伊勢神宮へ行って来ました
十数年ぶりに伊勢神宮へ参拝へ行った。前回は2006年だったか2007年だったか覚えていないが、まだ親父が生きてた事だけは覚えている。
最初に近鉄宇治山田駅で下車、普通は外宮から参拝するんだけど、遠い所から参拝したほうが時間配分的に良いような気がしたのと、昼めしを内宮そばのおかげ横丁で食べたいのとで、内宮のほうから参拝する事とした。
そのおかげ横丁では、伊勢うどんとしらす丼食べた。
他のも食べたかったが、これ以上食べるとお詣りが出来ないので、その後は内宮へと向かった。こんな今風の橋だったかな?と思って渡った向こうはただの民家なんで、「?」と思い、警備員に訊くともっと川の下流に行かねばならない、と。やはり前回から16年位経ってるので、行き方を忘れてる・・・。

五十鈴川でパワーストーンと前向きペンダントを浸して浄化、コレはしたかった。
いつもは浄化飲料水に浸けてるが、やはり神様の川での浄化はしておきたかったのだ。

日本の世界の将来の平和、つまりパンデミック禍、強盗殺人、戦争、自然災害、増税などで苦しめられてるが、早く平和になってほしい旨を祈った。
自身の願いはほとんどせず、ただ、現在こうして生きていて、衣食住仕事に恵まれてる事への感謝を述べた。これは外宮でも同じだった。
日曜日だからだろうか?普段より非常に混んでいたが、きちんと整備された伊勢神宮の森は自身の心の乱れが取れるまで、何度も訪れたい気分にさせられた。
宇宙からの警鐘?
夜空に現れた謎の光 正体は"レーザービーム" 「御堂筋イルミネーション」の演出が梅田の夜空を照らす
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今日の午後7時40分頃、ふと上を見上げると、ターコイズブルーの細長い光が夜空に。
なあんだ、御堂筋イルミネーションの演出かー!
オレはまた、人類の警鐘をせんが為、宇宙からUFOが来たのかと思ったぜー!
ついに宇宙人ともコンタクトを取る日がやって来たのか?それとも、わけのわからんパンデミック、戦争、増税、殺人などがやまない人類に警鐘をし、正しい導きをせんが為て、現れたのか!と。
ランドマークレーザー打ち上げたレーザービームで、しかも1970年の大阪万博に思いをはせるためのものだったのか!残念。

衝動買いで買ってしまった!
先々月の日記で述べたWILD HEARTSのダークブラウンのレザーウェストポーチ、ネット広告は頻繁に上がるのに、一向に再生産されるようすがなく、他のものを物色していたところ、和柄模様があしらわれてるこのミニベルトポーチが少し気になり、ほとんど衝動買いで買ってしまった!
さっそく届いたものを見たところ、いかにもブ厚く重々しい本革レザーといった外観で、和柄もよいアクセント。
写真ではちょっとわかりづらいが、選んだコンチョは、いぶし銀ではなくほぼピカピカで、真ん中の石も真ブルー。
収納力はやはり少なく、普段出かける際のものは、スマホとキーしか入れられない。
いっつもシザーケースに手帳とスマホとキーを押し込んでる使い方は無理。
ポーチというよりも、ほとんどカッコいいスマホケースといった感じだ。
はて、どういったシチュエーションで使おうか?
阪急810系の加工に手を付ける
先月のオリジナル電車完成に間髪入れず、先週末から新たに阪急鉄コレ限定販売だった旧型電車を加工&改造作業を手を付けています!
実を言うと、先月のオリジナル電車よりも、コチラの加工と改造のほうを必然的に手掛けたかったのです。

この電車阪急810系は、昭和25年長さ19m×幅2.75mの大型規格で製造されました。
現在の阪急車両もこの車体寸法でほぼ統一されているので、阪急車体の基礎を確立した車両だといえます。
特急から各駅まで幅広く活躍、デビュー直後は神戸・京都間や宝塚・京都間の直通特急でも活躍しました。
昭和50年ごろから支線運用がメインとなりましたが、内装をリニューアルして延命、昭和60年に引退しました。
さて手元にあるこの鉄コレ810系ですが、あくまでもディスプレイモデルゆえ当然このままではおもちゃっぽいので、これからいろんな加工と改造を施していく事となります。
とは言えど、今年4月加工と改造をして完成した阪急920形よりもやや精密であるので、それほど手こずらないものと思われます。
しかも資料はたくさん揃えてあるので、現役当時の雄姿を再現するのは容易でしょう。
ホンネはガキの頃、実家の沿線である宝塚線を8連で走ってた編成を再現したいのだが、となると、さらにあと2箱買って加工と改造するのはしんどく ~1箱につき2両しか入っていない~、第一そんな長編成は運転会でしか走らせられない。余裕があればやってみたいのですが。
だからとりあえず、昭和50年6月頃今津線を走ってた4両編成とします!
来月で廃止されるので乗りに行って来た!
兵庫・北摂めぐり~川西市~ 日本一と言われる里山 98年の歴史に幕を閉じる「妙見の森ケーブル」も
この記事のとおり、来月上旬に能勢電鉄の妙見の森ケーブルとリフトが廃止になるので、名残惜しさが募り、能勢妙見宮の参拝と併せて乗りに行って来た。
毎年参拝しているワケではなかったが、日蓮宗系とは言えど特定の宗教御用達というワケでもなく、初詣やあじさい観賞などでよく足を運んでいたので、お馴染みの場所だった。
ここへ行くのには、マイカーもしくは電車+徒歩またはバス+ケーブル+リフトしかなく、クルマ持ってない人は必然的に後者のルートを選択せざるを得ない。
ガキの頃は池田駅からバスが出ていたが、今はない。
まずはふもとのケーブル黒川駅へ到着、いつもはガラガラの駐車場が今日は満車、しかもこの人達もケーブルに乗るのである。
そして、正月以外は満員になる事なんて考えられないのに、今日は本数増やしてるものの列が出来て時間待ちになっていた。路線や施設の廃止が決定すれば、その時は今までにない満員になる、よくあるある~ぅーなシーンである!

約10分後順番が来て乗る事が出来、たくさんの乗客を乗せたケーブルカーは出発、爽やかで美しい秋の里山風景を見ながら、5分で山上駅に着いた。

降車してからは、右にこれまた廃業になるBBQ広場を見ながらキッツい坂道を10分くらい歩いて、リフト乗場まで行く。
このリフト、戦前はこの線もケーブルカーの路線であったが、戦時中に不要不急路線として廃止され、昭和30年台にリフトとして復活したものである。
夏ともなれば、乗りながら足元に濃い水色や藤色のあじさいを観賞する事が出来るんだけれども、廃止にしてしまったら、もう観る事は出来ないな・・・。

リフト降りた後は、能勢妙見山までは約1,2kmの道のり、舗装されているものの山道を歩き、デッカイ鳥居を潜って、現代アートの建物みたいな斬新な信徒会館「星嶺」と大正時代の発電所みたいな宝物館のそばを通りながら、妙見山の総本山へ到着した。
そして本堂とその他のお堂へお詣り、ケーブルとリフトが廃止になるので特別に参拝しに来た旨を告げ、それから帰路へと着いた。

まるでデンついて帰って来るかのような参拝の仕方だが、そうしないと最終のリフトの時間に間に合わないのでやむを得ない。
因みに引き返す途中、寺務所でケーブルとリフト廃止後はどうやって参拝したら良いのか尋ねたら、やはりマイカーや徒歩で山登って来るしかない、との事。わちゃー!
これだと、陸の孤島ならぬ山の孤島やんけ~!

短い足を急がせてリフト乗場まで下り、どうにか最終時間に間に合い、登り同様ケーブルの行列を待ち、ふもとの黒川駅に下山、もうその時は日も落ちて真っ暗だった。
”近くすぎるのでいつでも行けるやと思ってたら、いつの間にやら廃止が決定していた”ではなく、少なくとも数年に1回は訪れて利用していた路線や施設なので、それがなくなるというのは非常にさびしいものである!
これから、どうやって能勢妙見宮まで参拝しに行けばいいんだろう?
ひょっとして、曲よりもジャケットが気に入ってしまった?
ザ・ローリングストーンズのNewアルバム、「ハックニーダイアモンズ」のジャケット画があまりにも気に入りすぎたので、CD買う前どころか新曲のシングルカット耳にする前にTシャツを2着も買ってしまった!
まずは向かって右のTシャツをAmazonで買った。だが、手にしてよくよく見れば、ハート型ダイアモンドの上下に人の手と足が描かれててジャケットの絵とはやや違う。
コレはコレで良いのだが、やはりアルバムジャケットと同じものも欲しい!と、左のものをストーンズショップ・GIMME SHELTERの通販で買った。
因みにどちらも公式グッズ。
オレにはこのような絵は描けないし、思いつきもしないが、それが反って新鮮かつ斬新に見える。
ストーンズは、昔っからジャケット画やステージセットのセンスが良いので、コチラ面でもサイコーだゼ!
やったぜ!ストーンズ!
ザ・ローリングストーンズ、18年ぶりのニューアルバム「ハックニーダイヤモンズ」がリリースされ、当然この私めも買った!
ファンならずとも、まずはこのステキなジャケットの絵に魅了されるであろうが、曲は従来のストーンズサウンドを軸に、パンクあり、古っぽいブルーズやカントリーぽい曲もあったり、70、80年代の定番ヒット曲を現代に進化させたような曲あり・・・、と聞き応えのあるアルバムである。
リリースされるやいなや、ビルボードの上位に上ったのもうなずける。
正式メンバーはもう3人だけになってしまったが、それでも故チャーリー・ワッツのドラムのテイクが2曲、脱退したベーシスト、ビル・ワイマンが駆けつけて1曲弾いたり、ポール・マッカートニーやレディー・ガガも参加していたりとゲスト陣も豊富である。
20代の不遇時代にストーンズと出会い、以降、自分の音楽の好みや楽器演奏はもとより、人生観や鉄道趣味にも多大な影響を与え続けたが、このアルバムからも新たな影響を受けるのではなかろうか?
たぶろう美術協会第24回近畿支部展が終わって
今年も24日の火曜日から29日の日曜日まで、奈良の平群の里で開催されました。
今回私は多忙ゆえ大きな作品が制作出来なかったので、F10号の貼り絵「伊豆の夜の海」と「里山の秋」の2枚を出品しました。
観に来て下さった人達は「2つの作品が対照的な感じだ。」とか、「里山の秋」を「今の季節にぴったりなきれいな景色だ。」と、「伊豆の夜の海」を「メルヘンチックな作品だ。」と、いろいろおっしゃられてました。
いつも奈良のお祭りの絵を出品なされてるKTさんの作品は、絵の説明をされながら、踊りの手先を描くのに苦労されたお話しや描くにあたって、着物の模様までも細かく描き込んでしまうお話しなどを聞かせていただきました。

また、KTさんの娘さんの奈良地域のスケッチ画、お孫さんが描かれた鶏の日本画も印象的でした。なんでも、お孫さんは今年のたぶろう展本展にも出品なされ、賞を獲得したとの事で、なんだか年下の人達に追い上げられてるような気がしている!

IHさんの前衛芸術みたいな海岸を見下ろす裸婦とテーブルの油絵は、遠くから見て、「おお゛っ~!」と感動させらる絵でした。
そして、この会場の主?であるKさんが描かれた、地球の自然が侵されつつある絵も遠目では「きれいな絵だなぁ!」と感じるが、近づいて見ると、なるほど、地球の動植物が危機に瀕している様が見て取れ、なんだか”きれいだ”とか”美しい”とかでは見てはいけないような印象を受けました。

いつも豪快な絵を描かれてるYさんは、今回は点描画と風景画で、古い茅葺民家の門と姫路城の釘貫を描かれてました。
特に釘貫は普段よく古い寺社、古民家、城を訪れるのでよく見かけるけれども、別段気には留めていなかったんだが、あらためて日本人のこじゃれた気品を見直しました。
お名前は失念したが、ご自身の子供さんが広場で無邪気にはしゃぐ絵があったり、海辺の夕暮れ時を見事絵にされたSさんの日本画、昆虫が飛んでる下から俯瞰した所を版画にした絵2枚は、「なるほど、昆虫の下側はこうなっているのか!」とわかりました。
なお、絵ばかりではなく、例年と同じくダイビングの写真や古代漢字よりさらに古い文字と、龍の印鑑の彫り製作の実演もありましたので、今年もいろんな芸術を観れて楽しめる展覧会になったと思います。
全日フルで居たワケではないが、今年は結構多くの方々が来場されてましたし、出品者の我々でも観賞を楽しめ、次回への制作の励みにもなりました。
来週には完成か?
先月上旬から作り始めたオリジナル電車の増結車両2両だが、ようやく完成に近づいて来ている!
1日何かしらコイツの作業に係わっていたので、進捗度は早い方だと思う。
35年前に製作した車両とほとんど全く同じスタイルで製作しているし、メインでは走らせないとは思うが、とは言っても、現在のオレの製作技術で行なっており、テクニックや工程の手抜きはしていない。
もしそれをやれば、手に変なクセが付いてしまって、後に製作するお気に入り車両がおかしな出来になってしまう事が無きにしも非ずだから。
運転会でこんなの走らせても、特に注目は浴びないだろうが、それでも、”少しの加工でオリジナルな車両が作れますよ”、てな事がわかればよいかな?














