「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -150ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル2:3

また、彼らはデゼレトも運んだ。デゼレトとは、蜜蜂という意味である。このようにして、彼らは幾つかの蜂の群れを運び、また地の面にあるあらゆるもの、あらゆる種も携えて行った。

 

「熱心に携わる」(英文)2012年10月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会

ミツバチは本能的に授粉し,花の蜜を集め,それを蜂蜜に熟成します。それは創造主により遺伝子構造に刷り込まれたすばらしい特質なのです。わずかこの1ポンド(450グラム)の蜂蜜を作るために,巣箱の中の約2万から6万匹のミツバチが集団で何百万もの花から蜜を集め,延べにして地球を2周するのと同じ距離を旅しなければならないのです。わずか数週間から4か月という寿命の1匹のミツバチが生涯に巣箱に残せる蜜はほんの小さじ12分の1杯分です。

 

全体に比べれば一見それほど重要には思えませんが,ミツバチ1匹による小さじ12分の1杯分の蜂蜜は,巣箱を維持するのに不可欠です。ミツバチは互いに依存します。数匹のミツバチでは途方もなく大変な仕事も,すべてのミツバチが忠実に自分の分を果たせば重荷が軽くなるのです。

 

わたしたちの教会歴史において蜂の巣は常に重要な象徴でした。モルモン書では何千年も前にヤレド人がアメリカ大陸に旅をしたとき,ミツバチを連れて行った記述がありますエテル2:3参照)。ブリガム・ヤングは,開拓者たちがグレートソルトレーク湖を囲む不毛な砂漠の荒地を現代のような肥沃な谷に変えるのを励まし,協力する活力を呼び起こすためにミツバチの巣を象徴に選びました。わたしたちも,彼らが共有したビジョンと勤勉な働きから恩恵を受けています。

 

ミツバチの巣の象徴は多くの神殿の内装,外装に見られます。わたしが立っているこの説教台は,ゴードン・B・ヒンクレー大管長の家の裏庭にあったクルミの木でできており,ミツバチの巣の図案が彫られています。

 

この象徴体系はすべて一つの事実を証しています。多くの人々が努力して「熱心に善いことに携わり」教義と聖約58:27,偉大なことが成し遂げられ,重荷は軽くなりました。もし何百万もの末日聖徒がミツバチのように主イエス・キリストの教えに焦点を当て,集中して献身したら,世の中でどれだけのことを成し遂げられるか想像してみてください。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル1:42-43

そして、あなたはこれを終えたら、彼らを率いて北方にある谷に下って行きなさい。そこでわたしはあなたに会おう。そして、わたしはあなたの前を行き、地のあらゆる土地に勝ったえり抜きの土地へとあなたを導こう。

そしてわたしは、あなたとあなたの子孫をそこで祝福し、またあなたの子孫と、あなたの兄弟の子孫と、あなたがたとともに行く者たちの子孫から、わたしのために一つの大いなる国民を起こそう。わたしがあなたがたの子孫からわたしのために起こす国民よりも大いなる国民は、地の全面に一つもないであろう。わたしがあなたにこのように行うのは、あなたがこのように長い間わたしに叫び求めてきたからである。

 

「ふさわしさは完璧さではない」2021年10月、ブラッドリー・R・ウィルコックス、中央若い男性会長会

あまりに多くの人が,神の哀れみの情と寛容を信じるのが難しくなるほど,人間関係の崩壊やストレスに苦しんでいます。必要を満たしエテル1:42-43参照),「求めてくる者に良いものをくださ〔る〕」3ニーファイ14:11愛ある御父という神の本来の御姿を見ることに苦労しています。神の恵みは,ふさわしい者たちへの褒美というだけでなく,ふさわしくなれるよう助けるために「神が与えられる支援」でもあるのです。神の恵みは,義人への報いというだけではありません。義にかなう者となれるよう助けるために「神から授けられる……力」※1 なのです。わたしたちはただ神とキリストに向かって歩んでいるのではありません。御二方とともに歩んでいるのです。※2

 

※1 ディーター・F・ウークトドルフ「恵みの賜物『リアホナ』2015年5月号,107。2ニーファイ2:3;モルモン書ヤコブ4:7も参照。ラッセル・M・ネルソン大管長はこのように述べている。「主は,御自分の完全な力にあずかるために,わたしたちが完全な信仰を持つようにとは要求しておられません〔。〕」(「キリストはよみがえられた—キリストを信じる信仰は山を動かす『リアホナ』2021年5月号,102)

※2 申命2:7マタイ1:23教義と聖約100:12参照。ロバート・E・ウエルズ長老は次のように記している。「わたしたちの天の御父は物言わぬ神ではありませんし,イエスも死人ではありません。御二方は今までにないほどわたしたちとかかわっておられるのです。」(The Mount and the Master [1991], 26)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モルモン8:26-31

 

 

「モルモン書を読むことから得られる祝福」2005年10月、L・トム・ペリー、十二使徒定員会

モルモン書は現代の人々への警告の声です。以下のように,モルモン書には今日の地上の状況が鮮明に描かれています。

 

「だれも,これらの〔記録〕は出て来ることはないと言ってはならない。主が言われたので,これらのものは必ず出て来るからである。これらのものは主の手によって地から出て来る。だれもそれを妨げることはできない。それは,奇跡がやんでしまったと言われる時代に出て来る。あたかも人が死者の中から語るかのようにそれは出て来る。

 

聖徒たちの血が秘密結社と闇の業のことで主に叫んで訴える時代に,それは出て来る。

 

まことに,神の力が否定され,もろもろの教会が汚れたものとなり,教会の者たちが高慢な心で高ぶる時代に,それは出て来る。まことに,教会の指導者たちと教師たちが心を高慢にして,彼らの教会に属する者たちが彼らをねたみの目で見るようになる時代に,それは出て来る。

 

まことに,ほかの国々の火と暴風雨と立ち込める煙のことを伝え聞く時代に,それは現れ出る。

 

またそのとき,様々な地における戦争と戦争のうわさと地震のことも伝え聞くであろう。

 

まことに,地の面にひどい汚れがあり,殺人と強盗と偽りと欺きとみだらな行いとあらゆる忌まわしい行いがある時代に,また,『これを行え。あれを行え。それをしてもかまわない。主は終わりの日に弁護してくださる』と言う者が多くいる時代に,それは出て来る。しかし,このように言う者は災いである。彼らは苦汁の中におり,罪悪の縄目を受けているからである。」モルモン8:26-31

 

エズラ・タフト・ベンソン大管長は,モルモン書が現代にとって特に価値を持つという事実を再確認して次のように言いました。

 

「モルモン書は現代のために書かれました。この書物の著者は神です。現代人を祝福するために,霊感された人々が編さんした,堕落した民の記録です。当時の人々はこの書物を手にしていません。わたしたちのために書かれたのです。モルモン――この古代の預言者の名にちなんでこの書物は名付けられました――によって,数世紀分の記録が短くまとめられました。神は初めから終わりを御存じであり,現代人に必要な事柄として何を載せたらよいかをこのモルモンにお教えになったのです。」(「モルモン経は神のみ言葉」『聖徒の道』1975年8月号,366参照)

 

わたしたちはこの書物を,おもに堕落した民の歴史として読むことがどれほど多いことでしょう。預言者たちが人をキリストへ導くために霊感を受けて編さんしたということが忘れられています。モルモン書の主要な記録者たちには,歴史を書く意図はまったくありませんでした。実際,ヤコブは兄ニーファイから「この民の歴史については,少ししか触れてはならない」と命じられたと述べていますモルモン書ヤコブ1:2

 

この書物を読む度に,次のように自問するべきです。「これを書いた人々は,なぜこの話や出来事を記録したのだろうか。今のわたしたちにどんな価値があるだろうか。」