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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヤコブ1:6
ただ、疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。


「神の預言者」2018年4月、ニール・L・アンダーセン、十二使徒定員会
わたしたちは非常に騒々しい惑星に住んでいます。インターネット,スマートフォン,数々の娯楽など,あらゆるものがわたしたちの注意を引いて影響を及ぼし,製品を買わせてその標準を受け入れさせようとします。

絶え間なく流れ込む情報と意見は,「だまし惑わす策略」にはまり,「吹きまわされたり,もてあそばれたりする」エペソ4:14という聖文の警告を思い起こさせます。「風の吹くままに」ヤコブの手紙1:6「人々の悪巧みによって」エペソ4:14それらは起こります。

わたしたちの心を主イエス・キリストにつなぎとめるには,主が遣わされる人々の声に耳を傾ける必要があります。混沌とした世にあって預言者に従うことは,凍てつくような寒い日に,温かく心地良い毛布に包まれるようなものです。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい

 

 

ヤコブ1:5
あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。


「預言者ジョセフの使命への不朽の証」2003年10月、ヘンリー・B・アイリング、十二使徒定員会
御父に対する信仰をもって,イエス・キリストの御名を通して祈ることを教えてください。オムナイ書にこのことに関する約束が記されています。

「ところで,わたしの愛する同胞よ,わたしはあなたがたがイスラエルの聖者であるキリストのもとに来て,キリストの救いと,キリストの贖い力にあずかるように望んでいる。まことに,キリストのもとに来て,自分自身をキリストへのささげ物としてささげ,断食と祈りを続け,最後まで堪え忍びなさい。そうすれば,主が生きておられるように確かに,あなたがたは救われるであろう。」オムナイ1:26

若いジョセフ・スミスは,そのような祈りをささげる方法を示しています。ジョセフはヤコブの手紙の中に記されている約束を信じました。ヤコブの手紙1:5参照)そして,祈れば答えを受けられるという信仰を胸に,森の中に入って行きました。ジョセフはどの教会に加わるべきか知りたかったのです。ジョセフは従順であり,命じられたことをすべて行う備えができていました。ジョセフは祈る前からすでに従おうと決意していました,そして,わたしたちもそうしなければなりません。

ジョセフは命じられたことを行うために,自分のすべて,最終的には命をもささげるよう求められました。ジョセフは24年にわたって堪え忍びましたが,その間も絶えず,子供のような信仰と謙虚な思いを胸に祈り続けました。わたしたちも愛する人々に,前もって従おうと決意して祈るよう教えることができます。そうすれば聖霊を伴侶とすることができると約束できるのです。預言者ジョセフ・スミスを通じてもたらされた聖文を読む度に,読者は御霊によって聖文が真実であるという証を得ることでしょう。さらに御霊によって,神が預言者を通して語られたことが再確認できるでしょう。

毎日聖文を読み,その意味を深く考え,しかも御霊から教えを受けるという信仰を持ちながら考えるように教えてください。今こそ,ジョセフ・スミスが翻訳した聖文の言葉に耳を傾けてください。なすべきことについて今教えが与えられると期待してください。そうすれば聖文を学ぶ方法や,愛する人たちに聖文の学習方法をどのように教えたらよいかについて,霊感を受けることでしょう。

 

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヤコブ1:5
あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。


「信仰を込めて一歩ずつイエス・キリストに従う」2022年10月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会
Pioneer(パイオニア)という英単語には,名詞と動詞の両方があります。名詞としては,新しい領域を最初に開拓または入植する人という意味があり,動詞としては,後の人がたどれるように道を切り開く,または備えるという意味があります。(See Merriam-Webster.com Dictionary, “pioneer.”)

ほかの人々のために道を備えたパイオニアについて考えるとき,わたしはまず預言者ジョセフ・スミスを思い浮かべます。ジョセフは,信仰の歩みにより森へと導かれ,そこでひざまずいて祈り,わたしたちがイエス・キリストの完全な福音を得ることができるように,その道を切り開いた開拓者でした。1820年の春の朝,ジョセフの「神に,願い求める」ヤコブの手紙1:5という信仰は,地上で再び仕えるよう召された預言者と使徒を含め,イエス・キリストの完全な福音が回復される道を開きました。ジョセフ・スミス—歴史1:5-20参照)ジョセフ・スミスが神の預言者であることを知っています。彼の信仰に満ちた一歩が,父なる神とその愛する御子イエス・キリストの前にひざまずくように導いたことを知っています。

預言者ジョセフの信仰の歩みにより,主に使われる者となり,イエス・キリストのもう一つの証であり,主の贖いの恵みであるモルモン書を世に出すことができたのです。

ジョセフ・スミスは信じ難いほどの苦難と逆境に直面しながらも,信仰と忍耐によって主の御手に使われる者となり,イエス・キリストの教会を再び地上に確立しました。