド、十二使徒定員会
わたしは今日,父リーハイの死後,民の記録を残した預言者ニーファイの言葉について考えています。ニーファイはこう記しました。「そしてこの版には,わたし自身のこと……を書き記す。」2ニーファイ4:15

この聖句にある「things(こと)」という単語は,特に優雅でも霊的でもなく,「わたし自身の」という言葉と並べるに値するほど重要な言葉ではないと思い,以前は読み流していました。ところが,「things」という単語が,聖文の中で2,354回も使われていることを知りました。例えば,モーセ書です。「わたしは初めであり終わりであり,全能の神である。わたしの独り子によって,わたしはこれらのもの(things)を創造した。」モーセ2:1次に,ニーファイの言葉です。「見よ,わたしは主に関すること(things)に喜びを感じる。わたしの心は,これまでに見聞きしたこと(things)を絶えず深く考えている。」2ニーファイ4:16

ニーファイの言葉から次のような質問が出てきます。「どんなことを深く考えるのか」「ほんとうに大切なことは何か」「あなた自身のこととは何であるか」。

質問をすることにより,「わたし自身のこと」をより明確に深く知ることができるのです。

……

預言者の外套で,最も大切なのは啓示です。2020年4月の総大会で発表された「イエス・キリストの完全な福音の回復:200周年の世界への宣言」では,主がこの業を導いておられることが強調されています。この宣言の中で,大管長会と十二使徒定員会は次のように述べています。「わたしたちは喜んで宣言します。約束された回復は,絶えざる啓示によって進められていきます。神が『ことごとく,キリストにあって一つに帰せしめ』られるのでエペソ1:10,地は決して再び前の状態に戻ることはありません。」(「イエス・キリストの完全な福音の回復:200周年の世界への宣言」ChurchofJesusChrist.org)

「キリストにあって」すべてのことエペソ1:10と,「わたし自身のこと」2ニーファイ4:15が,この教会,この福音,この民で,最も大切なことなのです。

最後に,今日わたしが紹介した7つの「わたし自身のこと」について考えるようにお勧めします。すなわち,父なる神と救い主イエス・キリストを愛すること,隣人を愛すること,自分自身を愛すること,戒めを守ること,神殿推薦状を持つふさわしさを保つこと,喜びをもって元気に生活すること,そして神の生ける預言者に従うことです。また,皆さん自身の8,9,10番目を見つけるようにお勧めします。皆さんが心に感じた「こと(things)」をほかの人に伝える方法についてよく考え,彼らが祈り,熟考し,主の導きを求めるように励ましてください。

「わたし自身のこと」は,皆さんの場合と同様に,わたしにとって大切です。これらのことは,教会や生活のあらゆる分野での奉仕を強めてくれます。また,イエス・キリストへの献身を促し,聖約を思い出させ,主の御腕の中で安心を感じられるように助けてくれます。主は,わたしたちが主の真の弟子となり,主が御父と一つであられるように主と一つになるように努めることで,「決して飢えることも渇くこともなく,〔主の愛で〕満たされる」3ニーファイ20:8ことを願っておられると証します。イエス・キリストの御名により,アーメン