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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル2:25

見よ、わたしはこれらのものに対してあなたがたを備えさせる。わたしが海の波と、吹きつける風と、寄せ来る多くの水に対してあなたがたを備えさせなければ、あなたがたはこの大いなる深みを渡ることができないからである。したがって、あなたがたが海の深みにのまれるときに光があるように、あなたがたはわたしに何をしてもらいたいか。

 

「閉会に当たり」(英文)2009年10月、トーマス・S・モンソン大管長

わたしたちが住んでいる世界には,戒めを守ることで見いだせる安全な船着き場から遠ざかって行く人がたくさんいます。現代は何をしても許される時代です。一般社会の人たちは神の律法を軽視し,破っています。わたしたちはこのような世の中の流れに逆らって進んでいるつもりでいますが,いつの間にか世の風潮に流されてしまっていることに気づくことがあります。

 

モルモン書のエテル書にある主の御言葉を思い出します。主は言われました。「わたしが海の波と,吹きつける風と,寄せ来る多くの水に対してあなたがたを備えさせなければ,あなたがたはこの大いなる深みを渡ることができない。」エテル2:25

 

兄弟姉妹の皆さん,主はわたしたちを備えてくださっています。主の御言葉を心に留め,戒めを守って生活するならば,わたしたちはこの放縦と邪悪の時代を生き抜くことができるでしょう。この時代はあたかも破壊的な力を持つ海の波や風,洪水のようです。主はわたしたちをいつも心に留めておられます。主はわたしたちを愛しておられるので,正しいことを行うならば祝福してくださいます。

 

天は実際に開かれました。イエス・キリストの福音が回復され,教会は啓示という岩の上に建てられています。何とありがたいことでしょうか。わたしたちは今,地上に使徒と預言者が与えられている祝福された民です。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル2:23

主はヤレドの兄弟に言われた。「あなたがたは、船の中に光があるようにするために、わたしに何をしてもらいたいのか。窓はばらばらに砕けるので、見よ、窓を付けることはできない。また、火を携えることもない。火の光を使って旅をすることはないからである。

 

「苦難の中で信仰により得る平安と喜び」2003年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

主がヤレドの兄弟に,船を造る方法を教えられたことを思い出してください。家族が安全に大海を渡り,風や波から守られ,約束の地へたどり着くための船です。

 

船は不思議な形をしていましたが,この上なく安全でした。「さて,彼らの船は深みに沈められても,……彼らは少しも水による害を受けなかった。……海の怪物も彼らの船を裂くことができず,鯨も彼らの船を害することができなかった。」エテル6:7,10

 

しかし,船には光がありませんでした。ヤレドの兄弟はそのことを心配しました。家族を暗闇の中に閉じ込めたまま旅を進めたくはなかったのです。そこで,命じらるのを待つのでなく気がかりだったこのことを主に打ち明けました。「主はヤレドの兄弟に言われた。「あなたがたは,船の中に光があるようにするために,わたしに何をしてもらいたいのか。』」エテル2:23

 

この質問に対してヤレドの兄弟が出した答えは,彼自身の懸命な努力を要するものでした。ヤレドの兄弟はシーレム山に登って,「一つの岩から16個の小さな石を溶かし出し」ました。エテル3:1そして光を放つものとするために,石に触れてくださるよう主に願い出たのです。

 

親として、また指導者として、[主]がすべてのことを[お命じになる]のは適切ではない」ことを忘れてはなりません。教義と聖約58:26ヤレドの兄弟のように,家族の必要について注意深く考える必要があるのです。そして,それらの必要を満たす計画を立て,祈りによってその計画を主の御前に提示しなければなりません。信仰と努力を必要としますが,主の助けを求め,御心を行うときに,主は助けてくださいます。

 

主との間でこのような経験をした後も,ヤレドの兄弟は熱心に旅の準備を続けました。エテル6:4参照)同じように,わたしたちも預言者の教えに耳を傾けなければなりません。生ける預言者は,生活を整えるよう繰り返し勧告してきました。すなわち,負債をん避け,食料や生活必需品を貯蔵し,什分の一を納め、適切な教育を受け,戒めに従って生活するのです。これらのきわめて大切な指示に従ってきたでしょうか。

 

 

 

The brother of Jared and the sixteen stones by Jorge Cocco Santangelo

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル2:14

さて、四年の終わりに、主は再びヤレドの兄弟を訪れ、雲の中に立って彼と話された。そして、主は三時間ヤレドの兄弟と話し、彼が主の名を呼ぶことを思い起こさなかったので、彼を懲らしめられた。

 

「すべてわたしの愛している者を,わたしはしかったり,懲らしめたりする」2011年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

神がお与えになる懲らしめには(1)悔い改めを促す,(2)精錬し,聖める,(3)神が御存じのより良い道へ生活を方向転換させる,という少なくとも3つの目的があります。

 

最初に,赦しと清めの必要条件である悔い改めについて考えてみましょう。主は「すべてわたしの愛している者を,わたしはしかったり,懲らしめたりする。だから,熱心になって悔い改めなさい」とおっしゃいました黙示3:19。「そして,わたしの民は,たとえ苦しみを受けることによらなければならないとしても,従順を学ぶまで,必ず懲らしめを受けなければならない」とも言っておられます教義と聖約105:6教義と聖約1:27も参照)。末日の啓示の中で,主は「戒めに従って」子供たちを教えていないこと,「家庭でもっと勤勉に家庭のことに携わ」っていないこと教義と聖約93:41-50について高い位にある4人の教会指導者に悔い改めるよう命じておられます(主はわたしたちの多くに対しても同様に命じられるかもしれません)。主は雲の中に立って,モルモン書のヤレドの兄弟と「三時間・・・話し,彼が主の名を呼ぶことを思い起こさなかったので,彼を懲らしめられ」ました。これによってヤレドの兄弟は悔い改めましたエテル2:14。ヤレドの兄弟はこの厳しい叱責しっせきに積極的にこたえたので,後に,肉体を受ける前の贖い主を見て,教えを受ける特権にあずかりましたエテル3:6-20参照)。神の懲らしめがもたらす実は悔い改めであって,それは人を義に導きますヘブル12:11参照)。