「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -21ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

創世5:24

エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。

 

「わたしにつながっていなさい。そうすれば,わたしはあなたとつながっていよう。それゆえ,わたしとともに歩みなさい。」2023年4月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会

旧約聖書,教義と聖約,高価な真珠に記されている古代の預言者エノクは,創世5:18-24教義と聖約107:48-57モーセ4:6-7参照)シオンの町の建設に貢献しました。

 

エノクの召しに関して,聖文にこう記されています。「彼は天から声が告げられるのを聞いた。『わたしの子エノクよ,この民に預言し,彼らに言いなさい。「悔い改めなさい。『……彼らの心はかたくなになり,その耳は聞こえにくく,その目は遠くを見ることができない。』」モーセ6:27

 

「エノクはこれらの御言葉を聞いたとき,……地に伏し,主の前に語って言った。『わたしがあなたの目にかなったのはなぜでしょうか。わたしは若者にすぎず,すべての人はわたしを憎みます。わたしは口の重い者だからです。どうしてわたしはあなたの僕なのでしょうか。』」モーセ6:31

 

エノクが召されたとき,彼は自分の力不足と限界を痛感していたことに注目してください。だれもが教会の奉仕で,一度はエノクと同じような気持ちになったことがあるのではないでしょうか。しかし,エノクの切実な問いかけに対する主の答えは,今日のわたしたち一人一人に当てはまる教訓です。

 

「主はエノクに言われた。『行って,わたしがあなたに命じたように行いなさい。 そうすれば,あなたを刺し貫く者はだれもいないであろう。あなたの口を開きなさい。そうすれば,それは満たされるであろう。わたしはあなたに語る力を与えよう。……

 

見よ,わたしの御霊があなたのうえにあるので,あなたのすべての言葉を,わたしは正しいとする。山々はあなたの前から逃げ去り,川はその流れを変えるであろう。あなたはわたしにつながっていなさい。そうすれば,わたしはあなたとつながっていよう。それゆえ,わたしとともに歩みなさい。』」モーセ6:32,34

 

最終的に,エノクは力強い預言者となり,神の御手に使われる道具として,偉大な業を成し遂げましたが,最初からそのように働いたわけではありません!彼の能力は,御子につながり,御子とともに歩むことを学ぶにつれて,高められていったのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ2:25

アダムが堕落したのは人が存在するためであり、人が存在するのは喜びを得るためである。

 

「神の贈り物を受け入れる」2025年4月、パトリック・キアロン、十二使徒定員会

モロナイはわたしたちに、「神の賜物を否定しない」よう、また「キリストのもとに来て、あらゆる善い賜物を得る」モロナイ10:8、30ようにと勧めています。胸を張り、両手を広げ、受け入れる用意をして、キリストの慈しみに確信を抱いて主のもとへ行き、喜び、平安、希望、光、真理、啓示、知識、知恵といった主からの贈り物をすべて受け入れてください。皆さんがこれらの贈り物を頂くことができるのは、自分が神の愛する娘、神の大切な息子であり、神が皆さんを贖い、義とし、聖めるために神の完全な聖なる御子を賜ったという知識に、皆さんがしっかりと根を張ったときです。モーセ6:57-62参照)

 

皆さんは確かに神の子です。これはただ歌うすてきな歌などではありません。(「神の子です『賛美歌』189番参照)どうか、この知識と理解という主からの贈り物を受け取り、ラッピングを開けて、受け入れてください。それを貴い宝物として大切にしてください。初めて、またはもう一度、ほんとうの意味でそれを受け入れて、人生のすべてを変えましょう。これは、神が御子を送ることによって皆さんのために備えてくださった、もっとすばらしい方法です。エテル12:11参照)皆さんが存在するのは、ほんとうに喜びを得るためなのです。2ニーファイ2:25 参照)イエス・キリストの御名により、アーメン。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーセ5:11

彼の妻エバは、これらすべてのことを聞き、喜びながら言った。『わたしたちの背きがなかったならば、わたしたちは決して子孫を持つことはなく、また善悪も、贖いの喜びも、神がすべての従順な者に与えてくださる永遠の命も、決して知ることはなかったでしょう。』

 

「信仰を行使することを最優先とする」2014年10月、リチャード・G・スコット、十二使徒定員会

アダムとエバがエデンの園にいたとき,日々の生活に必要なものは全て十分に与えられていました。困難な状態や難しい問題はなく,苦しみもありませんでした。不幸な思いをしたことがまったくなかったので,幸せになれることを知りませんでした。動揺したことが一度もなかったため,平安を感じることができませんでした。

 

後にアダムとエバは,善悪を知る木の実を食べてはならないという命令に背いたため,罪のない状態ではなくなりました。事物には反対のものがあるという原則を,身をもって知るようになったのです。健康を損なう病を経験し,喜びとともに悲しみも味わうようになりました。

 

アダムとエバが禁断の実を食べたために,善悪の知識が世にもたらされました。彼らがこの選択をしたことで,人はこの地上に来て試されるようになりました。モーセ5:11参照)わたしたちには選択の自由という祝福が与えられました。物事を自分で決めることができるようになり,決めたことに対して責任を負うようになったのです。この「堕落」の結果,人は人生で幸せと悲しみの両方を味わうことができるようになりました。動揺を感じるようになったので,平安を理解することができるようになりました。

 

天の御父は,このような変化が人に起こることを御存じでした。これは全て,御父の完全な幸福の計画に含まれているのです。御父は,完全に従順な御子であり救い主であられるイエス・キリストの生命と,主の贖罪によって,人が死すべき世で経験するあらゆる困難を克服する道を備えてくださいました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)