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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

歴代下18:7

イスラエルの王はヨシャパテに言った、「ほかになおひとりいます。われわれはこの人によって主に問うことができますが、彼はわたしについて良い事を預言したことがなく、常に悪いことだけを預言するので、わたしは彼を憎みます。その者はイムラの子ミカヤです」。ヨシャパテは言った、「王よ、そうは言わないでください」。

 

「弟子として歩むことに伴う犠牲と祝福」2014年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会

残念なことに,神から戒めを託された使者が人々から歓迎されないのは今も昔も変わりません。少なくとも,口から出た物を浴びせられ,マッシュポテトを投げつけられた二人の宣教師が主張するとおりです。「憎む」とは悪い言葉ですが,今日でも,腐敗したアハブ人のように「彼はわたしについて良い事を預言したことがなく,常に悪いことだけを預言するので,わたしは〔預言者ミカヤを〕憎〔む〕」(歴代下18:7)と言う人たちがいます。アビナダイは預言者として正直に語ったために,同じような理由で憎まれ,殺されました。ノア王にこう言ったからです。「わたしが真実を告げたので,あなたがたはわたしに対して怒っている。また,神の御言葉を告げたので,あなたがたはわたしを気が狂っていると言って裁いた。」(モーサヤ13:4)または,偏狭で支配的で凝り固まっていて思いやりがなく,心が狭く,時代遅れで年寄り臭いと言って裁いた,と付け加えてもよいかもしれません。

 

これは,主御自身が預言者イザヤに向けて嘆かれた事柄です。

 

「彼らは……主の教を聞こうとしない子らだ。

彼らは先見者に向かって『見るな』と言い,預言者に向かっては,『正しい事をわれわれに預言するな。耳に聞きよいことを語れ,迷わしごとを預言せよ。

大路を去り,小路をはなれ,イスラエルの聖者について語り聞かすな』と言う。(イザヤ30:9-11)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

列王記下22:2

ヨシヤは主の目にかなう事を行い、先祖ダビデの道に歩んで右にも左にも曲らなかった。

 

「狭くて細い道」(英文)1990年10月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

ヨシヤは正しい統治をしたユダの王でした。彼はわずか8歳の時に父の後を継いで王になりました。聖書には、彼が幼い子供であったにもかかわらず、「主の目にかなう事を行い、……右にも左にも曲らなかった」とあります(列王下22:2)。

 

主は預言者ジョセフ・スミスにこう啓示されました。

 

「神は曲れる道を歩まず、また右手にも左手にも曲らず、また宣べし事と違うところなし。故に、神の道は直くしてそのふむ道は永遠にかわらぬ一すじなり。」(教義と聖約3:2)

 

これらの救い主の教えは率直で明確ですが、それでも私たちは道をそれるという危険を犯します。

 

中には、自分に都合のいいときだけ主や生ける預言者の教えに従い、犠牲やより大きな決心が必要なときは拒んでしまう人がいます。またある人は、自分の考えと合わないというだけで神の教えに従いません。

 

私たちは、安全な範囲を越える誘惑に身を任せると道をそれてしまいます。サタンは私たちの弱さを知っています。私たちが一番弱っているときに、道にわなをしかけるのです。

 

サタンの目的は、天の御父のみもとへ帰る道から私たちをそらすことです。罪は何気なしに行ったことや、程度さえわきまえれば何も問題のない事柄から始まります。度が過ぎれば、私たちは狭くて細い道からそれ、破滅へと向かっていくのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

列王記下20:5

「引き返して、わたしの民の君ヒゼキヤに言いなさい、『あなたの父ダビデの神、主はこう仰せられる、わたしはあなたの祈を聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやす。三日目にはあなたは主の宮に上るであろう。

 

「主の側に立つ」2004年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会

ハワード・W・ハンター大管長はかつて言いました。「神は人の知らないことを御存じであり,人の見ないものを御覧になる。」(『聖徒の道』1988年1月号,63参照) 主の知恵を測り知ることのできる人はいません。主がどうやってわたしたちを現状から望ましい状態に引き上げてくださるのか,前もって正確に知ることはできません。しかし主は,祝福師の祝福の中で大まかな道筋を示してくださいます。永遠の命へと続く人生の旅路には山や谷,分かれ道がたくさんあります。旅の途中には,学んだり,改めたりすることがたくさん出てきます。主はおっしゃいました。「懲らしめに耐えない者は,わたしの王国にふさわしくないのである。」(教義と聖約136:31)「主は愛する者を訓練」(へブル12:6)されるからです。

 

地上にいる間,わたしたちは疑わずに信仰によって歩まなければなりません。人生の旅がつらくて堪え難く思えるときには,主の次の言葉に慰めを見いだしてください。「わたしはあなたの祈を聞き,あなたの涙を見た。見よ,わたしはあなたをいやす。」(列王下20:5)癒しの中には,次の世で与えられるものもあります。この世にいる間は決して理解できないこともあります。苦しみの中には,主にしかその理由がお分かりにならないものもあるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)