初めてお越しの方は、まずこちらをご覧ください:

https://ameblo.jp/catappledog22/entry-12606327649.html

 

 

 

 

モロッコのKem Kem beds(あるいはKem Kem Group, ケムケム層群)は多数の脊椎動物化石を産出する。この地域の化石は、いわゆる化石マーケットとの繋がりが深く、多数の化石が商業目的でモロッコ国外へ流出してきた。我が国の国公立博物館のミュージアムショップでさえ、同層の化石は簡単に手に入る。そうしたマーケットの在り方が問われる一方で、商業標本を用いた研究も散見される。また、マーケットに関わる者―業者・末端のコレクター・場合によってはそれを展示する博物館も含む―により、この地層や産出する化石についての不正確な情報が広められ続けている。「これこそが正しい情報」という体裁で流布されるものもあるため、状況は混沌を極めている(註*)。これらの言説と本稿の説明には食い違う点がいくつも見出されるであろう。そんな時には、以下に紹介する様々な参考文献の積み重ねが羅針盤になってくれるものと信じている(註**)。マーケットを取り巻く諸問題については稿を改めて論じなければならないが、ここでは豊富に流通するKem Kem beds産の恐竜遊離歯を教材として用い、同層の特徴的な恐竜相について概観する(註***)。

 

1. Kem Kem beds (Kem Kem Group)
 モロッコ東部・サハラ砂漠に分布するこの地層はCenomanianの河川堆積物と考えられており、Sereno et al. (1996) 以来"Kem Kem beds"と通称されている (Sereno et al., 1996; Cavin et al., 2010; Rhichter et al., 2013; Holwerda et al., 2018)。主に砂岩から成る下部Lower unitと、泥岩と砂岩から成る上部Upper unitとに分けられるが、長年明確な名前は与えられず、層序学的な記載も不十分なままであった。最近、Ibrahim et al. (2020)はこの地層をKem Kem Group(ケムケム層群)と呼ぶことを提案している。敢えて言及するまでもなかろうがKem Kem bedsの"bed"は、日本語では「単層」と訳されるテクニカルタームであり、地層を構成する最小単元である。複数形のbedsのニュアンスをうまく表現した訳語は定まっていないようであり、そのまま「Kem Kem beds」と呼ばれたり、単にケムケム"層"と呼ばれるケースが多いように思う(私見)。これをケムケム単層と訳出してしまうと、ひとつの単層に対して名付けられた名称であるかのように解釈されうるため、適切ではない(かといって、単層"群"のような用語が定着しているかというと、そうでもない)。また、これも指摘するまでもなかろうが、ケムケム"累層"と訳すのも誤りである。これについては、そもそも英語文献においてKem Kem formationと呼称する誤用が存在しており、注意しておく必要がある(誤用例についてあえて引用しないが、詳細はIbrahimらの総説を参照されたい)。

 この例に限らず、Kem Kem bedsを指し示す用語には混乱が見られる。その遠因は"化石マーケット"における誤用があるように思う(完全に私見であるが、多くの化石取扱業者が同じ誤りをしていたため)。"化石マーケット"では、かつてこの地層のことを"Tegana formation"と呼んでいた(筆者調べ)。しかし、このような地層名は公式には存在しない。誰が言い出した名称なのかは不明であるが、この言葉を用いた文献まで存在する(こちらも詳細はIbrahimらの総説を参照されたい)。我が国の博物館でも、誤った用語を用いているケースが確認されている。例えば、群馬県立自然史博物館に収蔵されているKem Kem beds産と思しきSpinosauridaeの遊離歯(資料番号はGMNH-PV0000331, PV0001004, PV0001663, PV0001664, PV0001665, PV0001666, PV0001667, PV0001668), 頭骨(PV0001601), 胸胴椎(PV0002403, PV0002404), Carcharodontosauridaeのものとされる指骨(PV0000227), Rebbachisauridaeのものとされる遊離歯(PV0001006, PV0001007)[註1]は、すべて「テガナ累層」産と記載されている(同博物館ウェブサイトのデータベースで確認。2020年9月20日現在, URL: http://www.gmnh.pref.gunma.jp/musetheque/)。Ibrahim et al. (2020) は、この名称がニジェールの白亜系Tegama Group(テガマ層群)の誤記が広まったものだろうと推測している。筆者がマーケットを観察してきた限りであるが、2012年にRichterらが同地域の獣脚類遊離歯に関する論文を発表したころから、"Kem Kem beds"という用語が定着していったように記憶している(Richter et al., 2013, オンライン出版は2012年)。このような由来からもわかる通り、「Tegana formationがKem Kem bedsを構成する累層のひとつ」という説明についても完全に誤りである。先に述べた通り、Ibrahim et al. (2020)はこの地層に対してKem Kem Group(名実ともにケムケム"層群")との名称を与えた。Kem Kem GroupはHamadian Super-group(ハマディアン超層群)の下部を占め、Upper unitはDouira Fromation、Lower unitはGara Sbaa Formationと名付けられた(南域、Kem Kem)(ちなみに、Carcharodontosaurus saharicusのネオタイプ標本はDouira Formation由来, Deltadromeus agilisのホロタイプ標本はGara Sbaa Formation由来ということになる) (Sereno et al., 1996)。Lower unitからUpper unitへの岩相の変化は、幅広く大きな河川からデルタ地帯へと移行することによって起きたと考えられている。なお、中部域(Tinghir)では対応する地層としてAoufous FormationとIfezouane Formationが、北域(Anoual)ではDeckar 3 FormationとDeckar 2 Formationがそれぞれ存在している(Ibrahim et al., 2020のTable. 7を参照のこと)。一時期、Kem Kem地域のUpper unitおよびLower unitを指す名称としてAoufous FormationIfezouane Formationを採用する動きがみられたが(Cavin et al., 2010)、異なる地域の地層名を用いることにIbrahim et al. (2020)は反対している。一方、Kem Kem Groupという名称自体は、同報のTable.7に掲げられた"Central and Eastan Morocco"全域の地層を指す用語として定義されている。なお、Hamadian Super-groupの上部を占めるのはAkrabou Formation (Turoninan) である。

 さて、マーケットに流通しているKem Kem bedsの化石は、殆どの場合どの層準から得られたものかについての情報が失われている(筆者調べ)。これは研究遂行上の大きな不利となるにも関わらず、これまでにマーケット由来の化石を用いた研究がいくつも報告されている。Sauroniopusのホロタイプとして指定された標本(後述するように、IbrahimらはCarcharodontosaurusのジュニアシノニムと見なしている)はマーケット由来の化石であるし(Cau et al., 2012; Cau et al., 2013)、Spinosauridaeの方形骨に2つの形態型があることを報告した研究(Hendrickx et al., 2016)、Abelisauridaeの腸骨を報告した研究 (Zitouni et al., 2019) も同様である。Spinosaurusのネオタイプ標本も地元の採集者(明記されてはいないが業者であろう)によって発見されたものである(Ibrahim et al., 2014; Supplementary materialsを参照)。Holwerda et al. (2018) はKem Kem beds由来の竜脚類遊離歯を記載しているが、標本の出自については詳しい記載はない。その代わり、標本に付与された産地名の正誤を議論しており、やはり研究者が直接採集したものではないようである(私見)。また、我が国の研究者が関わった例としては、Spinosauridaeのエナメル表面の装飾についての報告 (Hasegawa et al. 2010)やSomphospondyliと思しきTitanosauriformesの脊椎骨と坐骨の報告 (Lammana & Hasegawa, 2014)が挙げられる[註2]。近年ではモロッコ政府の許可を得て標本を持ち出すことが求められているようであり (Hendrickx et al., 2016)、今後のマーケットの在り方にも影響を与える可能性がある。

 

SUMMARY #1

  1. Tegana formationやKem Kem formationという用語は存在せず、Kem Kem bedsあるいはKem Kem Groupと呼ぶのが適当である。
  2. Kem Kem Groupは河川堆積物であり、上部(=Douira fromation)、下部(=Gara Sbaa formation)に分けられる。
  3. Kem Kem Group産の化石はマーケットに多数流出しており、商業目的の標本を基にした研究も存在する。


2. 恐竜の遊離歯

  さて、このKem Kem Groupは多数の脊椎動物化石を産することで知られている(Ibrahim et al., 2020)。恐竜類の歯に関する報告例としては、Sereno et al. (1996) はCarcharodontosaurusの骨格とともにその独特な皴を持つ歯を、Kellner & Mader (1997) はSpinosauridaeと竜脚類の遊離歯を、Mahlar (2005)はAbelisauridaeの上顎骨とそこに残された1本の歯を、Amiot et al. (2005)はCarcharodontosauridaeとDromaeosauridaeとされる遊離歯を、Hasegawa et al. (2010)はSpinosauridaeの遊離歯とそのエナメル表面の微細構造を、Richter et al. (2013) はSpinosauridae, Carcharodontosauridae, Abelisauridae, そしてDromaeosauridaeとされる遊離歯を、Holwerda et al. (2018) はTitanosauriformesとRebbachisauridaeの遊離歯を報告している。Ibrahim et al. (2020)は、これらの先行研究で報告のある遊離歯のほぼすべてに言及するとともに、新たに鳥盤類とされる1本の遊離歯を報告している。なお、Evans et al. (2015) や Hendrickx et al. (2016)はこのうちDromaeosauridaeとされる遊離歯について、Noasauridaeのものである可能性を指摘している。Hendrickxらは、獣脚類の遊離歯の系統推定法を提案しているのだが(Hendrickx & Mateus, 2014; Hendrickx et al., 2014; Hendrickx et al., 2015; Hendrickx et al., 2019; Hendrickx et al., 2020)、このDromaeosauridae様の歯についてはまだ解析が行われた訳ではない。産出する遊離歯の構成からは、「獣脚類と竜脚類が主体で、なおかつ獣脚類遊離歯の大多数がSpinosauridae」という特徴的な構成が見て取れるであろう。次項からはこれらの先行研究について、鳥盤類、竜脚類、獣脚類の各系統ごとにレビューする。

 

3. 鳥盤類の歯 (Ibrahim et al., 2020)
2020年まで鳥盤類の歯は一切報告がなかったが、Ibrahim et al. (2020)は一本の遊離歯を鳥盤類のものとして報告した。筆者が15年以上に渡って化石マーケットを調査してきた限り、これと同様の遊離歯に遭遇したことはただの一度もない。この唯一の歯はDouira Formationから産出したもので、歯冠高 1 cm程度の亜三角形型subtriangularである。正中にprimary ridge、その両側に6つのdenticleがあり、中心から辺縁に行くにしたがって小さくなっている。Ibrahim et al. (2020) は、Scutellosaurusの歯との比較から、この遊離歯を基盤的な装盾類のものではないかと主張している。ただし、この同定についてはあくまでも暫定的なものと捉えておくべきであろう(私見)。Ibrahim et al. (2020)も指摘しているが、ニジェールの白亜系からも一応は装盾類の報告がある(Ridgwell & Sereno, 2010)。だがこれは学会発表の抄録に過ぎず、査読付き論文は未だに発表されていない。なお、鳥脚類についはDouira Formationから足跡が発見されているが(Sereno et al., 1996)、骨、歯ともに本体は一切発見されていない。こうした状況から考えて、鳥盤類の化石は極めて稀と言って良い。

SUMMARY #2

  1. Kem Kem Groupからは鳥盤類の化石は殆ど発見されていない。
  2. 現時点(2020年)で報告されている唯一の鳥盤類は、基盤的装盾類らしき1本の遊離歯(Ibrahim et al., 2020)のみである。
  3. 上記2の同定の妥当性については、今後も検討を続けていく必要がある。


4. 竜脚類の歯 (Holwerda et al. 2018; Morhptyope I と Morphotype II)

  大きく分けて2つの形態型が産する(Holwerda et al., 2018; Ibrahim et al., 2020)。Holwerda et al. (2018)は、Kem Kem Group産の歯(および隣接するアルジェリアの相当する地層から産した歯)を2つの形態型に分類した。これらはどちらも円筒型の歯であり、いわゆるSpoon-like teeth/Spatulate teeth (Calvo, 1994 ; Upchurch, 1998)は発見されていない。18本のうち13本(72%) が 属するMorphptype Iは、高SI, 高CIで特徴づけられ、エナメルの皺が目立ち(平滑な表面を持つ場合も存在する)、近心遠心それぞれにcarinaを認め、唇側へ凸となり、apexは僅かに遠心へ傾く(SI・CIなどについては、下記リンクの過去エントリーも参照)。この72%という割合をもって真の産出比率とするのは早計であろうが、マーケットを観察する限りではMorphotype Iが主流である。横断面は亜円筒型subcylindrical からレモン型 lemon-shapedを示す。ただし、この形態型の中にも様々なバリエーションが存在することが知られている(後述)。この形態型は、例えばTambatitanisの歯(Saegusa & Tomida, 2011; Fig. 2DおよびE)に類似している (ただし、Holwerda et al., 2018は、Tambatitanisの歯との直接比較は行っていない)。彼らは他の白亜紀の竜脚類との比較から、Mophotype IがTitanosauriformesのものであろうこと、non-Titanosauria TitanosauriformesとTitanosauriaの両方が含まれる可能性を指摘している。一方、Morphotype IIは、唇側-舌側方向に見るとMorphotype Iよりも長方形に見え(Rectangular)、apexに向かって歯が先細りせず、ときに唇側・舌側両方に咬耗面が発達する。このMorphotype IIは細部において異なるものの、Kellner & Mader (1997) がRebbachisauridaeとした歯に類似の形態を持つ。また、Morphotype IIは、RebbachisauridaeのNigersaurusの歯と類似しており、咬耗面のでき方も似ている (Sereno & Wilson, 2005; Fig. 5.7)。Nigersaurusの歯には、歯冠の長軸に対してより高い角度で交わるexternal wear facet (ewf)と、より低い角度で交わるinternal wear facet(iwf)が形成される。Ibrahim et al. (2020)のFig. 107に挙げられている標本もMorphotype IIと考えられるが、これは単一の咬耗面を持つ。注意したいのは、白亜紀末期のTitanosauriaの中にも、まるでRebbachisauridaeのような形態の歯が見られる事である。Morphotype Iはまだ基盤的なTitanosauriformesの面影が残っているが、それでもジュラ紀のそれに比べれば高SI化している。よく知られているように、細長い形状の歯 (=高SIの歯)は 竜脚類の系統で2回独立に進化した(Chure et al., 2010)。ひとつはRebbachisauridaeを含むDiplodocoideaの系統において、もう一つはTitanosauriaを含むTitanosauriformesの系統においてである。Kem Kem Groupの時代は両系統が同時に存在し、TitanosauriformesがどんどんSIを増大させてきた時期である。したがって、どちらの系統の遊離歯かを推定するためには慎重な形態学的検討を要する(私見)。

 

参考過去エントリー:https://ameblo.jp/catappledog22/entry-12622769441.html

 

 

図1:HolwerdaのMorphotype I (左側3点)と、Morphotype II (右端1点)。右端の歯冠高が31mm.

※将来の改定で図はスケールバー入りのものに入れ替え予定

 

  Holwerda et al. (2018) のMorphotype IおよびIIと思われる遊離歯を図1に示す。

 図1の左端は、Holwerda et al. (2018) の Fig. 3A, PIMUZ A/III 0823aと同様の形態型と考えられる。しかし、図1に掲げたものは表面のエナメルが失われている。そのため、先に引用したMorphotype Iの特徴の全ては確認できない。

 図1左から2番目の歯は、Holwerda et al. (2018)の Fig. 3E, PIMUZ A/III 0823eと同様の形態型と考えられ、大きな楕円形の咬耗面が目立つ。Wiersma & Sander (2016) のType A咬耗である( = Saegusa & Tomida (2011) のType 3ないしType 4 に相当する咬耗)。

 図1左から3番目の歯は、Holwerda et al. (2018)のFig. 2D, BSPG 1993 IX 313Aと同様の形態型である。基部の横断面はovalで、よりapex側に行くにつれてレモン状lemon-likeとなる。こちらもWiersma & Sander (2016)のType A咬耗を認める。BSPG 1993 IX 313Aでは言及がないが、Fig. 3GのPIMUZ A/III 0823gでは歯冠の回転(rotated)について指摘している。Chure et al. (2010)やD’Emic (2012)は、Titanosauriformes、特にBrachiosauridaeにおける上顎の歯冠の捻じれ(twist)に注目しているが、これと同様のものかについては、Holwerda et al. (2018)は明言していない。彼らは、いま比較として挙げたPIMUZ A/III 0823a, PIMUZ A/III 0823e, BSPG 1993 IX 313Aが前上顎骨歯、PIMUZ A/III 0823gが上顎骨歯ではないかと考えている。図1左から3番目に掲げたものはapexが画面の左側にシフトしており、こちらが遠位側とすれば右前上顎骨歯由来と推定される。

 最後に、図1の右端は、Holwerda et al. (2018)のFig. 3I, PIMUZ A/III 0823iに酷似している。舌側・唇側どちらにも咬耗が認められる(iwf & ewf)。ただし、こと図1右端の歯に限って言えば、Nigersaurusと比較してewfの角度が浅すぎる(私見)。この形態型は単一の咬耗面のみを持つ場合も多い(Ibrahim et al., 2020)。

  Kem Kem GroupからはTitanosauriformes/TitanosauriaおよびRebbachisauridaeの骨格の一部が発見されている(Mannion, & Barrett, 2013; Lammana & Hasegawa, 2014; Wilson & Allain, 2015; Ibrahim et al., 2016; Holwerda, 2020)。大きく2つの形態型に分けられた遊離歯は、これらの断片的な骨格から得られた知見と矛盾しない。Rebbachisauridaeの由来となっているRebbachisaurus garasbae は、Kem Kem Groupで唯一学名の与えられた竜脚類である。筆者の知る限り、マーケット上の竜脚類遊離歯の大部分がRebbachisaurus属のものとして無批判に扱われてきた。しかし、そのほとんどはRebbachisauridaeの特徴を持っておらず、HolwerdaのMorphotype I(=Titanosauriformes型)であることを指摘しておきたい。大まかに2系統の形態型があることには疑問の余地はないが、Holwerda et al.(2018)の解析した一連の標本のMorphotype IとIIへの振り分けの妥当性、歯列中の位置の同定の妥当性については、検討の余地があると思う(完全に私見)。

 

SUMMARY #3

  1. Kem Kem Groupから発見される竜脚類遊離歯の多くが"Titanosauriformes型"(Morphotype I)である。
  2. Nigersaurusの歯によく似た"Rebbachisauridae型" (Morphotype II)は比較的少数である。
  3. それぞれのMorphotypeが単一の属のみを代表するとは限らない。
  4. Kem Kem GroupからはSpatulate teeth型の竜脚類遊離歯は発見されていない。


5. 獣脚類の歯 (Richter et al., 2013; Morphotype MT 1a, b, c, MT 2, MT 3, MT 4)
   獣脚類の歯に関する報告は多数あるが、現時点ではRichter et al. (2013)が最も詳しい。彼らは合計37本の遊離歯を、定性的・定量的に記載している。定量的な解析には、Smith et al. (2005)の形態パラメータが用いられている(Smithらの原著および下記リンクの過去エントリーも参照)。ただし、原法とは異なっており、Smithらが用いたDAVG2, CA2を計算せずに正準判別分析を行っている。加えて、各形態型の違いを示すためにHotelling's T-squared testを行っている(これをこのような目的で使用すべきかどうかについては、議論の余地がある)。以下に述べる通り、最も多いのはSpinosauridaeの歯であり遊離全体の78%を占める。AbelisauridaeとDromaeosauridaeとされるものがそれぞれ8%で、残りの約5%がCarcharodontosauridaeである。これはマーケットに流通している遊離歯の頻度とほぼ一致する(私見)。

 

参考過去エントリー:https://ameblo.jp/catappledog22/entry-12606548941.html

 

   Richter et al. (2013)は遊離歯を4つの形態型に分類した。マーケットに流通している化石を見る限りおそらく未記載の形態型も存在するが(私見)、ここではRichterらが報告した形態型に絞って論じる。MT 1はよく発達した2本のカリナを持つ円錐型の歯であり、両カリナは歯冠基部にまで達する。この形態は、Stromer (2015)が記載した Spinosaurusのものに一致しているので、Spinosauridaeのものと考えられている。その独特な形態から、他の一般的な獣脚類とは異なり、魚食であったと考えられている。

   MT 1はさらに表面の装飾様式によってMT 1a, MT 1b, MT 1cの3つに細分されている。MT 1aが最も多く (60%)、舌側優位にリッジが発達する(Hendrickxらのteminologyを用いるならば、flute)(Hendrickx et al., 2015)。MT 1全体の22%を占めるMT 1bは両側でリッジがよく発達する。残り18%がMT 1cであり、リッジを欠いている(図2)。Richterらは、上記に述べたMT1のサブタイプが種差である可能性、種内のバリエーションである可能性にも言及しているが、当然のことながら遊離歯だけで結論を出すことはできない。in situの歯を保存しているBaryonyxIrritatorでは、一個体の中にこれらの形態型が混在していることが明らかとなっている (Ibrahim et al., 2020)。BaryonyxではMT 1a, c的なものが混在し、 IrritatorはMT 1b, c的なものが混在する。この知見をKem Kem GroupのSpinosauridaeに外挿するならば、少なくとも種内(個体内)のバラつきだけでも"サブモルフォタイプ"の存在を説明できる可能性がある。Ibrahim et al. (2020) はさらに、Spinosaurus属においてもFSAC-KK-7281とNHMUK R16665 (pm) は MT 1bが、 MSNM V4047 (pm)は MT 1cが、 NHMUK R16665とMSNM V4047 (mx)は MT 1a, cが、 失われたホロタイプ (d) では MT 1cが生えており、種内変異である可能性を主張している。もともとIbrahimらのグループは、Kem Kem bedsには単一のSpinosauridae(すなわちSpinosaurus属)しか存在しなかったという立場を取っており、SigilmassasaurusSpinosaurusのシノニムと考えている Ibrahim et al., 2014; Ibrahim et al., 2020)。勿論この問題は未だ決着していないと見るべきであるが、遊離歯形態から何かを主張できるような類のものではない(歯牙形態のバリエーションが種内変異か、種間変異か、同じような種内変異をもつ複数種が存在するのか、究極的には遊離歯のみで論じることができない)。Ibrahimらを援用するのであれば、MT 1はSpinosaurus属の遊離歯とすればよいし、保守的な立場を取るのであればSpinosauridaeとしておけばよい。

  より微視的なスケールでは、"veined enamel structure" (Hendrickx & Mateun, 2014; Hendrickx et al., 2015; Hendrickx et al., 2019)あるいは"irregular, elongated granular structure" (Hasegawa et al., 2010) と呼ばれる細かなエナメルの皺が見られる(マーケットの化石を見る限り、smoothなエナメルを持つ歯も存在する)。こうした独特な微細構造は、歯冠の強度を増すのに寄与しているのではないかとの見方もある(Hendrickx et al., 2019)。微細なエナメルの流れはカリナへ向かって合流し、蛇の肋骨のような文様"ribs of a snake"(原文のまま、Hasegawa et al., 2010) を形成する。カリナ上には狭い意味での鋸歯は存在しないが、"beaded carina"という細かな瘤が連なったような鋸歯様構造を示すことがある(Sues et al., 2002; Hendrickx et al., 2019)。この点は、明確に鋸歯化されているBaryonychinaeとは異なっている(例えば、Suchomimusの歯, Sereno et al., 1998)。しかし、多くの場合、MT 1のカリナは摩耗しており、beaded carinaを確認できないことのほうが多い(私見)。この構造の機能は分かっていないが、摩耗で失われている歯が大多数であることを考えると、何らかの機能を持っていたというよりも単に鋸歯の痕跡としてそこに存在しているだけかもしれない(完全に私見)。

 



図2::左からRichterのMorphotype MT 1a, MT 1b, MT 1c. 中央の歯の全高が88mm.
※将来の改定で図はスケールバー入りのものに入れ替え予定
 

   Richter et al. (2013) のMT 2は,典型的なziphodont型の歯であり、Kem Kem Groupから見つかっているCarcharodontosaurus saharicusのそれに似る (Sereno et al., 1996)。デンティクルの密度は遠心中央部DC = 10.5~11 (/5 mm),近心中央部 MC = 9~10 (/5 mm)である。歯の薄さの指標であるCBR = 0.3~0.49である。Carcharodontosaurusのネオタイプ標本の歯には、近心・遠心ともに非常に発達したmarginal undulationsが並んでいる(Sereno et al., 1996; Hendrickx et al., 2015)が、Richter論文でMT 2とされた2本にはそこまでのundulationsは目立たない。Richter et al. (2013) のFig. 8上段に掲げられている標本NMB-1673-Rでは、近心側の一部に深く刻まれたmarginal undulationsがみられるが、もう片方のNMB-1674-Rではそこまでではない。図3に示した歯は、MT 2とみられる遊離歯であるが、一番左側の歯には(全長には渡っていないものの)近心、遠心ともにmarginal undulationsをはっきりと観察できる。一方、中央および右側の歯では殆ど見えない。ニジェールのCarcharodontosaurus iguidensis はmarginal undulationsが遠心側基部に限られるという特徴があるが(Brusatte & Sereno, 2007)、こちらもC. iguidensis特異的なものではない可能性がある。こうしたエナメルの皺は、Carcharodontosauridaeに限らずさまざまなクレードで認められるため(Brusatte et al., 2007; Hendrickx et al., 2019)、単独では遊離歯の同定に有用ではない(それでもCarcharodontosaurusのネオタイプ標本のmarginal undulationsが、Kem Kem beds産の他のCarcharodontosauridaeの遊離歯を含む他のいかなる獣脚類よりも極端に発達していることは確かである)。Kem Kem bedsのCarcharodontosauridaeとしてはCarcharodontosaurusの他にSauroniopusが報告されているが、これは前頭骨のみという有り様で、Ibrahim et al. (2020)はその独立性を認めていない。

   なお、Carcharodontosaurusの前上顎骨は発見されておらず、前上顎骨歯の形態も直接的にはわかっていない。しかし、Acrocanthosaurusなどの近縁種では、前上顎骨歯を含むmesial teethはlateral teethよりも太く、遠心のカリナがlabially deflectedである (Hendrickx & Mateus, 2014; Hendrickx et al., 2019)。Kem Kem Bedsからもそのような特徴を持つ遊離歯は見つかっており、おそらくそれがCarcharodontosauridaeのmesial teethだと考えられる(私見)。

 

図3: RichterのMorphotype MT2. 左端の歯冠高が72mm. MT2はそれ以上のサブタイプには分けられていないが、図示するように歯列の位置によって歯冠高およびCHR (Crown height ratio; Smith et al., 2005) が変化する。mesial teethと見られる遊離歯も非公式には発見されているが、Richter et al. (2013)では記載されていない。

※将来の改定で図はスケールバー入りのものに入れ替え予定

 

  Richter et al. (2013) のMT 3、MT 4はそれぞれDromaeosauridae, Abelisauridaeのものとされている[註3]。どちらも遊離歯の8%を占めるが、マーケットを観察する限り、MT 4のほうが多いように思う(私見)。MT 4はほぼ直線的な遠心縁、遠心はapexに傾いたややフック状の鋸歯を持ち、blood grooveが発達する。DC = 13.5~15 (/5 mm), MC = 14~20 (/5 mm), CBR = 0.49~0.64 程度である。横断面はRichter et al., (2013)によればflattened ovalとされるが、lanceolate~lenticular (Hendrickx et al., 2014; Fig. A1E-F)といって良い。ただし、mesial teethでは横断面はD-shaped, J-shaped, Salinon-shaped (Hendrickx et al., 2014; Fig. A1あるいは Hendrickx et al., 2019; Fig. 13)となる。この形態の歯は、Rugopsに酷似した上顎骨と共に初めて報告された(Mahler, 2005; その際の形態学的な記載は満足のいくものではなかった)。その歯牙形態は、マダガスカルの上部白亜系から産出するMajungasaurusに極めて近い (Smith, 2007; Fanti & Therrien, 2007)。Abelisauridaeの歯は前記の特徴を共有しており、各地の遊離歯がこのクレードのものに同定されている(Smith & Lamanna, 2006; Smith & Dalla Vecchia, 2006; Hendrickx & Mateus, 2014)。Kem Kem bedsからは顎と遊離歯以外にも尾椎(Porchetti et al., 2011)、大腿骨 (Charenza & Cau, 2016)、腸骨 (Zitouni et al., 2019) の報告があり、Abelisauridaeが存在したことが強く示唆される。MT 4と思われる歯は、図4の左端のものから左端から4番目のものまでである。
  一方のMT 3はKem Kem bedsで最も小さな獣脚類遊離歯であり、Dromaeosauridaeのものとされている。歴史をさかのぼればAmiot et al., (2004)がDromaeosauridaeという遊離歯を報告したのが最初である。Kem Kem bedsにおけるDromaeosauridaeの存在を示唆する証拠は、実際のところこれらの遊離歯以外には存在しない。Richter et al. (2013)は、MT 3が「典型的なDromaeosauridaeの特徴を持っている」と言い切っている。彼らによれば、(1) 1~2 cmの小さな歯を持ち、(2) 側方に潰れた形態で、(3) 横断面はflat oval、(4) 遠心側はよく湾曲し(apexは基部の遠心端を超える)、(5) 近心・遠心のデンティクルは遠心の方が大きく(定量的な指標を用いれば、DSDI が1よりも大きい)、(6) 歯頸にくびれが存在すること、がMT 3が定性的にDromaeosauridaeと考えられる根拠である。

 

図4:RichterのMophotype MT4 (左側4点)とMorphotype MT3(右端1点). 右端の歯冠高が9mm.

※将来の改定で図はスケールバー入りのものに入れ替え予定

 

  しかし、上に挙げられた歯の特徴はDromaeosauridaeの専売特許とは限らず、Noasauridaeのものである可能性が議論されている(Hendrickx et al. (2016)のdiscussionを参照)。Kem Kem bedsからはDromaeosauridaeの骨格要素は発見されていない一方、複数のNoasauridaeの化石が知られている事実とも整合的である(Sereno et al., 1996; Ibrahim et al., 2020; Smyth et al., 2020)。Deltadromeusは頭骨は見つかっていないため直接的にその歯牙形態は知られていないものの、もし歯をもっていたとすれば[註4]、Masiakasaurusの歯 (Carrano et al., 2002; Fanti & Therrien, 2007)のような形態であったと考えられる。NoasauridaeとDromaeosauridaeの歯が類似していることについては、Fanti & Therrien (2007)が既に指摘しているし、Hendrickx & Mateus (2014) やHendrickx et al. (2019)の一連の研究でも明らかである。MT 3はCH = 10.0~15.5 cm程度と小さく、DC = 15~18 (/5 mm)、MC = 16~18.5 (/5mm) 、CBR = 0.42~0.5である。デンティクルはsubrectangular shapeでblood groovesは浅い。MT 3と思われる歯を図4の右端に示す。MT 4に比較して小型であること、ごく僅かではあるがapexが遠心基部を超えてさらに遠心側に向かっていることに注目したい(とはいえ、Richterらが報告している標本も含め、言うほど湾曲は強くないのである)。仮にMT 3がNoasauridaeの歯だとしても、Masiakasaurusのようにfluteを持つ歯は今のところ報告はない。

 

SUMMARY #4

  1. Kem Kem Groupから発見される獣脚類遊離歯の多くがSpinosauridaeのものである。
  2. Spinosauridae型の歯には複数のサブタイプがあるが、それは個体内/種内変異としても説明可能である。
  3. 遊離歯の解析だけでは、Kem Kem Groupに何種類のSpinosauridaeが存在したのかは結論できない。
  4. Ziphodont型の獣脚類遊離歯はSpinosauridae型のものに比べると相対的に産出が少ない。
  5. Ziphodont型の歯として、Carcharodontosauridae、Abelisauridae、そして疑問が残るがDromaeosauridaeのものが報告されている。
  6. Dromaeosauridae型の歯についてはNoasauridaeの可能性が議論されているが、未だ定説にはなっていない。

 

以上、駆け足ではあったが、Kem Kem Groupの恐竜類遊離歯について概観した。遊離歯の観察だけでも、最低でも6-7種類の恐竜類が生息していたことが推測できる。Kem Kem Groupから発見される遊離歯のうちの殆どにおいて、対応する分類群の骨が発見されている(例外はAmiotやRichterのいう"Dromaeosauridae型"の遊離歯であり、歯化石が唯一の証拠である)。Spinosaurusは歯牙形態から魚食であると考えられてきたが、近年ではその骨格から水棲適応が指摘されるようになっている。河川堆積物であるKem Kem GroupからSpinosauridaeの歯が大量に発見されることは、このような予測と矛盾しない。Spinosauridaeに比べると相対的に少数ではあるが、複数種の竜脚類 (Titanosauriformes, Rebbachisauridae) と複数種の中大型竜脚類 (Carcharodontosauridae, Abelisauridae) の遊離歯が産出する。こうした複数の竜脚類と複数の獣脚類は、一定の捕食-被食関係にあった可能性がある。発見される遊離歯のなかにNoasauridaeの歯が含まれるのか否かはまだ定まっていないが、もし"Dromaeosauridae型"と思われていたものがNoasauridaeの誤同定だったとすれば、頭骨が未発見のDeltadromeusが歯を持っていた可能性も出てくる。この形態型の歯については、Hendrickxらの方法 (2014)を適用することで従来とは異なる結論が導き出される可能性もあるが、現時点では行われていないので今後の課題である。

 

 

【アブストラクト脚註】

 

*いうまでもありませんが、本稿そのものが「非専門家による個人的な備忘録」に過ぎません。公開しておいてこのようなことを述べるのは甚だ矛盾ではありますが、本稿を鵜呑みにすることは全く推奨されません。Ibrahim et al. (2020), Cavin et al. (2010), Richter et al. (2013), Holwerda et al., (2018) などを読みこなせるならば本稿はほぼ無用の長物です。また、研究者によって異なる見解があり最終的な決着に至っていない事項も多いので、「正しい情報」という言葉の意味についても常に省察すべきであると考えます。

 

**筆者と同じく一般市民が執筆したと思われる文章では、どの研究者の立場を援用して述べているのか追跡できないことが多いと思います。本サイトは、可能な限りトレーサビリティを確保し、ファクトチェックやアップデートが容易になるよう努めましたが、不十分なところがあるかも知れません。

 

***なお、このサイトでは一切のコメントやお問い合わせを受け付けていません。ご質問、ご意見、誤りのご指摘などはこちらまで:https://twitter.com/catappledog 

 

【本文脚註】

 

註1: さらにこれらはHolwerda et al. (2018)を踏まえるとRebbachisauridaeの遊離歯ではない可能性もある。

 

註2:お察しの通りどちらも群馬県立自然史博物館の紀要に掲載されたものである。

 

註3:いまでは当たり前のように「Abelisauridaeの歯」と呼称されているが、Richter et al. (2013)よりも以前に、我々はこの歯が既知のAbelisauridaeのものに近い形態を持つことを定性的・定量的に示した。これはおそらく、一般コレクターとしては国内はおろか、英語圏含めても初めてであったと思う。

 

註4:Noasauridaeは歯を欠く場合もあり得る。

 

【参考文献】

 

Sereno, P. C., Dutheil, D. B., Iarochene, M., Larsson, H. C., Lyon, G. H., Magwene, P. M., ... & Wilson, J. A. (1996). Predatory dinosaurs from the Sahara and Late Cretaceous faunal differentiation. Science272(5264), 986-991.

*Deltadromeusの記載論文。Carcharodontosaurusのネオタイプ標本についても記載している。このネオタイプ標本の歯には、異様なまでに発達したmarginal undulationsが存在する。Serenoらは、これらの化石を産した地層に対して"Kem Kem beds"という通称を用いた。

 

Cavin, L., Tong, H., Boudad, L., Meister, C., Piuz, A., Tabouelle, J., ... & Hua, S. (2010). Vertebrate assemblages from the early Late Cretaceous of southeastern Morocco: an overview. Journal of African Earth Sciences57(5), 391-412.

*Kem Kem bedsに関する総説

 

Richter, U., Mudroch, A., & Buckley, L. G. (2013). Isolated theropod teeth from the Kem Kem beds (early Cenomanian) near Taouz, Morocco. Paläontologische Zeitschrift87(2), 291-309.

*Kem Kem bedsから産出する獣脚類の遊離歯の分類と解析、4つの形態型に分類している

 

Holwerda, F. M., Díaz, V. D., Blanco, A., Montie, R., & Reumer, J. W. (2018). Late Cretaceous sauropod tooth morphotypes may provide supporting evidence for faunal connections between North Africa and Southern Europe. PeerJ6, e5925.

*Kem Kem bedsの竜脚類の遊離歯の分類。

 

Ibrahim, N., Sereno, P. C., Varricchio, D. J., Martill, D. M., Dutheil, D. B., Unwin, D. M., ... & Kaoukaya, A. (2020). Geology and paleontology of the Upper Cretaceous Kem Kem Group of eastern Morocco. ZooKeys928, 1.

*Kem Kem bedsについてのモノグラフ。大変長く、大変詳しい。非専門家が精読するには覚悟がいると思う。筆者はSpinosaurusの新復元で有名なIbrahim。彼らは一貫してSigilmassasaurusSpinosaurusのシノニムと考えている。


Cau, A., Dalla Vecchia, F. M., & Fabbri, M. (2012). Evidence of a new carcharodontosaurid from the Upper Cretaceous of Morocco. Acta Palaeontologica Polonica57(3), 661-665.

*後にSauroniopsとして記載される化石に関する最初の報告。

 

Cau, A., Dalla Vecchia, F. M., & Fabbri, M. (2013). A thick-skulled theropod (Dinosauria, Saurischia) from the Upper Cretaceous of Morocco with implications for carcharodontosaurid cranial evolution. Cretaceous Research40, 251-260.

*Sauroniopsの記載論文。非常に断片的な化石(左前頭骨)に対して命名。オンラインでの出版は2012年。

 

Hendrickx, C., Mateus, O., & Buffetaut, E. (2016). Morphofunctional Analysis of the Quadrate of Spinosauridae (Dinosauria: Theropoda) and the Presence of Spinosaurus and a Second Spinosaurine Taxon in the Cenomanian of North Africa. PLoS One11(1), e0144695.

*Kem Kem bedsのSpinosauridaeの方形骨に2つのモルフォタイプがあると報告。また、Richter et al. (2013)が報告した獣脚類の歯のうちMorphotype "MT 3"がDromaeosauridaeではなくNoasauridaeなのではないかと議論している。

 

Zitouni, S., Laurent, C., Dyke, G., & Jalil, N. E. (2019). An abelisaurid (Dinosauria: Theropoda) ilium from the Upper Cretaceous (Cenomanian) of the Kem Kem beds, Morocco. Plos One14(4), e0214055.

*Kem Kem bedsからAbelisauridの骨盤の報告

 

Ibrahim, N., Sereno, P. C., Dal Sasso, C., Maganuco, S., Fabbri, M., Martill, D. M., ... & Iurino, D. A. (2014). Semiaquatic adaptations in a giant predatory dinosaur. Science345(6204), 1613-1616.

*Spinosaurusのネオタイプ標本

 

Evans, D. C., Barrett, P. M., Brink, K. S., & Carrano, M. T. (2015). Osteology and bone microstructure of new, small theropod dinosaur material from the early Late Cretaceous of Morocco. Gondwana Research27(3), 1034-1041.

*Dromaeosauridaeの歯とされるものはNoasauridaeのもの?

 

Hasegawa, Y., Tanaka, G., Takakuwa, Y., & Koike, S. (2010). Fine sculptures on a tooth of Spinosaurus (Dinosauria, Theropoda) from Morocco. Bulletin of Gunma Museum of Natural History14, 11-20.

*Kem Kem bedsのSpinosauridaeの遊離歯のエナメルの装飾に関する記載。マーケット由来の化石を用いている。群馬県立自然史博物館の研究報告である。かの長谷川名誉館長がツーソンショーで購入したもの...と普通に書いてある。

 

Sues, H. D., Frey, E., Martill, D. M., & Scott, D. M. (2002). Irritator challengeri, a spinosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Lower Cretaceous of Brazil. Journal of Vertebrate Paleontology22(3), 535-547.

 

Lamanna, M. C., & Hasegawa, Y. (2014). New titanosauriform sauropod dinosaur material from the Cenomanian of Morocco: implications for paleoecology and sauropod diversity in the Late Cretaceous of north Africa. Bulletin of Gunma Museum of Natural History18, 1-19.

*Kem Kem bedsのTitanosauriformesの脊椎骨と坐骨。マーケット由来の化石を用いている。群馬県立自然史博物館の研究報告である。

 

Kellner, A. W., & Mader, B. J. (1997). Archosaur teeth from the Cretaceous of Morocco. Journal of Paleontology71(3), 525-527.

*Kem Kem bedsの遊離歯化石(SpinosauridaeとSauropod)の報告

 

Mahler, L. (2005). Record of abelisauridae (Dinosauria: Theropoda) from the Cenomanian of Morocco. Journal of Vertebrate Paleontology25(1), 236-239.

*Kem Kem bedsにおけるAbelisauridの上顎骨と歯の最初の報告

 

Amiot, R., Buffetaut, E., Tong, H., Boudad, L., & Kabiri, L. (2005). Isolated theropod teeth from the Cenomanian of Morocco and their palaeobiogeographical significance. Revue de Paléobiologie23(SPECIA), 143-149.

*Kem Kem bedsからCarcharodontosaurusとDromaeosauridaeの遊離歯を報告している。

 

Hendrickx, C., & Mateus, O. (2014). Abelisauridae (Dinosauria: Theropoda) from the Late Jurassic of Portugal and dentition-based phylogeny as a contribution for the identification of isolated theropod teeth. Zootaxa3759.

*系統解析の手法を用いた獣脚類遊離歯の解析

 

Hendrickx, C., Mateus, O., & Araújo, R. (2014). The dentition of megalosaurid theropods. Acta Palaeontologica Polonica60(3), 627-642.

*Megalosauridaeの歯の定量的解析および系統学的解析

 

Hendrickx, C., Mateus, O., & Araújo, R. (2015). A proposed terminology of theropod teeth (Dinosauria, Saurischia). Journal of Vertebrate Paleontology35(5), e982797.

*Hendrickxらによる獣脚類の歯の形態を記述する用語の提案

 

Hendrickx, C., Mateus, O., Araújo, R., & Choiniere, J. (2019). The distribution of dental features in non-avian theropod dinosaurs: Taxonomic potential, degree of homoplasy, and major evolutionary trends. Palaeontologia Electronica22(3).

*Hendrickxらによる獣脚類の歯の形質のまとめ

 

Hendrickx, C., Tschopp, E., & d Ezcurra, M. (2020). Taxonomic identification of isolated theropod teeth: The case of the shed tooth crown associated with Aerosteon (Theropoda: Megaraptora) and the dentition of Abelisauridae. Cretaceous Research108, 104312.

*HendrickxらによるAbelisaridaeの歯の解析

 

Ridgwell, N., & Sereno, P. C. (2010). A basal thyreophoran (Dinosauria, Ornithischia) from the Tiouraren Formation of Niger. In 70th Annual Meeting of the Society of Vertebrate Paleontology, Pittsburgh, PA, Program and Abstracts A (Vol. 150).

*ニジェールから基盤的装盾類化石を発見したとする報告。学会のアブストラクトであり査読付き論文ではない。

 

Calvo, J. O. (1994). Jaw mechanics in sauropod dinosaurs. Gaia10, 183-193.

 

Upchurch, P. (1998). The phylogenetic relationships of sauropod dinosaurs. Zoological Journal of the Linnean Society124(1), 43-103.

 

Sereno, P. C., & Wilson, J. A. (2005). Structure and evolution of a sauropod tooth battery. The sauropods: evolution and paleobiology157, 177.

*Nigersaurusの歯牙形態

 

Chure, D., Britt, B. B., Whitlock, J. A., & Wilson, J. A. (2010). First complete sauropod dinosaur skull from the Cretaceous of the Americas and the evolution of sauropod dentition. Naturwissenschaften97(4), 379-391.

*Abydosaurusの記載論文だが、竜脚類の歯の進化、Brachiosauridaeにおける歯冠の捻じれtwistについて言及している。

 

D’Emic, M. D. (2012). The early evolution of titanosauriform sauropod dinosaurs. Zoological Journal of the Linnean Society166(3), 624-671.

*Brachiosauridaeにおける歯冠の捻じれtwistについて言及している。

 

Mannion, P. D., & Barrett, P. M. (2013). Additions to the sauropod dinosaur fauna of the Cenomanian (early Late Cretaceous) Kem Kem beds of Morocco: palaeobiogeographical implications of the mid-Cretaceous African sauropod fossil record. Cretaceous Research45, 49-59.

*Kem Kem bedsの断片的な竜脚類化石(神経弓および尾椎)。somphospondyliとrebbachisauridaeと見られるもの

 

Wilson, J. A., & Allain, R. (2015). Osteology of Rebbachisaurus garasbae Lavocat, 1954, a diplodocoid (Dinosauria, Sauropoda) from the early Late Cretaceous–aged Kem Kem beds of southeastern Morocco. Journal of Vertebrate Paleontology,35(4), e1000701.

*Rebbachisaurusの詳細な記載  **

 

Ibrahim, N., Dal Sasso, C., Maganuco, S., Fabbri, M., Martill, D. M., Gorscak, E., & Lamanna, M. C. (2016). Evidence of a derived titanosaurian (Dinosauria, Sauropoda) in the “Kem Kem beds” of Morocco, with comments on sauropod paleoecology in the Cretaceous of Africa. Cretaceous Period: Biotic Diversity and Biogeography71, 149-159.

*Kem Kem bedsの竜脚類の脊椎骨

 

Holwerda, F. M. (2020). Sauropod dinosaur fossils from the Kem Kem and extended ‘Continental Intercalaire’of North Africa: A review. Journal of African Earth Sciences163, 103738.

*Kem Kem bedsの竜脚類の総説

 

Stromer, E. (1915). Ergebnisse der Forschungsreisen Prof. E. Stromers in den Wüsten Ägyptens. II. Wirbeltier-Reste der Baharije-Stufe (unterstes Cenoman). 3. Das Original des Theropoden Spinosaurus aegyptiacus nov. gen., nov. spec. Abhandlungen der Königlich Bayerischen Akademie der Wissenschaften, Mathematisch-physikalische Klasse (in German). 28 (3): 1–32.

 

Smith, J. B., Vann, D. R., & Dodson, P. (2005). Dental morphology and variation in theropod dinosaurs: implications for the taxonomic identification of isolated teeth. The Anatomical Record Part A: Discoveries in Molecular, Cellular, and Evolutionary Biology: An Official Publication of the American Association of Anatomists285(2), 699-736.

 

Sereno, P. C., Beck, A. L., Dutheil, D. B., Gado, B., Larsson, H. C., Lyon, G. H., ... & Varricchio, D. D. (1998). A long-snouted predatory dinosaur from Africa and the evolution of spinosaurids. Science282(5392), 1298-1302.

*Suchomimus tenerensisの記載論文。歯の形態についても言及がある。

 

Brusatte, S. L., & Sereno, P. C. (2007). A new species of Carcharodontosaurus (Dinosauria: Theropoda) from the Cenomanian of Niger and a revision of the genus. Journal of Vertebrate Paleontology27(4), 902-916.

*Carcharodontosaurus iguidensisの記載論文。歯の形態についても言及がある。

 

Brusatte, S. L., Benson, R. B., Carr, T. D., Williamson, T. E., & Sereno, P. C. (2007). The systematic utility of theropod enamel wrinkles. Journal of vertebrate Paleontology27(4), 1052-1056.

*獣脚類の歯に見られる皺についての解析。Carcharodontosaurusに限られるわけではない。

 

Smith, J. B. (2007). Dental morphology and variation in Majungasaurus crenatissimus (Theropoda: Abelisauridae) from the Late Cretaceous of Madagascar. Journal of Vertebrate Paleontology27(S2), 103-126.

*Majungasaurusの歯列を包括的かつ定量的に記載した報告

 

Fanti, F., & Therrien, F. (2007). Theropod tooth assemblages from the Late Cretaceous Maevarano Formation and the possible presence of dromaeosaurids in Madagascar. Acta Palaeontologica Polonica52(1).

*マダガスカル島の上部白亜系産の獣脚類遊離歯の解析。Majungasaurusなどを同定。

 

Smith, J. B., & Lamanna, M. C. (2006). An abelisaurid from the Late Cretaceous of Egypt: implications for theropod biogeography. Naturwissenschaften93(5), 242-245.

*エジプトからAbelisauridの遊離歯の報告

 

Smith, J. B., & Dalla Vecchia, F. M. (2006). An abelisaurid (Dinosauria: Theropoda) tooth from the Lower Cretaceous Chicla Formation of Libya. Journal of African Earth Sciences46(3), 240-244.

*リビアからAbelisauroidの遊離歯の報告

 

Porchetti, S. D. O., Nicosia, U., Biava, A., & Maganuco, S. (2011). New abelisaurid material from the Upper Cretaceous (Cenomanian) of Morocco. Rivista Italiana di Paleontologia e Stratigrafia117(3), 463-472.

*Kem Kem bedsからAbelisauridと思われる尾椎の報告

 

Chiarenza, A. A., & Cau, A. (2016). A large abelisaurid (Dinosauria, Theropoda) from Morocco and comments on the Cenomanian theropods from North Africa. PeerJ4, e1754.

*Kem Kem bedsからAbelisauridの大腿骨の報告

 

Smyth, R. S., Ibrahim, N., Kao, A., & Martill, D. M. (2020). Abelisauroid cervical vertebrae from the Cretaceous Kem Kem beds of Southern Morocco and a review of Kem Kem abelisauroids. Cretaceous Research108, 104330.

*Abelisauroidの頸椎の報告

 

Carrano, M. T., Sampson, S. D., & Forster, C. A. (2002). The osteology of Masiakasaurus knopfleri, a small abelisauroid (Dinosauria: Theropoda) from the Late Cretaceous of Madagascar. Journal of Vertebrate Paleontology22(3), 510-534.

*Masiakasaurusの歯を含む骨学的記載

 

【未引用の参考文献】

 

Cau, A., & Maganuco, S. (2009). A new theropod dinosaur, represented by a single unusual caudal vertebra, from the Kem Kem Beds (Cretaceous) of Morocco. Atti Soc Ital Sci Nat Milano150, 239-257.

*Kemkemiaの記載。現在ではTheropodとは考えられておらず、Crocodyliformと思われる。

 

Smith, J. B., Lamanna, M. C., Askar, A. S., Bergig, K. A., Tshakreen, S. O., Abugares, M. M., & Rasmussen, D. T. (2010). A large abelisauroid theropod dinosaur from the Early Cretaceous of Libya. Journal of Paleontology84(5), 927-934.

*リビアからAbelisauroidの骨格要素の報告

 

【COI】 本稿に関して、開示すべきCOIはありません。

 

 

マダガスカル島のIsalo IIIb subunit (ないし、Isalo III Formation/Sakahara Formation)からは、多様な形態の竜脚類遊離歯が発見されている。その持ち主のひとつと思われる新属新種のTuriasauriaが、最近正式に記載された。本稿ではそれに関連し、同層の竜脚類の歯牙形態に関する論文を(ごくごく簡単に)レビューしておきたい。

 

最古のTuriasauria: Narindasaurus theveniniの記載

 去る2020年9月3日、マダガスカル島のIsalo III formation (Bathonian, Jurassic)から産出した竜脚類の断片的な化石が、新属新種Narindasaurus theveniniとして記載された(Royo-Torres et al., 2020)[1]。この化石自体はなにも新しく発見されたものではなく、19世紀に採集された古の標本である。いわゆる「マダガスカルの'Bothriospondylus'」とされていたもので、Mannion (2009) のFig. 4に掲げられている標本 [2] がそれである。Mannion論文の図自体がThevenin (1907)からの引用 [3]であり、小種名は彼へ献名されたものだ。我々の主たる関心は恐竜の歯牙形態なので、骨格についての記載は原著を参照されたい。標本は非常に断片的なので懐疑的な向きもあるかもしれないが、今回の系統解析により、Narindasaurusは「最古のTuriasauria」として位置づけられた(TuriasauriaについてはRoyo-Torres et al., 2006も参照のこと[4])。タイプ標本は尾椎、血道弓、尺骨(Royo-Torres et al., 2020; Fig. 17には含まれない)、脛骨 腓骨、恥骨、そして一本の断片的な歯 (MNHN MAJ 423; right premaxillary-maxillary tooth) を含む。この歯は近心側基部を中心に大きく欠損しており、公表されている画像のみで正確な形態を把握するのが難しいかもしれない(私見)。Mannion (2009)においてこの歯は"spatulate tooth"と形容されたが、Narindasaurusの記載論文では"heart-shaped tooth"と再解釈されている。この最新の研究ではスペインのLosillasaurus giganteus 新標本も詳細に記載されており、Turiasauriaの歯列に関する理解が格段に進んだ(Royo-Torres et al., 2020; Fig. 1-6)。

 

竜脚類の歯の形態学

 竜脚類の歯を形容する用語を少し整理しておきたい。有名な仕事であるが、Calvo (1994)は竜脚類の歯を(1) Spoon-like teeth、(2 ) Compressed cone-chisel-like teeth、(3) Peg-like teeth、(4) Chisel-like teethの4つに分類している[5](具体的な形態については原著を参照のこと)。一方、Upchurch (1998)は(1) Spatulate teeth、(2) Parallel-sided teethに大別している (Upchurchの系統解析に用いられた形質C71を参照のこと)[6]。ちなみにこのUpchurch論文は、竜脚類の歯牙形態学における最も素朴な定量的指標、Slenderness index (SI) を導入したことでも知られる(SI = 歯冠の高さ÷歯冠の最大の近心-遠心幅)。Spatulate teethは相対的に低SI、Parallel-sided teethは高SIを示すことが知られている。Upchurchの定義では、Diplodocoideaで見られるPeg-like teethも、Basal Titanosauriformes/Brachiosauridaeで見られるCompressed cone-chisel-like teethも、近心・遠心の辺縁が平行に近くなっていることから、Parallel-sidedと見なされる。なお、Spoon-like teethはほぼSpatulate teethのことであり、代表格はCamarasaurusである(Upchurch, 1998; 原文のまま引用すると、 'spatulate' teeth are those which expand mesiodistally from the base, reaching maximum width at approximately 1/3 to 1/2 of crown height.という定義がある。つまり、最大幅に達するのが歯冠高の半分よりも基部側ということになる)。Chisel-like teethはNemegtosaurusなどのTitanosauriaにおいて見られる形態である。Calvo分類ではPeg-likeとChisel-likeが別々の形態型とされているのだが、この話題については別稿で取り上げる。

 その後、ポルトガルの上部ジュラ系の竜脚類歯化石を包括的に記載したMocho et al. (2017)[7]は、同地域の竜脚類遊離歯を(1) Heart-shaped teeth、(2) Compressed cone-chisel-shaped teeth、(3) Spatulate teeth、(4) Pencil-shaped teethの4つの分類した(Mocho et al., 2017; Fig. 3を参照のこと)。ここで、Pencil-shapedはPeg-likeと同様の形態と見做してよい。このうちHeart-shaped teethはそれ以前のterminologyを用いるのであればSpatulateないしSpoon-like teethに含まれるべきものであるが、Mochoらはこれを独立した形態型として分類した[6]。ただ、Heart-shaped teethという形態自体は新しく認知されたものではない。まだ19世紀中ごろ、(日本では天保の改革真っ只中の事であるが)、イギリスのForest Marble Formation (Bathonian)から発見された竜脚類の遊離歯がCardiodon rugulosus (Owen 1841)と命名されている [8]。 これは名前からして"Heart-shaped tooth"であり、今日的にもそのように見做される。実はこのHeart-shaped teethこそがTuriasauriaの歯の特徴と考えられるようになってきており、ポルトガル上部ジュラ系のHeart-shaped teethはTuriasauriaの歯と同定されている[7,9]。

 

マダガスカル島の竜脚類遊離歯

  マダガスカル島のIsalo III formationからは、多様な形態の竜脚類の歯が産出する (Bindellini & Dal Sasso, 2019)[10]。Bindelliniらによる遊離歯の解析により、当時ここに基盤的なTitanosauriformesが存在したことが示唆されている(もっと言うとBrachiosauridaeの可能性もある)。Bindelliniらは、遊離歯の形態をMorphotype J1からJ8の8つに分類した。J1とJ2が今回の主題であるheart-shaped spatulate teethであり、J2はJ1と同様の形態だがより小さい(下図1A-Eも参照のこと)。この2つの形態型は仮説的なひとつのタクソンTaxon Aに由来するものと推測され、"Mamenchisauridaeよりも派生的だがTitanosauriformesやDiplodocoideaには属さないもの"とされた。論文中ではTuriasauriaとの類似性も言及されている。同様に、J3, J6, J7はTaxon B (基盤的なBrachiosauridaeまたはTitanosauriformes)、J4, J5はTaxon C (基盤的なnon-neosauropod Eusauropodaで、おそらくArchaeodontosaurus descouensiのもの[11]), そしてJ8はTaxon D (Diplodocoidea[Dicraeosauridae?] か、可能性は低いがTitanosauria) と暫定的に同定されている[註A]。おそらくこのJ1/J2 (Taxon A)の一部または全部が、Narindasaurusのものなのだろう。ここではHeart-shaped spatulate/Heart-shaped teethがどのような特徴を持ち、どのように他の形態型から区別されるのかについて確認しておきたい。

 Bindelliniらは、SIとともにCompression index (CI) についても評価している(CI = 歯冠の唇側-舌側幅÷歯冠の近心-遠心幅)[12]。この形態パラメータは、歯が唇側-舌側方向にどの程度"潰れた"形をしているかを反映する。定義から、小さい値ほど扁平な形状となる。Morphotyope J1/J2 (Taxon A)は、定量的には低SI, 低CIで特徴づけられる形態型である。横断面は潰れたD字型をしており、舌側には近心縁/遠心縁附近のそれぞれに浅い凹みgroove (lingual groove, lig)が存在し、歯の尖-基部方向に縦走している(図1A, C)。grooveに挟まれた領域はやや膨隆しており、lingual bulgeと呼ばれる。唇側にも遠心縁附近にgroove (labial groove, lag) が見られるが、同側近心のgrooveは若干不明瞭で存在しない場合もある(図1B)。また、歯のapex附近に数個のdenticuleが存在する場合があるが、しばしば咬耗で失われている。J1の歯根横断面の形状は図1Dに示した。

 

図1A: BindelliniのMorphotype J1に相当すると思われる遊離歯(舌側面)。Spatulate teethの中でも、特にHeart-shaped spatulateと呼ばれる形態のもの。向かって左側が近心側。近心側に明瞭なligが認められる。また、歯冠中央にはlingual bulgeが発達する。lig: lingual groove。

 

 

図1B: 同じくJ1と思われる遊離歯(唇側面)。遠心側(向かって左側)にlagを認める。表面にはエナメルの皺が見られる。lag: labial groove。

 

図1C: J1と思われる遊離歯の舌側面をapex側から見る。やや不明瞭だが、遠心側にもligが存在する。2つのligに挟まれる形で、bulgeが発達する。apexから近心縁にかけて咬耗が見られる。

 

図1D: J1と思われる遊離歯を歯根側から見る。ほぼ円形の横断面。画面上側が舌側。

 

図1E: J1と思われる遊離歯を近心側から見る。この標本は図1Aで見るように摩耗しているため、湾曲の評価については注意が必要である。画像の歯では、「歯冠の舌側面」は、「歯根舌側の輪郭線を歯冠側に延長した線」とほぼ重なっている(歯根が失われているので、観察する際の角度の制御が難しく、そのため不正確な結論を出している可能性はある)。一方Losillasaurusの歯骨歯を同じ方向から観察した場合、歯冠舌側面はより"唇側へ"寄っており、apexの位置が歯根の軸とほぼ一致して真っすぐ上方へ伸びて行く。以上から、(湾曲ははっきりしないものの)この遊離歯は上顎骨由来である可能性がある(本文を参照のこと)。

 

 このMorphotype J1/J2 (Taxon A)とまず区別すべきなのは、Toxon Bに括られるもののうち特にJ3であろう。J3のCIはJ1/J2とほぼ同等ないし僅かに大きい程度であるが、より高SIを示すとされる(これは私見だが、論文中で公表されている測定値は欠損データだらけなので、真のSIの平均値はもう少し低くなるかもしれない)。近心側のみにligがあり、近心遠心両方にlagがある。また一部の歯では、Brachiosauridaeの共有派性形質と考えられる「長軸方向に沿って歯冠が捻じれるtwisting crown」が認められる[13, 14] (歯冠横断面の形状は、やはりD字である)。しかしBindelliniらが指摘するように、この形態型は歯列のなかの様々な位置のものを含んでいるため、遠心の歯ではより寸胴な形態になる。そうした歯ではJ1との違いを慎重に比較すべきだろう。Bindelliniが指摘しているJ3の重要な特徴としては、(1)すべてのJ3は近心-遠心幅が最大を示すポイントが歯冠高の半分よりも上(apex側)にあること、(2)近心-遠心方向に見た際、歯冠中央付近で大きく舌側に湾曲すること、(3) 基部附近の領域では、平行なエナメルの皺が縦走するが、辺縁では皺が厚く分岐すること、などが挙げられる。

  Morphotype J4/J5 (Taxon C)も、J3ほどではないがJ1/J2に比べて高SIである。舌側にcentral ridgeがあり、辺縁には近心-遠心縁ともにdenticleが保存されている場合がある(これはBuffetautによるArchaeodontosaurus descouensiの原記載の通り)。なお、このJ4/J5が厳密にArchaeodontosaurus のタイプ標本と同形態なのかは、少々疑問の余地があるが、これも別稿にて議論したい。

 

ふたたび Narindasaurus theveniniの歯

以上の知見を踏まえて、もう一度タイプ標本の歯について考えてみたい。MNHN MAJ 423は、近心・遠心ともにligが確認でき、その間にbulgeが認められる(Royo-Torres et al., 2020; Fig. 17E)。また、近心側が欠けていて分かり難いが、lagもふたつあるように見受けられる。エナメルの皺は、BindelliniのMorphotype J3とは異なり、歯冠の基部においても不規則である(J3ではエナメルの皺が縦走)。以上から、Bindelliniの形態型に従って分類するとすれば、やはりMorphotype J1になると思われる。なお、Losillasaurusの歯列の観察から、Turiasauriaの上顎の歯(前上顎骨歯も含む)は舌側へ湾曲しているが、歯骨歯は"唇側へ向かって"比較的まっすぐに伸びていることが明らかになった[1] (Royo-Torres et al., 2020; Fig. 3,4, および本文を参照のこと。これは私見だが、近心-遠心方向から見た時、歯骨歯ではapexの位置が歯根の長軸とほぼ一致する...と考える方が分かりやすい)(図1E)。彼らはこの特徴を基に、Turiasauriaの歯が上顎由来か下顎由来かを区別できるとしている。Royo-Torres論文の本文中では、何故MNHN MAJ 423を上顎由来の歯と同定したのかについて一々言及がなかったかと思う。しかし、この法則性を基に考えれば、Turiasauriaの上顎の歯と考えて矛盾なかろう。

 

マダガスカル島のIsalo IIIb subunitに様々なクレードの竜脚類が存在したことが確実視されている一方で、骨格自体の発見・記載は不十分な状態が続いている。そのような状況でNarindasaurusが記載され、しかも最古のTuriasauriaとして位置づけられたことは一つの節目といって良い。今回の記載はマダガスカル島での新発見というより、竜脚類の歯牙形態やTuriasauriaというクレードへの理解が進展してきたことが大きく寄与している。竜脚類の歯牙形態学は、獣脚類のそれに比べると定量的な手法が遅れているものの、今後の発展が期待できる分野と思う[註B]。

 

【脚註】

 

註A:一方、French‘Bothriospondylus’は、Brachiosauridaeの新属新種Vouivria damparisensisとして記載された(Mannion et al., 2017)[15]。この歯もMadagascarのJ3と非常によく似ており、基盤的なTitanosauriformesの歯の典型と言ってよいだろう。

 

註B:卑近な話題で恐縮だが、竜脚類の歯の基本的な形態型の違いを正確に理解している標本業者は皆無...というか確認し得る限り存在しない。付け加えるならば、海外の有名な掲示板(具体的に言うとThe Fossil Forum)で議論されている内容も鵜呑みにするべきではない(いい線まで肉薄している人々はいるが、それすら要注意である)。もちろん本稿も管理人の個人的なノートなので、誤読している可能性は大いにある。

 

【参考文献】

 

1. Royo-Torres, R., Cobos, A., Mocho, P., & Alcalá, L. (2020). Origin and evolution of turiasaur dinosaurs set by means of a new 'rosetta' specimen from Spain. Zoological Journal of the Linnean Society. Online edition. doi:10.1093/zoolinnean/zlaa091.

 

2. Mannion, P. D. (2010). A revision of the sauropod dinosaur genus ‘Bothriospondylus’ with a redescription of the type material of the Middle Jurassic form ‘B. madagascariensis’. Palaeontology53(2), 277-296.

 

3. Thevenin, A. 1907. Pale´ontologie de Madagascar. Annales de Pale´ontologie, 2, 121–136.

 

4. Royo-Torres, R., Cobos, A., & Alcalá, L. (2006). A giant European dinosaur and a new sauropod clade. Science314(5807), 1925-1927.

 

5. Calvo, J. O. (1994). Jaw mechanics in sauropod dinosaurs. Gaia10, 183-193.

 

6. Upchurch, P. (1998). The phylogenetic relationships of sauropod dinosaurs. Zoological Journal of the Linnean Society124(1), 43-103.

 

7. Mocho, P., Royo‐Torres, R., Malafaia, E., Escaso, F., & Ortega, F. (2017). Sauropod tooth morphotypes from the Upper Jurassic of the Lusitanian Basin (Portugal). Papers in Palaeontology3(2), 259-295.

 

8. Owen, R. (1841). Odontography, Part II. Hippolyte Baillière, London655.

* https://hagstromerlibrary.ki.se/books/10483

 

9.Mocho, P., Royo-Torres, R., Escaso, F., Malafaia, E., de Miguel Chaves, C., Narvaez, I., ... & Ortega, F. (2017). Upper Jurassic sauropod record in the Lusitanian Basin (Portugal): Geographical and lithostratigraphical distribution. Palaeontologia Electronica20(2), 27A

 

10. Bindellini, G., & Dal Sasso, C. (2019). Sauropod teeth from the Middle Jurassic of Madagascar, and the oldest record of Titanosauriformes. Papers in Palaeontology.  doi: 10.1002/spp2.1282

 

11. Buffetaut, E. (2005). A new sauropod dinosaur with prosauropod-like teeth from the Middle Jurassic of Madagascar. Bulletin de la Societé géologique de France176(5), 467-473.

Mannion, P. D., Allain, R., & Moine, O. (2017). The earliest known titanosauriform sauropod dinosaur and the evolution of Brachiosauridae. PeerJ5, e3217.

 

12. Díaz, V. D., Tortosa, T., & Le Loeuff, J. (2013, April). Sauropod diversity in the Late Cretaceous of southwestern Europe: The lessons of odontology. In Annales de Paléontologie (Vol. 99, No. 2, pp. 119-129). Elsevier Masson.

 

13. Chure, D., Britt, B. B., Whitlock, J. A., & Wilson, J. A. (2010). First complete sauropod dinosaur skull from the Cretaceous of the Americas and the evolution of sauropod dentition. Naturwissenschaften97(4), 379-391.

 

14. D’Emic, M. D. (2012). The early evolution of titanosauriform sauropod dinosaurs. Zoological Journal of the Linnean Society166(3), 624-671.

 

15. Mannion, P. D., Allain, R., & Moine, O. (2017). The earliest known titanosauriform sauropod dinosaur and the evolution of Brachiosauridae. PeerJ5, e3217.

 

 

 

標準化された形態パラメータ等を用い、獣脚類の歯牙形態を定量的に記述することが一般的になってきている。この標準的なパラメータは、歯牙形態の多変量解析の歴史と不可分である。本稿では簡単にその歴史を振り返っておきたい。

 

1. 多変量形態測定学Multivariate Morphometrics

 多変量形態測定学とは、「注目する部分形態の幅や長さを、予め決めておいた標識点間の直接距離を測定し、得られた測定値を集計して多変量解析にかけることで量的相違を比較する方法」と説明される(立田・坂巻, 2011)[1]。この方法は、現生の生物や、古生物の形態を解析するために広く用いられてきた[1,2]。恐竜、特に獣脚類の歯牙形態学では、Farlow et al. (1991)においてその萌芽がみられるが[3]、真の意味で多変量形態測定学的な手法が導入されるのはSmith et al. (2005)[4]やSamman et al. (2005)[5]を待たねばならない。Farlowらは、獣脚類の歯の形態を定量的に記述するために、fore-aft (mesial-distal) basal length (FABL), tooth crowm height (TCH), basal width (BW), number of serration per 5 mm of anterior (mesial) or posterior (distal) keel  といったパラメータを用いている。これらはそれぞれ、後にSmithらが用いたCBL, CH, CBW, MAVG, DAVGに近い指標である[4] (後述)。彼らは2変数間の関係を調べるにとどまっているが、FABLとserrationを構成する個々のdenticleの幅は正に相関すること、FABLの常用対数とnumber of serration per 5 mmの常用対数は負に相関すること(すなわちアロメトリーallometryの関係)などを報告している(厳密には、相関解析ではなく回帰分析を行っている)。また、FABLと個々のdenticleの幅の相関は、タクソンやmesial keelかdistal keelかによって異なることも示している(Farlowの表現をそのまま用いたが、後述するようにSmithらはkeelをcarinaと呼ぶ)。Farlowらの方法を引き継ぐSankey et al. (2002)[6]は、Judith River group産の小型獣脚類遊離歯を解析し、(この時点の定量的な記述では)十分にタクソン同士を見分けることは困難と結論付けている。

 

2. SammanらによるTyrannosauridaeの歯の多変量解析

 Samman et al. [5]は、Albertosaurus, Gorgosaurus, Daspletosaurus, Tyrannosaurusの歯について形態パラメータの多変量解析を行った。彼らはFABL, TCH (論文中ではtooth crown height, THEIGHT)、BW (論文中ではcross−sectional thickness, XSTHICK) に加えて、歯の湾曲を反映するCURVATUR (これはcurvatureそのままである), そしてmesial carinaの終点と歯冠基部の距離(distance from the base of the mesial carina to the base of the tooth, DMCTOB)の5つを用いた。遊離歯については、denticle width(DW) や denticle height (DH)といったdenticleに関するパラメータも解析に含めている。彼らは常用対数変換したパラメータを用いて主成分分析(principal component analysis, PCA)を行い、DMCTOBとCURVATURがサイズに対して正のアロメトリーを示すことを見出している(歯が大きくなると湾曲が強くなり、carinaの終点は基部からより離れる)。THEIGHTは負のアロメトリーを示すのだが、CURVATUREとTHEIGHTで正負が逆であるのは、歯の対数螺旋的伸長に関係しているとされる(logarithmic spiral)(Thompson, 1961)[7]。また、判別分析 (discriminant analysis)[註A]を行うと、ある特定の歯が前上顎骨由来か、上顎骨由来か、歯骨由来を比較的精度よく予測できることを示した(但し、Tyrannosaurusを除く)。Tyrannosaurus以外のTyrannosauridでは、上顎骨歯のmesial denticlesは、(1)歯骨歯のそれに比べてより基部近くまで達する。また、(2)歯骨歯はdistal denticlesの高さがmesial denticlesのそれよりも僅かに大きい、(3)mesial carinaの基部における舌側への偏移が大きい、などの特徴が知られている。こうした経験則から遊離歯が生えていた骨を「同定」し、その同定を再現できるように判別関数を構成した。その上で、この判別関数の妥当性をin situの歯で検証しているのだが、Tyrannosaurusを除いた場合に良好なパフォーマンスを示すことが明らかになっている(Tyrannosaurusには同じ法則が適用できない)[註B]。

 

3. Smithらの方法にはCBL, CBW, AL, CH, DAVG(DC) 全ての変数が必要

 Smithらは獣脚類の歯牙形態を定量的に記述するスタンダードな方法を提案したことで知られる[1]。それ以前も、例えばFarlowらによる定量的な記述はあったが[2]、Smithらが指摘するように測定に関する十分な標準化は達成されていなかった。測定される詳細な定義については原著を参照するべきであるが、彼らはいわゆるziphodontな形状[註C]をした獣脚類の側面像を、単純な三角形で近似した。歯頚附近における近心端(点A)-遠心端(点B)の距離をcrown base ratio (CBL)、歯冠の尖(apex)の近傍にあり点Aから最も遠い点を点Gとし、点G-点Aを結ぶ線分をapical length (AL)とした[註D]。この点Gの定義は、Smithらによれば測定の再現性の良さから選ばれたという。点Gと点Bを結ぶ線分はcrown height (CH)と呼ばれる。このA, B, Gの三つの点から成る三角形(CBL, AL, CHの三つの線分からなる三角形)が歯の近似三角形となる。さらに、獣脚類の歯には固有の厚みがある。点Aと点Bを含む平面で、舌側端(点C)-唇側端(点D)を結ぶ線分はcrown base width (CBW)と呼ばれる。これにより、側面から見た際の概形と、歯の厚みが表現された。さらに獣脚類の歯を特徴づける変数として、デンティクルの密度が挙げられる。近心、遠心ともに5 mmあたりの平均密度をaverage mesial denticle density (MAVG)、average distal denticle densityDAVGと呼ぶ(後の研究では、歯冠中央附近における鋸歯密度mesial mid‐crown denticle density(MC), distal mid‐crown denticle density (DC)を用いることも多いので注意せよ)。ただし、近心のカリナはしばしば摩耗してデンティクル密度が測定不能であることから、MAVG(ないしMC)を積極的に用いることはしていない。

 彼らは、CBL, AL, CH, CBW, DAVG(DC)という5つのパラメータを同時に用いる多変量解析を提案した。Samman et al. (2005)と異なるのは、さまざまなクレードの獣脚類を網羅的に計測していることであり、さらに解析の目的も「遊離歯がどの骨に生えていたものか」ではなく「遊離歯がどのタクソンのものか」を推定することにある。純粋に直接計測されるパラメータは5つだが、彼らは3つの2次的な指標を計算している[註E]。crown base ratio (CBR) ≡ CBW/CBL, crown height ratio (CHR)≡CH/CBL、crown angle (CA) はALとCBLがなす角度(鋭角)である。これらの変数間には明らかに多重共線性があり、全てを無思慮にモデルに投入する事は躊躇われる。特に歯の大きさはDAVGやCAと(強く)相関する。そこで、多変量形態計測学でしばしば行われるように、主成分分析によって大きさに関わる成分を見出し、それとDAVG、CAとの回帰分析によって大きさの効果を除く操作を行っている。こちらも詳細は原著を参照するべきだが、こうして補正されたDAVGおよびCAの値を、DAVG2、CA2と呼ぶ。Methodから読み取れる限り、彼らはCBL, CBW, CH, AL, CBR, CHR, CA2, DAVG2すべての変数を投入して判別分析discriminant function analysis(DFA)を実行したようである。彼らの結果は97.8%という驚異的な正判別率を示すのだが、その後の研究の動向を追う限り、この手法にそこまで大きな信頼は置くべきではない(私見)。Smithはこの標準化された形態パラメータを用いて、いくつかの附随する研究を発表しているが[8-11]、それらについてはまた別の機会に紹介したい。また、Smithと類似の手法(あるいはそれを発展させたもの)を用いた解析が、他のグループからも報告されている[12-21]。ここに引用した以外にも多数あるので、必要に応じて個別に精読する機会を設けたいと思う。

 

4. 結語

このように、獣脚類の歯の多変量解析は「歯の生えていた部位の推定」「歯の持ち主の推定」という動機から発展し、現実にそうした目的で応用されてきた。しかし、この手法の限界が認識されるようになってからは、Hendrickxらが提唱したdentition-based matrixを用いた系統解析の利用も進められている[22-28]。そうした研究でも、多変量解析と抱き合わせで解析されていることが多い。これらの研究では、多変量解析は若干的外れな結果を返してくるものの、Smithパラメータのみ使っている研究が主体であり、新規のパラメータを使用することで結果が改善される可能性はまだ残っている(機械学習では特徴量の選択が決定的)。また、非線形な判別境界を設定する手法も、公には行われていない。近年ではHendrickxらの方法の陰に隠れてしまった感も否めないが、今後もこの分野の動向には注目していきたいところである。

 

 

【脚注】

 

註A:以前、誤解していた方がいたので念のため言及しておくが、「判別分析」はテクニカルタームである。「なんとなくこれらの数値を使って当該標本の同定すること」を、管理人が勝手に「判別分析」と名付けたわけではない。遭遇したキーワードがテクニカルタームであるのかどうかは、独学で何かを修める際には特に注意しておきたいところである。なお、判別分析については、多変量解析や機械学習に関する成書を参照されたい。判別分析はさまざまな統計解析プラットフォームに実装されているので、実際に行う場合は一から組むのではなく、パッケージや既存の関数を利用するとよい(管理人は主にRを用いているが、本業でSPSSに触れる機会もあるため、そちらも使用することがある)。

 

註B:Tyrannosauridaeのみならずさまざまなクレードを含めての話だが、「獣脚類の歯の鋸歯化の範囲は、獲物と頻繁に接触する領域ではないか」という仮説がある[29]。Tyrannosauridaeの中でのばらつきが何の反映であるのかはまだよくわかっていない。

 

註C:ziphodontに対する標準的な訳語は定着していないようである。トートロジーであるが、獣脚類の歯のような形態の歯をziphodontと形容する。即ち、平たく、尖り、鋸歯化された辺縁をもつ歯のことを指す。当然のことながら、ヒトの歯はziphodontではない。

 

註D:このサイトではapex(正確にはapex of crown)のことを歯尖、歯冠尖、尖頭などと訳すことにするが、apexに対する標準的な訳語は定着していないようである。apexという解剖学用語は様々な部位に対して当てられ、歯に限られない。日本語では「尖」という文字で訳されることが通例である。獣医解剖学では歯冠尖頭 (Cuspis(coronae)dentis, dental cusp, cusp of crown of tooth), 尖頭尖 (Apex cuspidis, apex of cusp)などの用語が用いられるが[30]、複数の尖頭/咬頭cuspが存在する哺乳類の歯の想定しているものと思われる(私見)。なお、ヒトの歯科でapexと言えばapex of root、すなわち歯根尖/根尖のことであり、注意を要する。

 

註E:いわゆるSmithパラメータの本質は、歯の側面像を三角形で近似することにある。三角形を一意に特定するためには、三辺の長さをすべて決めるか、いわゆる二角挟辺/二辺挟角を決めることが必要である。コレクターの運営しているサイトを見てみると、なぜかSmithパラメータの一部だけを測定していて、三角形が定まっていないことが多い。この状態ではSmith et al. (2005) と厳密に同じ解析は実行できない(したがって、パラメータを用いて「それっぽい」解釈を行っていたとしても、それらは厳密な意味でSmithの方法を使用していない)。コレクターのブログを読んで参考にしたい方は、よく注意して欲しい。ただし、Hendrickx et al. (2014) [21]が指摘するように、そもそもこの方法は万能ではなく、類似の方法を用いたその後の研究では、判別分析を行う意義すら薄いものが散見される(私見)。

 

 

【参考文献】

 

1. 立田晴記, 坂巻祥孝. 形態測定学で何ができるのか?:昆虫学における事例. 昆蟲(ニューシリーズ). 14.3 (2011): 194-205

 

2. 生形貴男. 生物のかたちの測定と比較. 化石 89 (2011): 39-54

 

3. Farlow, J. O., Brinkman, D. L., Abler, W. L., & Currie, P. J. (1991). Size, shape, and serration density of theropod dinosaur lateral teeth. Modern Geology16(1-2), 161-198.

 

4. Smith, J. B., Vann, D. R., & Dodson, P. (2005). Dental morphology and variation in theropod dinosaurs: implications for the taxonomic identification of isolated teeth. The Anatomical Record Part A: Discoveries in Molecular, Cellular, and Evolutionary Biology: An Official Publication of the American Association of Anatomists285(2), 699-736.

 

5. Samman, T., Powell, G. L., Currie, P. J., & Hills, L. V. (2005). Morphometry of the teeth of western North American tyrannosaurids and its applicability to quantitative classification. Acta Palaeontologica Polonica50(4), 757-776.

 

6. Sankey, J. T., Brinkman, D. B., Guenther, M., & Currie, P. J. (2002). Small theropod and bird teeth from the late Cretaceous (late Campanian) Judith River Group, Alberta. Journal of Paleontology76(4), 751-763.

 

7. Thompson d’Arcy, W. (1917). On growth and form. Cambridge: Cambridge University Press16, 794.

  *http://www.gutenberg.org/ebooks/55264

 

8. Smith, J. B. (2005). Heterodonty in Tyrannosaurus rex: implications for the taxonomic and systematic utility of theropod dentitions. Journal of Vertebrate Paleontology25(4), 865-887.

 

9. Smith, J. B., & Lamanna, M. C. (2006). An abelisaurid from the Late Cretaceous of Egypt: implications for theropod biogeography. Naturwissenschaften93(5), 242-245. 

※supplementary materialに獣脚類の歯の形態パラメータのデータセットが附属している。Smith et al. (2005)で誤っていたデータが修正されている。

 

10. Smith, J. B., & Dalla Vecchia, F. M. (2006). An abelisaurid (Dinosauria: Theropoda) tooth from the Lower Cretaceous Chicla Formation of Libya. Journal of African Earth Sciences46(3), 240-244.

 

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30. 獣医解剖学用語 改訂3版 (n.d.), 2020年6月20日, 日本獣医解剖学会ウェブサイトで閲覧:

https://www.jpn-ava.com/NewHP/Glossary_PDF/002.pdf