「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -250ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヤコブ1:7

それゆえ、わたしたちは、民が神の安息に入るようにするために、民の中で熱心に働いて、キリストのもとに来て神の慈しみにあずかるように彼らに説き勧めた。もし民がそうしなければ、かつてイスラエルの子らが荒れ野にいた試練の日々に神の怒りを引き起こしたときのように、神が激しい怒りを示して、わたしたちの民も安息に入ってはならないと誓いをされる恐れがあったからである。

 

 

「先祖の信仰」(英文)1996年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

主が私たちを力づけてくださるので、「私たちはすでに多くのことを堪え忍んできており、またすべてのことを堪え忍べるようにと望んでいる」信仰箇条1:13のです。また救い主は私たちに「善を行うことに疲れ果ててはならない。あなたがたは一つの大いなる業の基を据えつつあるからである。そして、小さなことから大いなることが生じるのである」教義と聖約64:33と励ましてくださっています。王国にあって、どのような召しを受けていても、その務めを忠実に果たせますように。「小さなこと」によく注意を払いましょう。それが大きな差を生じるのです。戒めを忠実に守りましょう。戒めを守るという神聖な聖約を私たちは交わしているからです。これまでの受け継ぎと現在の成長が如実に語っているように、私たちは確かに「大いなる業の基を据えつつあ」ります。

 

能力の限りを尽くして主の御業に献身しようではありませんか。この偉大な大義にあって、忠実に働くことによって先祖の信仰をたたえ、敬うことができますように。預言者に従うことができますように、そうすることによって「キリストのもとに来て神の慈しみにあずかる」ヤコブ1:7ことができますように、へりくだってイエス・キリストの御名によりお祈りいたします。アーメン。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヤコブ1:7

それゆえ、わたしたちは、民が神の安息に入るようにするために、民の中で熱心に働いて、キリストのもとに来て神の慈しみにあずかるように彼らに説き勧めた。もし民がそうしなければ、かつてイスラエルの子らが荒れ野にいた試練の日々に神の怒りを引き起こしたときのように、神が激しい怒りを示して、わたしたちの民も安息に入ってはならないと誓いをされる恐れがあったからである。

 

「心に深く」2020年4月、ダグラス・D・ホームズ、若い男性中央会長会

もちろん,人とつながるだけでは十分ではありません。様々な目的の下で一致しているグループや組織はたくさんあります。しかし,わたしたちが求めている一致は,キリストにあって一つとなること,わたしたち自身を主とつなぐことです。ヨハネ15:1-517:11ピリピ4:131ヨハネ2:6モルモン書ヤコブ1:7オムナイ1:26モロナイ10:32参照) わたしたちの心を天とつなぐには,アンダーセン長老が話したように,わたしたちは個人として霊的な経験が必要です。1ニーファイ2:16エノス1:1-4参照)そのような経験は,聖霊が神の言葉と愛をわたしたちの思いと心に伝えてくださるときに訪れます。ルカ24:322ニーファイ33:1-2モルモン書ヤコブ3:2モロナイ8:26教義と聖約8:2-3参照)

 

この啓示は,聖文,特にモルモン書を通して,生ける預言者やそのほかの忠実な弟子たちの霊感による言葉を通して,そして静かな細い声を通してもたらされます。2テモテ3:15-16教義と聖約68:3-488:66113:10参照)これらの言葉は活字や耳に聞こえる音,あるいはわたしたちの思いや心に浮かぶ考えや感情以上のものです。神の言葉は霊的な力です。1テサロニケ1:5アルマ26:1331:5ヒラマン3:295:17教義と聖約21:4-642:6143:8-1050:17-2268:4参照)真理であり光です。ヨハネ6:6317:17アルマ5:7教義と聖約84:43-4588:6693:36参照)それがわたしたちが主の声を聞く方法なのです。その言葉はキリストを信じるわたしたちの信仰を生じさせ,増し加え,もっと救い主のようになりたい,すなわち,悔い改めて聖約の道を歩みたいという望みをわたしたちの内に育んでくれます。ヨハネ15:31ペテロ1:23モーサヤ1:5アルマ5:7,11-1332:28,41-4236:2662:45ヒラマン14:13参照)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヤコブ1:2

彼はまたわたしヤコブに、いちばん貴いと思うわずかなことだけをこの版に書き記すこと、またニーファイの民と呼ばれるこの民の歴史については、少ししか触れてはならないことを命じた。

 

 

「モルモン書を読むことから得られる祝福」2005年10月、L・トム・ペリー、十二使徒定員会

わたしたちはこの書物を,おもに堕落した民の歴史として読むことがどれほど多いことでしょう。預言者たちが人をキリストへ導くために霊感を受けて編さんしたということが忘れられています。モルモン書の主要な記録者たちには,歴史を書く意図はまったくありませんでした。実際,ヤコブは兄ニーファイから「この民の歴史については,少ししか触れてはならない」と命じられたと述べていますモルモン書ヤコブ1:2

 

この書物を読む度に,次のように自問するべきです。「これを書いた人々は,なぜこの話や出来事を記録したのだろうか。今のわたしたちにどんな価値があるだろうか。」