きょうだい児の私が成年後見人を辞めるまで -21ページ目

きょうだい児の私が成年後見人を辞めるまで

障害や病気をもった子の兄弟姉妹のことを【きょうだい児】と言います。きょうだい児として成長する間に起こった葛藤、親亡き後の成年後見について紹介します。

こんにちは。
林 陽子です。


私にとって親との関係で衝撃だったこと。
そのうちひとつは先日記事にしました。

【障害者のきょうだいとして生まれて最初の衝撃】


今日はもうひとつについて書きますね。


高校生の時だと思うんですが。
進路のことだったかもしれないし
単に少し先のことを言ってたかもしれない。


この頃、家族と過ごすことは
居心地が悪いものでした。

まだ父方の祖母も元気で
同居していましたが

父は母と結婚する際に
祖母を引き取っていているのですが
少し普通の親子関係とは違いました。


父が5歳のときに父親である
祖父が他界してしまい

また、祖父と祖母は父の出生届を
提出していなかったのでした。


父が小学校に上がる前にそれが発覚し
慌てて父の祖父である曽祖父が自分の
子供として届を出していたのです。


そのため父は曽祖父に
育てられていました。


だから他の家庭より祖母と父の
親子の時間は少なく
お互いを理解していたのか
ちょっとよくわからなかった。


さて、私が物心ついたときは
すでに母は祖母をなにかと
嫌味を言っていて


嫁・姑問題というくくりで見ると
嫁が姑をいびっていると言う


なんとも気の強い母。


祖母も母には負けますが
一応何か言い返しはする。

父も一応そんなやりとりに参戦して

皆、相手に対して「こうすべきだ」と
押し付けていました。


私はそんな雰囲気がとても嫌で
高校生と言う年代からも
自分はどうすべきか
結構悩んでいる時期でもありました。


またいつものように母が私に言い出しました。


「将来は(あなたが)お兄ちゃんのこと面倒みるんだから」





このとき私は割と軽い言い方で
返したことを覚えています。



「そんなことやらないよーだっ!」



母は反抗されて悔しかったんだと思います。



「そんなこと言ってもずっとつきまとうのよ?」


さすがに私はびっくりしてしまって
「つきまとう」って確かにそうかもしれないけど
子供に対してそんな言い方する!?と


唖然としてしまいましたし
私のことはどうでもいいんだなーと
またこのときもそんな現実に
打ちのめされたのでした。


そして母の言葉に父もさすがに
驚いているような印象を受けましたが


母に言い返せないダンマリの父にも
がっかりする自分がいたのでした。


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こんにちは。
林 陽子です。


障害者のきょうだいの中には


「好きで今の家に生まれていない。親を選べれば良かった」


と思っている人もいらっしゃいますね。


でも占いやセラピー、ヒーリングを学ぶと


どうやら私たちはどの親を選ぶかは
自分で決めてるそうです。



好きで今の環境に生まれて来たらしい。
今の環境サイコ―!!!なんですね。


ふざけんなっ!
だったらもっと楽で楽しい人生選んだわっ!


…って思います?


私は以前雲の上から今の両親を選んだ時を
想像してみたことがあります。


「あ、なんかあそこ面白そう。
あのおうちにしようかな?」


すると神様なのかな、ロードオブザリングの
魔法使いガンダルフのような老人に聞かれます。


「その家は結構大変だけど大丈夫?」


そして私はあっけらかんと答えます。


「大丈夫、大丈夫!」






やっちまった…○| ̄|_





まず今あなたがどんな環境にあったとしても。
それがどれだけ悲惨だったとしても。


あなたは幸せになるために
生まれてきたことだけは確かです。



でもあなたなりの幸せに到達する前に
なんらかの学びや経験をするんです。


それが今です。


例えば
それが親からのコントロールだったり
罪悪感と向き合ったり
自分の意思をきちんと伝えることだったり


するんですよね。


障害者のきょうだいは
チャレンジャーなんです



それだけ過酷な環境でも
自分の幸せに到達する意図をもって
生まれてきてるんです。


普通のマラソンじゃ物足りない。
トライアスロンをするぐらいが
ちょうどいいって思ってるんです。



私も能天気に今の家族を選んで
生まれてきた自分を呪いましたが…(+_+)


でも自分で選んだんだから
自分で居心地良くするしかないと
決めました。


今、幸せじゃないのなら
幸せになりましょう。


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こんにちは。
林 陽子です。


振り返ると、両親は兄の面倒を
見させたいだけではなく


私の行動もかなり制限させていたように思います。


最終的にはそれに了承していた私なので
NOと言えない自分の問題なのですが。


進路の話になったときに


「福祉に行ったら?お兄ちゃんがいるから」と。


実際、きょうだいで福祉に進む方
けっこういらっしゃると思います。


やりたい方はいいんです。


でも私はまったく向いていません。


私の適性なんか考えていない
発言をされると愛れていないなーと
思って落ち込んだこともあります。


そこで私のよくないパターンが発動…


自分にとっての大切なことが
親の意見と違う時にどちらを
優先したら混乱することでした。



もちろんハナからお話にならないようなことは
NOと言えるのですが、そうではない
微妙なことは正しい答えを探していました。


普通は親がなんと言おうと
自分はAなんだから!と
選択できると思うのですが


私は親の意見Bにできないことで
苦しくなることが多かったのです。


罪悪感です。


親に褒められるようなことがなかったので
自己評価も低かったがゆえに


自分は間違っているのかも?と
よく悩んでました。


だからずーっと考え事してる感じで
不健全極まりないと言うね。





答えの出ない疑問が山ほどあって


いつか全ての疑問を昇華する


ずっとそう思ってきました。


その解決のために小学生のころから
自分はなぜ生まれてきたんだろうと
精神的な世界に興味があって


占いからセラピー、瞑想
ヒーリングを学ぶようになりました。


いま主に提供しているヒーリングは
以前記事で書いた「5歳のときの決意を手放す」
方法なんですが


【これを学んだら全てが昇華するんだな】と


直感的に理解し今に至ります。


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