それゆえ、わたしたちは、民が神の安息に入るようにするために、民の中で熱心に働いて、キリストのもとに来て神の慈しみにあずかるように彼らに説き勧めた。もし民がそうしなければ、かつてイスラエルの子らが荒れ野にいた試練の日々に神の怒りを引き起こしたときのように、神が激しい怒りを示して、わたしたちの民も安息に入ってはならないと誓いをされる恐れがあったからである。
「先祖の信仰」(英文)1996年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会
主が私たちを力づけてくださるので、「私たちはすでに多くのことを堪え忍んできており、またすべてのことを堪え忍べるようにと望んでいる」(信仰箇条1:13)のです。また救い主は私たちに「善を行うことに疲れ果ててはならない。あなたがたは一つの大いなる業の基を据えつつあるからである。そして、小さなことから大いなることが生じるのである」(教義と聖約64:33)と励ましてくださっています。王国にあって、どのような召しを受けていても、その務めを忠実に果たせますように。「小さなこと」によく注意を払いましょう。それが大きな差を生じるのです。戒めを忠実に守りましょう。戒めを守るという神聖な聖約を私たちは交わしているからです。これまでの受け継ぎと現在の成長が如実に語っているように、私たちは確かに「大いなる業の基を据えつつあ」ります。
能力の限りを尽くして主の御業に献身しようではありませんか。この偉大な大義にあって、忠実に働くことによって先祖の信仰をたたえ、敬うことができますように。預言者に従うことができますように、そうすることによって「キリストのもとに来て神の慈しみにあずかる」(ヤコブ1:7)ことができますように、へりくだってイエス・キリストの御名によりお祈りいたします。アーメン。
