夜中に花粉症で目覚める!
月が変わって羅災した花粉症、一進一退の状況で、それほどひどくない日もあれば、めちゃくちゃひどい日もある。
3月3日に、この日記で紹介した塗り薬も効かないような状態、飲み薬も何時間も経たないと効いて来ないような状態だ。
目の渇きや違和感は、目薬させばなんとか治まるし、耳の穴の痒みは、痒みのツボは突いてないものの、綿棒で掻くと数時間後には治まる。
ところが鼻水鼻づまりはそうはいかず、夜明け前それで目が覚め、慌てて上記の薬を塗ったり飲んだりしたけど即効性がないので、やむを得ずティッシュを鼻ん穴に入れて詰めるという原始的な方法で対処、3,4枚消費して治まった。もったいな~い!
で、今日の昼間は、鼻水鼻づまりはなかったが、それでも変な痰が出てキモイし、喉に塩水が流れてるかのような感じもする。やる気が削がれているような気がし、眠気も・・・。
セレブん如く、花粉疎開をしたいところだが、ココで今したい事があるのでそれも出来ん。
ああ、早く花粉が治まらないかなあー。
震災の古傷が早く癒えますように
今日は8年前の東日本大震災の日だ。
この午後2時46分は電車に乗ってたんで黙祷出来なかったが、それでも降りた後は東北のほうに向かって祈った。
たった一瞬で広域にわたって甚大な被害をもたらした事に関して、自然の脅威を感じると同時に、未だ以って大きな爪痕や後遺症に悩む人達が多い事にも心を痛めさせる・・・。
決して風化させてはならない自然災害であるし、脆いこの国が日頃からそれらに備え対処していかねばならないとも感じさせる。
4年前、取引先主催の親睦旅行で、東北を訪れてビックリしたけど、それでも足を地に足を付けて踏ん張って前進んでるような気がした。
オレみたく、過去の辛い出来事を思い出しては涙しているだけではないのは、いろんなメディアを見ればわかる。
再び東北の人達と、友好的に親睦を深められるようにしていきたい。
(写真:震災前のJR女川駅)
また食べれるゼ~!
以前、阪急十三駅東口商店街スグにあったラーメン店「麺のようじ」がいつの間にかなくなっていた。
ココのらーめんは、塩味のほうが有名だそうだが、オレ的にはしょうゆ味のほうが好みで、阪急で梅田へ行く途中や、模型運転会が十三にて催される際に、たまーに食べに行ってた。
ところがだ、それが、去年10月頃行ってみるとなくなってて、他の店になっていた。
「わちゃー!もうあのおいしい味が食べれなくなるワー!」と嘆いていたところ、ある日、上本町あたりでラーメン店ないかどうか検索していたら、この店の日本橋店が出て来た。
「ヤッター!、コレは是非とも行っとかねばならぬ!」
という事で、足を向けた。
日本橋店と言っても、駅からは結構歩くし、店内はお客でいっぱいだ。
で、久しぶりに食べてみたらば、やっぱり、う、う、まい!いや、それどころか、以前十三店で味わってた写真の味が、よりパワーアップしてるかのようだ。
麺はややちぢれた細平打ち麺、スープは濃くもなく薄くもない丁度よい塩梅のコクで、以前はなかった大きな海苔も入ってるし、肉もチャーシューと鶏肉が入っている。
交通の便がやや悪いのが難点だが、布施のTIPNESSの帰りにでも寄る事としよう!
多忙だった失恋記念の日
きのうは、私の代3〇回目の失恋記念日でありました。毎年の如く、最後のデート場所であった石清水八幡宮にお詣りしたのだが、それに加え、たまたまこの日が産能大の懇親会でありしかも京都にて開催されるので、同じ京都だからすぐに行けるやろう、て事と、”現在の人つきあいを大切にしたい!”という趣旨で参加しました。
その後は、神戸湊川公園の![]()
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なお店へ行き、三宮のケンタで食事して帰宅、最後に明日へのパワーを付ける為、3年前東京ドームで開催された矢沢永吉のコンサートビデオを観ました。
朝早くに目を覚まして京都八幡市へ出発、現地に到着してみると、いつもは静かな神社なのにこの日は参拝客がかなり多く、ハイカーの格好をした人達も多かったです。
元カノと別れてもう既に3〇年も経っているんで、「そんな事があったなぁ・・・。」という感じで、この行事自体形骸化しつつはあるが、それでもこれからの人生も、”モテなくても顔張って生きる”事を誓いました。
摂社や末社にもお詣りしましたが、湧き水が出る石清水社は昨年の台風の影響で道が崩れ、通行止めになってたんで行けませんでした。〜家帰ってから調べてみると、遠回りルートで行ける事がわかったが〜
そして、産能大の懇親会に参加。出席されてるのは年輩の方々が圧倒的でしたが、健康の話し、営業の話し、オレオレ詐欺の話しなどためになるお話しをたくさん聴かせて頂きました。この後2次会で、西利本店にて京都の漬物試食パーティーがあるとの事だったんだが、それには行かなかった。
その後は件のお店へ参戦する為、神戸に向かいました。あまり待たされる事なくすぐに入れました。割と普通な容姿の美人さんでした。
そして、三宮のケンタで最後の晩さん?だった食事をして帰宅、〆に録ったものの全く見てなかった矢沢永吉のライブビデオを見ました。
忘れんこしてた曲もあったが、殆どが青春時代から現在まで親しみ口ずさんで来たナンバーで、元カノは勿論、その後知り合ったけど立派過ぎて恋に至らなかった、絶世の美女を思い出したり、仕事に遊びに恋活にメチャ頑張ってた時期を思い起こさせました。
永ちゃんはミュージシャンとしてのみならず、実業家としても優秀で、どこにこんだけのパワーが秘められているんだろう?というよりも、当時65歳にも関わらず、これで全く疲れを感じさせずタフでパワフルなのが信じられない。
今回は、京都行ったり神戸行ったりで、一日中結構動き回った失恋記念日でした。
絵ねた探しに
今年のたぶろう展に出品する絵は、下描きどころか、絵ねたさえもまだ決まっていない。
毎日毎日、思いつこうと思ってもダメ。どーも、「コレだァ~!」と思うようなものが浮かんでこないのだ。
その絵ねたのヒントを得るのも目的であるが、このところ美術館へ足運んでないんで、大阪市立美術館で開催されているフェルメール展へ行って来た。
「牛乳を注ぐ女」や「真珠の耳飾りの少女」の絵などで有名だが、今回はそれ以外の作品で、なんでもこの画家、寡作な画家で、約43年の生涯で36点くらいしかないそう。
また、同時期同国の画家の作品も展示されていた。
「光の魔術師」というだけあって、影と光が当たってる部分とのコントラストが秀逸だ。
だが、影となっている部分も、見づらいけれどもしっかりと描かれている。
当時は当然写真がなかったので、お金持ちは肖像画を描かせていたらしいが、ある意味写真よりもリアルで、動きだしそうな感じだ。
また、風俗画と言って、普通の市井の人達の何気ない日常をも絵ねたにしてるんだけれども、ソレらも見事に、”絵”になってるところが凄い!自分もそのような絵を貼り絵にしてるんだけれども、なかなか、及ばずだ。
結局絵ねたは思い浮かばなかったが、技法のヒントにはなったと思う。
能勢電鉄500形が完成!
先月中旬から仕掛かり始めた、鉄道コレクションの能勢電鉄500形を、未更新の初期スタイルへ逆改造する作業がようやく完了致しましたー 。

以前にも述べましたが、未更新のセットが売切れてたんで、やむを得ず更新後のスタイルを購入して、未更新の初期スタイルに逆改造していったのです。
主に屋根まわりの改造や加工でしたが、おかしな造形部分の取り換えや、明らかに変な色の窓枠、阪急車両独特の床下色の塗り換えなども致しました。
予想通り、骨の折れる改造で、加工や改造と言うよりも、もはやキット組立に近いような状況でした。

幼児や小学校低学年時に川西能勢口駅で見たり、大叔母や親にねだって乗った、憧れの?能勢電車が鉄道模型となって、自分のものに出来たよろこびは、恋人が出来たよろこびにも勝るとも劣らない気がしています!
さあ、これからガンガン走らせるぞー!









