風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言 -177ページ目

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。

「そういえば、今年はまだブルーサンダー(直流電気機関車EH200)を撮ってないなぁ」
冬の真ん中あたりから、私にはそんな風に思う日が増えてきていました。

「この冬は、白い噴煙を巻き上げながら走るブルーサンダーの姿を収めるぞ!」
本当は、冬が始まる前にはそんな意気込みみたいなものがあったのですが、如何せんこの冬は地元民も音を上げる位思っていた以上の豪雪となって身も心も挫けてしまい、面目無い限りですが正直そんな気概も失せてしまっていました。

アメブロにも私の尊敬奉る鉄道ブロガー皆さんがおられますが、そうした方々の手により撮影された雪中走行の御写真を拝見する度、本当に脱帽の思いです。
如何に過酷な状況下で撮影されているか、私にも想像が付くからです。
少なくともこの冬の私には、そうした苦難に立ち向かいつつブルーサンダーを撮影するエネルギーまでは残されていませんでした(そのくせスキーには行っておりましたが)。

こちら魚沼では4月となっても尚、真冬のような雪の降り続く日が多々あった為なかなか鉄道撮影のモチベーションが生まれませんでした。
しかしながら、先週あたりからようやく最高気温15℃以上の日も出始め、全国的に見てもかなり遅めの春の訪れを感じる今日この頃です。

……ただし、魚沼では御覧のように田んぼや市街地にも未だ深く積もった雪の残る状況です。
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〈4/20 17:32 JR越後堀之内~北堀之内駅間〉

この冬は特に雪の量が多かったので、魚沼の平地でも完全に溶け切るのは5月も終わるころになりそうです。

ただ、久々にカメラに収めることの出来たブルーサンダーは、そのいかつい姿に関わらず心なしかとても優しい感じがしました。
今シーズン、過酷な冬を、上越国境の雪の山々を毎日越えて往復し続けた日本最強の電気機関車に対し、敬意と愛着と感謝の気持ちを捧げたいと感じます。
風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言
〈4/20 12:59 JR小出駅〉
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改札口より。



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〈4/20 13:25 JR藪神~越後広瀬駅間〉
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……これでも、だいぶ雪溶けは進みました。
この日曜日朝の、近所のモミの木(ウラジロモミ)達の様子です。

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……この写真の辺りはこの冬も3M程の積雪に埋もれました。
しかし。
昨年暮れ、クリスマスの近くなった頃にお話しした通り、針葉樹達の生命力には脱帽です。

厳しい冬も青々と葉を茂らせながら、悠然と越えました。

……魚沼を走る鉄道は、只見線・飯山線・上越線・北越急行(ほくほく線)の他にもう一つありました。

上越新幹線です。

私はこれまで幣ブログの中で幾ばくか鉄道の記事を書いて参りましたが、新幹線については肯定的な表現をして来なかったような気がします。

確かに優秀な交通機関ではあっても、鉄道独特の趣のようなものが希薄な感じがしたからです。

しかし。
新幹線も立派に郷土に貢献している鉄道であることは私の申すまでもない事実であり、決して粗末に扱うことなどできない存在です。
勿論、上越新幹線は魚沼エリアのスキー産業に於いても関越自動車道と共に大きく貢献しています。

そこで私は初めて、この上越新幹線を写真に収めようと決意いたしました。

新幹線はほとんどが地上より高い高架橋の上で、更に周囲を高いフェンスで遮られています。
また、特急「はくたか」である程度速い速度の撮影に慣れてはいたものの、当然ながらスピードは在来線より高いです。
撮影箇所の確保も勿論苦労しますし、望遠レンズが使えない機器ではかなり撮影が厳しいです。

そうした条件の中、思い切りズームし、思い切り引っ張って撮った一枚がこれです。
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〈4/17 14:49 JR浦佐~越後湯沢駅間〉
200系「とき」328号。

200系「とき」は、昭和57年の開通時から存在する最古参の車両で、昨日の記事にも書きました往年の在来線特急「とき」の名を引き継ぎ冠した新幹線です。

御覧の通りフェンスの一部が片目にかかってしまいましたが、これが限界でした。

しかしながら、生まれて初めて撮った新幹線が同時に生まれて初めて自身が乗り、最も馴染み深く、お世話になった新幹線200系「とき」であったことを幸運に思います。

大学受験から始まった、私の約10年以上に及ぶ首都圏生活と地元魚沼を最速で繋ぎ続けた上越新幹線。
その存在無くして現在の私は有り得ません。


……雪深い山間部にありながら、このようにバラエティ溢れ又、頼もしい鉄道達に囲まれて生きていられる事に私は深く感謝したいと思います。

「今日は南魚沼でお仕事!」

……昨日に引き続き、私の中の「鉄の血」が騒ぎました(笑)。
先に申し上げておきますが、皆さんもしかして「HARIMAは仕事もしないで撮り鉄ばかりしている」と思われているかもしれませんが、そのようなことは決してありません(笑)。
あくまで「移動時間内」の束の間に、時刻表とにらめっこしながらのピンポイント撮影を行っているのみです!

……さて、本題に入ります。

魚沼の雪深く長い冬を耐え抜いた鉄道達。
それは只見線や飯山線といった、逞しく健気なローカル線だけではありませんでした。


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〈4/17 13:21 JR大沢~上越国際スキー場前駅間〉
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JR上越線115系普通列車。
平地の都市部で運用される113系直流電車を急勾配区間用に改良された電車です。
昭和初期の昔より伝統的に受け継がれてきた、険しい雪の山脈の連なる上越(群馬・新潟)国境越えを伴う上越線。
その旅客運輸を半世紀近くも務め続けている、偉大な車両です。
かくいう私自身も幼い頃から高校時代の通学含め、最もお世話になっている115系。
そんなわけで、まるで家族のようにあまりに身近に感じ過ぎる車両が故にブログになかなか登場させる気になれない存在でもあります(笑)。


風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言
〈4/17 13:48 同〉
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……かつて上越線・信越本線には181・183系「とき」を始め、在来線特急達の華やかなりし時代がありました。当時の魚沼でも「とき」という名の列車は鉄道ファンでなくとも、誰もが知っていました。
しかし。昭和57年の上越新幹線開業と同時に特急「とき」も姿を消し、魚沼の在来線も寂しい時代が流れました。
681・683系特急「はくたか」は、そんな「とき」無き後の魚沼に再び咲いた在来線の華です。「とき」と同じ位「はくたか」も魚沼の人々に親しまれる特急となれました。
……しかし。
皮肉なことに、その「はくたか」もあの頃の「とき」と同じように、今度は北陸新幹線全通によって存続が危ぶまれています。
時代は繰り返されてしまうのでしょうか。
今度こそ、生き残って欲しいと願いつつ、私はシャッターを切り続けます。