風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言 -136ページ目

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。

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……先日訪れた、都内・池袋の風景です。
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……私は現在、生まれ育った新潟県の魚沼エリアという地方の山間部に住んでおりますが、実は都会も嫌いではないのです。
新潟へUターンする直前まで、私は都心の会社に勤務し山手エリアほぼ全てを毎日、車で飛び回る日々を送っていました。


銀座・築地・赤坂・霞ヶ関・虎ノ門・半蔵門・飯田橋・江戸川橋・お茶の水・四ッ谷・麹町・外神田・浅草橋・巣鴨・北池袋・南長崎・千歳烏山・西新宿・神楽坂・茅場町・丸の内・新橋・広尾・南青山・恵比寿・代官山・中目黒・五反田・高輪・三田・芝・白金台・麻布十番・六本木・表参道・渋谷・宇田川町……
後は忘れかけていますが、このような街に全て顧客がいました(特例として、埼玉県朝霞と神奈川県鎌倉にも毎月通っていました)。

また学生時代は、高校卒業後上京して一年間は高田馬場で下宿し、その後埼玉の東上沿線に住むことになりましたが、学生時代から板橋~池袋~西早稲田界隈は馴染み深い場所となりました。

先日、久々に都心部の雑踏と喧騒の中に居て、以前と変わらず何となく「ホッとする」自分がいました。
何となく、気軽に過ごせるのです。


よく「都会は冷たく、田舎は温かみがある」みたいなことを聞きますが、私はそうとは限らないと思います。
私にとって東京は、凄く温かみのある街に感じるのです。
少なくとも、私が高校卒業後上京してから11年間。
ここで出会った人達は皆、温かい方々ばかりでした。
本当に、私によくして下さりました。
本当に、良い思い出しか思い浮かばないくらいです。

人だけでなく、街並みも。
ちょうど今頃の季節。クリスマスが近くなると、あらゆる通りがキラキラしていて。
たとえば浅草橋で仕事が長引いて、すっかり夜になった表を「ご苦労さん!」というお客さんの声に送られて走り出すと、恵比寿のオフィスへ戻る途中に銀座中央通りを通っていたんです(昭和通りはあまり好きでなかったので)。
すると……デパート街のショーウィンドー。歩道が全てキラキラと輝いて!本当に宝石のように見えたのを覚えています。


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池袋の街路樹も魚沼や只見の木々に負けないくらい頑張っています。
負けるな!都会の大自然!!


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毎年恒例、11月最終日曜日は我がクラブ・ラジコン飛行場の設備撤収作業の日です。

4月末の日曜日に「シーズン・イン」した飛行場も、再び「冬眠」に入ります。

この滑走路周辺も、冬は数メートルの積雪に覆われますので設備をそのままにしておけないのです。


テント。

草刈り機。

草刈り機小屋。

入り口ゲート。

飛行場看板。


全て手分けして解体・撤去したあと、毎年お願いしている農家の方の倉庫に保管してもらいます。



・・・・・作業が全て終えると、各々の飛行です。設備は撤去されましたが、滑走路はまだ使用可能です。



エンジン機
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電動グライダー

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ハンド・ランチ・グライダー
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エンジン・ヘリ
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電動ヘリ
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電動パーク・プレーン
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・・・・・このようにラジコン機なら何でもアリの、我がクラブ。

とにかくどんな方でも、ベテランも初心者も、皆が楽しめれば良い。

飛び入りも大歓迎。

そんな、明るいクラブです。


ラジコン機を安全に飛行させる為に大事なことの一つは「常にリラックスする」こと。


精神的にガチガチになるまで緊張したり、周りに必要以上に気を使い過ぎると、操縦スティックの指の動きに悪影響を及ぼし、反応が悪くなります。

誰もが操縦しながら笑顔で機体を追っている、ウチのクラブではそうした心配は今のところ見あたりません(笑)。

安全に関することなら、操縦している以外の時に皆でテントに集まって話し合います。


今後も、こうした良い伝統が続いて欲しいと思っています。



・・・・・もうすぐ、私達の舞台は飛行場から雪原へと移る季節を迎えます。


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<飛行場近くから見える、八海山>










……この日曜日。
今年最後かもしれない、暖かい日差しに魚沼は包まれました。

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周りの山々は白いマントを羽織り、冬への秒読みを始めていました。


……そんな中、魚沼市入広瀬道の駅の鏡ヶ池へ行って見ました。
国道252沿い、只見線入広瀬駅の近くです。

晩秋の鏡ヶ池では……
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青空を映し出す湖面で。
ここの住人のアヒルが残り少ない水辺での日々を過ごしていました。
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もうすぐ湖面も厚い雪で白く覆われ、アヒル達も冬眠です。

<前記事の続き>

……「よいや・れいや」さんを後にした私は、再び「ブナと川のミュージアム」に向かいました。
やはり、この日は一日中風雨が収まらない様子だったからです。

この日、ミュージアムの来客は私の他に2、3名程だった様子です。休憩室には、相変わらず誰もいませんでした。
雨の音が微かにする程度の静かな空間と時が流れていました。


私は、休憩室の片隅にある木工細工コーナー「てわっさ」が目に入りました。


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「てわっさ」とは、会津地方の方言で「手作業」を意味します。

ここでは材料・接着剤・簡単な工具など、工作に必要な物は全て揃っていて、材料費\100だけで子供から大人までが木工細工を行えます。
私も、休憩室で長時間休ませて頂いた御礼の気持ちも兼ねて、木工細工を作製させて頂きました。


風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

……後で気が付いたのですが、よく見ると日付の年数が「2014年」となってしまっています(笑)。

最近、私はたまにあるのですが「平成24年」と頭の中でゴチャ混ぜとなってしまったようで、赤面ものです(汗)。
しかし。自身のこの書き違えを私は都合の良い「祈願」としてとらえようと思いました。それは……
「2014年11月18日までに只見線が全線復旧し、沿線の皆が笑顔で友好を深められるように」という願いです。

もし皆さんが、このミュージアムに訪問された時この木工細工を見かけたら、どうかそのように思って頂きたいです。

……列車に乗り遅れた朝には途方に暮れていた時間の長さも、気が付くとこのミュージアム終了時間の夕方5時になろうとしていました。
駅に向う前に、事務室に一言御礼を申し上げに行きました。

事務室には40代位の女性館員の方が御一人だけ残っておられました。

すると、この方は何と「駅までお送りしますので、5時15分まで待って貰えますか」と言って下さるではありませんか。
さすがにそれは悪過ぎると思い、一旦遠慮申し上げましたが「帰り道の途中なので」と言われ、この日の予想以上の日暮の早さと寒さもあり、私もつい御言葉に甘えることにしてしまいました。

駅まで向かう車中で私はそれまで自身も知らなかった、世界サミットの開かれる程の規模を誇るブナの森についてミュージアムで教わることができたことと、当地で狩猟が代々盛んであったことに関心を持ったことをお話しました。

この館員の方のお話ですと、只見には新潟(魚沼市入広瀬)からも山を越えて猟師の方が来ていたといいます。魚沼では既に廃れつつある狩猟の文化についても、ここではしっかりと受け止められていて、地元の子供達への地域教育にも生かされているようです。

ミュージアム休憩室にあった資料によりますと只見の猟師達は共同で捕獲したクマなどの獲物を売って得たお金については、決して年齢・経験・捕獲した本人かどうかで格差をつけるのではなく、全て平等に分配するのが慣わしだとのことです。

こうした精神も、大自然と人間。そして人間同志が平和に暮らせる為の必然として只見に残されて来たんだなと感じた次第です。



・・・・・駅まで送って頂いた館員の方へ御礼を言い、既に灯りのついた駅舎に入ると、午前中御世話になった観光協会の女性が笑顔で迎えて下さいました。

一時は心細さで一杯となった私自身の気持ちでしたが、一日過ごした只見の皆さんから頂いた思いがけない温かさによって満たされていました。


「今日は、列車に乗り遅れて良かったです(笑)」

そんな言葉が、私の本心から出てきました。


「これも、何かの縁ですね」

彼女も笑っていました。


18:35発小出行き最終列車は、強風と「線路に溜まった落ち葉」で車輪が滑る為(!)20分遅れでホームに到着しました。

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列車は私と、埼玉の川越へ帰るという母娘さんの三人の乗客を乗せて出発しました。


駅の改札口を見返すと、只見駅の駅長さん、駅員さん、送迎バスの運転手のおばさん、そして観光協会の女性がいつまでも列車に向かって手を振っておられました。

私も車内から思わず手を振り返し、最後に会釈してお別れしました。


魚沼へと向かうキハ40のシートが、いつも以上に温かく感じ、走行音も力強く感じました。





・・・・・・やはり、只見は私にとって夢見ていた「イスカンダル」そのものでした。


「守兄さん」にも逢えました。


そして「スターシャ」にも逢えました。


コスモ・クリーナーならぬ、ネイチャー・クリーナー。

そして、只見の皆さんの温かい思いやりで私の心の汚れも消し去ってくれた気もします。


宇宙戦艦ヤマトがたった一隻で旅の成就を成し遂げたように、たった1編成のキハ40も立派に六十里越えを果たし、私を無事に送り届けてくれました。




私は、自然に宇宙戦艦ヤマトの主題歌の1フレーズを口ずさんでいました。



「必ずここへ帰って来ると 


手を振る人に笑顔で応え・・・・・・・」






<終>



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<22日記事からの続き>


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・・・・・只見で訪れる、初めてのお店となったカフェ「よいや・れいや」さん。

一見、普通の民家全とした佇まいで、辛うじて入り口の雰囲気でお店と分かる、奥ゆかしい喫茶店です。


このドアを開けると、そのまたもう一枚玄関ドアがあり、そこからは本当にカフェの雰囲気となります。

店内に入った途端、白い壁と、手製の焼き物のインテリア。派手さは全く無く、こぢんまりとした小さな空間ではありますが南欧の雰囲気のする、とても明るい室内。

窓際にテーブル三つ、椅子が10席あります。


カウンターの向こうから白い厨房着を纏った、俳優でいえば阿部寛似のイケメンの御主人が「いらっしゃい!」と、ホッとするような優しい笑顔で声をかけます。

店員さんは他に見えず、この御主人が御一人できりもりされているようです。


私は一番奥の、二人分の椅子のテーブルに座りました。

テーブル横の窓からは、寒い初冬の雨降りにも関わらず本当に柔らかい光が差し込みます。

背中の壁際には棚があり、そこにはどうも手製と見られる小さな花瓶やコーヒーカップの焼き物や小さな花が飾られています。

御主人が水とおしぼりと一緒に持ってこられた小さなメニューに目を通すと、コーヒー・お茶のバリェーションの他、大自然の国・只見に相応しい、果物を使ったスィーツ。

そして10種類程にも及ぶパスタがありました。


店内には私の他に、20~30代位の女性お二人連れのお客がいました。

こんな、全てにおいて良い感じのお店は女性が放っておくはずが無いだろうな・・・・・思わずそう思わざるを得ませんでした。


私は数あるパスタの中から「魚介類のクリーム・ソース」を注文しました。



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まずは、盛りつけそのものの丁寧さに感嘆。

本当に山奥の目立たないお店なら、もっと家庭料理的でラフな感じのスパゲッティでも全く問題無いと思うのですが。


食してみても、驚きです。

私などが言うのもおこがましいですが、シーフード・パスタの命?というのは、パスタそのものの茹で具合だけでなく魚介類の茹で・炒め具合と歯ごたえだと思います。

こちらのパスタのエビ・あさりは・・・・いや、はたまたキノコに至るまでが全てプリッ!プリ!!なんです!


さらに!

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このメニュー、この他に食前のサラダと食後のコーヒーが付くのですが、皆さん。

御代は如何ほどだと思いますか?


なんと・・・・・たったの¥800です!!!!!


後で駅の女性から聞いたことですがこちらの御主人、このお店を開業するまでホテルに勤務されていたとのことで、料理そのものだけでなく彼のお客に対する振るまい・佇まいから納得した次第です。

冷えた体と、朝からまともな物を食していなかった私でしたが、まさかこうした至福の時を過ごせるとは思ってもみませんでした。


私がパスタを食べ終わり食後のコーヒーを頂いている頃、二人連れの女性客が退店されました。

その時も御主人は、先程のような優しい笑顔で「お気を付けて」と声をかけられていました。


店内は、私と御主人の二人きりとなりました。

私がこのお店の名前「よいや・れいや」の由来をお聞きしようかと思っていた時、御主人は何やら遠慮がちな顔になり、おもむろに?話しかけてこられました。


「お客さん・・・・・只見線がこんな状態と知って来られたんですか?」


私は、御主人の言われることに大方想像は付いていましたが、敢えて問い返しました。


「こんな状態といいますと?」

「途中の区間(会津川口~只見)が不通となっていることですよ」


私は笑顔を返しながら応えました。


「もちろんですとも!」


御主人は私の反応に少し驚いた様子でしたが、なおも尋ねてきました。


「今日は、どちらからお出ですか?」

「魚沼です!」


御主人は、ああ、新潟から来られたんですか、と今度は少しホッとしたような顔をされました。


私はここで初めて、自身のしたかった質問である、お店の名前の由来について尋ねました。

御主人曰く「よいや・れいや」というのは只見の方言で「ウチに寄っていきませんか」というお誘いの言葉だそうです。

只見の農家の方々は、作業の合間や終わった後に「まあまあ、ウチに寄ってお茶でも飲んでいきませんか?」という意味で「よいや、れいや?」と声をかけるとのこと。

何だか聞いているだけで、こちらもホッと気持ち安らげるように感じました。


只見線のことは、やはり御主人も心配な御様子でした。

御主人の知る限り不通区間の復旧状況は、まだまだ思ったようには進んでいないとのことです。

もし万が一、只見線が廃線になるようなことがあれば、本当に困ったことになると、御主人は初めて寂しそうな目をされました。

改めて「よいや・れいや」さんの店内を見渡すと、壁や棚のあちらこちらにSLの大小の写真が飾ってあります。

会津若松~只見駅間を走る、臨時列車のSLの写真です。

雑誌の棚にも、只見線SLの写真集が置いてありました。



私は、只見線沿線福島県側の人達と一番分かち合いたかった思いであり、一番告げたかったかもしれない言葉を、ここで放ちました。


「・・・・・・廃線なんて、絶対あってはいけない事です!」


只見線がもし廃止されてしまったら、私達の子供達になんと説明すればいいのでしょう・・・・・只見線には、私達沿線住民の未来が託されているのではないでしょうか・・・・・私は御主人と語り合いました。


御主人は、こう話して下さいました。


この只見は、昔から会津若松よりもむしろ、新潟とのつながりがとても強い地域であったということ。

現在の魚沼市小出のスーパーのチラシが、只見に入って来ていた時代もあったとのことです。

聞けば御主人の御年は私より四つ上でおられるとのことですが、大変驚いたことに御本人も若い頃はよく魚沼市(当時・北魚沼郡)に遊びに来たり買い物にお出でだったそうで、私以上に魚沼市のお店や施設のことを知っておられる面もあって、私は只々感服するしかありませんでした。


さらに御主人は、これからもさらに新潟との関わりを大事にしていくことが、この只見にとっても良いことだと思うとも言って下さり、私は感無量でした。


御主人が新潟のことをよく御存知で頂いているように、私ももっと只見や会津のことを知りたい。同じ沿線住民として、もっとお互いに元気を分かち合える未来を築いて行けたなら・・・・・・そんな願いが生まれました。



気が付けば時間は流れ、午後3時になろうとしていました。

いくらお客が私しかいないとはいえ、長話にお付き合いさせてしまったことをお詫びし、勘定をさせて頂きました。

帰り際に「只見線全線復旧を願う」思いが一つであることを私達は語り、私は店を出ました。


「お気を付けて」


御主人の笑顔が、まるで「私のことを昔からよく知っている近所のお兄さん」のように見えました。



<続きます!次回最終回>