「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -274ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ1:13

おお、あなたがたは目を覚ましていてもらいたい。深い眠りから、すなわち地獄の眠りから目覚めて、あなたがたを縛っている恐ろしい鎖を振り払いなさい。その鎖は人の子らを縛って、不幸と災いの永遠の淵に連れ去る鎖である。

 

 

「主なるわたしはもう〔あなたの罪〕を思い起こさない。」(英文)2006年4月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

サタンはわたしたちを欺く者であり,滅ぼす者ですが,その勝利は長くは続きません。運命からは逃れられないのだから罪を犯し続けるしかないのだと,悪魔の使いたちに信じ込ませられている人がいます。最もたちの悪い偽りの教えは,変わることも悔い改めることも不可能だとか,赦されるはずがないというものです。これが真実であるはずはありません。そのような教えを信じ込んでいる人々は,キリストの贖罪のことを忘れているのです。

 

「見よ,主なるあなたがたの贖い主は,肉体において死を受けた。それによって,すべての人が悔い改めて自分のもとに来ることができるように,主はすべての人の苦を引き受けた。」教義と聖約18:11キリストは創造主であり,癒してくださる御方です。御自身がお造りになったものを,主は直すことがおできになります。イエス・キリストの福音は悔い改めと赦しの福音なのです。2ニーファイ1:132 ニーファイ9:45モルモン書ヤコブ3:11 アルマ26:13-14モロナイ7:17-19 参照)

 

「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。」教義と聖約18:10

 

……

 

「主……は,ほんのわずかでも罪を見過ごしにすることはない……。それでも,」教義と聖約1:31-32 「自分の罪を悔い改めた者は赦され,主なるわたしはもうそれを思い起こさない」と主は言っておられます教義と聖約58:42

 

この聖文以上にすばらしく,慰めを与える,希望に満ちた言葉がほかにあるでしょうか。「主なるわたしはもう〔彼らの罪〕を思い起こさない。」教義と聖約58:42これはモルモン書の証であり,わたしから皆さんへの証でもあります。イエス・キリストの御名によって,アーメン。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ1:13

おお、あなたがたは目を覚ましていてもらいたい。深い眠りから、すなわち地獄の眠りから目覚めて、あなたがたを縛っている恐ろしい鎖を振り払いなさい。その鎖は人の子らを縛って、不幸と災いの永遠の淵に連れ去る鎖である。

 

 

「思いのままに行動する―選択の自由という賜物と祝福」(英文)2006年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

 

 

悪から逃れるようにと促してくださることから,天の御父がわたしたち一人一人の強さと弱さを御存じあることと,人生で遭遇する予期せぬ出来事に御父が気づいておられることが分かります。そのような促しは,普通,人の動きを力ずくで停止させるものではありません。なぜなら,神の御霊は雷のような声では語られないからです。それはささやくように優しい声で,何かを思いつかせたり,感じさせたりしてくださいます。その静かな促しに注意を傾けることにより,罪の及ぼす破壊的な結果から守られるのです。

 

しかし,その促しを無視すると,御霊の光は消えていきます。選択の自由は制限されるか,または失われます。そして,行動する自信や能力を失います。「真昼に(霊的な)暗闇くらやみの中を歩(く)」教義と聖約95:6 ことになります。そして,正しくない道に迷い込み,道を見失いやすくなります。リーハイが反抗的な息子たちに語った罪の鎖に,すぐに縛られてしまうのです。2ニーファイ1:13 参照) 例えば,大きな負債を背負うことを選択すれば,欲しいものや必要なものを購入する選択の自由を失います。緊急時のために蓄えておくこともできません。法律を破ることを選択すれば,刑務所に入れられるかもしれません。そこでは選択の自由はないに等しく,行く所も,会う人も,行うことも選べません。霊の獄もそれと非常によく似ています。ですから,選択の自由を維持するために,日々,主なる救い主の光の中を歩み,従順の道をたどらなければなりません。それが天の御父のみもとへ戻る唯一の道なのです。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ1:12

まことに、世代が移るにつれて、彼らの中に流血があり、大きな刑罰が下る。だから息子たちよ、覚えておいてほしい。まことに、わたしの言葉に聞き従ってほしい。

 

 

「覚えておきなさい。滅びてはならない」2007年4月、マーリン・K・ジェンセン、七十人定員会

「覚える」という言葉が聖典の中でどのように使われているかよく注意して見ると,神が意図しておられる方法で覚えることは,救いに必要な福音の基本原則であることが分かります。なぜなら,覚えるよう促す預言者の勧告はたいてい,耳を傾ける,見る,行う,従う,悔い改める,といった行動を求めるからです。2ニーファイ1:12 モーサヤ6:3ヒラマン5:14 参照)神が望まれる方法で「覚える」ならば,人生の戦いのために防備を固めるだけにすぎない人間の性癖を克服して,実際に戦いに参加するようになります。誘惑を退け,罪を避けるためにできる限りのことをするのです。

 

ベニヤミン王は,覚えておくことに熱心であるよう自分の民に勧告しました。

 

「最後に言うが,あなたがたが罪を犯すもとになることをすべて告げることはできない。その方法や手段はいろいろあって,数え上げられないほど多いからである。

 

しかし,これだけは言える。もし自分自身や自分の思い,言葉,行いに注意を払わず,神の戒めを守らず,主の来臨について聞いた事柄を生涯の最後まで信じ続けないならば,あなたがたは滅びるに違いない。おお,人々よ,覚えておきなさい。滅びてはならない。」モーサヤ4:29-30