「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -209ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:9

わたしはまた尋ねる。死の縄目は断たれ、彼らを縛っていた地獄の鎖は解かれたか。わたしはあなたがたに言う。そのとおり、死の縄目と地獄の鎖は解かれ、彼らの心は広がり、彼らは贖いをもたらした愛について歌った。彼らは今、救われている、とわたしはあなたがたに言う。

 

「井戸端の教訓」2022年4月、スーザン・H・ポーター、中央初等協会会長会

部屋の暗闇を突き破るには,どれだけ光が必要でしょうか。一筋の光です。皆さんの内にある神の力を通して,暗闇に一筋の光を放つことができます。

 

荒れ狂う人生の嵐に孤独を感じることがあっても,皆さんは誤解や混乱,不信仰という闇に光を輝かすことができるのです。キリストを信じる皆さんの信仰の光は,安定して確かなものとなり,周りの人々に安全と平安をもたらすことができます。

 

姉妹の皆さんがささげる一つまみの塩,スプーン一杯のパン種,一筋の光が,心を変え,人生を祝福することができます。

 

救い主が人生の塩であられ,主の喜びと愛を味わうようにわたしたちを招いておられることを証します。アルマ36:24-25参照)主が,わたしたちの人生が困難なときのパン種であり,わたしたちに希望エテル12:4参照)をもたらし,重荷を軽くしてくださいます。マタイ11:28-30参照)主の類ない力と贖いの愛アルマ5:9参照)を通してです。主はわたしたちの光詩篇27:1ヨハネ8:12教義と聖約88:50参照。シャロン・ユーバンク「キリスト―闇の中に輝く光」2019年4月)であり,家路に就くわたしたちの道を照らしてくださいます。

 

わたしたちが井戸端の女のように,救い主のもとに来て,主の生ける水を飲むことができますように。わたしたちもサマリヤの人々とともに,こう宣言できるのです。「わたしたちが信じるのは……自分自身で親しく聞いて,この人こそまことに世の救主であることが,わかったからである。」ヨハネ4:42イエス・キリストの御名により,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:7

見よ、神は彼らの心を改めさせ、彼らを深い眠りから覚まされたので、彼らは目覚めて神に従った。見よ、彼らはかつて暗闇のただ中にいたにもかかわらず、後に永遠の御言葉の光に照らされるようになった。まことに彼らは死の縄目と地獄の鎖に縛られ、永遠の滅びが彼らを待ち受けていた。

 

「どこにいる人でもすべての人に」(英文)2006年4月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会

モルモン書は救い主について次のように教えています。「主は,御自分のもとに来て主の慈しみにあずかるように,すべての人を招かれる。したがって主は,黒人も白人も,束縛された者も自由な者も,男も女も,主のもとに来る者を決して拒まれない。主は異教徒さえも心にかけられる。ユダヤ人も異邦人も,すべての人が神にとって等しい存在なのである。」2ニーファイ26:33アルマ5:49も参照)

 

「主は……すべての人を招かれ〔ます。〕」「男も女も」です。また,「黒人も白人も」,すなわちすべての人種を招かれます。しかし,「束縛された者も自由な者も」とはどのような意味でしょうか。「自由」の対義語である「束縛」とは,単なる隷属以上の意味があります。それは逃げることが難しい何かに縛りつけられているという意味であり,心身の苦悩によって自由を制限されている人を含みます。また,何らかの物質または行為を常習する人も含みます。もちろん,罪に縛られている人々,すなわちモルモン書の別の聖句で「地獄の鎖」と呼ばれるものに「縛られ」ている人々も指しますアルマ5:7。また,神の戒めに反する伝統や習慣に抑えつけられている人々も含みますマタイ15:3-6マルコ7:7-9教義と聖約74:4-793:39参照)。そして最後に,「束縛された者」はそのほかの間違った考えから抜け出せない人々を含みます。

 

預言者ジョセフ・スミスは「束縛されている者を自由にする」ために宣べ伝えると教えました。救い主は「御自分のもとに来て主の慈しみにあずかるように,すべての人を招かれ」,「主のもとに来る者を決して拒まれ」ません。「すべての人が神にとって等しい存在」なのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:7

見よ、神は彼らの心を改めさせ、彼らを深い眠りから覚まされたので、彼らは目覚めて神に従った。見よ、彼らはかつて暗闇のただ中にいたにもかかわらず、後に永遠の御言葉の光に照らされるようになった。まことに彼らは死の縄目と地獄の鎖に縛られ、永遠の滅びが彼らを待ち受けていた。

 

「主に帰依する」2012年10月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会

わたしたちは使徒ペテロの働きから証と改心について多くのことを学べます。

 

イエスはピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき,弟子たちにこの心にしみる質問をされました。「あなたがたはわたしをだれと言うか。」

 

ペテロは率直に答えました。

 

「『あなたこそ,生ける神の子キリストです。』

 

すると,イエスは彼にむかって言われた,『バルヨナ・シモン,あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは,血肉ではなく,天にいますわたしの父である。』」マタイ16:15-17

 

ペテロの返答と救い主の教えから明らかなように,証とは,個人が啓示によって得る,霊的な真理についての知識です。証は神からの賜物であり,神のすべての子供たちが得られるものです。誠実に真理を求める人はだれでも,そのために必要な,イエス・キリストを信じる「ごくわずかな信仰」を働かせて「試し」アルマ32:27,「言葉の力を使〔い〕」アルマ31:5,「聖なる御霊の勧めに従い」モーサヤ3:19,目覚めて神に従うアルマ5:7参照)ことで証を得ることができます。証は個人の責任を増すものであり,目的と確信と喜びの源です。

 

霊的な真理についての証を求め,それを得るためには,救い主を信じながら誠心誠意でモロナイ10:4参照)問い,求め,たたく必要がありますマタイ7:73ニーファイ14:7参照)。証の基本部分は,天の御父が生きていてわたしたちを愛しておられ,イエス・キリストが救い主であられ,完全な福音がこの末日に地上に回復されたということを知ることです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)