昨年の12月28日名古屋大学循環器内科を退院しました。

 名古屋セントラル病院、名大病院に6週間入院し、退院できたときには、本当に嬉しかったですし、セントラルアイクリニックのことが非常に心配でした。

 一人開業医は、自分自身が倒れたら、どうしようもありません。自慢ではありませんが、医者になってから45年、大学入局いらい、勤務医、開業後も43年間、休んだことはありませんでした。(熱がでたり体調が悪いのは正月休みなど)

 昨年、胃潰瘍による貧血で3回入院した時も、月曜の代務3回だけで、お盆休みでの手術(ステント手術)と日、月(代務)、火曜(休診日)の入院で乗り切れました。

 今回、最初2週間の入院といわれ、2週間の代務の手配を整えたうえ入院しましたが、入院後症状が悪化、急遽ICUに変更となり、携帯もパソコンも使えなくなり、その後の代務のお願いができない状況になり、焦りました。

 見舞いの家族に毎日のように、手配や業者への支払い、スタッフの給与、ボーナスの入金など、本当に、家族やスタッフには、迷惑をかけました。

 また、当院で手術をしていただいている先生に、外来の応援をお願いし、愛知医大をはじめ、6施設から入れ替わり立ち代わり代務を出していただいて、何とか、休診なしで、6週間を過ごせました。代務の先生方には大変お世話になりました。

 また、患者様にも多大なご迷惑をおかけいたしました。皆さん、大変暖かく、日程違いで代務の先生が、来院されないときでも、長時間お待ちいただきましたが、どなたもお怒りにならず、お待ちいただけました。

 本当に、患者様にも、スタッフにも、諸先生にも感謝しております。ありがとうございました。

 お陰様で退院後はBNPは順調に低下し2/25には80を切りました。前回の1/3です。心エコ―での左心室の駆出率は、もう少しで正常値に届く42%と前回の20%から、倍増しました。不整脈もほとんど出ない状態で、安定しています。

 3ヶ月は半日しか働いてはいけませんよと言われていましたが、経過良好のため、3月から疲れなければという制限はありますが、1日働いて良いと、お許しがでました。

 遠くの旅行も許可されましたので、学会の参加も4月から再開します。食事や体重の制限ももなくなり、主治医の先生も驚く回復です。

 夜間就寝時水素吸入(6~8時間)の賜物と思っています。

 気がかりはβブロッカーの内服により、血圧(100/50mmHg)が下がり眼血流が低下し、視神経乳頭周囲の網膜神経線維が薄くなり、NFBDができ、視野検査で暗点が計測され、正常眼圧緑内障(自分自身での判断)になったことです。

 もう少し、血圧を上げたいので、降圧剤を減らせないかとお願いしたのですが、まだ、心不全の治療で減らせない。

 心臓が回復すれば、血圧も上がるという説明で、βブロッカーの内服はさらに増えました。ただ、血圧(110/60mmHg)は少し上がってきているようです。

 私の2年前からのOCTAや緑内障OCT,視野のデータや血圧と眼圧や緑内障の関係、水素吸入で眼血流が増えるデータを渡し、主治医の先生に、

是非、名大で循環器と眼科で研究テーマになりますので、やってくださいとお願いしてきました。

 

 

 

 これまで、PF72を自宅で夜間吸入していましたが、EMI-1も試してみることにしました。

EMI-1は1分あたり1380ml(水素2:酸素1)、1080ml(水素2:酸素1)、780ml(水素2:酸素1)の3段階に調整でき、水素だけの吸入も可能です。

 夜間就寝時には1080mlにすると、非常に小さい音で、就寝時には、良好です。

 昼間1時間や2時間吸入するときには、1380ml/分にして、夜間就寝時は1080ml/分で水素だけにすれば、水素吸入量としては十分です。私は、水素の量が多ければ多い方が

良いとは思っていません。水素だけであれば250ml/分あれば十分と思っています。それは、これまで、250mlの水素吸入で呼気中水素濃度が1200mゃ860mlと同程度であることが、実証されていますし、眼血流も同様に増加しています。長時間吸入するにはET100では一晩持ちません。PF72でも8~9時間でタンク内の精製水がなくなります。ですからタンク内に入る精製水の量も大事です。

 EMI-1は1000ml入るので、1380ml分で8時間吸入で2日、1080mlなら3日使えます。

 これまでの機種が500mlしか入らなかったので、毎日精製水をいれなくてはいけなかったことを考えると楽です。

 30分吸入前後のハイドライザーによる呼気中の水素濃度は、ET100と同じレベルです。

 OCTAによる眼血流に関しては現在、クリニックでデータをとっています。

 

 

以前(2023年)、胃潰瘍による貧血で、体調が悪化し、血圧が低い時の眼血流をOCTAでお示しし、その後、輸血により、体調。血圧ともに回復し、眼血流も回復しました。

しかし、心不全により、入院し、心臓への負担を減らすため、βブロッカーをはじめとする降圧剤3種類を使用することにより、血圧は90~100/50~60mmHgに保たれ、心室性期外収縮も減りましたが、眼血流はどうなっているだろうと思い、私のクリニック(セントラルアイクリニック)でOCTAを再度撮ってみると、やはり眼血流が悪くなっている部分があり、NFBDも増加しています。

やはり、もう少し血圧を上げたいのですが、心不全の治療として、血圧を下げているのであり、難しいところです。次回の診察で主治医の先生と相談してみるつもりです。

 

 昨日、高島屋で買い物をしていると、美味しそうないりこの煎餅を戴いた。美味しいし、骨粗しょう症にもいいし、孫のおやつにもいいなと思っていると、いりこの説明をしてもらいました。良い炒り子を選ぶ目安のひとつは背側が盛り上がった「く」の字に曲がっているものが鮮度の良い魚を加工した目印だそうです。

 出しをとるには、瓶に入れた水の中に大羽のいりこを2から3匹入れて一晩おくと、上品なだしが出るということで、やってみると、みそ汁の美味しいこと、まさに料亭の味です。瀬戸内海のひうち灘にある伊吹島は江戸時代から続くいりこの産地で、片口イワシの漁場として遠浅で海流が穏やかなため、骨や身が柔らかい片口イワシが育つそうです。

本当に上品な味でびっくりしました。

 LASIKやPRKは今後なくなってしまうのでしょうか?

 角膜をエキシマレーザーで削るPRK手術は1988年にアメリカで始まり、1990年ギリシャのパリカリスがマイクロケラトームを使いフラップを作り、実質だけを削るLASIKを始め、1995年アメリカでFDAがエキシマレーザーを認可したことにより爆発的な人気となり、2000年に日本でも厚生労働省が認可したことにより、日本でも導入されました。

 当院(セントラルアイクリニック)は屈折矯正手術センターとして名古屋駅に開設されました。裸眼で術直後から1.0以上の視力がで、数多くの有名人やスポーツ選手がLASIKを受けたことにより、2008年には日本で45万件の症例がありました。ところが、2009年に眼科教育を受けていない銀座眼科の医師による集団感染、景気の落ち込み、東日本大震災、NHKによる誤報(LASIKで90%の不具合-これは三叉神経をきることによる100%起きる一時的なドライアイをアンケート調査で不具合としたもので、眼科医会には謝罪していますが、TVや新聞では訂正記事はだしませんでした)などにより、2014年には5万件まで急激に数が減少しています。

 これは日本だけの減少で海外では、LASIKは減少していませんでしたが、ICL(有水晶体眼内レンズ)の出現がさらに追い打ちを掛けました。これは、エキシマレーザーやフェムトセカンドレーザーなどの高額な機械が不要で、白内障をやる施設であれば手術が可能になったことにより、世界的にもエキシマレーザー手術からICLに屈折矯正手術が流れているという現状があります。

 そのために、当院で最初に導入したNIDEKがエキシマレーザーから撤退し、世界的にシェア最大であったJ&Jも2027年には撤退を表明しています。

 ただ、ICL,スマイルを含めて屈折矯正手術の誤差の修正にはエキシマレーザーが必要で、最近では、多焦点眼内レンズの度数誤差修正(タッチアップ)のために、エキシマレーザー手術は日本でも10~15万件に増えています。

 しかし、エキシマレーザー手術は高い機器の購入以外にもヘリウムネオンガスの値段がウクライナでの戦争のため50倍から100倍に高騰し、年間保守料も1000万近くかかり、数少ない手術では赤字部門となり、大学病院、公的病院からエキシマレーザー屈折矯正手術の撤退が始まり、私立病院、個人開業医でもどんどん、撤退し、現在では、若い眼科医ではLASIKを実際見たことがない、知らない人がほとんどになりました。LASIK執刀者は我々のような、老齢の医師だけとなってきています。

 エキシマレーザーが認可された2000年からエキシマレーザー手術を開始し、自分自身もLASIKを受けたものですからLASIK,PRKは必要な手術であり、後世に残しておく必要があると思っていますが、世の中の動きが許してくれないのかもしれません。残念で仕方がありません。

 入院して一般病棟に移ってから、体調は良好でしたが、部屋から外に出れない状況で、安静にしているしかない状況で、時間つぶしはTVか読書です。

 司馬遼太郎の「街道をゆく」のシリーズを持ち込んでいましたが、飽きて、別の家にある本を差し入れてもらいましたが、その中で中野孝次さんの「ハラスのいた日々」は消灯時間過ぎても読み続けたくなりました。

 犬の本はいろいろありますが、犬との日常を飼いだしてから、亡くなるまで綴ったものは、意外にこれまでなく、犬を飼っている人間であれば、そうそう、そのとうりと相槌を打ちたくなる内容の連続でした。

 私もコーギーのくらら(13歳)を飼っていますし、6週間の入院中、くららに逢えない寂しさもあり、柴犬のハラスと飼い主の著者の毎日がほほえましいものでした。毎日の散歩で、近所の人とのふれあいや、犬を飼うことにより、その町の住民として認知されるさまは、自分と重ねて、そうだそうだと思えます。

 犬に老いが訪れた時の描写もくららも13歳で、老犬になって散歩がゆっくりになって、自分の老いと重ね合わせ、著者の気持ちが手に取るようにわかります。

 志賀高原でのハラスの失踪事件では、くららが同じような目に合ったら、自分はどうしていただろうと、中野夫妻の悲しみや苛立ちに共感するとともに、読み進めることができませんでした。

 紀州犬にお腹を噛まれて手術をしてのくだりもくららも他の犬にかまれたことを思い出してぞっとします。

 犬は、家族であり、夫婦の仲や会話をとりもつ、子供のようなものです。

 傷口がもとで、腫瘍になり、最後の最後まで、一生懸命に散歩して、言葉がないために、痛いとか、訴えられない中、懸命に生きている姿、我が家の愛犬を重ね合わせてしまいます。友人でも、愛犬をなくした人の悲しみは、なかなか癒せませんでした。

 ハラスの死も中野夫妻にとっては、受け入れられないものだったと思います。そこから逃れるために、書いた本だということがよくわかりました。

 

 心不全の退院時体重は60.1kgでした。退院後59.5kg~60.5kgにコントロールしてくださいと言われ、血圧90~100/50~70mm

Hg、脈拍60~70ぐらいがいいかな、とも言われています。毎朝、毎晩体温計と血圧計で1日2度測定しています。

 測定することは、意識として、もう少し食べたい、間食を防ぐ効果がありますが、安定すると、もう少し食べてもいいかな、もうちょっと飲んでもいいかな、と誘惑にかられます。体重はコントロールされてきましたが、最近3日、60.6kgと少しオーバーです。血圧、脈拍はOKです。ただし、不規則な脈波がでていますので、期外性心室性不整脈は未だ減っていないようです。

 血圧は降圧剤を数種類、特に、βブロッカーの量を少しずつ増やすためには、あまり低いといけませんし、拡張期圧が50mmHg以下になると、全身への血流の減少が、いろいろの問題になる可能性があります。眼科の場合正常眼圧緑内障(NTG)は低血圧、特に50mmHg以下で視神経周辺の網膜血管密度が低下することにより視野の進行が進むと思われます。この辺り、循環器の先生と眼科の先生の間のディスカッションが必用と思っています。次回、診察時に主治医の先生にもお話ししようと思っています。

 

正常眼圧緑内障、高眼圧の開放隅角緑内障、正常眼の水素吸入前後の視神経周辺の網膜血管密度の変化を下に記します。

 1月6日心エコー検査、1月7日退院後初めての診察でした。

採血の結果に1時間かかるとのことで、9時半の診察予約ですので、8時半前に採血と思っていましたが、その時点で採血番号が205で45分待ち、心電図や胸部X-Pはすぐに終わりましたが、採血開始は9時10分過ぎ、診察は10時過ぎかと待っていましたが、実際には11時40分過ぎ、待ちくたびれました。システムが変わり、採血結果がでるのが2時間以上かかるようになってしまったとのことです。診察結果は上々で、BNPは退院前1200が350迄低下、1月4日、6日の忙しい診察をこなし、6日は7000歩以上歩きましたが、問題なく、ほっとしました。次回は2週間後の診察です。

 会計の後、院外の薬局で薬待ちが、なんと1時間40分、大学病院での通院の過酷さを感じました。

 体重は60kgを維持、血圧95/65mmHg,脈拍62前後を維持

心臓の動きはまだまだですが、疲れながらも外来ができていますし、坂はまだまだ疲れますが、平地であれば5000歩程度歩いても、疲れませんので、少しずつ、体力も戻っている気がします。もちろん、BNP300越えはまだまだ高く、安心はできませんが、順調な滑り出しです。

 重症心不全で6週間名古屋セントラル病院⇒名古屋大学循環器内科のEMICUにて大動脈バルーンバンピングカテーテルなどの手術や治療を経てようやく12月28日に退院と運びとなりました。突然の入院、ICUは携帯、パソコン禁止、面会もままならない状況でどのように代務の先生方を集めるか、家族を通して、スタッフや家族から私からの伝言で、昔からの知り合い、大学医局などあらゆるつてを頼り、6週間少なくとも、半日は診療できる体制をつくりました。皆さん、いろいろ無理を承知でお助けいただきました。ありがとうございます。

 患者さんにも本当に感謝です。代務の先生が日程を間違えて、来院できず、2時間待ちぼうけの患者様が一人も文句を言わずに仕方がないわとお待ちいただけたことを、後で、聞いて素晴らしい患者様に恵まれたと感謝しています。

 スタッフも私の家族も何もわからないことをいろいろ聞きながらやっていただきました。毎日医師が異なることになり、皆、初めての経験で、やり方も違い大変だったと思います。体調を崩したスタッフもいたと聞いております。

 私の娘は、やったことのない、パソコンでの給与やボーナスの支払いを税理士にやり方を聞きながら、やっていただきました。ミスもでますし、子供の世話の合間に大変だったと思います。感謝!

 名大の重症心不全治療チームの近藤先生を始めとするスタッフが早朝よりセントラル病院にきて、私や家族に私の心不全治療(最終的には拡張型心筋症)のプレゼンテーションをしていただき、大動脈バルーンパンピングで羽根で心筋の働きを助けながら、救急車で名大に搬送する、その時点の私は血液検査の結果では、生死を彷徨っている状態だったのだと思います。実際自分一人の為に何人の医師、看護師、その他のスタッフがかかりきりになっているか、マンパワーがないと救命できないのがよくわかりました。感謝です。

 血液検査の値は4桁から3桁、最終的にはBNP以外はほぼ、正常値に近い値にまで回復、ようやく、ICUから一般病棟へ私としては、早くリハビリをして、筋肉を戻したい、先生はBNPは点滴を減らすと値が高くなるので、あまり、動かないようにとの指示、行きつ戻りつ、ようやく、これなら、予定どうり28日に退院できますね。その言葉に安心したのか、夕方38度の軽度発熱、翌朝、抗原検査をするとインフルエンザAに罹患、熱は2日間のみ38度で軽快しましたが、これで、退院は延期か?咳ものどの痛みもなく、体調良好アピール、家でも、隔離を続けますというアピールで、予定どうり昨日退院となりました。内服は朝11種類、夜4種類体重は59k~60kと入院時が70kと浮腫がなくなり、すっきりした体形になりました。心不全を再発させないためには、この体重を維持させないといけない。体重コントロール、塩分調整、仕事を減らす、何事も、少しずつ少しずつ、1月4日から外来再開しますが、これまでのようには働けません。3か月仕事時間を半分にして、ゆっくり、一歩一歩、少しずつ歩もうと思っています。皆様に、御迷惑をおかけいたしました。

また、皆さん、ありがとうございます。