ここ一週間、いろんなとこでいろんなものを吸収し発散した。

あまりに密度が濃くて、書くのが追いつかない。


ので、とりあえず箇条書き。

・飛鳥

・DEEP BLUE

・es

・おすすめ

・再会

・記憶、夢、言葉で表せないもの、死、過去未来、忘却



イクラとホタテでいっぱいになったお腹を抱えながら、南気仙沼駅へ。

ここでもまた50分ほど電車待ち。

持ってきた本を読みながら待合室のベンチで過ごした時間は、

多分今回の旅で一番ゆったりしてた。

目に映るもの全ての動きが、スローモーションのようだった。

本から顔を上げたときにふと目に入った紫陽花の鮮やかな色が忘れられない。

ピンクと紫が混じったような色。

そうか、ここは東北だった、まだ紫陽花の時期なんだ。

紫陽花の手前で風に揺れてた葉っぱも平和そのもの。


13時9分発の気仙沼線で、大谷海岸を目指す。

気仙沼線は、今回の旅のハイライトなのです。

三陸海岸沿いに南下するので、海が本当に綺麗に見える。

左手の海をずっと見ながら20分、突然目の前に砂浜と海が見えたそこが、大谷海岸の駅。

まさかこんなに目の前にあるとは思わなかった。

日本一、海岸に近い駅、らしい。

当初は降りるつもりはなかったけど、時間はあったしゆっくり景色の中にいたかったので降りてみることに。

階段を上って『マンボウブリッジ』なる橋を渡って、より近くに見えた海に、

思わず深呼吸したくなった。

これは、途中下車して正解。

白砂青松とはこのことをいうんだね。

日本にこんな綺麗な海があるとは思ってなかった。


靴を脱いで、波がかかるかかからないかくらいの際を裸足で歩いた。

次の電車が来るまでやっぱり一時間半あったから、あとは音楽聴きながら寝た。

イヤホンつけてても、波の音は聞こえてくる。

顔に帽子かぶせてても、太陽の光は強く感じる。

こんな幸福な時間って、ない。


あとは、そのまま帰路に着いた。

本当は陸羽東線ってのに乗って、今度は山の中を走りたかったんだけど

さすがにローカル線乗り継ぎでその時間はなかった。

またいつの機会かに。



行けるうちに、たくさん行っとこう、

こうして言葉にできるうちに、精一杯言葉にしとこう、

そう思った。


戻りました。

旅の道筋だけ決めて、あとは行った先で泊まるかどうかも考えよう、と

散歩のような感覚でふらっと行ってきた気仙沼、期待以上の二日間だった。


なんとなく、一日で帰ってこれるかなとも思ってたけど、一ノ関で新幹線を降りて乗り換えるとき

早くも思いがけない現実を知る。

・・・電車がめったに走ってない。ほとんど一時間半に一本。

到底頭の中の予定には追いつかないことが、のっけから発覚。

一時間待って、大船渡線に乗る。


うまく一言では言えないけど、なんといっても時の流れが違った。

電車が来ないことも一つだけど、駅の静かさ、駅員さんの適当さ、

無人駅、おっきいダンボールを二つも風呂敷で抱えたちっちゃいおばあちゃん、

違う学校なのにみんな知り合いみたいな中高生たち、ディーゼルの音、

そして車窓から見える景色。

透明感のある緑色の川、地層がはっきり見える崖、森の中に残された沼、

広い田んぼと畑、手書きの駅の案内、ホームにささやかに咲いてる花。

ひとつひとつがはっきりと目に映ってきて、電車に乗ってる時間がとても濃い。


電車に乗ってた中学生っぽい男の子がホームを出て歩いてた友達を見つけて、

電車の窓を軽くノックしてその子に手を振ってた。

東京じゃそんなことありえないよね。

山手線で窓ノックして気づいてもらおうったって無理がある。

距離の近さが羨ましかった。


一ノ関から気仙沼まで、一時間半ちょっと。着いたのは二時半過ぎ。

駅前に観光案内所があったので、そこで宿を探してもらいつつ町の様子も聞いてみる。

徒歩30分くらいで港に出るらしかったので、歩いていくことに。

港自体は綺麗とか雰囲気があるとかいうわけじゃなかったけど、

さすがに漁船の数はすごかった。魚のにおいがした。

にしても、あまりに人が少なく少々疑問に思いながら、海の市ってとこへ。

鮮魚も加工品もレストランも博物館も一緒くた。

お腹もすいてたし、名物ふかひれも食べたかったので、そこでふかひれ丼を食すことに。



うまい!!    安いし。


一日目は、もうそれで満足。

宿に行って、テレビ見て温泉入ってまたテレビ見て。

ちょうど25時間テレビやってたもんだから、調子に乗って久しぶりにテレビを見まくった。

この時間の無駄使いっぷりがわりと気に入っちゃった。

普段ならかなり罪悪感なのにね。


二日目は、観光船にでも乗ろうかなーと思って、我ながら早起き。

温泉入ってから8時半には宿を出る。

船が9時20分からだったのでちょうど良い感じ。

大島って島を一周する外洋クルーズだったんだけど、

台風が来ていたみたいで波が結構高く、結局内湾だけに変更。

だけど、この船がなかなか良くて。大満足。

甲板の風はかなり強かったけど、眺めの良さに居座っちゃった。

沖に出るほど海の色がだんだん変わってくるんだね。

濁った色から、紺、青、緑。

養殖の様子やリアス式海岸の線、松林もまた印象的だった。

考えてみれば、海岸沿いにある松原を自分の目で見たのは初めてだった。

これぞ日本の海の景色、という感じだったけど、

それを実際あるものとして実感したのは貴重だった。


湾から太平洋に出て行く景色に、海の圧倒的な存在感を正面から感じた。

鯨でも出てきそうだなとか思って海面を見てたら、トビウオが飛んだ。

上から見ると、飛行機のプラモデルみたい。


そんな思いがけない収穫を手にもとの桟橋に戻ってくるとまだ11時前。

早起きって素敵。


朝ごはんはそんなに食べてなかったから、もう一回海の幸をあじわっとこうと思って

前日行ったのとは別の市場へ。

水揚げされたばっかりの鰹が一本丸ごと売られてた。

すごく身がしっかりしてそうで、その場で刺身にでもして欲しかったなあ。

鰹の他にも、秋刀魚、イカ、ホタテ(かなり巨大)、ホヤ、あわびなんかの

新鮮そうなのが並んでて、見てるだけで相当楽しめた。

その横に、食事どころがあって、その名も『鮮』。

もちろん生の海の幸を味わうべく、二色丼=いくらとホタテ を頼む。

絶品。こんな贅沢していいのか?とも思いつつ、食べる食べる。

でもあまりにたっぷり乗ってたから、最後のほうになってだんだん

いくらとホタテが憎らしくなってきた。

しばらくいらん・・・。



眠くなってきた。続きはまた明日。

思い立っちゃったので、ぶらり旅してきます。

目指すは気仙沼。


いってきまーす!

プリクラなんてものを久しぶりに撮っちゃった。

テンションあがるね、あれ。


昔は大っ嫌いだたのになあ。

何が楽しいのかさっぱり分からなかった。

自分の撮ったプリクラをみんなと交換して手帳に何ページも張ってる人とかいたけど、

結構軽蔑してた。

「一人で撮っちゃったの~♪もらって~」とか言ってる人は、

かなり軽蔑してた。

みんなが好きなものはとりあえず嫌いだったな。

てかそれ以前にあんまり関心がなかった。

中学時代は、誰かと休日に遊びに行くってことがほぼ皆無だった気がする。

遊びに行きたいと思わなかったもんな。

疲れるし、、、私服とか気にするのやだし、、、だったら家にいるよ私は。って流れ。


なあんであんなに遊びに対して無関心だったんだろうな。

好きなものはあった。かなり没頭してたし、今でもその思いは失われてない。

こんどフォークランドに行くのだって、当時からの思いがなかったら

実現しなかっただろう。

だけど、そういうものは遊びには結びつかなかったな。

一番不思議なのは、そういう生活に寂しさを感じなかったことだ。

今だったら、なるべくたくさんみんなと飲みたいし遊びたいし話したい。

なるべくたくさんの関心が注がれていて欲しい。

・・・贅沢になったな。

自分の触れる世界が広がってたくさんのことを知っていくにつれ、

欲も深くなっていくものなのかも。


だけど欲深い自分に、幻滅はしない。

中学時代に戻りたいなんてまったく思わない。

プリクラもカラオケも楽しめるようになった自分は、昔より付き合いやすい。

『ヒトラー ~最後の12日間~』を見に行った。

平日の昼だし、そんなに大々的に宣伝してるわけでもないから混んでることなんて考えてなかったのに、

予想外の混みようで驚いた。前から2番目の列で見たのなんて久しぶりだ。


反感を買うかもしれないけど正直に言ってしまうと、

私はヒトラーに対して憎みきれない印象を持ってしまった。

ときおり身内に向ける笑顔はもとより、怒鳴り散らす姿、

ぎりぎりまで攻められてもなお勝つため、そして自分の理想を追求するために

なにも見えなくなっている病的な目。

そこに、逆にヒトラーも人間だったことを感じた。


だからイスラエル紙が、”ドイツはユダヤ人大虐殺の歴史を取り繕い美化している”と

この映画を批評しているのも、頷ける。


確かにヒトラーは人間だった。

でも、人間としての幸福は完全に忘れてしまっていた。


「国民は、今となってはクズばかり残っている。生き残ったところで彼らに価値はない。

 怪我をしようが、死のうが、私には関係ない。

 そしてナチについてくることを、こちらは国民に強制してない。

 今苦しんでいる者は自業自得だ」


この人の頭の中には一体何があったのだろう。

強靭な国家、千年持つ都市ベルリン、そういった構想の中に、

そこに生きる一人ひとりの人生の幸福への想像力は既に働いていなかっただろう。

だけど多くの人はささやかに、自分の人生のことや生活のことを考えて生きている。

孤独は寂しく、温かい場所に人は生きたい。

それだけだ。


実際映画の中でも、中枢にいる将校たちが何に対して誇りと幸福を抱いていたのかが一人ひとり描かれていて、

どんなに強大な歴史の流れの中でも、一人ひとりの具体的な人生は消え去ることはなく、

皆等しく自らが信じるところを追って生きているんだと感じた。

ヒトラーへの忠誠のために死ぬ者、忠誠のために命令に背く者、

家族と逃げることができずに自殺する者、反逆を起こす者、酒に溺れる者、

一人で逃げていく者、怪我人を救うため戦場に残る者、究極の状況下でそれでも幸せだと言う者。

そして、信念を追っても何も実現されることのないこの理不尽な世界に

多くの人が泣き、理不尽な死を迎えたんだろう。


死はいつだって理不尽なものだ。

ただ、私が今過ごしてるこの世界は生きることを最大限に楽しめる世界だ。

だから私はせめて、この時代に感謝しながら生きていかなきゃいけない。

って、あるよね。

今日はまさにそんな感じ。

多分、朝のフジテレビの血液型選手権、今日はビリだったな。

見てないけど。


何が決定的にダメって訳じゃあないけど全体的にちょっとずつズレてて、

結果的に一日を終えたときに、全てに嫌気がさして吐き気を覚える。

普段なら優しさを感じること、冗談で笑えること、せつなさを覚えること、

そういうのが全て、面倒くさくうっとうしく嫌で仕方ない。

表面で笑っていられても、錘のような嫌っていう感情が中で固まっている。

起こること、言われること、送られてくるメール、

人の声、誰かの匂い、やらなきゃいけないこと、全部私の気分を落としてくる。

普段は好きなのに。普段は心から笑えるのに。


あーあ。めんどくさ。

早く寝よう。明日は気分よく迎えよう。朝ごはんをきっちり食べよう。


そしてせめて、周りに気を使わせない努力をしよう。

どんなに笑っていたくなくたって、私が周りのみんなを不快にさせる資格はない。

ありえない!!!相当書いたのに全部消えた。

だっからパソコンって嫌いなんだよ。あああーもう。




で。


横浜へ行った。


昼間暇だったので何をしようと思っていたところ、

拓さんの「中華街でブルースリーのストラップ買ってきてよ」っていう適当な発言を思い出して

とりあえず探しに行くことに。

変なおばちゃんが売ってたって言ってたから、見つけるのに時間かかるかと思いきや、

駅出るなり発見。しかもいたるところで売ってたし。

結局、しょぼい本屋で”ちっこいブルースリー”をゲット。

なんでこんなもんがほしいのか、謎。

ま、でもほんとに買ってくるとは思ってないだろうから、反応が楽しみだ。


中華街を一回りして、元町へ向かう。

ふと入った小道に思いがけず輸入雑貨屋さんがあって、結構気に入った。

ぶらぶら散歩してると新たに世界が広がることがあるから、歩くのって好きだな。

いつか霧笛楼でご飯食べたいなーなんて思いつつ、港の見える丘公園のふもとへ。

上ろうかと思ったけど、目の前の階段に気分が萎えて、そのままフランス橋を渡って山下公園へ出る。

海の風の匂いが心地よい。

山下公園は私にとっては特別な思いがあるから、ついゆっくりしてしまう。

高校の頃に何度か行ったり、大学入ってからもとざわっちゃんと長々語ったり。

六年間見続けた風景を広く見渡せるこの場所は、今になっても特別だ。

学校は好きじゃなかったけど、この場所は好き。

そしてまた、ここは飛鳥が入出港する場所。

新たな思いで、この場所の深みが増す。


山下公園から、何度となく通った日本大通りに入る。

この通りは、日本じゃないみたいで、静かで、街全体がゆっくり呼吸をしているようで、

長く長くどっしり構えている落ち着きがある。

古い建物とみなとみらいを交互に眺めながら、桜木町のほうへ歩いた。

県庁、開港記念館、郵船のビル、赤レンガ。

見え隠れする、ランドマーク、クイーンズスクエア、観覧車、インターコンチネンタルホテル。

新旧入り混じって、一つの風が吹く。


みなとみらい奥の新港パークで、またゆっくり。

何度も何度も考えていることを、反芻する。

同じことを何度も考え、何度も納得し、でもやっぱりとまた考え直す、

その繰り返しを続けて、私は「今その時」の軸を立て続けないといけない。

でもその軸は一所になくちゃいけないわけじゃない。変わっていい。

実際、私は日々言ってることが変わる。あっち行ったり、こっち行ったり。

大事なのは、ああ言う私も、こう言う私も認めること。

前は、”この状況ではこう言う”みたいなパターンを作ることに必死だった。

要するに、みんなが笑ってるときが笑うべきときで、みんなが「ありえない」って言ってるときが私も「ありえない」って否定するときだと決めてたんだよね。

でもそうじゃない。

移って行くことを恐れず、何度も考えることを面倒くさがらずに、気になったことはもう一回とことん気にする、

そうやって生きていけば、自分に対しても周りに対しても柔軟になれるし、

気が楽でいられるんじゃないかと思った。

一つのことを消化するのに恐ろしく時間がかかる、

それが人間の不器用なとこであり、健気なとこでもあるんだろう。


そんなことを考えた後、汽車道通って桜木町へ。

また、歩こう。また、考えよう。

いま、たくさん時間のあるうちに。

早くも、今日は前期最後のゼミだ。


ってことは、ロンドンに行くさやかと一緒にゼミやるのが最後ってことだ。

さやかとは、言いたいことや考えてることの波長が合って理解しあえることがとても多かった。

去年からずっとさんざん頼ってきたから、いなくなってしまうのはとても不安だ。

本当に、さやかがいてくれなかったら去年乗り切るのは相当しんどかったと思う。

話を真剣に聞いてくれて一緒に泣いてくれたから、私はここまで来れた。


ゼミとしても、さやかがいなくなってしまうのは寂しい。

さやかの発言はいつも私の考えを活性化させてくれたからな。

卒論は一緒にやりたかった。


ありがとう。

今日のゼミは大切に過ごそう。

こんな自分でいいのかな。

誰かに会うたび、誰かと話すたび、そう思う。

私と関わってくれる人は、なんでそうしてくれるんだろう。

私の何かと相手の何かとが響きあうから、何度も会って話せる。

だけどそれって自分で確かめようがないから、なんだかんだいって

結局いつもどこかで疑心暗鬼だ。

そんな自分が、一番人のことを疑ってるんだろう。


私と誰かの人生は決して同じにならない。

どこかに必ず理解できないところ、知ることができないところがあって、

その未知の場所を私は信じることができない。

結局疑ってしまう。

どんなに好意を示してくれても、それは上っ面だけだって

白ける瞬間がある。

だって、みんないつかなくなるじゃん。

今楽しくて仕方なくても、いつか、というか近い将来なくなっちゃうじゃん。

作り上げるのは大変だけど、人と人との関係なんて

消えるのはあっという間だ。

本当にもろいものだと思う。

何に支えられて、この関係はあるんだろう。

環境が少し変われば、すぐになくなってしまう。

こんなにも儚いものに、私は今も支えられて生きている。

それを拠り所にしなくなったら、多分悲しくて生きていけない。


みんな、大好きだよ。

ねえ、でも、いつまで会って話せていられるだろうね。


だからこそ、今この一瞬を大事にしたい、そう思うけど、何度もそう納得したけど、

やっぱり悲しくなる瞬間はある。

誰かとの関係が消滅したとき、その人に預けていた自分自身の一部も

記憶の及ばない彼方に行ってしまう気がする。

なにより悲しいのは、実際なくなったとき、あまり自分にとって重要じゃないように思えてしまうこと。

さんざん時間をかけ、さんざん思いを巡らせてきたその関係が、

自分にとって大したことじゃなかった、なくなっても痛くない、そんな風にいつの間にかなっている。


あーあ、4ヶ月も船から下りられない生活を繰り返すなんて、私どうなっちゃうんだろ。