「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -330ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ2:19
そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。



「信仰の試し」(英文)2012年11月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
信仰の試しを受けるとき,どうしたら「確固として動かずに」アルマ1:25 いられるでしょうか。それには,信仰の核を築いてくれたものに浸ることです。つまり,キリストを信じる信仰を働かせ,祈り,聖文について思い巡らし,悔い改め,戒めを守り,人に奉仕するのです。

信仰の試しに遭うとき,何をするにせよ,教会から離れてはなりません。信仰の試しの間神の王国から離れるのは,竜巻が見えたときに,安全な避難用地下室を離れるようなものです。

使徒パウロは言いました。「そこであなたがたは,もはや異国人でも宿り人でもなく,聖徒たちと同じ国籍の者であり,神の家族なのである。」エペソ2:19 教会という聖なる場所の中で,信仰を守るのです。信仰を持つ人々と集い,祈りを捧げ,答えを見いだし,音楽を通して礼拝し,救い主の証を分かち合い,互いに仕え合い,主の御霊を感じるのです。わたしたちは聖餐を受け,神権の祝福を受け,神殿に参入します。主は宣言されました。「……この神権の儀式によって神性の力が現れる」と。教義と聖約84:20 信仰の試しに遭うとき,神の家の守りの中で安全でいてください。ここには常に皆さんの居場所があります。あまりに大きすぎるためにわたしたちが協力して克服できない試しなどないのです。モーサヤ18:8-10

 

 

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ2:14-15
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、 数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、


「キリストの平安は敵意を取り除く」2021年10月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会
少なくとも二つの理由で,サタンは笑い,神は泣かれます。第1に,争いは,イエス・キリストと主の「功徳と憐れみと恵み」によりもたらされる贖いについての,世に対するわたしたち全体の証を弱めます。2ニーファイ2:8救い主は言われました。「わたしは,新しいいましめをあなたがたに与える,互に愛し合いなさい。……互に愛し合うならば,それによって,あなたがたがわたしの弟子であることを,すべての者が認めるであろう。」ヨハネ13:34,35逆もまた真実です。すなわち,わたしたちが互いに愛を示さないとき,わたしたちは主の弟子ではないということをすべての人が知っています。争いや敵意が主の弟子たちの間にあるヨハネ17:21,23参照)とき,主の末日の業は損なわれます。第2に,争いは,わたしたち個人にとって霊的に健全ではありません。平安や喜び,安らぎが奪われ,御霊を感じる能力が損なわれるからです。

……

恵まれてキリストの弟子となった世界中の聖徒たちの模範に従いましょう。わたしたちは,「わたしたちの平和であって,……ご自分の〔贖いの犠牲〕によって,敵意という隔ての中垣を取り除〔かれた〕」イエス・キリストに頼ることができます。エペソ2:14—15世に対するわたしたちのイエス・キリストについての証は強められ,わたしたちは霊的に健全な状態を保てるでしょう。エペソ2:19参照)わたしたちが「争いをやめ」,「愛をもって主と心を合わせ,主とひとつになる」とき,主の平安を受けるでしょう。(ラッセル・M・ネルソン「『争い』という害毒」『聖徒の道』1989年7月号,73参照)イエス・キリストの御名により,アーメン

 

敵意とは,人や物事に対して能動的に反対する状態または感情です。それには,敵対心,反目,憎悪,恨み,さらに根深い嫌悪や悪意が含まれます。「敵意」と訳されるギリシャ語は,「憎しみ」と訳されることもあります。それは「愛」と訳される「アガペー」の反意語です。See James Strong, The New Strong’s Expanded Exhaustive Concordance of the Bible (2010), Greek dictionary section, number 2189.

 

 

 

 

2023年10月総大会

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エペソ2:10
わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。



「わたしはあなたに一つの業を用意している」2017年10月、ジョン・C・ピングリー・ジュニア、七十人定員会
兄弟姉妹の皆さん,神はわたしたち一人一人のために大切な業を用意しておられます。スペンサー・W・キンボール大管長は姉妹に向けた話の中でではありますが,万人に当てはまることを教えました。「〔この地上に〕来る前,……〔わたしたちには〕何らかの責任が課せられていました。……それが何であるのか具体的に今は思い出せなくても,かつてわたしたちが同意した栄えある事実は変わりません。」(スペンサー・W・キンボール「義なる女性の役割」『聖徒の道』1980年3月号,143)何と心を高めてくれる真理でしょうか。天の御父は,皆さんとわたしが成し遂げるはずのすばらしい事柄を具体的に用意しておられるのです エペソ 2:10参照)

神がお与えになるこの責任は少数の特権階級の人にではなく,すべての人に用意されています。性別や年齢,人種,国籍,収入の程度,社会的地位,教会の召しには関係がありません。わたしたちのだれもが,神の業を進めるうえで果たすべき重要な役割を持っているのですモーセ 1:39参照)

天の御父は重要な事柄を行う際になぜわたしたちを用いられるのかと疑問に思う人もいます。しかし,思い出してください。主は常に平凡な人々を使って,非凡な業を成し遂げられます 1コリント1:27-28教義と聖約35:13124:1参照)。「〔わたしたちは〕自ら選択し行動する者」であり,「義にかなう多くのことを成し遂げ」るために「自らの内に力があ」るのです教義と聖約58:27-28第3章:幸福観と楽観的な考え方を培う、歴代大管長の教え—ゴードン・B・ヒンクレー)

ラッセル・M・ネルソン会長は次のように教えています。

「主は皆さんが自分のことを考えているよりも,さらに皆さんのことを気にかけておられます。皆さんはこの時代のこの場所に取っておかれました。

主は世界を変えるために皆さんを必要としておられます。皆さんに対する主の御心を受け入れるなら,不可能と思えることを成し遂げている自分に気づくことでしょう。」(Russell M. Nelson, Accomplishing the Impossible: What God Does, What We Can Do (2015), 147)