「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -208ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:12-14

父は信じたので、心の中に大きな変化が生じた。見よ、わたしはあなたがたに言う。このことはすべて真実である。

そして見よ、父はあなたがたの先祖に御言葉を宣べ伝え、彼らの心の中にも大きな変化が生じた。そして、彼らはへりくだり、まことの生ける神に信頼を寄せた。そして見よ、彼らは最後まで忠実であったので、救われたのである。

さて見よ、教会の同胞よ、わたしはあなたがたに尋ねる。あなたがたは霊的に神から生まれているか。あなたがたの顔に神の面影を受けているか。あなたがたは心の中に、この大きな変化を経験したか。

 

「イエス・キリストに対する揺るぎない決意」2019年10月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

聖約はわたしたちを救い主に固く結びつけてくれ,天の家へと続く道を歩むように駆り立ててくれます。聖約の力は,わたしたちが続けて心の大きな変化を経験し,主への改心を深め,顔にキリストの面影をより十分に受けるうえで助けとなるものです。アルマ5:12-14参照)しかし,聖約に対する決意がいいかげんでは,何も保証されません。教義と聖約82:10参照)わたしたちは,古い習わしを穏やかな流れに投げ込んだり,謀反の武器をその柄が突き出た状態で埋めたりして,曖昧な状態にしておこうと誘惑されるかもしれません。ところが聖約に対して曖昧な決意を抱いていては,天の御父とイエス・キリストの持っておられる聖める力への扉が開かれることはないのです。

 

聖約を守るという決意は,条件付きであったり,生活環境の変化に応じて変わったりするべきものではありません。神に対するわたしたちの忠誠心は,キンシャサ神殿の近くを流れるコンゴ川のようであるべきなのです。世界にある大半の川とは異なり,この川の流れは年間を通して一定で,毎秒1,100万ガロン(4,150万リットル)近くの水を大西洋に注いでいます。

 

※コンゴ川は,世界で最も深く,流量は世界で2番目,全長は世界で9番目の川である。赤道を2度横切っていて,流域の少なくとも1か所が必ず雨季に当たるため,一定の水流を保っている。水量は年間を通して比較的安定していて,流量が変化することはあっても(毎秒23,000から75,000立方メートル),平均は毎秒41,000立方メートルである。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:12

父は信じたので、心の中に大きな変化が生じた。見よ、わたしはあなたがたに言う。このことはすべて真実である。

 

「御父の御心にのみ込まれる」(英文)1995年10月、ニール・A・マックスウェル、十二使徒定員会

奉献に至る道沿いには、時には厳しい求めてもいないチャレンジがあって、よりいっそう奉献するために必要な犠牲を払うように求めていますヒラマン12:3参照)。もしのんびりと成長してきたなら、厳しい時期が必要かもしれません。満足しすぎていれば、神が不満の気持ちを起こさせられるかもしれません。価値ある洞察を得るために、懲らしめが必要かもしれません。新しい召しが与えられて、これまで伸ばした技術で楽にこなせる責任を離れるかもしれません。慣れ切ったぜいたく品をはがされ、物質主義という悪性の腫瘍を取り去る必要があるかもしれません。高慢な心をなくすために、屈辱に焼かれるかもしれません。何らかの方法で、わたしたちの欠けている部分が教えられるでしょう。

 

ジョン・テーラーは、主はわたしたちの心の弦を締め上げる方を選ばれると語りました(『説教集』14:360)。もし心の弦がこの世の事柄に同調していたら、それを締め上げるか、壊すか、大きな変化を起こさなければなりませんアルマ5:12参照)

 

奉献は、原則と過程から成ります。一時のものではありません。自由に一滴ずつ注いで、ついには奉献という器をあふれさせるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ5:12

父は信じたので、心の中に大きな変化が生じた。見よ、わたしはあなたがたに言う。このことはすべて真実である。

 

「本心に立ち返る:聖餐,神殿,奉仕による犠牲」2012年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

聖餐は本心に立ち返り,心の「大きな変化」(アルマ5:12モーサヤ5:2アルマ5:13-14参照)を経験する,つまり自分が何者であり,いちばん望んでいるものは何かを思い出す機会となることを証します。戒めを守るという聖約を新たにするとき,天の御父のみもとへ戻るよう導いてくださる聖霊を伴侶とすることができます。このため,わたしたちが「パンと〔水〕を頂くためにしばしば集ま〔り〕」(モロナイ6:6),また霊の糧となるよう聖餐を受ける(モロナイ4:3教義と聖約20:77参照)よう命じられているのは当然のことなのです。

 

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)