今年の上野の森美術館日本の自然を描く展へ出品する絵が完成!
既にInstagramに載っけてますが、今年の「上野の森美術館・日本の自然を描く展」に出品する絵がようやく完成いたしましたー!
題名は「猪名川町春景色」。一昨年昨年と引き続き、今年も兵庫県の猪名川町の風景を絵に致しました。
毎年GWに焦って制作してるので、少し余裕を持たせようと、3月の下旬頃から下描きをはじめたが、鉛筆を運んでる途中で、”この風景よりも別の風景のほうが良いのではないか?”と感じ、消しゴムかけてゼロから描き直し、たぶろう展へ出品する絵の制作は勿論、鉄道模型製作など他の事もやっていたので、実質は2週間位での制作でした。
ねたにした写真の風景は、のどかな風景の割には結構緻密で、魅せられるような箇所も多く、今年も「ちゃんと提出日まで仕上がるのかなぁー?」と不安でしたが、家々の部分や配色など手こずった箇所もあったが、割と制作が予想以上に順調に捗り、8日の朝には完成、その日中に細かい箇所の修正や埃払い、ならびに額縁装着を行いました。
全体的な雰囲気は2年前の作品「猪名川町の春」調な感じに仕上がったが、昨年講評会で審査員のセンセイが言われた、「描きたい所を1つだけメインに出す。2つ以上も見せ場を描くのはあほだ!」のご指摘どおり、背景の山々は1色もしくは2色程度に抑え、手前の農村風景はバーンと見せるように細かくしました。
入選すれば後日、ブログにてお知らせいたします。
令和元年のGWも引きこもり
このなっがーい10連休は、ご当地アイドルTEN6のステージ観に行ったり、私設劇団の観劇を観に神戸に行ったりしていたものの、ほとんどの日を上野の森美術館日本の自然を描く展とたぶろう展へ出品する絵の制作の為に費やしていた。
陛下の退位と即位の儀式を是非ともテレビ中継で観たかったから、というのもあるが、今年も毎年と同じ、GW返上で作品制作するパターンになってしまった。
”今年こそは久しぶりどっかへ鉄旅をしたい!その為には作品の制作も早めに取り掛かろう!”と今年の初め頃考えていたが、何せ絵ねたが3月頃まで全く浮かばなかったので、取り掛かれるワケがなかった。
そんなワケで、引きこもって制作していた作品の1つは本日完成、あすUP致します!
もう1つ、たぶろう展のほうも、例年と比べて登場人物が少ないんで、期日までには仕上がるかと思われます!

平成の時代を振り返って
平成の時代は、自分がまだ宗教系ビルメンテナンス会社に勤務していた時に幕が開けた。
その元年にカイシャ内の同期朋友が退職、そして長続きしそうだった多くの同輩後輩社員達も、同じような不満を抱いて退職していったので、自分も本格的に転職を考え始め、翌年、このカイシャ紹介してくれた伯父に窮状を訴えたところ、一部上場企業の子会社を紹介してくれ、転職出来た。
バブル期とは言えど、3Kの底辺職種から普通の職種への転職は難しかったのだ。
だが、転職してからも、最初のカイシャと同じく、気難しく細かすぎて小姑のように注意する上司と、明らかに私の事が嫌いで反抗的な態度を取る女子社員の間での勤務だったので、悲しい思いをした。
それでも、”宗教系じゃないし、ちゃんと週休2日あるからイイわ!”という思いで、彼らのめがねには添えないながらも不器用ながら頑張って働いていた。やがて彼らが定年退職や寿退職でカイシャを去り、暫くは普通な感じであったが、平成大不況によるリストラで退職を余儀なくされ、実家の仕事を半強制的に継がされた。最初は父親の下で働いており、まるで10代の時に戻ったような気がしてたが、やがておばあちゃんと父親の逝去で、あまり好きではなかった仕事も積極的にやって行けるようになった。
また、学生時代から付き合っていた鉄仲間とは、人生に対する考え方方向性の相違で確執が起こり、自分の転勤による上京と彼らの婚約と相俟って、自然と離れて行った。
そういう自分も適齢期だったので、恋活婚活は10年間、その鉄仲間の数百倍血の滲む思いで、いろんな社会人サ―クルや異業種交流会、趣味のサークルに参加し活動したけれども全く成功する事なく、リストラ→家業を継ぐ・・・の情況下、自然消滅という形で辞めた。
しかし、その活動過程で多くの友人達と知り合い、彼らの方が昔の鉄仲間よりも話しが合い、非常に仲良くなって行った。運命の出会いだった。
鉄旅も転職してからますます行うようになり、以前より好きな土地だった北海道や九州の他、関西人があまり訪れない東北地方や伊豆、上州地方の鉄旅をもし、鉄道のみならず、各地の良き名所や風景をこの目で観る事が出来た。
模型の方は、鉄道友の会へ入会し、またその他の私設模型会にも顔を出し、自慢?の車両を見せる事が出来た。
楽器の演奏、バンド活動に本格的に取り組めたのも平成の時代からで、”鉄”趣味を脅かすほどにまでなった。しょっちゅう練習してたお陰で、そこそこ弾け、聴かせられるまでにはなったし、プロアマ初心者見学者問わず、たくさんの音楽仲間とも知り合え、仲良くなる事が出来た。
貼り絵をやりはじめたのも平成の時代からで、最初は年賀状用にシャレ気分でやっていたのが本格的になり、美術展に展示され、いくつかの賞を獲得するまでになった。
最後に元々、趣味のみならずいろんな書籍や百科事典などを読むのが好きだった性格が、PCの普及で自然とネット検索にも手が出て、より沢山の知識が得られた反面、そればかりにのめり込み、仕事はおろか、楽器の練習、鉄道趣味活動にも支障を来すという悪癖も出て来た。最近は、そんなに興味を引くねたも少ないので、以前ほどにはのめり込まないが。
そして当然、ネット上の宿命からか、リアルで出会った事もない、所謂”見えない奴ら”との葛藤やケンカも我が身に起こったが、逆にネットが切っ掛けで、画面上だけリアル問わず、仲良くなれた人達も多かった。
来たる令和の時代がどうなるのかはわからないが、平成の時代に頑張り培った事を継続かつ活かして、素晴らしき時代としたい!
シールドケーブルを捨てる!
2006年頃だっただろうか?、覚えていない。このダークグリーンの楽器用シールドケーブルを買ったのは。いずれにせよ10年以上は使用していた筈。
見た目や¥の割には、すぐに雑音や音が出なくなったり、先端部分がばらばらになったりするシールドが多い中で、品質がいいメーカーだからか、コイツはそういう事がなく愛用していた。
だが、こないだ日曜日のセッションで、ノイズが出たり音が出なくなったりするアクシデントが発生、ジャックに差し込む先端も何か緩んでるような感じもしていた。
やむを得ず、コイツも思い切って捨てる事とした。音を命としている楽器で、こないだのアクシデントがまた出たら堪ったものではない!分解して、他の用途に使用したいところだけれども、今の処思いつかない。
オレみたくそんなにライブやセッション出てなくても、器材の寿命はプロと同じ、平等なのね!
いまさら、京とれいんに乘る!
先月、阪急京都線に新しい観光特急列車「京とれいん雅洛」が竣工したにも関わらず、未だ乗っていない。それどころか、5年前からあった6300系の「京とれいん」にも未だ乗った事がなかったので、ソッチに乗ってみた。
車内は、写真のとおりで、1,2両めと5,6両めは今までの車内のシートカバーや壁板、扉板を換えただけだが、3,4両めは大幅に変更され、現代和風な京町屋を思わせるような造りとなっている。
当然この3両めの車両に乗り、40分弱の乗り鉄を楽しんだ。

思えば、6300系は大学への通学で5年間使用し、車窓から見える風景もかなり変わってるけど、雰囲気は一緒だ。
窓の景色を眺めながら、「楽しい思い出よりも哀しみの思い出の方が多かったなぁ・・・。」とかなんとかの回想に耽った。
停車駅が少ないのと、6両編成で、高架が多いからなのか、スピードが速く感じられ、「え゛っ、もう河原町に着いたの?」という感じだった。
終点の河原町駅には、7両編成の普通列車が使用していた2番線ホームに到着、記念に写真撮ってる人も多かった。

新しい「京とれいん雅洛」が出たせいで、この6300系の「京とれいん」は影になるのではないか?と心配だが、いつまでも活躍しててほしいものだ。












